カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

どんよりと重く、しかし実に読ませる   湿地

2016-03-24 | 読書

湿地/アーナルデュル・インドリダソン著(創元推理文庫)

 エーレンデュル(男)、エリンボルク(女)、シグルデュル=オーリ(男)、ホルベルク(男)、コルブリン(女)。これらの名前の後にあえて性別を記したのは、僕自身が読みながら、どっちだったか混乱したからだ。すべてファーストネームで(アイスランドでは普通にファーストネームを用いることの方が自然らしい)、恐らくだが、それらの性別らしい名前であるのだろう。東洋人がそんなことを思うとしても、かえって不思議に感じるかもしれない程度のことだが、この名前自体からも、遠い異国の風景が見えるようなミステリ作品である。
 最初に老人の死体が発見される。殺し方はずさんで不器用、典型的なアイスランドの殺人(要するにたいして複雑そうには見えないということらしい)と思われたが、事件を追ううち、何か複雑な事情が絡んでいるらしいことが明らかにされていく。殺された老人はならず者で、過去に強姦事件を起こしながら不起訴になっている。警察のずさんな捜査と傷つけられた女たち。そうして、そのような傷をなめるような捜査を続けなければならない刑事たちの苦悩も描かれる。そうして事は、図らずもアイスランドという国家の問題までをもあぶりださせることになっていく。
 アイスランドは、北海道と四国が合わさったくらいの広さの島国で、人口は三十万人あまり、火山活動が活発で、さらに一日中晴れるような天気も稀だという。だから天気の良い日になると商店などは臨時休業し、日に当たってのんびり過ごしたりするらしい。金融立国で景気が良かったが、リーマンショックで銀行は次々に倒産(現在は国有化)。貨幣が暴落したのでかえって工業などが復活し、現在は失業率も下がっているらしい。小さいながらダイナミックなところなのかもしれない。
 作品の背景はだからどんよりとした天気が多く、よく雨が降っている。天気と同じく描かれている人間模様も重くつらいものが感じられる。しかしながら文章のテンポがよく、いつの間にかグイグイ読ませる感じがある。余分なものをそぎ落として、しかし思わせぶりな不明瞭さは微塵もない。明るさが無いにもかかわらず、そこに何か良心的なものが流れている。複雑な内面を浮き彫りにする刑事物語でありながら、未来的な心の救済があるような気分になるのである。
 この物語が世界中でベストセラーになり、そうして日本語でも読めるようになったのは、ひとえにこれを読んだ多くの人が、この物語に共感を覚えたからに違いない。そうしてミステリとして大変に優れている。それは人間を描いているからに他ならず、そうしてそのような人間の感情には、万国共通性があるからであろう。まったく人間とは、面白い生き物というしかないではないか。
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