守備の極意/チャド・ハーバック著(早川書房)
体が細く、バッティングは今一つだが、ショートの守備においてはほれぼれするようなプレーをする少年を見つけた大学生のマイク。その名ショート、ヘンリーをさらに鍛え上げ、自らの大学の救世主としてグングン伸ばしていく。このヘンリーがバイブルのように持ち歩きながら読んでいる本の名前が「守備の極意」。そしてこの本を書いたアパリシオ・ロドリゲスの持つ連続無失策記録に並ぶまでに快進撃を成し遂げるまでになる。マスコミにも注目され、ドラフトの目玉選手とまで言われるほどになるのだが、そういう時になんでもないゴロをさばいて大暴投をしてしまう。何の狂いが出たのか分からぬまま、大スランプに陥ってしまうのだったが……。
要するに熱血野球小説なのだが、実は、野球の試合をやっているのが中心になった話なのではない。恋の物語であり、友情であり、そして同性愛など、人間の常識や倫理に関する問いかけでもある。確かに野球に異常にのめりこむあまり、その地獄の特訓で尋常さを超えてしまう日常を送っている。それはまるで漫画のスポ根には違いないのだが、それは恐らく一種のユーモアで、中心になっているのは、それらを織りなす人間模様だ。マイクの野球にかける情熱の異常さが、その周りの人間を巻き込んで、さらにヒートアップする。しかし同時に、実は彼が話の主人公なのかはよく分からない。出てくる人間のそれぞれの人生模様が、実に活き活きと描かれて、まさにアメリカの今を伝えている。
文章を読んでいるそのこと自体が、楽しいという小説である。何かとぼけているようでいて、実に細かく饒舌で、しかし計算されつくしている。長い物語には違いないが(上下二巻)、9年の歳月を費やして完成したという逸話も、納得のいく構成の素晴らしい作品だ。そうして人間模様は、いったいどこに行くのか分からなくなる。これだけいろいろなものが壊れて、そうして爆発するような出来事が続いて、しかし、悲しいながら爽快な気分を放っている。要するに素晴らしい。これぞ、「THE文学」なのではなかろうか。
実は絶版になっていて、長らく手に取れなかった。ふと地元の図書館で手に取って拾い読みして、これは買いだ! と思って飛びついた。今は値が崩れているので、まさに買いだ! と思う。これだけ面白いのだから、なんで絶版になったのか、本当に不思議だ。文庫化して再販すべきであろう。