ANK: a mirroring ape/佐藤究著(講談社文庫)
世界的に著名なAI研究者にして大富豪のキュイは、日本人の若き霊長類研究者の鈴木望をリーダーにした巨大プロジェクトを京都に立ち上げる。莫大な資金をもとに、これも世界的に著名な研究者を集め、注目を集めている。そうして海外メディアからも取材を受けた夜、研究所で何らかの異変が起こる。それどころか、なんと京都の街で人々が無差別に殺しあう暴動が勃発するのだった……。
当初は何らかのウイルスが原因でこのように人々が狂ってしまうのかとも考えられたが、犠牲者や加害者(しかしこれはお互いに殺しあうので限定はできないのだが)からは、ウイルスなどは検出されない。しかしながら研究所の所長である望は、最初の殺し合いは研究所内で起こっており、さらに逃げ出したチンパンジーがカギを握っている事には考えが及んでいる。原因はまったくの謎だが、自分が研究していることが、何らかの関係をもたらしているのではないかとは予想がつく。そういう中にあって、逃げ出したチンパンジーのアンクが動く先々で、京都の暴動の被害者が増え続けていく。彼らは人間の限界まで力を発揮し、何の躊躇もなく、同じ人間をターゲットにして殺し合いをしている。さらにこの映像がネットにも流れ出し、日本でゾンビが暴れ出したとされるデマが、瞬く間に世界中に広がってしまうのであった。
時系列は多少進行上前後するが、前半は謎が謎を呼ぶいったいどうなるのか見当もつかないおぞましい殺し合いが続いていく。人物描写が細かいところがあり、しかしそれは後半戦の伏線にもなっている。アクションも多く息もつかせないが、一見難しそうな専門分野の描写も非常にわかりやすい。ある意味荒唐無稽な大事件が起こっているが、しかしそれは大きなスケールでの科学的根拠をもとにしていることなのである。
これだけのスケールの小説が日本でもあるんだな、というのが正直な感想である。今まで皆無だったとは言えないが、いわゆるSF作品とは違った作風のエンタティメント小説でありながら、そのスケールが決して陳腐なものにならない。もちろんフィクションだとは重々承知しているものの、物語に引き込まれて、実際にこのような事件が起こりうるような、恐怖感さえ覚える。実際にこんなことが起こってしまうとたまったものではないが、だからこそ小説があるのだともいえる。そういうチャレンジングな精神も感じられて、実に圧倒される。もちろん先が気になって、読むことをやめることもできない中毒性もある。凄いものを読んでしまったな、と素直に読書の満足感に浸れる作品なのではあるまいか。