真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「濃密舌技 めくりあげる」(1996/企画・制作:セメントマッチ/配給:大蔵映画/監督:池島ゆたか/脚本:五代暁子/プロデューサー:大蔵雅彦/撮影:千葉幸男/照明:高原賢一/編集:酒井正次/スチール:津田一郎/助監督:高田宝重/監督助手:瀧島弘義/撮影助手:嶋垣弘之/照明助手:藤森玄一郎/録音:シネキャビン/現像:東映化学/挿入曲:『ハートブレイク・マーダー』詞・曲・唄:桜井明弘/出演:林由美香・川村結奈・田口あゆみ・山本清彦・樹かず・平岡きみたけ・池島ゆたか・山ノ手ぐり子・藤森きゃら・神戸顕一)。
 砂嵐にタイトル・イン、ブラウン管からカメラが引くと、度外れた痛飲の跡を窺はせる女の部屋。懲りずにボトルを喇叭で呷り、麻由(林)は終に部屋の酒を飲み尽す。衝動的に手首なんて切つてみたりもしがてら、想起する逢瀬で主演女優の初戦。麻由の部屋での事後、二年付き合つた恋人の立花(樹)は専務の娘と見合したとやらで、寝耳に藪から棒をブッ刺す別れを切り出す。回想明けは夜の南酒々井、御馴染み津田一郎の自宅スタジオ。自身が不倫を拗らせてゐた際には麻由の世話になつた、友人・カオル(川村)の家に麻由は一時転がり込む、右手首には包帯を巻いて。中略、歩道橋の上から車の往き来をぼんやり見やる麻由に、山本清彦(以後やまきよ)が「死にたいの?」と無造作に声をかける。死ぬのを手伝ふ云々称したやまきよは、有り金叩いて買つたとのトカレフを白昼堂々誇示。やまきよが銃を入手した目的は、自分を裏切つた女に対する復讐。「失恋自殺より、失恋殺人を選ぶタイプなの、俺」とかやまきよがドヤるカットの、途方もないダサさに失神しさうになるが、麻由はといふとコロッと感化かケロッと感心、立花を射殺する妄想に耽る。トレンチとサングラス、頭には中折れを載せ、ハードボイルドでも気取つた風情はある意味微笑ましくもあれ、当時顔がパンパンに丸く、殊に仰角で抜くと顎のラインなんて原田なつみと大して変らないリファイン前の林由美香が、へべれけに柄でないのは時代を超え、得ない御愛嬌。基本キレにも硬質とも無縁の、池島ゆたかの大根演出に後ろから撃たれた感も大いに否定出来ないとはいへ。
 山ノ手ぐり子と藤森きゃらが前後する以外、本クレとポスターとでビリングが変らない俳優部残り。最初はカオル宅のテレビに登場する藤森きゃらは、愛人を共犯者に夫が妻を殺したのちバラバラにした事件を、都合三度費やし執拗に伝へ続ける「ニューススクエア」のアナウンサー。田口あゆみが、件の専務令嬢・麗子。平岡きみたけは麻由が逗留してゐるのも構はず臆せず、カオルが家に連れ込む彼氏、ではない男・ケンジ。麻由の近況も踏まへると尚更、不可思議の領域に突入して無神経な行動ではある。それはさて措き、持ち前の男前と、平岡きみたけの凄惨なマッシュルームの陰に隠れ、今回樹かずも実は、マオックスこと盟友である真央はじめよりチンコな髪形。イコール五代暁子の山ノ手ぐり子は神通力ばりの的確さを爆裂させながら、其処は何処かの屋上なのか、よく判らない謎のショバで商売してゐるミステリアスな占師。要は改めて後述する麻由が膨らませる第二次イマジンの舞台共々、それらしきロケーションを工面する手間なり袖を端折つた、その筋の大家(“おほや”でなく“たいか”)といへば今上御大の存在がまづ最初に浮かぶ。絶対値だけは無闇にデカい―ベクトルの正負は問ふてない、といふか問ふな―無頓着、名付けてイズイズムの証左である。捌け際はジェントルな池島ゆたかは、高田宝重がバーテンの狭い店で麻由に声をかける助平親爺。林由美香の絡み数を稼ぐ、男優部裸要員といつても語弊のない役得配役。・・・・あれ、誰か忘れてないか?
 荒木太郎が「異常露出 見せたがり」(主演:工藤翔子)でデビューした五ヶ月弱後、池島ゆたか―は1991年組―の1996年ピンク映画第三作は、その二十二年後、よもや二人して放逐されようとは。所謂お釈迦さまでもといふ、池島ゆたかの大蔵上陸作である。それまで池島ゆたかが主戦場としてゐた、エクセスがその手の徒な意匠を許すとも思ひ難く、桜井明弘の楽曲を使用するのも多分今作が初めてなのではあるまいか。爾来、主に合はせて百本近いピンクと薔薇族を大蔵で撮つた末、池島ゆたかのフィルモグラフィは2018年第三作「冷たい女 闇に響くよがり声」(脚本:高橋祐太/主演:成宮いろは)を現時点でのラストに、有体にいふと干される形で途絶えてゐる。荒木太郎のハレ君事件が起こつた当初から当サイトのみならず唱へてゐた、大蔵が多呂プロの梯子を手酷く外したと看做す認識が、一審判決に於いて裁判所の認定する事実となつた今なほ、潮目が変る気配も五十音順に荒木太郎と池島ゆたかが復権を果たす兆しも依然一向に見当たらず。当然、当サイトはさういふ現状を是認するところでは一切全然断じてない旨、性懲りもなく重ね重ね言明しておくものである。池島ゆたかも荒木太郎も特に好きな監督といふ訳では別にないけれど、物事には道理、渡世には仁義つて奴があるだらう。ドラスティックに話は変るが、フと気づくとまたこれ、清々しいほど意味のない公開題だな。
 男に捨てられ死にたガール・ミーツ・捨てられた女を殺したいボーイ。麻由とやまきよ共々、といふかより直截にいふと共倒れる洗練度の低い造形と、甚だ野暮つたいディレクションには目を瞑れば、ありがちともいへそれなりの物語に思へなくもない、如何せん瞑り辛いレベルなんだけど。尤も、麻由が拳銃を文字通り借りパクする形でやまきよと一旦別れたが最後、二番手の濡れ場と池島ゆたか相手の林由美香二戦目を消化してゐる間、山本清彦が中盤丸々退場したきりの豪快か大概な構成が、既に致命傷に十分な深さの中弛み。と、ころが。出会つた時と同様、麻由とやまきよが偶さか往来で再会してからの終盤。映画がV字復調を果たすどころか、寧ろ全速後退を加速してのけるのが凄い、勿論逆の意味で。先に軽く触れた麻由の第二次イマジン、順に麻由が撃ち殺す麗子―はこの段階では面識ないゆゑ仮面着用―と立花が、折角そこら辺の児童公園で撮つてゐるにも関らず、格好の大きな滑り台、もしくは小さな坂状の遊具を滑り落ちない、地味に画期的な拍子抜けには「使はねえのかよ!それ」と度肝を抜かれた。単なるか純然たるおざなりさにも呆れ果てつつ、恐ろしくもその件が底ですらなく。更なる真の底は底抜けに深いんだな、これが。津田スタ撮影の、やまきよは何もせず二人で一泊するだけのつもりが、麻由がトカレフの借り賃を体で払ふ締めの一戦。前段に二人が三発目の「ニューススクエア」を見てゐた都合で、床とカメラ―または視聴者ないし観客視点―の間にはテレビが置かれてある。吃驚したのがそのまゝオッ始めてしまふものだから、体を倒し横になつた途端、麻由の首から上が家電に隠れ見えなくなる、壮絶に間抜けなフィックスには引つ繰り返つた。流石に幾ら量産型娯楽映画が時間に追はれたにせよ、現場で誰も何もいはなかつたのか、といふかいはんか。素人の邪推ながら、初号を観た林由美香も、まさか自分が映つてゐないなどと思つてゐなかつたにさうゐない。挙句次々作と大体同じやうな、木に竹を接ぐ用兵が別の意味で潔い神戸顕一が、滔々と垂れ流す説明台詞で映画に止めを刺す係で登場する、ニューシネマ的な無常観をぞんざいさと履き違へた無体な結末で完全にチェック・メイト。五代暁子は自ら山ノ手ぐり子として秀逸な伏線を敷いたつもりなのか、麻由が勝手に吹つ切れる適当なロングが凡そ感情移入ないし余韻の類を残さない、スーパードライなオーラスは当時大蔵に君臨してゐた、大御大・小林悟の尻子玉を抜く脱力感と紙一重。側面的なツッコミ処が、後年、然様な一作が“池島ゆたか Archives 厳選30作品集”の括りで円盤発売されてゐる現実の、プリミティブな破壊力。うーん、厳選してこれなのか。
 終始漫然とした映画が瞬間的に爆ぜるのが、フィリピン人の風俗嬢である女の印象を、麻由から問はれたやまきよが脊髄で折り返す速さで「シャロン・ストーン」。やまきよ一流の惚け具合弾ける、こゝの「シャロン・ストーン」は普通に声が出るくらゐ可笑しい。山本清彦の役名をやまきよで通したのは何も愛称に固執したのではなく、劇中意図的に、固有名詞が終に伏せられてゐた由。

 最後、に。やまきよと樹かずが控へる上で、大将の神戸顕一が飛び込んで来れば即ち、確認出来てゐる中では最も新しい、神戸軍団三枚揃ひの八本目となる。といふのは、決して神など宿さぬ些末。
 備忘録< 麻由が線路に捨てた、オートマチックを拾ひに行つたやまきよは電車に轢かれ即死、神顕はそこに通りがかる饒舌な通行人


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