真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「いんらんくノ一 蜜ツボ攻め」(2003『好色くノ一 愛液責め』の2007年旧作改題版/製作:国映/配給:新東宝映画/監督:かわさきひろゆき/脚本:かわさきりぼん/企画:朝倉大介/プロデューサー:深町章/撮影:長谷川卓也/編集:酒井正次/録音:シネキャビン/音楽:リン・ホブディ/スチール:津田一郎/助監督:笹木賢光/現像:東映ラボ・テック/出演:麻白・里見瑤子・紺野美如・重松伴武・野村貴浩・高橋剛・かわさきひろゆき・川崎玲美那)。出演者中、川崎玲美那は本篇クレジットのみ。
 天正七年(1579)、風魔一族の首領・小太郎(かわさき)は徳川家康と、正室・築山殿との間に生まれたとされる嫡男・信康との間に実は血縁関係のないことを、採取した互ひの血液から割り出す。風魔一族がそのやうな検査技術を持つてゐるのはフィクションの大胆さと通り過ぎ、家康・築山殿・信康の三名は名前が口に上るだけで、劇中には別に登場しない。天下を揺るがしかねない驚愕の事実に直面した小太郎と配下の風魔忍者・隼人(重松)を、伊賀の服部半蔵(野村)が急襲する。半蔵の実力を知る小太郎は隼人を逃がすが、風魔の里は既に半蔵と伊賀勢に壊滅させられた後で、小太郎も半蔵の太刀に倒れる。その他伊賀忍者は最低限の殺陣で撃退しつつどうにか逃げおほせた隼人は、風魔忍法風移しの術で、事態を里からは離れた小太郎の娘・楓(麻白)に伝へる。楓は父の復讐を誓ひ単身伊賀の里に突入するものの、半蔵と、伊賀くノ一・朱鷺(里見)に捕らへられる。楓が未だ生娘であるのを見抜いた半蔵は、後々は自身の軍勢に加へる心積もりで、楓に伊賀忍法天女貝を伝授するやう朱鷺に命ずる。ところで天女貝とは、強靭に鍛へ抜いた女陰の締めつけで、咥へ込んだ男根を圧殺するなどといふオッソロシイ技であつた。要は前年の加藤義一のデビュー作に於いて、岩下由里香が対なかみつせいじ戦に際して使用したものと同じギミックである。何が“要は”なのか、自分で筆を滑らせておいてよく判らないが。紺野美如と高橋剛は、牢に入れられた楓の監視も何処吹く風と乳繰り合ふ、伊賀下忍の絹と砂吉。案の定、戦闘力は然程高くはない。
 現時点に於いて最新の、もしくは事実上最後の本格時代劇ピンク。時代劇としての形式的な体裁は概ねそれなりに整へられ、濡れ場と忍法とを直結した構成は、プログラム・ピクチャーとして抜群に麗しい。天下人を欺く大胆不敵な陰謀を軸とした物語本体も、申し分なく魅力的である。素面で観てゐたならば結構な満足を以て今作を迎へられたのかも知れなかつたのだが、甚だ残念ながら、あるいは不運にもといふべきか、偶さかな順序が悪かつた。今月末に一年で力尽きる天神シネマが時代劇特集を組んだ三本立ての中で、「徳川の女帝 大奥」(昭和63/監督・共同脚本:関本郁夫/主演:竹井みどり)の後に観てしまつては、如何せん苦しい。俳優部を先頭にどうしても全てが、どうしやうもなく貧しい。勿論初めから、比較自体がフェアではないとすらいへる、プロダクションの歴然過ぎる開きの存在ならば判つてもゐるつもりである。されども同時に、ピンクはピンク、一般映画やロマンポルノetc.よりは一段レギュレーションの低い別カテゴリー。だなどと割り切る、又は開き直ること決してなく、なほもその絶望的な戦力差に背を向けず蟷螂の斧を振りかざし立ち向かはんとせんところに、矢張り如何なる未来も存在すまい。恐らく、かわさきひろゆきもその心積もりで精一杯バジェットに屈せず善戦を展開せんと試みた節は窺へるものの、個人的な今回の感触としては、流石に如何ともしやうがなかつた。ただ、明後日にカッコつけも凝り固まりもせず、平素の小屋の客を置いてけぼりにするでなく、黙つてゐればとてもさうとは見えないほどに、国映作にしては思ひのほかオーソドックスな娯楽映画を志向し結果としても果たしてゐる点は、特筆すべき点であらう。

 出演者クレジットに載る残り川崎玲美那が、回想場面に登場する楓子役か、女声のナレーションの主であるや否かは不明。それ以外の可能性は、見当たらないやうに思へる。


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