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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

抗生物質誘発性腸炎

2008-02-27 | 馬内科学

 馬に抗生物質を投与していると下痢を起こすことがある。ときには疝痛を伴うひどい腸炎になり、死亡することもある。抗生物質投与をやめると下痢もとまるような場合はいいが、下痢が慢性化し、どうしても止まらないこともある。

抗生物質によって、腸内細菌叢が乱されて悪玉菌が腸内で増えて腸炎がおこると考えられている。

 かつては、テトラサイクリン系の抗生物質が腸炎を起こすことが多く、馬には禁忌とされてきた。

最近では、ロドコッカス感染症の治療に用いられるリファンピン(人の結核用の抗生物質)やエリスロマイシンによる腸炎をよく聞く。

USAではリファンピンとエリスロマイシンの組み合わせはロドコッカス感染症の治療薬として推奨されていたが、日本ではエリスロマイシンは腸炎が多くて使えそうになかった。

 リファンピンによる腸炎はロシアンルーレットのようなもので、

「リファンピン使って下痢になったことなんかないですよ~」と豪語していた獣医さんが、次の年には

「リファンピン投与する仔馬がかたっぱしから下痢する。どうなったんだろう?」と頭を抱えていたりした。

 危ない抗生物質なので、まず1錠やってみましょう。と1カプセル投与したら疝痛と下痢を起こして死んでしまったという仔馬もいた。

結局リファンピンは、菌分離によりロドコッカス感染症と確定診断されて、副作用の可能性より、治療費が安くすむとか治療に成功する可能性が高いというメリットの方が大きいと判断した時だけ、畜主と相談の上で使うべきだろう。

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 セフェム系の抗生物質も投与量によっては抗生物質誘発性腸炎を起こすことがあるようだ。

セファロチンとかセファゾリンなどは、血中濃度の維持が悪くて、本来点滴投与したい抗生物質だ。いたずらに投与量を増やすより、投与回数・方法を考え直した方がいいかもしれない。

セフチオフル(エクセネル)はセフェム系にしては1日1回投与でいい抗生物質だ。これも私たちは成馬で1日1gで使うことが多い。

効く時はその投与量で効くと考えているし、投与量を増やすと腸炎の危険が増すだろうと思う。

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 アンピシリンを成馬に使うのを躊躇する人もいるが、私たちは3g1日2回投与では腸炎は経験していない。しかし、食欲が落ちた馬はいたので、骨折などのストレスがかかっている馬や、種馬などでは気をつけた方がいいだろう。

海外の教科書には6-9gを1日3回などという投与量が載っていたりするが、海外の馬は抗生物質に対する感受性も腸炎の危険性も日本とは違うようだ。

海外の教科書から情報を得るのは大事なことだが、抗生物質の投与量だけは鵜呑みにするのは止めた方が良いと思う。

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 馬は基本的には、ペニシリン系もセフェム系も経口投与では吸収しないとされている。

セフェム系抗生物質を経口投与して腸炎を引き起こした馬もいた。

効果がない治療で死んだのでは馬も浮かばれない。

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 有名な種雄馬が日本で故障して、海外から獣医師が診察に来て、この抗生物質をこれだけの量投与してくれ。と指示したそうだ。

「日本ではそんな投与量は必要ないし、危険だ」と説得して指示に従わなかった獣医さんがいたが、正解だったろうと思う。

海外の獣医師の指示通り投与して腸炎を起こして死にかけた種雄馬もいた。

日本の馬がどうして抗生物質に弱いのかはわからない。

しかし、シャトルで日本に来ている馬も抗生物質に弱いとすると、その馬固有の細菌叢の感受性の問題ではないのかもしれない。

ミネラルが少ない飲み水のせいか、草の種類のためか、あるいは・・・・・・

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15 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
土壌の性質により細菌叢はかなり変わりそうですね。 (zebra)
2008-02-27 22:08:40
土壌の性質により細菌叢はかなり変わりそうですね。
国内でも地域差があったりはしないでしょうか。
腸粘膜は腎臓にも劣らぬ水や塩類の出入りがあるにも拘らず、抗生物質自体の細胞毒性があまり語られることがないと思いますが、そのようなものは存在しないのでしょうか。
単に細菌叢が乱されるだけなら生菌剤により改善されそうな気もしますし、エンテロトキシン諸々の粘膜障害が存在するのではないかとも考えられないでしょうか。
だれか解明してもよさそうなものですが簡単ではないのでしょうね。

ブログ2周年お疲れ様です。
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ご無沙汰いたしております。 (M.N)
2008-02-27 22:09:18
ご無沙汰いたしております。
馬科学会以来の書き込みですね。

ロドコッカスの記事、興味深く拝見いたしました。
素人質問で申し訳ないのですが、いくつか質問がございます。
ロドコッカスに感染した牧場に何軒か行ったことがありますが
1軒の牧場さんに、厩舎の消毒はやりすぎると
いい菌まで殺してしまうと言われたことがあります。
厩舎内にいい菌なんてあるのでしょうか?
自分にはさっぱりイメージが沸きません...........。
またロドコッカスに感染した牧場に行き、引き続き他の牧場に
行く際には、なにか予防法はありますか?
やはり、靴を消毒するぐらいでしょうか。

お忙しい中、恐れ入りますがご教授いただければ幸いです。
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>zebraさん (hig)
2008-02-28 06:12:06
>zebraさん
 USAの馬と、日本の馬では腸内の乳酸菌・ビフィズス菌の構成がかなり違うそうです。それが土や水や草や親からの継承や、その他なにによるのか知るのは難しいでしょう。また、そのことと抗生物質誘発性腸炎への強さとどう関係するのかもまだまだ研究しなければならないでしょう。
 
 抗生物質そのものが腸管にダメージを与える可能性は・・・・私にはわかりません。マクロライド系抗生物質は最近の馬の教科書では蠕動亢進薬として記載があったりします。私は無茶な話だと思います。

 無菌馬を作って実験すれば、答えがでるかもしれませんが、莫大な費用がかかる実験になりそうです。

 乳酸菌を与えておいて抗生物質を投与することで腸炎を減らす。というのは誰しも考えるのですが、今までの乳酸菌では明らかな効果は感じられないようです。
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>M.Nさん (hig)
2008-02-28 06:24:09
>M.Nさん
 厩舎に良い菌がいるか・・・・どんなに消毒しても無菌にはならないでしょう。消毒薬を撒いておくような消毒の仕方をすると、消毒薬に強い菌が残ってくるということはあるかもしれません。
 しかし、まず厩舎内をかたづける。よく掃除する。くもの巣、壁のウンコや粘液、ホコリを洗い流す。消毒するとすればそれからですね。
 ロドコッカスが土壌にいるという話をすると、すぐ土を消毒できるかと言う話になってしまうのですが、生産牧場での一番の感染源は感染子馬です。感染子馬自身と感染仔馬の喀痰・糞便を他の仔馬から隔離する必要があります。感染子馬がいた馬房や小パドックは、汚れていると思ったほうが良いでしょう。

 ただ、サルモネラのような伝染力がある菌ではないので、伝播についてそんなに警戒する必要はないと思います。馬を飼っているところではどこでもいる菌です。感染子馬の喀痰や糞便や膿で汚れた物でなければ、菌量は無視して良い程度だと思います。
 
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現在アメリカで働いていますが、抗生物質の投与量... (つかぽん)
2008-02-28 07:42:02
現在アメリカで働いていますが、抗生物質の投与量は多いのではと?前から疑問に思っていました。免疫の力にたよる(ある意味ほったらかしなのですが)オセアニアとの違いには驚きます。

リファンピンは日常的に使用しますし、他にVentipulminやSMZ-TMPなども日常的に投与します。

少しの発熱でも食欲があり問題なければ経過を観察すれば良いのではと思うのですが、アメリカでは薬にたよりすぎる気がしてなりません。

本来の免疫にたよるのが南半球の経験でよいと思うのですが、素人には難しい問題です。

以前から疑問に思っていたことでしたので、非常に参考になりました。

ブログ2周年おめでとうございます。
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ちょっと論点がずれてしまうかもしれませんが、牧... (maimai2)
2008-02-28 08:23:48
ちょっと論点がずれてしまうかもしれませんが、牧場のおじさんたちがこう言ってました。

昔の牛に薬(抗生物質)が効かない事なんてなかったのに!!

薬に頼りすぎていた事も挙げられますし、自家製へイレージの均一でない性質など諸問題はある訳ですが。。(ーー;
うちの場合、牛のルーメンの動きの悪さにとある先生に驚かれた事がありました。。。

サラブレッドとポニー間でも違いはありそうですね。。。

そういえば、海外に馬の買い付けに行った先生から聞いた話ですが、購入した馬をコンテナに積む前(?)にゲンタマイシンをブチュって打ってから来た、何て言ってました。
何故打ったのかなーと疑問に思いつつ、その先生と再会する機会に恵まれず。。。
先生、検討付きますか???
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腸内細菌叢の相違や生菌剤の投与が有効に作用しな... (zebra)
2008-02-28 20:27:11
腸内細菌叢の相違や生菌剤の投与が有効に作用しないのは、腸内の免疫寛容の関連を示唆するとは考えられないでしょうか。
胎生新生期に暴露される細菌環境に生涯の腸内細菌叢が左右されたりするのでしょうか。
USAで釣って来た細菌群を製剤にしたらプラセボでも売れそうですね。
抗生物質耐性だったりすると困りそうですけれども。

マクロライドが腸蠕動薬ですか。医薬品はやはり主作用を目的として使用すべきかと私も思います。
マクロライドはじめ抗生物質は白血球の遊走能や活性酸素能とも関連しているとの事ですし、思いがけない作用が今後も発見されていくのではないでしょうか。
個人的にはマクロライドとアミノグリコシドは毒ではないかと感じております(哀)
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>つかぽんさん (hig)
2008-02-29 00:17:48
>つかぽんさん
 オーストラリアとUSAで違いを感じますか。それは興味深いです。馬の管理方法自体も随分ちがうようですし、一概にどちらが良いとも言えないとは思います。馬の密度、獣医師の密度から言って、日本の生産地が目指せるのはオーストラリアではなくてケンタッキー。となってしまうのかもしれません。しかし、ケンタッキーがすべて良いわけではないというのは心にとどめておいた方がいいでしょうね。

 どうぞ、海外情報をコメントとしておくってください。
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>maimai2さん (hig)
2008-02-29 00:23:38
>maimai2さん
 輸送時に抗生物質を投与するのは輸送熱の予防でしょう。

 昔は、ペニシリンが画期的な治療薬だったんですからね~。われわれ獣医師も、抗生物質と耐性菌のいたちごっこを加速させないように注意が必要だと思います。獣医師には、抗生物質を使わせないようにしよう。という主張もあると聞いています。とんでもない話だと思いますが、私たちがいい加減なことをしていては反論もできなくなります。
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>zebraさん (hig)
2008-02-29 00:32:44
>zebraさん
 腸内細菌叢というのは非常に複雑で、地球上にいる生命体すべて。と模式的に考えることがあります。抗生物質は、そこに落とす原爆、水爆のようなものです。あらゆる生命体が絶滅するか、生存数が激減します。そのあとどんな社会が生み出されるか誰にもわかりません。
 病原体(敵対国家あるいはテロリスト)が居るからと言って、原爆を落とすかどうかは考えものです。

 たしかにほとんどの薬が毒です。小児科のお医者さんで、奥さんが子供に薬を飲ませたら、
「お前!薬って言うのは毒なんだぞ!お前は自分の子供に毒を飲ませるのか!」
と怒った先生が居たそうです。
あんたは仕事で薬を処方してないのかい????
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