先方からある案件の相談の説明をしたいという話をもらう。ちょうど別件の用もあったので遠方だがこちらから出向くことにした。が、その状況はとりあえずいい。
待ち合わせている時間より十分ほど早く着く。先方はお電話中である。目線でなんとなく相槌をうって、入り口で待っている。電話はなかなか終わらない。入り口の暖簾の文字を読んだり、壁にびっしりと資料ファイルが収納してあるその背表紙の文字を読んだりして時間をつぶすが、なかなか電話は終わりそうにない。その状況に気づいた横で打ち合わせかなんかしていた人が、とりあえずお座りくださいと空いている椅子を勧めてくれて、座る。そんな感じで待っていても、やることは何にもない。ただ座っているなんて、ものすごく間が悪い。
目の前でパソコンに向かって仕事をしている男女がいる。男が上司で女が部下だろう。そして明らかにパソコンの腕は、女が上だ。男がさりげなく質問しているが、女がモニターを覗き込み、カタカタと横から手を伸ばしてなにやら打ち込んでいる。
「ふーん、そうやるんだ」
なんて、男は動揺を隠して(いるように見える)礼も言えず感心している。女はそのままどこかへ行ってしまう。バカにしているわけではなかろうが、優越感はあるのではないか。
そういうやり取りを眺めていても、まだ先方は電話で話している。たいしてしゃべっているようには見えなくて、腿の上にクリアファイルを広げてなにやら頷いている。深刻なのだろうか。
そういえば手帳を持っていた。今週の予定などを確認して、どういう仕事をしなくちゃな、なんてメモを取る。考え出すと面白くて、いつの間にか手帳に文字がびっしり埋まってしまう。書くところがなくなると手帳の本来の機能が損なわれる気がするので、いい加減手を止めなくてはならない。しかし先方はまだ電話中。過去のところをパラパラめくって、もう関係ないと思われる事柄を赤インクで線を引く。ついでにこのときはどうだったとか、感想を書き出して、どんどん過去のスペースが埋まる。ほらね、こういう時の為にスペースは空けておく必要があるのである。
そういう風に手帳の空白を埋めていたら、やっと先方は電話を切った。
さて、本題の内容を説明してもらうが、ほとんど5分で終了。僕は感想というか、この件の問題点を十五分あまりにわたって指摘する。待たされた腹いせではないと、自分では思っているが、実は自信がない。
帰りに駐車場から車を出すと、前の方でゴゴゴッと音がする。対面のタクシーがクラクションを鳴らして注意している。車を止めて降りてみると、区切りに置いてあったポールコーンを引きずって走っていたらしい。後ろから警備員が走ってきて怒られた。なんだかずいぶん動揺してしまった。僕に何が起こったのだろう。
そうだ、みんな長電話が悪いんだ。僕はただ、心の中で叫んでいるのであった。