カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

ここには無く、ここにしか無いもの

2023-11-03 | つぶやき

 マイタウンの課題として、特に若い方の不満として多く聞かれることに、「休日などに過ごす遊び場がない」というものがある。買い物する場所がない、というのもあるし、映画館がない、というのもある。具体的に商業施設が少なく、たとえば「ラウンドワン」が無いという。そういうものを誘致すべきではないか、という。
 確かにそうかもな、とは思う。僕も若い頃にはそう思っていたかもしれない。ライブハウスなんかも無いという意見もあったし、そもそも有名どころがライブにやってくる機会などほとんどない。まったく無い訳ではないだろうが、極端に少ない。
 おそらくだが、この程度の人口規模で、多くの人が集まるような興行を組むというのが、まずは困難なのではなかろうか。地元の人が主体となって、一所懸命資金をかき集めて興行を打つという必要がありそうで、そうして大相撲やサーカスが来るというのはあるかもしれない。比較的経費の掛からない可能性のある寄席であるとか、生演奏を伴わない歌謡ショーというのは可能かもしれない。
 僕も若い頃にそのような不満を持っていたようで、長崎市や、遠くは福岡まで、目当てのライブを見に行った記憶はある。その経験は楽しい思い出だったかもしれないが、はしゃいで汗だくになり風邪をひいたりしたと思う。着替えが必要だし、そのような荷物を伴っての準備も必要だ。さらに遠方に行く経費も掛かる。田舎の若者には、そのような負担が大きいともいえる。結局一緒に行くような仲間も減り、自分一人で行くかというと、そういう選択をしなくなってしまったということか。
 また、途中でそのような仕組みにも気づいた、ということもある。そのようなカルチャーというのは、そもそも都会のものなのである。洋楽雑誌などで外国人のライブ情報などを見たりもしていたが、当然ながら東京中心で、ちょっと大規模でないと、大阪や名古屋でさえあまりない。日本においての文化の多くは、実は日本ではなく東京である必要がある。そうして東京に集約したのちに、地方に情報だけ届けられる。あとはメディアの配信やら配給があり、そういうものに乗っかる以外に地方でのエンタメの楽しみはない。そういう事に気づくと、もう特に欲しがる気持ちは無くなった。無いものをねだっても無駄なことである。ラジオを聞いてCDなどを買う。今はそれさえあまりしないが、要するに住むところを変える以外に解決できる問題では無いのである。ここに居ながらという課題とは無縁ということになろう。
 でもまあ歌舞伎の趣味がある訳でもないし、オペラなどを見たいわけでもない。恒常的な小屋ものの演芸も、出張の折などに見る程度でも不満はない。東京には確かに場所ごとに小さな小屋でも、情報次第では人だかりができるようなイベントが組めるが、基礎となる人口規模が違いすぎる。インフラどころか交通手段も違う。これは根本的な課題解決には至りそうにない。
 しかしながらそうであっても、そのような娯楽以外ならどうなのだろうか。いわゆる自然を楽しむエンタメというのは、田舎でなければ上手く行かないものも多いのではないか。サーフィンには向かない場所だが、釣りやキャンプは可能だ。サイクリングもできなくなさそうだし、走るにも問題はない。登山もできるし、ハイキングも可能だ。ボウリング場だって無い訳ではないし、いわゆるコストコは無いのかもしれないが、いつも行かなくてもいい場所ではないか(よく知らんが)。多少しけているかもしれないが、イベントはそれなりあるし、子供連れでもそこそこ楽しめるものはあるだろう。そういうものじゃない、という声も聞こえそうだけれど、そういうものこそ好きな人もいないではないのではないか。それは必ずしも多数派ではないのかもしれないが、得難い楽しみがここには含まれている、ということなのである。主体的に楽しみを考えるとすると、ここにはいったい何があるのか? ということになろう。そうしてそれは、作り出せるものなのではなかろうか。
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