元町の夕暮れ ~万年筆店店主のブログ~

Pen and message.店主吉宗史博の日常のこと。思ったことなど。

人を選ぶということ

2007-02-28 | 仕事について
犬飼ターボ氏の「星の商人」という本で、手伝いたいと思う人の成功を手伝うのが自分の成功の道だという内容の記述があり、もっともだと思いました。
心から尊敬できる人、考え方に共感できる人の力になるためには、本気で取り組むことができるし、その逆なら気持ちが入らないと思います。
人と人との合う合わないは努力ではどしようもなく、相手の有能振りを認めたとしても、共感にはつながらない。
なぜなら、その人の夢は自分の夢とは方向が違うからです。
手伝いたい人の成功を手伝いたいと思います。

理想の万年筆店

2007-02-25 | 仕事について
日々ペンを販売している私なりに理想の店像を持っています。
座って書けるとか、気持ちよく書くことができるペンがあるなどは大前提として当たり前の条件です。
ただのこだわりとか、夢物語だと言われてしまえばそれまでですが実現します。
どんなペンでも、ただの物であることには違いありませんが、そこに作り手のストーリー、買った時に交わされた会話など、いつまでも心に残る思い出が付与されることにより、それはその物の金銭的な価値や性能を超えた、愛着を持つことのできる存在になることができます。
しかし、それができるのは来てくれるお客様に真心を持っている販売員だけだと思っています。
そんな店員がいて、落ち着いた雰囲気の中で納得できるまで、ペンを選ぶことができ、店の中には長く使うことのできる本物のステーショナリーだけが用意されていて、どれも愛着を持って長く使うことができる。
そして、店員とお客様、お客様同士など、店のなかで交わされる言葉は思いやりに溢れていて、いるだけで優しい気持ちになることができる。
そんな、ペンを売っているお店がこの日本にあれば、日本の文化も違ってくると思います。

子供っぽい文化を変えたい

2007-02-20 | 万年筆
ひとつの物が取り上げられ話題になると、皆がそれに飛びついてそれが主流になってしまい、皆がそれを使っている。
私はあまのじゃくなので、いつも流行とか主流のは違う方向に行きたいと思っています。
でも万年筆を道具として使う人にはそんな人が多いように思いますし、もしかしたら私はそんな人たちの影響でそうなってしまったのかもしれません。
本当に皆さんにはたくさんのことを教えてもらったと思っています。
自分の価値観をしっかり持っていて、流行に流されない。そんな大人の感性を持っている人のための仕事がしたいと思っていて、そんな人たちが集える空間、気に入って使えるものを提供するのが自分の役目だと思っています。

万年筆文化を広めたい

2007-02-15 | 万年筆
私がなぜ万年筆をよりたくさんの人たちに使ってもらいたいのか、今使っておられる方にこれからもずっと使ってもらいたいと思うのか、改めて考えたことはありませんでした。
それはほとんど本能に突き動かされた行動で、ほぼ反射的にこの仕事をしないといけない、というように、自分の肌の感覚で動いてきたような気がします。
そしてその感覚は万年筆を広めたいという私の感覚に他ならないのでした。
私がまだ万年筆を使っていなかった時、勤め先の店で万年筆クリニックがありました。
万年筆クリニックに来ていたのは、その時初めて見た長原先生でした。その時長原先生と呼ばれていたのか覚えていませんが、ギョロッとした目で見られるとすくんでしまうような威圧感があったのを覚えています。
クリニック最終日に私は同僚達の目を盗んで、ずっと内ポケットに入れてあった1本しか持っていない万年筆を長原先生に見せました。
「太いし書きにくいので調整してください。それと使い方も教えてください。」
当時私はインク止め式の万年筆の使い方も知りませんでしたし、文字を書くのは手帳くらいでした。
長原先生に調整してもらったエボナイトの万年筆は生まれ変わりました。
文字を書くのが楽しくなり、雑だった文字が丁寧になりました。
送る荷物などにも一筆添えるようになり、相手への思いやりの心を持てるようになりました。
手紙を書くようになり、もっとたくさんの言葉の表現を知ろうと、本を読むようになりました。
本を日常的に読むようになると、様々な細やかなことに気付くようになり、芸術を理解しようとする気持ちが芽生えました。
そんなふうに私の中で何かが急に変わったのは、長原先生があの時調整してくれた万年筆のお陰でした。
あの時私が長原先生に万年筆を差し出さなかったら、今頃はどうしていただろうかと思います。もっと楽に生きることができたのかもしれませんが、万年筆のお陰で私は周りの人たちとほんの少しだけ違う生き方をし、これからもそうしていくのだと思います。

名前公開しました。

2007-02-12 | 仕事について
私が何も言わなくても、ブログされているでしょ?と言われるほど、このブログの主は明らかだったようです。
確かに文章の書き方は、不器用なため、ショップのホームページと全く同じ文体なので、分かる人にはわかりますね。
ブログのタイトル欄に吉宗史博の個人ブログと表記しました。
今まで匿名で失礼しました。改めてよろしくお願いいたします。

風流を感じる

2007-02-09 | 万年筆
茶室を訪ねる私にとっての楽しみは、風流を感じることです。
その建物が建築史上どうだったとか、歴史的意義などを知ろうと思うことはあっても、それが目的ではありません。
その茶室の中に身を置いて、古人が感じた風流を自分も感じようとし、茶室の中に自然の力を効果的に取り入れられた仕組みを感じることです。
数百年前、ここで行われた厳かで個人的な行為に思いを馳せ、昔の空間コーディネーターたちが感じてもらいたいと仕組んだ仕掛けを雰囲気で味わうのが非常に楽しいと思っています。

2007-02-06 | 万年筆
縁というのはとても不思議なもので、どこでどう繋がるのか。それは結ぼうとしても故意に結べるものではなく、めぐり合わせと言うほかはありません。
昨年大晦日に焼き物の大収集家であるお客様のKさんのお宅をお邪魔して、焼き物に関していろいろご教授いただいてから、焼き物への憧れは強くなっていました。
兵庫県の焼き物の産地といえば立杭があり、そこを訪ねてみようかと考えていましたが、たまたまお話したお客様が茶道具のコレクションもすることを知り、お話を聞いているうちに備前への憧れが強くなっていきました。
たまたまペン先調整で訪ねてこられた、別のKさんが岡山から来られていることは知っていましたので、備前焼について聞いてみると、Kさんの義理の弟さんが陶芸家で備前焼きをしていて、見せてあげてもいいと言ってくださいました。
本当に不思議なめぐり合わせで、毎日たくさんの人と言葉を交わしても出会いがないこともあるのに、来られた数人の方々によって導かれていることが、とても不思議に思えました。

東湖園

2007-02-06 | 万年筆
備前焼の陶芸家宅を訪れる前日、岡山の街を訪ね、市街の端にある東湖園に行ってきました。
朝早かったこともあり、市電は空いていて、東湖園のある門田屋敷の電停で降りたのは私だけでした。
東湖園はひっそりとしていて、管理人らしき女性が掃除をしていました。
侘しい雰囲気を持った園は敷地の半分以上を占める池の周りを散策しながらその造形美を楽しめるようになっていました。
小堀遠州の作と伝えられていて、確かに所々純和風とは違う異質な整頓は遠州のものかと思わせてくれます。
茶室での時間をもったいぶるように、ゆっくり時間をかけて、庭園を歩きました。
池に写った茶室は、冬の澄んだ空気のせいもあり、くっきりとしていましたし、枝葉の全くない木々がこの庭園の輪郭をしっかりと見させてくれました。
建物の中には、茶室が三つほどあり、どの部屋も自由に見ることができました。
一番気に入ったのは、建物の端の池にせり出した部屋で、夏の暑い夜、涼みながら月を楽しみながら過ごすことができたと思われる二畳の茶室でした。
その後、お抹茶を頂きながら管理人の女性と世間話をし、非常に充実した気分で東湖園を後にしました。

想い 1

2007-02-03 | 万年筆
たった1年でしたが、この場所に残す想いはたくさんあります。
何もない、お客様もめったに来られない場所で商売をしようと思った時に、一番大切なのは積み重ねだと今なら言えます。
お客様の信頼の積み重ねは真心から生まれ、それが少ない販売チャンスを最大限に生かすのだと感じました。
ただ物を買ってもらいたいのではなく、そのお客様のことを心から考え、生活を変えてくれる可能性のある万年筆を薦めて、心豊かな時間をすごしてもらいたい、と思うことが真心を生みます。
私は幸い、尊敬に値するお客様しか知りませんでしたので、真心に努力は必要ありませんでした。