真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「サンクチュアリ」(2005/製作:レジェンド・ピクチャーズ/監督・脚本:瀬々敬久/企画:利倉亮/プロデューサー:江尻健治・山地昇/キャスティング:関根浩一/音楽:安川午朗/録音:山口勉/美術:西村徹/編集:桐畑寛/撮影:芦沢明子・佐久間栄一・横田彰司/助監督:松岡邦彦、他二名/制作:白石香織/協力:スナック ロック、他/出演:黒沢あすか・山下葉子・美向・下元史朗・外波山文明・小水一男・武田修宏・光石研・長門勇、他)。照明とか劇中画だとか、色々拾ひ損ねる。
 殆ど荒野のやうな山の中で拾つたタクシーの中で寝落ちた山本アキ(山下)が目を覚ますと、左腕は手錠で車内の持ち手に繋がれてゐた。慄くことすらなく暴れてみせるアキに対し、ゆつくりと振り返つた女タクシードライバーは、黒木裕子(黒沢)であつた。瞬時に事態を、乃至は裕子の意図を悟つたアキは、一転今度は愕然とする。三年前の夏、アキが暮らす山間の田舎を裕子は裕福な一家の避暑地として訪れた。給油に立ち寄つたガソリンスタンドで、裕子はアキと出会ひ、唇を奪はれる。その後配達に訪れたアキから裕子は刹那的に抱かれる一方、裕子の息子・ミノル(子役クレジットはロストする)がその直後に姿を消す。息子の安否を求め狂奔する裕子は、度重なる携帯電話への無言電話に苛まされつつ、アキに対して強い猜疑を抱いてもゐた。今作はさういふ二人の女の来し方を、端々に現在時制を挿み込みながら、「一年前の冬」、「二年前の秋」、「三年前 夏の終はり」(原クレジットは珍かな)、そして「はじまりの夏」へと、順に遡る形でトレースする構成を採つてゐる。
 登場順に下元史朗は、劇中実行犯ではないが、本庄市保険金殺人事件に於ける八木茂死刑囚のポジションに概ね相当する、アキが勤めるスナックの経営者。どうしたものかヤバいドライブで肥えてゐる長門勇は、給油所を営むアキの父親・辰男。事実上父親は居ないアキの娘・結花役の子役の名前を、矢張り取り零す。本格的な演技体験は初めてらしい、いふまでもなく元サッカー選手の武田修宏は、ミノル失踪後、裕子とは心が離れてしまふ夫・秀雄。サッカーは現役当時日本代表レベルであつたとして、直截にいつて芝居は素人の起用に際しては大人の事情とやらも大いに透けて見えるが、佇まひはまだしも少し声を荒げさせるとまあ台詞が何を喋つてゐるのだか感動的に判らない。ミノルが行方不明になつて間もなく、アキは結花を辰男に押しつけ家を出る。オタク趣味を持つ農夫、といふ複雑な役どころをそつなくこなす光石研は、客として入つた下元史朗の店でアキと出会ひ、最終的には謀殺される夫。外波山文明は、ミノルではなかつた子供の惨殺死体の写真を裕子に照会する刑事。美向は、外波山文明の下を離れた裕子が出会ひモーテルで体を重ねる、猛烈に情緒不安定な女・キリコ。改めて振り返ると今作、キス・シーン以上の男と女による濡れ場は存在しない。キリコは虐待の末に息子を殺してしまつた夫を殺して来たところで、裕子が外波山文明に見せられた死体写真も、キリコの息子のものだつた。短い出演ながら抜群の存在感を見せつける、別名ガイラこと小水一男は、モーテルの支配人。
 当時アルゴ・ピクチャーズの配給により劇場公開もされたとはいへ、撮影はデジタル・ビデオによるほぼVシネである。瀬々敬久の名前もあり、シネフィルの中には今作を激賞する向きも散見されるやうだが、いつか時の流れに押し流されることも厭はない偏屈なピンクスとしては、瀬々敬久が演出する各シークエンスの緊張なり質量を、ビデオ撮りの心許ない画面が支へきれてゐない感触が何はともあれ強い。手前プロジェク太上映で観ておいて何をヌカしてやがる、といつた論難は一旦御容赦願ひたく、それ以前に当の瀬々敬久本人に、実はその点についての頓着が別に無ささうな辺りが、更に心苦しくもあるのだが。そのことはさて措き、終始鬼気迫らん勢ひで充実を見せる始終は、けれども最終盤に至つて二つの綻びを見せないでもない。まづは全ての悲劇の発端たる、ミノルと結花との禁じられた遊び。目撃し激越に逆上するアキのバック・ボーンの描き込みに若干の不足も感じさせることに加へ、ミノルと結花の行為自体に少々飛躍が短絡的に大き過ぎはしないか。それこそここは最早、背中まで45秒のピンク映画ではあるまい。絶望的なラストと思しき無間の着信に関しても、最重要の懸案事項が告白と復讐とによつて少なくとも一応決着してゐる以上、そのことはこの際瑣末でもなからうか。ミノルの情報を求める手製チラシといふ形で、悪意も持つた世間といふ暴風雨の前に雨戸を開けてしまつた時点で、さうなることも当然予想の範囲内の事柄に過ぎないのではと思はざるを得ない。従来型の起承転結方式に背を向けた作劇は、その分といふ訳でもなからうが最後の最後で詰めに甘さを残した印象も残す。


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