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別にかた苦しいわけではない。
力強い美しさがある。
ひとつひとつの音が明瞭である。
演奏へのただならぬ没入感がある。
人間技とは思えないような。
彼には鬼神が憑いている。
聞くものを拒絶しているわけではない、その優しさは自然に感じられる。
あの没入感は真似ができないと感じる。
没入しても独りよがりではない。
以上、バド・パウエルの「ジャズ・ジャイアント」(1949,50 Verve)を聞いていて、感じたことである。
きっと、あれを続けていたら、精神と肉体の芯がやすらかさを失う。
あれができるのは、才である。
才がなくては、できない。
高速で走り続けるチーター、それは持って生まれた才、しかし、いつまでもとはいかない、生物には限界がある。
緊張の美であって、弛緩のくつろぎではない。
いろんな人がいていい。
遠ざけはしないが、あれだけでは、わたしは生きていけない。
バド・パウエルは、1966年、41才で死んでいる、ニューヨークで。
疾走する才能の姿。
嫌いではない。
もし、友だちだったら、「一緒に、海や山に行こう」と誘いたくなるような。
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