夏は昼寝
2006-07-12 | 雑記
先の3分間スピーチでは「夏の風物詩」というお題であった。大村青年会議所内の例会でのことなので、夏越二本は予想できたが、Gちゃんの蛍一本はちょっと意外な感じでもあった。内容も環境問題で、失礼ながら、それも意外に感じた。
僕は寒いのも苦手だが、暑いのだって嫌である。暑いのにうろうろするのは不自然だと思う。だから青年会議所に入るまで、個人的に夏祭りに行くことはほとんどなかったし、どちらかといえば苦手であった。
僕はバンドもやっていたので、いわゆるライブというヤツも経験はあるが、自分が出るのは仕方ないにせよ、他人のステージにはほとんど興味がない。特に夏は暑いのに立ち上がって拳を振り上げたりして、かなり恥ずかしい。人が少なくて、でも知り合いで、そんでもって盛り上げなくちゃ、というときは、かなりつらい。自分の時もお互い様だと思うので、結構無理をしていたなあ、と思う。基本的に律儀なのであろう。
さて、そういうわけで、夏は暑さを避けて寝てばかりいるのが自然の摂理にかなっていると思う。夏は体力を消耗する所為か、昼間でも急激に眠くなることがある。暑ければ不快だが、涼しいところでスーッと眠りに入る気持ちよさは格別である。ソーメンなんかすすった後に、畳の薄暗い部屋で、風鈴なんかがチリンとなって意識を失うような感じが、最も理想的な昼寝である。
今ではどうなのか知らないが、中国では昼休みが長い。午後3時までは公共機関はすべてお休み。それで何をするかというと、ほとんどの人はお昼寝である。街は死んだように静まり返る。最初の頃はとてもシュールな感じで、普段の喧騒のある場所を歩いてまわったりして楽しんでいたけれど、結局誰もうてあってくれないので、しまいには僕も寝ることにした。
そうして昼寝をするようになると、なんと言うか、体調がいいような気がする。二三十分でいいから横になると、かえって夜も楽に眠りに落ちる。僕はすっかりお昼寝小僧が気に入って、特に夏のあいだは昼寝に精をだした。今となっては切ないような懐かしき夏の風物詩だ。
日本にいると昼寝なんてサボっている感じで甚だ印象がよろしくない。休みの日ならともかく、平日勤め人が昼寝するのは困難だろう。
僕の職場の周りはひたすら田舎なので、お百姓さんとか土方の人なんかが時々道端の木陰で横になっている。一見行き倒れのようでギョッとすることもあるのだけれど、これはこれでほほえましい光景である。田舎にはまだ人間性が残っておるなあ、などと思う。
昼寝をしない現代人は、肉体を動かさない精神性の所為かもしれないなあ、とも思う。心身が一元化しない生活は、結局無理をしているだけである。
そうはいっても仕事は終わらない。なんとなく怒りっぽい感じがして仕方ない。昼寝が風物詩になるような生活を取り戻せないものだろうか。