まんが新白河原人 ウーパ!/守山大著(講談社)
漫画家として30年生きてきた人間が、福島の荒れ地を買い上げ、開墾してログハウスまで建ててしまう。その顛末を漫画にしたもの。
もともと物質社会に対しての疑問のようなものが著者にはあったのかもしれない。漫画家の生活がどんなものなのかはよく分からないが、連載が終わったのを機に、土地を物色し、福島に東京ドーム一個分という広さの荒れ地を購入する。酔狂はとどまらず、木を切り、荒れ地を開墾して、ログハウスを建てていく。もともとそういう経験があったわけでもないが、漫画のスケールでは無くて、一分の一の土地に立体のものを描くようだ。チェーンソーはもちろん鉈などの道具を駆使し、とうとうパワーショベル(ユンボ)まで購入する。まさに自然と格闘して地道に土地を切り開いていく。苦労しているのだが、同時に確かな喜びがそこにはあって、別にやってみたい訳ではないのだけれど、読んでいてワクワクして思わず引き込まれてしまった。
僕は最初からとんでもない田舎暮らしをしているので、著者のような憧れは微塵も持たない訳だが、田舎暮らしだから普通にチェーンソーもユンボも扱ったことはある。しかしながら彼のように、本当の荒れ地を、それも一人で切り開いてログハウスを建てようなんて夢見たことは一度だってない。これを読んで感銘を受けたが、だからといってこれからもそんなことを夢見ることも無いだろう。そのような対極にあるような軟弱な僕でさえ引き込まれて読んだのだから、こういう世界が好きな人には、相当たまらない世界が描かれているのではないか。
それにしても山の中の自分の土地とはいえ、下手をすると遭難しかねないような環境である。日々の食事はコンビニかインスタント麺のようだし、めったに風呂に入れるわけでもなさそうだし、トイレは普通に野グソである。テントの中で犬と共に寝て、日が昇る一時間前からワクワクしながら日中の作業に没頭する。手の豆は破れ、木の根と格闘し、一日の仕事は難航してはかどらないこともままある。それでもあきらめることなく、それこそ取りつかれたように山の中でもがいている。漫画家だから、今まではおそらく一日の大半は椅子に座って仕事をしていたことだろう。そのような長い時間を、体を使ってリセットするような、そういう感覚があったのかもしれない。もしくは長年感じていた自分なりの鬱積したような気分というか、新生する自分自身の脱皮のための儀式のようなものがあったのではなかろうか。そうして普通ならあきらめそうな無謀な行動が積み上がり、ついに本当に自分一人でログハウスまで建ててしまうのである。
パートナー(たぶん奥さん)は非常に現実的な人で、理解はしながらも懐疑的に見守っている。現代社会の普通の感覚を忘れずに持っていて、時には厳しい批判を加えて、そうして時には素直に驚き賞賛してくれる。自分なりに無理なところはすっぱりと拒絶はしながら、べったりしたところのない偉大な理解者である。おそらく著者の中にある鬱積した以前の気分もいたわりながら、そうして本当は心配もしながら、この無謀な冒険を見守っていたのではなかろうか。無謀な行動でありながら、本当に分かりえないことかもしれないが、何か精神的にかなり行き詰ったものが、著者の中にあったのではないかと邪推するものだが、そう言うことも含めてこの冒険が、実は危険な賭けのようなものだったのではないかと思いながら読んでいた。そうして再生されていく生命感のようなものが、まさに生き生きと躍動していくドラマが生まれるのである。
世の中には変わった人がいるな、というだけならそれでもいいだろう。しかしながら、どこか万人にも共感のある、身近にありそうでなかなか普通では味わえない冒険世界が繰り広げられる。恐らくまだこの冒険は続いていることだろう。それが人が生きているということで、その意味の発端にふれるだけでも大いに価値のある漫画ではないだろうか。