真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「若い男に狂つた人妻」(1995『激生!!人妻本気ONANIE』の2008年旧作改題版/製作:サカエ企画/配給:新東宝映画/監督:新田栄/脚本:岡輝男/企画:中田新太郎/撮影:千葉幸男/照明:渡波洋行/編集:酒井正次/助監督:国沢実/監督助手:北村隆/撮影助手:島内誠/照明助手:渡辺明/音楽:レインボーサウンド/効果:中村半次郎/録音:シネ・キャビン/現像:東映化学/出演:桃井良子・杉原みさお・河名麻衣・稲田美紀・真央はじめ /丘尚輝・中田新太郎)。出演者中、丘尚輝(=岡輝男)と中田新太郎は、真央はじめまでとは中点で区切られる、いはゆる内トラ(内部エキストラ)扱ひか。
 小川の水面を、白い短冊状の物体が流れる。人は日々の幸せのために諸々を我慢してゐる云々、取り留めもない能書をモノローグで垂れがてら、橋の上より桃井良子がぼんやりと、その、何なのか微妙に判然としない“何か”を見やる。ともあれ以降の本篇は主人公の、その夏の火遊びに関して語られる旨、ひとまづ明確に語られる。
 野中博子(桃井)が偶さかよろめいた、一つ目の理由。夫・仁志(丘)が博多への長い出張に発つた博子に、お隣の横張敦子(杉原)が、杉原みさお的には十八番のメソッドともいへよう、ポップな悪戯心を剥き出しに近づく。敦子は博子に一人寝の夜の友にとAVを、しかも男優しか登場しない、いはゆる薔薇族ビデオを貸しつける。敦子の、薮から棒にもほどのある跳躍の高さ以前に、ピンク映画にとつては敵対勢力ともいふべきアダルトビデオに対する屈託のなさにも、一応躓いてみせようか。それでゐて、敦子の前では慎ましやかな人妻ぶつてみせる博子が、自宅で早速再生してみたビデオには、平然と登場する女優が普通に男優とセックスしてゐたりする無造作さも、実に新田栄。ある意味といふか別の意味で、ルーチンワークといふ奴はこのくらゐ無頓着でないと、こちらも潔く諦めがつかぬといふものだ。我ながら、何処に落とし込んでゐやがるのだかよく判らないので話を戻すと、元々結婚以前オナニー狂であつた博子は、ケロッとAVに熱中する。良くも悪くも流れる水のやうに、二つ目の理由。日課のジョギングに汗を流す博子は森の中で、吉田明(真央)と女子高生の制服を着た白倉里緒(河名)の青いカップルが、体を許す許さないで争ふ微笑ましい光景を目撃する。純朴な女学生像の、ど真ん中を撃ち抜く河名麻衣が素晴らしいのは我々目線で、博子は明の、若い男の肉体に胸をときめかせる。こゝで、さりげなくでもなく重要なのは、ジョギング中を方便に短パンTシャツ姿の桃井良子が、御丁寧にも汗でお乳首も鮮明にノーブラである点。一般的には清々しく不自然ではあれ、ピンク映画としては圧倒的に正しい。と、ころで。当初予定よりも仁志の帰りが遅れる博子を陽気に追撃しつつ、敦子も敦子で、木に竹を接ぐが如く深刻な悩みを抱へてゐた。敦子の夫・克彦(中田)が明快に女の気配を窺はせ、仕事と称して家には戻らない日々が続いてゐた。そもそも敦子がAVなり淫具に溺れたのは、その寂しさを紛らはせるためであつた。とかいふ、敦子の明後日に健気な思ひも知らず、博子は明に晴々しい岡惚れを拗らせる。博子が足を挫いた現場に、タマタマ、もとい偶さか居合はせた明に助けて貰ふ。だなどと、遅刻寸前の登校途中に曲がり角にてぶつかつた、トースト咥へた見知らぬ美少女と転校生といふ形での再会ばりに画期的に類型的なシークエンスを経て、博子は明と正しく急接近。一欠片の呵責を滲ませるでなく、サックサク寝る。
 ワン・カット、しかもロングのみの登場とはいへ、展開の鍵を握るのは確かに握る稲田美紀は、博子も伴つた敦子の目前、横張家の表で克彦とワーゲンに乗り込む、派手な服装の女。中田新太郎がカメラの前に立つのも、この場面限り。それにしても改めて、この御仁のトッポい胡散臭さは最高だ。
 若い男に狂ひ、かけた人妻が、とりあへず平穏に元鞘に納まるまでの顛末。オーラスにて、開巻絶妙に判然としなかつた白い短冊状の何かが、博子が文字通り水に流した―川にゴミを捨てるな―明との一夏の逢瀬のアイコンともいふべき、足首に巻かれた包帯であるのが明示される。そこだけ掻い摘んでみれば、最低限十全な構成と、勘違ひしてしまへなくもない。尤も、それはそれとして克彦を偏に想ひ続ける敦子に感化される訳でもなく、博子は関係を重ねた明と、駆け落ちを決意するまでに至る。ところが結局土壇場で博子が踏み止まつた、より直截には踏み止まる結果となつた契機といふのが、荷物も纏めた博子が明の部屋に向かふと、里緒の初体験の真最中でありました、とかいふ逆棚牡丹な消極性には、逆向きのエモーションがグルッと一周して思はず胸を打たれかねない。詰まるところ都合のいゝことこの上ない―最早上なのか下なのかよく判らない―物語、と片づけてのければ、逃げ場なく一言で事済むにさうゐない。ルーズである点に関しては徹頭徹尾ともいへよう、おかしな意味で逆説的な一作である。

 最後に、映画自体の中身もさて措き凄まじいのが、今作は1998年最初の新題が「全裸ONANIE 悶え狂ふ人妻」、2003年二度目の新題が「オナニー&レズ 悶え泣く若妻」。即ち恐ろしくも、実は何と今回が三度目の新版公開となる。このまゝ、何とか細々とピンクの命脈が辛うじて保たれたならば、そのうちよもやまさかの四度目も決して夢ではないのだらう。それは果たして夢なのか、それとも悪夢なのか。


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