カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

最も美しいセオリー   現代によみがえるダーウィン

2020-12-15 | 読書

現代によみがえるダーウィン/長谷川真理子、三中信宏、矢原徹一著(文一総合出版)

 20年くらい前に出ていた本。ダーウィンはすでに200年くらい前の人なのだが(進化論は160年ほど前に出版されていると思う)、もちろんそのダーウィンの書いた進化論は、現代においても、まだ新しい発見の詰まったセオリーなのだということを教えてくれる。科学の本でありながら、歴史でないと検証のできない問題を扱っていて、偶然を含んだ歴史的な流れが進化論であることで、再現するのが不可能でありながら、その正しさは際立っているということなのだ。僕はこの本を読んでみて、正直に言って改めて多くの点で進化論をちゃんと理解していなかったことを理解できた。それほど進化論というのは誤解されやすい論理であり、人間の感覚的には理解しづらいものなのである。
 ところがダーウィンは、200年近く昔の偏見だらけの世の中にありながら、猛烈な窮境的な圧力がありながら、地道にコツコツと並々ならぬ執念をもって、その証拠を積み上げて進化論をくみ上げていった。あまりにも周到に理論を積み上げて行ったせいで、多くの人々はこの進化論を読んでいる途中でくたびれて、読み間違えてしまったのかもしれない。
 でもまあ本当に頭のいい人たちはちゃんといて、ダーウィンの言っていることを正確に読み取ることが出来た訳だ。その人たちの代表がこの三人で、その三人がそれぞれ話をしたものが前半にあり、そうして分担してダーウィンを論じた三章が書き加えてある。ダーウィンの進化論なんて誰でも知っていると思っていると、ひどく火傷をするというのは、これを読んでいるとよく分かる。まさにダーウィンを読んだはずの歴史的に頭の良い人々が、ことごとく間違っていることが、改めて分かるようになっている。さらにダーウィンの時代の限界もあることだが、現在に至っても、ダーウィンが提示した新しい問題を研究できる材料が、ゴロゴロ転がっている。もちろん、ダーウィンだって怪しくあやふやな部分だってあったわけで、それはその時代に仕方がなかった常識であったわけで、そういうこともしっかりと読み込んで考えている。まったく感心の嵐で、僕が読みながら赤線を引いた箇所が膨大になって、読み返すだけでも大変である。それほど何度でも楽しめそうなテキストで、知らなかったとはいえ、また改めて進化論に憑りつかれる思いがする。とにかく面白いのだ。
 それにしてもダーウィンは、物事を考えるにはその根拠を見つけるよりないということを、地道に実践した偉人だということが言える。多く人が理解できなかったり、誤解したり、研究の道を外れてしまうのは、彼ほど素直でないからではないか。そうしてせっかく正しい道筋を示しているのに、読んでいてそれを間違って理解してしまうのだ。それはちょっとした皮肉ではあるが、だからこそこの問題は、しっかりと読み込んでいくより無いのである。
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