真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「悶える熟女 夫も知らないみだれ方」(2002『不倫妻 ねつとり乱れる』の2012年旧作改題版/製作・配給:新東宝映画/監督:深町章/脚本:岡輝男/企画:福俵満/撮影:清水正二/編集:酒井正次/助監督:佐藤吏/録音:シネキャビン/スチール:津田一郎/現像:東映化学/出演:里見遙子・若宮弥咲・岩下由里香・岡田智宏・川瀬陽太・浅井康博・丘尚輝)。出演者中、里見遙子がポスターには里見瑤子。
 五十三歳の墓地セールスマン・藤田広志(岡田)はけふもけふとて数字を上げられず、十年下の部長にどうせ怒られるのに嫌気が差し、「こんな筈ぢやなかつた」と人生丸ごと悔いながら社には戻らず直帰を勝手に決める。園部亜門の愛車でもある、フロントが凹んだ青いヴィヴィオが下り坂を左折し消えるとタイトル・イン。ところが家は家で帰つてみると、妻の美沙子(若宮)は間男・風間恭介(丘)を連れ込み不貞の真最中。怒鳴り込むでなく、何も見てゐない何も見てゐないと現実逃避する広志が闇雲に走らせた車は、山道の小さなトンネルの前に。広志はフと車を降り、徒歩でトンネルに入る。ここで、トンネル越しに抜かれる竹林が抜群に美しい。トンネルを抜けてもそこは別に雪国ではなく、圏外表示の広志の携帯に、三十年前学生運動の同士・五十嵐隆之(川瀬)からの手短な電話がかゝつて来る。父親のパンツと一緒に自分の衣類を洗はれると悲鳴を上げる、女子高生の娘・真由(岩下)の顔見せ挿んだ翌日。真由が学校はどうしたのか、スェット系の彼氏・山川正樹(浅井)とほつゝき歩くのを目撃した広志は捕まへて説教するも、山川にボコられた挙句に、部長からも電話一本でリストラを宣告される。どんな非情な会社だ、手つ取り早いにもほどがある。再び「こんな筈ぢやなかつた」とトンネルを抜けた広志の携帯に、今度は五十嵐と同じく同士の水野毬子(里見)から電話がかゝつて来る。毬子は付き合つてゐた五十嵐が次第に先鋭化する姿に不安を覚え、広志に相談を持ちかける。その内に広志と毬子は手と手を取り二人足を洗ふ方向に傾くが、土壇場で二の足を踏んだ広志が身を引いた結果、五十嵐と毬子は最終的に総括で命を落とす。
 今は如何お過ごしなのか、深町章の2002年全五作中第二作。正直なところ、最強の中でも殊更対深町章戦には滅法強い、m@stervision大哥がリアルタイムで既に完結されてをられると、事前には負け戦を如何に誤魔化したものか激しく頭を抱へつつ、蓋を開けてみると案外さうでもなかつた。大林宣彦のハイビジョン・ドラマとの酷似に関しては、その頃は未だ我が家にもテレビがありはしたものの未見につき、ここは潔く―臆面もなくともいふ―通り過ぎる。その上で今作単体に対するアプローチを試みると、「こんな筈ぢやなかつた」とまゝならぬ万事に絶望した広志が、正しくタイムトンネルを潜るのは都合二回と、もう一回。最初の「こんな筈ぢやなかつた」で三十年前に触れ、二度目に半信半疑を確信に変へると同時に、当時の状況を改めて振り返る。そして三度目には、あの時“ああすればよかつた”方向に過去をやり直す腹を固め、さうしてゐれば“かうなる筈の”イマジン―その中に登場する、広志と毬子の間に出来た秀才息子・サトル役が不明―を膨らませる。となると、ショートショート風に容易に予想し得るのは、“ああすればよかつた”風に動いてみせても、結局辿り着くのは単なる別の形の、矢張り“こんな筈ぢやなかつた”現在。さういふ、端的にいふと“ダメな奴はダメ”な底意地の悪い決定論がひとつの定石かとも思へたものだが、プリミティブな力技でまさかのハッピー・エンドに捻じ込む豪快な作劇には、確か初見ではないにも関らず全く覚えてゐなかつたのか、綺麗に度肝を抜かれた。最後の最後で主人公が“こんな筈ぢやなかつた”を放棄する、よもや“かうなる筈ぢやなかつた”一作。普段の嗜好としては、この手の夜の夢を捨て現し世を選び取る類の物語には苛烈なアレルギー反応を示す偏狭であるのだが、思ひのほか心地良く驚かされた。

 尤も、広志が土壇場で二の足を踏むのは三十年ぶり二度目。そんなこの男には、相変らず“こんな筈ぢやなかつた”未来しか残されてはゐないやうな気もする。野暮なシニックはさて措き、新旧題とも本筋に掠りもせんな。


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