真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「徳川の女帝 大奥」(昭和63/製作:株式会社にっかつ/配給:シネ・ロッポニカ株式会社/監督:関本郁夫/脚本:関本郁夫・高山由紀子・志村正浩/プロデューサー:藤浦敦/撮影:水野尾信正/照明:内田勝成/整音:福島信雅/録音:佐藤泰博/美術:西亥一郎・田中孝男/編集:奥原好幸/音楽:津島利章/監督補:北村武司/助監督:塚田義博/製作担当:秋田一郎/企画担当:小松裕司/スチール:石原宏一/撮影助手:長谷川卓也、他/照明助手:奥村誠・小川満、他/タイトル:道川昭/結髪・床山:山田かつら/出演:竹井みどり・西川峰子・成田三樹夫・白木万理・服部妙子・白石奈緒美・吉原緑里《新人》・川葉子・麻生かおり・長坂しほり・池谷美香・宮内ルリ子・江崎有美・中西典子・根本里生子・和地真智子・新井今日子・ただのあっ子・菅原千加代・飯島明子・西美子・田中明夫・浜田晃・畑中葉子《友情出演》・三ッ矢歌子・夏八木勲)。配給に関しては事実上“提供:Xces Film”か。とはいへ、この期に死者を鞭打つやうだがロッポニカの、ショボい稲光が轟かないカンパニー・ロゴの唸りを挙げるダサさには震撼する。
 時は文化文政、十一代将軍徳川家斉(成田)治下の江戸。大奥御年寄の花沢(西川)は仏性寺を参拝すると称して、直参旗本の中野清茂(夏八木)と逢瀬を重ねる。中野は情事を覗き見る、寺の娘・お美代(竹井)の視線を感じる。仏性寺の住職・日啓(浜田)によれば、お美代は未亡人が寺で産み落とした娘だといふが、どうやら種は日啓のものであるやうだ。興味を持つた中野は養女に迎へ入れたお美代を、文化三年初夏大奥に上げる。それは養女が将軍の寵愛を受けることにより結果的に自身の権勢を増さうとする、泰平の世にあつて中野にとつては一種の戦であつた。中野を養父としてではなく、一人の女として意識し始めてゐたお美代は非情な運命と激変する環境とに翻弄されつつも、中野の意を汲み、大奥での女の戦ひに勝利する決意を固める。
 配役中他に主だつたところとしては、吉原緑里が、当初家斉の寵を一身に集める、御手付中臈・藤乃。竹井みどりと西川峰子と吉原緑里、もう一人濡れ場のある川葉子が、お美代が家斉の和子を身篭つた隙に寝間を務める、実は矢張り中野の養女・おゆう。苛烈な嫉妬の炎を燃やしたお美代に斑猫の毒を盛られ、流産した上発狂したおゆうの、部屋中に朱筆で経文が大書された居室のビジュアルは凄まじいの一言。三ッ矢歌子は、家斉正室・茂子。
 ピンクは元より、今や軟派な一般映画も裸足で逃げ出すしかないであらう、豪華絢爛と称へるに正しく相応しい時代劇映画としてのグレードにまづ打ちのめされる。美術・衣装・所作指導・撮影・etcetc、諸々の水準が一歩間違へば悲しくなる程に高く、パッと見の画面の完成度から比類ない。かういふ詮無い物言ひは本来好むところではないのだが、僅か半年の短命に終つたロッポニカですらここまでの高みに到達してゐたことを思へば、改めて日本映画から既に失はれてしまつたものの存在に愕然とさせられるばかりである。話を前に進めると、女を矢玉に形を変へた合戦を戦ふ男と、男に惚れ、惚れた男の為に戦ひの渦の中に自ら進んで身を投ずる女。実際に屍連なる激闘の末に、やがて男は旗を降ろす。その時にあつてなほ、ヒロインは男をも踏み越え、慣習すら打ち破り更なる戦に敢然と赴く。大奥絵巻をつらつらと眺めてゐる分にも十二分に木戸銭の元は取れるところを、その上で描かれる女の園を舞台に繰り広げられる雄々しいパワーゲームが抜群に見応へがある。そこで時代劇に於ける時代性といふ側面も踏まへて、ひとつ留意しておかなければならないと思へるのは、お美代にせよ中野にせよ、徳川幕府といふ支配体制自体は、所与のものとして当然に受け容れてゐたといふ点。お美代も中野も、共に将軍の権威に対しては一掴みの疑問すら抱くことはなく、且つ自らの意思で所定の条件下を戦ひ抜いたお美代の姿には、矢張り物語の主人公として立派に主体的たり得てゐることが重要である。その為、表面的な東映ポルノ大作との近似に引き摺られ今作に権力風刺を見出す意見があつたならば、それは適当ではなく、単なる為にする牽強付会に過ぎまい。与へられたものを全て押戴いたその先で、一人の人間が、なほかつ自由である可能性の存することにも、時に思ひを馳せるべきではなからうか。


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