一期一会 ~万年筆店店主のブログ~

哲学、想いを発信している、Pen and message.店主吉宗史博のブログです。

花見

2018-04-08 | 実生活

天気に恵まれたこともあって、水曜日2週連続で妻と桜を見に行きました。

写真を撮って歩き回ることができたらそれでよかったけれど、陽の下でベンチに座ってゆっくりできる季節なんて、そう長くないと思うと貴重な時間をすごすことができたと思います。

でも、大げさでなく、こうやって二人で桜を見ることができるのもあと何回あるのだろうと思う。

息子が独立したことで、そして私も今年五十になるということで、残り時間はそう長くないのではないかと思うようになりました。

総合運動公園は、ほっともっとスタジアムや陸上競技場、地下鉄の駅などを含む、須磨区の広大な自然公園で、家から5kmくらいのところにあります。

公園内を地下鉄や新幹線も通っているので、自然の木々と鉄道を合せた写真を撮る人も多い、撮影スポットでもあります。(新幹線は早すぎて無理だけど)

私たちが行った時、桜は見事な花吹雪だったけれど、菜の花が丘一面を黄色にしていました。

総合運動公園で思う存分写真を撮って、ゆっくりできたけれど、明石公園にも行ってみることにしました。

明石公園はJR明石駅北側すぐにある、明石城跡に作られた公園で敷地内に野球場、陸上競技場、テニスコート、バレーボールコート、図書館などの施設があります。

明石周辺で育った方なら、明石公園での思い出が何かあるのではないかと思います。私は学校の行事で中学でも高校でも来たことがあったし、図書館に勉強しに来たことも何回かありました。

自転車競技場横の駐車場が比較的駐車しやすく、車をとめて公園内を歩きました。

剛ノ池周辺はまさに桜満開で、私たちも息子が小さな時にお弁当を持って来たことがあったけれど、そういうお花見の人が池の周りを埋め尽くしていました。
大きな芝生広場もたくさんの人がゴザを敷いてお花見をしていました。

明石公園にこんなに人がいるのを今まで見たことがなかったけれど、行き交う人皆が幸せそうで、それを見ているのが嬉しい。私が観光地が好きなのも、そんな幸せそうな人たちを見たいためのような気がする。

日本には多くの外国人の方が訪れているし、日本人よりも外人の方が多いという話をよく聞きますが、私はそんな場所に行くと楽しそうに観光している外国の人たちの顔を見ることができて、楽しい気分になります。

いい休日を過ごせたと思いました。

 

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親子

2018-03-25 | 実生活


須磨区白川台

 

息子が横浜に行ってから、引き出しが少し開いていたり、水道の蛇口から水がポタポタと落ちていたり、スリッパが揃っていなかったりすることが多くなったと、妻に言われた。

私はわざとしているわけではないし、妻は絶対にそういうことはしないので、私の仕業だろうと思うけれど、今までできていたのに急にそういうことができなくなるはずもなく、不本意だと思いました。

それは息子が行ってから起こり出したということを考えると、今まで私が無意識に閉めていなかった引き出しや扉、揃えていなかったスリッパなどを息子が直していたのだと気付きました。

そういえば旅先の旅館で風呂に行った時、私はスリッパを脱いでそのまま浴場に入るけれど、息子は脱いだスリッパを振り返って揃えて入る。

浴場を出る時、私は無意識に揃えてあるスリッパを履いて出て来て、息子は黙って私がそのまま脱いだスリッパを履いて出てくる。

それを後から息子に指摘されて初めて気付いたということもあった。

親子というのは不思議なものだと思います。

親子だからといって絶対に似るわけでもないということを自分たちでも思うし、他の親子を見ても思います。

親子だからこそ真逆の性格になったりするのは、親を反面教師としているからなのかもしれない。

親が子に、こうなって欲しいと希望を託して圧力をかけるほど、子供はそこから逃れようとすることも自分の経験で知っている。ちゃんと期待に応える子供もいるのかもしれないけれど。

私の父は歴史の教師で、私も他はまるでダメだったけれど歴史だけは好きだった。

そして中学から歴史が好きだった息子も4月から歴史の教師として神奈川の高校で働き始める。

好きなことを仕事にするべきだという考えや行動は私と同じで、それも不思議な感じがします。

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都会と地方

2018-03-11 | 実生活


一昨日の垂水区

 

あれから7年も経つと思うと、申し訳ないけれどのうのうと生きてきてしまった私にはその時間の流れはとても早く感じられる。しかし、被災して生活を立て直さなければならなかった人には時間の経過が遅く感じられる長い7年間だったと思います。

津波に流されて亡くなった方は、さぞ怖くて冷たい想いをしたと思うし、帰らぬ家族を待つ人はどうやって前を向けばいいのだろう。

人災と言われている原発事故で自分の町に住めなくなって今までの生活を送れなくなっている人はさぞ無念な想いをしているだろうと思う。都会で大量に消費する電力に対してのリスクをなぜ地方の人が負わないといけないのだろう。

私のような薄っぺらい人間に被災された方々にかける言葉は見つからず、その心中を想像して、理不尽なことに怒りを覚えることしかできない。

 

息子の引っ越しで横浜に行ってきた。

東京は行くことがありますが、横浜で降りることはほとんどなく、その辺り大阪までは来るけれど、神戸まで行くことがないとよく言われることによく似ている。

息子がマンションを借りた南区も、ブルーラインという地下鉄も初めてでここはどんな街なのかと2日間探りながらいましたが、横浜はとても大きな街だということしか分からなかった。

横浜駅周辺は密度の高い都会で、行き交う人も非常に多かったし、息子のマンションの周辺は人の姿をあまり見かけませんでしたが、高い建物ばかりが立ち並んでいました。
元々は1戸建てや商店が建っていたけれど、それらが老朽化して、どんどん取り壊されて新しい建物に建て替わっていっているようでした。

こんな都会の片隅に神戸から行かなければいけない理由とは何だろうと思う。

もちろん神奈川県の教員採用試験に受かったから横浜に来たのだけど、息子は兵庫県に残りたいと思っていた。
地元に残りたいと思っている若者が、仕事の口がなく、仕方なく首都圏に出て行く。典型的な日本の構図が我が家でも描かれるとは思ってもみなかった。

横浜はたしかに神戸から近く、垂水からだと3時間くらいで行けてしまう。

交通網の発達は地方を活性化させるという側面もあるのかもしれないけれど、それ以上に地方からの人口の流出を招いているのかもしれません。でもそれはどうしようもない世の中の流れなのかもしれない。

移動時間が短くなって、狭い日本がより狭くなって、各地域の独立性はとっくに失われていて、それは江戸時代にとっくに終わっていたのかもしれません。

それぞれの地域が東京と同じような役割をすることはナンセンスで、首都圏は仕事をする場所、地方はたまに帰る場所、遊びに行くところになっているような気がします。

地方を首都圏の従属的な立場として考えることは、神戸という地方を元気にしたいと思っている私にとって、とても悲しいことだけど、世の中の流れはそうなっている。

息子が横浜に住むという話から、思わぬ方向に話が向いてしまったけれど、人一人が新たに生活を始めるのに、こんなにも必要なものがあるのかと改めに思いました。

考えてみたら3人で住んでいると、3人で生活用品を共用しているけれど、一人だからそれが少なくて済むわけではなく、同じ数だけのものがいるから当然なのかもしれない。

横浜で新しい生活を始めた息子とマンションで別れてきたけれど、私たち夫婦も二人だけの新生活を軌道に乗せないといけないと思っている。

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自分のコーディネート

2018-02-25 | 実生活

服や靴などが好きで、雑誌を見たり、お店をよく覗いたりしていました。

何か本などで紹介されているものを見ると、それを手に入れたくなったりして、流行は追わないまでも、情報は追ってきたかもしれません。

しかし、そういったことも何か無駄なこと、自分の営みにあまり関係のない無意味なことのように思えてきましたし、情報に振り回されるよりも、自分で好きな服をコーディネートして着たほうが楽しいことが分かってきました。

それに本に紹介されている服や靴を手に入れて、同じものを身に付けている人と合った時に恥ずかしくないのか、という問題があって、私は店をしているから尚更そういうことが起こる可能性がある。

そして、本に紹介されているからといって、それが一番良いものなのか。他にいいものがあって、本で紹介されているものはモノに力がないから宣伝に力を入れて補っているのではないかという疑いも持ち始めました。

それよりも必要に迫られた時に、街を歩いて、店でインスピレーションを刺激されるものを選びたい。自分の直感とセンスを信じて、値段の高い安いではなく、自分が大切にできるものを選びたいと思い始めました。

さすがに50歳(今年)になると、本のような服装をしたいということは思わなくなって、自分がどうしたいか、どういうものを着たいかということを考えるようになりました。

誰かみたいになりたいという気持ちはなくなり、自分をどう表すかということを考えるようになりました。

それは服装に限ったことではなく、生き方においてもそうかもしれません。

他の誰かが考えたことよりも、自分の考えを深めるようなことに興味が移っていく。

自分の考えに凝り固まることは危険だけど、自分の内側から湧き出たものを大切にしたいという心境になってきたのは齢のせいだと思う。

余計な話だけど、ファッションの業界には恨みがある。シーズン前に気に入って買ったコートがシーズン終盤には同じ店で半額で売られていたことです。

それは定価で買っている客への裏切りではないのかと思う。

そんなことは普通にされていることだと誰もが言うかもしれないけれど、そういうことを繰り返してきたから、皆セールでしか買わなくなる。

セールはお客からの信用を自ら失わせる行為で、いくら売上に困ってもやってはいけない、最後の手段だと思っている。

 

話が反れてしまったけれど、服装でも生き方でも、情報の惑わされずに自分らしくするということは、お手本のないものなのでとても難しいけれど、本を見ながら何か違うとモヤモヤと思っていたことは、そういうことだったのかもしれない。

 

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親の気持ち

2018-02-18 | 実生活

息子が4月から神奈川県の歴史の教師として働くので、横浜にマンションを見つけて帰ってきた。
私は何で教師という大変な職業になりたいのか全く理解できないけれど、息子は祖父と専門まで同じ仕事に就くということになり、祖父と孫の繋がりに不思議な気がしています。

横浜は神戸と違って大変広く、絞りようがないように思うけれど、そこそこの家賃で、交通の便が良いところが見つかったようで、一安心している。

これでようやく引っ越しなどの準備に入ることができます。

息子はすぐに辞めて教員採用試験の受験勉強を始めたけれど、昨年一度就職している。

その時に、私の父や妻の兄姉たちから就職祝いをもらったけれど、今回もまた皆律儀のお祝いをくれた。
本当に有難いことで、そういったもののおかげで息子はスタートからハンディを背負わずに働くことができます。

一人っ子ということもあって、我が家のような豊かでない家でも、できるだけのことは息子にしてやれたと思うけれど、本当に大変だった。

皆どうやって子供たちを大学に通わせているのだろう。

そうやって考えて、自分も両親に大変な想いをさせたのだとやっと気付く。

私の場合、1歳下の妹が京都で下宿して、芸術系の短大に行っていたからその負担は私の想像を遥かに超えると思っている。

父の高校教師の給料がどうなのか分からないけれど、本当に大変だったと思うけれど、大学を中途半端な成績で卒業して、親が自慢できるような大きな会社にも就職することができなかったできなかったことは申し訳なく思っている。

母は亡くなってしまったけれど、父は今の私をどう思っているのか、毎週会っているけれど聞いたことはない。

でも、父のような堅い仕事に就かず、浮き沈みの激しい自営業をしている私をきっとハラハラしながら見ているのかもしれないと思うと、これも申し訳なく思っている。

私と違って息子は大した心配も掛けなかったし、塾にも行かなったし、半期だけだったとはいえ返済不要の奨学金を引っ張ってきたりして、親孝行だったと思う。
でも私は息子に、自分が親にしてもらっただけのことをしてやれたのだろうかと思うと、これもまた申し訳ない気持ちになります。

 

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自分にとって万年筆とは何か?

2018-02-11 | 実生活

台湾の出版社の方が当店を取材してくれた。

通訳の方同伴とはいえ、気付いたら海外から記者の方が普通に来られて取材していく時代になったのだと思いました。

7年ほど前に時計ライターのNさんが台湾の雑誌に持っているご自分のコーナーで当店を取り上げて書いて下さった時は、台湾は遠く感じたけれど、今ではあまり距離を感じなくなりました。

それだけ台湾からお客様もよく来られるし、台湾の方の記事もフェイスブックなどでよく見るようになったからかもしれません。だから、台湾東部の地震は本当に人ごととは思えない。

台湾からのお客様もリピーターの方が増えてきたようで、取材の方もハーバーランドや北野などの観光スポットではなく、一般観光客があまり行かないマニアックなスポットを中心に取材しているとのことで、当店はマニアックなスポットなのだと若干の苦笑はありました。
しかし、その本に当店を入れていただけたのは、文具好きの担当の方の意向だったと後で知り、それもまたとても有り難い話だと思いましたが、ご意向がなければマニアックなスポットにも挙げられてなかったのかもしれない。

取材の中で、私にとって万年筆とは何かという、情報誌らしからぬ質問があって、「万年筆とは書くことを大切に思っている心の象徴」と答えましたが、「難しい」と言われました。

正直に言ってくれて、かえって気持ち良かったけれど、万年筆を精神的なものと結びつけたいという想いは、齢をとるごとに強くなっている。加齢は人を理屈っぽくさせるのかもしれない。

20代半ばに万年筆で書くことに夢中になって、今でも万年筆でいつも何か書きたいと思っている。

仕事をしながらずっと追究しているのは、自分がなぜ万年筆で書くことに夢中になったのかを解明することと、自分の加齢とともに変化する万年筆を通して伝えたいことを伝えることだと思っています。

時代は本当に変化していて、それでも自分は同じところに居ることができている。それはきっと恵まれたことなのだと思っている。

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大きな流れに流されている

2018-02-05 | 実生活

個人事業の醍醐味は、方針を自分で立てて、思った方向に向かって行けることで、これができなくなったら本当につまらないと思う。

同じことを繰り返し考えて、出した結論の通りに動けるやり方が自分には合っている。

大して機転の利く方ではないし、精力的に行動する方ではないけれど、人と同じようにやりたくないという天邪鬼と、自分の考えは自分で気付くまで曲げない頑固のために、自分の行き先は自分で決めるしかなかった。

方針を自分で立ててと言ったけれど、アイデアは人と話していて突然全てがつながるような感じで形になることが多いので、実は人と話すということは自分にとってとても大切なことなのだと思います。

他にもいろいろ辛抱強く教えてくれる先生のような人がいて、それはきっと時間をかけてビジネス書を読むよりも、私にとってははるかに勉強になって、考えるきっかけになっている。

そういった人たちから聞いた話や、話していて受けた刺激によって自分の考えは生まれているのだと思います。

そういった刺激を受けて、自分というフィルターを通して出た考えは完全に自分のオリジナルの考えだと思っていたけれど、それももしかしたら世の中の大きな流れに沿ったものなのではないかと思うようになりました。

自分のしていることは、流行に流されたり、世間の風向きを見てしていることではないと思っているけれど、自分の出した結論やその後の行動も、世の中の大きな流れに流されているだけで、自分のその流れの通りの結論を出しているだけなのではないか。

そう考えるとああでもない、こうでもない、こうする方が自分らしいと考えて悪戦苦闘することがバカバカしくなるかもしれないけれど、大きな流れの中にあったとしても、自分で考えて行動していると思いたい。自分で決めた方向に行っていると思いたい。

まだ自分で考えてもがいているから大きな流れに乗っていられるけれど、何も考えなければ流されることもなくただ沈んでいくのではないか。

そう思うと流されているのも悪くないと思えます。

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仕事の根源

2018-01-14 | 実生活

蹴上奥の発電所から見た平安神宮の鳥居

 

店をこうしたいとか、万年筆を多くの人に使ってもらえるようにしたいとか言いながら、私は家族を養うために仕事をしていて、その根本的な理由と自分を動かしているエネルギーの源は変わっていない。

家族の小さな生活を守るために万年筆の仕事をしている。

自営業は良い時も悪い時もあるけれど、何とか生活してくることができて、息子を大学に行かせることができたことは恵まれていたと思っている。

これで逃げ切ることができたわけではなく、まだまだ生きて行かなければならないので、あと30年くらいは今のレベル以上は保たないといけないと思っている。

お金のことに関して、私も妻も本当に楽観的で、結婚してから何とかなるだろうと思ってやってきました。

結婚したばかりの時も若かったせいもあるけれどほとんどお金がなかったし、息子が生まれた時もなかった。

ローンを組んで家を建てたけれど、そのローンは私が69歳まである。
あのまま会社にいたら払えなくなっていたと思うと、今考えると本当に怖いけれど、その時は何とかなると思ったし、今は何とかすると思っている。

自分の人生を振り返ってみて、金持ちだったことはなかったけれど、こうやって家族3人で元気に暮らしている。

自分の仕事を良くしたいとか、新しい万年筆を輸入するとか、夢やロマンを持って仕事していて、傍から見ると道楽でやっているように見えるけれど、本当は生きていくため、生活のために万年筆屋をやっている。

そうやって考えると好きなことばかりやっているわけにもいかず、嫌だと思うこともしないといけないのかもしれないけれど、したくないことはしない贅沢をしてきた。きっとそれでいいと思っている。

 

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万年筆を修めたい

2017-12-24 | 実生活

物販の仕事は、12月に入ってクリスマスが終わるまで一気に駆け抜けるようなところがあって、その間は短い繁忙期ということになります。

当店もさすがにこの時期は忙しいので、店の実力がついたとか、このままずっとこんな日が続くかもしれないと勘違いしてしまいそうになりますが、そうではない。クリスマスが終わるとちゃんと暇になります。

当店はクリスマスが終ってから最終営業日(12月28日)までの短い間、棚卸をしたり、来年の営業の準備をしたりします。

もう来週には年末年始の休みに入っていると思うと、あまりの時間のなさに焦ります。

今年1年振り返ってみると、当店に求められていることについて考える年だったと言えます。

実は今まではそういうことは考えていなくて、自分は何がしたいのかとか、今の制約の中で何ができるのかということを考えてきたような気がします。

しかし、今年は出張販売に出て、それを成功させたいと思うようになったこともあるかもしれませんが、お客様は当店に何を求めているのだろうと考えるようになりました。

初めて行く土地での出張販売は、当店に何が求められているのか知るのにとてもいい機会でした。

当店は万年筆だけでなく、万年筆で書くことを楽しむことを追究する店として、万年筆の周辺のもの革製品、木製品、紙製品なども良いものを揃えようとしてきて、職人さんたちの力添えによりそれは実現していると思いますが、万年筆店としての基本をもっと追究しなければいけないと思い始めました。

万年筆店として万年筆を完璧に修めながら、周辺のステーショナリーも提案していく。
それがお客様方が当店に求めていることについて考えて、導き出した今後の方針です。

万年筆店でありながら、万年筆において今までできなかったこと、やっていなかったことを来年はできるようにしたい。

シリアスに、決意表明のように書いているけれど、それを万年筆を楽しみながら、追究して、それを皆様と共有したい。
私の万年筆に対する考え方も皆様にご理解いただけるように、来年も発信していきたいと思っています。

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モノの力

2017-12-03 | 実生活

11月の定休日に奈良に行きました。ポカポカ陽気で気持ち良かった。

私くらいの齢になると、たくさんのものはいらないから、大切にして持っておきたいもの、自分の美意識を表してくれるようなものだけを持っていたいと思うようになります。その範疇に入らないものもありますが、万年筆などはそれに入ると思っています。

ある人は、人に話せるエピソードのある個人的に面白いものと言われるけれど、それも持っておく価値の充分にあるものだと思いました。

そろそろ人が何と言おうが、自分が良いと思うものだけを持っていたいと思うので、手に入れるものは減っていくかもしれないけれど、単価は上がっていきます。

簡単に手に入れることができるものではなく、それを手に入れるために衝動買いをしないなど、がんばって時間をかけて手に入れる。
手に入れるまでの時間も楽しめるようになったのは、齢をとったおかげかもしれません。

持っていて楽しいものは、絶対に高いと思っていて、その価値感に当てはめると安くて良いものはない。
1万円の日本の万年筆の価値は、絶対に3万円の万年筆の価値を超えることはないと思っています。

私たちは万年筆がただよく書ければいいわけではなく、コストパフォーマンスが高いということも大した価値ではないように思えます。

人によって、万年筆のあり方は様々だと思いますが、それは精神的なものと結びついたものであってほしいとずっと思ってきました。
それを当店は「message.」という言葉に集約している。

例えば、私は日々の仕事に追われて、毎日の売上に一喜一憂する小さな人間だけど、その万年筆を手にすると理想だと思う自分の姿を思い出すことができるというものを持っていたいと思う。自分が持っていてこうだから持っていると人に言えるような万年筆ばかりを持っていたいと思います。

私はモノを売って生きているくらいなので、モノの力を信じている。
人はモノによって元気づけられたり、強い気持ちになれたりする。
力がもらえたり、精神的な支えにモノはなる可能性があって、そういう万年筆を当店は販売していきたいと思っています。

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