真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「Mの呪縛」(2008/製作・配給:新東宝映画株式会社/監督:新里猛/脚本:藤原健一/企画:衣川仲人/企画協力:石橋健司・赤荻武・遠藤祐司/プロデューサー:寺西正己・藤原健一/原作:団鬼六『妖女』より/撮影:長谷川卓也/緊縛:ハッピーのマスター/音楽:Jack Spiral Crow/エンディングテーマ:TSUMUGI『クロスの呪縛』/ヘアメイク:鈴木理恵/編集:酒井正次/助監督:内田直之・瀬野達也・躰中洋蔵/制作担当:岡田昇/応援:江尻大/撮影助手:大江泰介・糸川潤/企画協力:CINEMA-R/制作協力:アクトレスワールド・藤原プロ/出演:成田愛《新人》・永倉大輔・長澤つぐみ・宮本大誠・深町健太郎・大木隆也・境原英樹・遠藤大輔・山内忠亮・金沢匡紘・矢野浩行・坂元剛・前田輝・青山聖菜・サミルチョードリー・稲葉凌一、他・乱孝寿・重田尚彦)。たつた今改めて気づいたが、監督名から“作”が抜けてゐるのは当サイトの脱字ではない。出演者中、稲葉凌一他は本篇クレジットのみ。ところで総尺は七十分。
 惨殺された画家の中山定吉(不明)の傍らに立つ、和服の老女。結果論としていふと、開巻が<オチを割つて>しまつてもゐる件。
 担当編集者、兼愛人の明美(長澤)を伴つたフリーカメラマンの上村(永倉)はエロ雑誌のグラビア用に、胸の谷間とパンチラを狙ひ街行く女々をカメラに収めてゐた。不意に上村は、一人の喪装の令夫人に目を留める。明美の制止も聞かず撮影を中断、令夫人が入つた画廊に、上村も後を追ふ。画廊では、焼身自殺したとかいふ、中山定吉最後の絵画展が開かれてゐた。ここで展示される、如何にも急ごしらへられた風情が明白な、トロい絵画の情けなさも何とかならないものか。そこに居合はせた旧知の編集者・ヤマザキ(宮本)から、上村は令夫人を紹介される。女は、ガン研究の第一人者と総合病院の院長として高名な高橋源次郎(重田)婦人・茉莉(成田)であつた。約束のレストランを反故にした詫びも兼ねて、上村は明美と熱海の温泉旅館に宿泊する。そこで二人は、底抜けにも廊下を歩きながら痴情を縺れさせる、茉莉と、人気若手俳優・大山時彦(矢張り不明)の姿を目撃する。どれだけフリーダムな、セレブと有名人なのか。俄然好奇心と、下心とを刺激された上村は、明美に茉莉の素性を調べさせる。すると、仕事も辞めたといふ明美が急に姿を消す一方、ヤマザキが上村に接近する。高橋源次郎と結婚する以前の茉莉の恋人・恩田孝之(なほも不明)は、茉莉のインド留学よりの帰国後、心臓発作で死亡。モデルを務めた茉莉との関係を囁かれた中山定吉も焼身自殺、更には、こちらも不倫疑惑の持ち上がつた野球選手のナガオカケンジ(全く登場せず)も、交通事故死してゐた。二度目の交りは死を招くと噂される茉莉に、ヤマザキはスキャンダルの匂ひを嗅ぎつける。
 ある程度配役残り深町健太郎は、ラストの葬儀シーンで最初に見切れる参列者。坂元剛は、恐らく編集長の金田。金田が上村と電話で話す後ろに見切れる、中年男二人が誰なのかは軽やかに判らない。どうも雰囲気から、内トラ臭いが。そして乱孝寿は、車椅子で生活する源次郎の母・キヌ。キヌは高橋の血筋を絶やさぬやう激越に望むものの、茉莉の精神状態は不安定で、しかも対する源次郎は不能であつた。
 気づいた時には未だ継続してゐたのかと正直驚かされた、「紅薔薇夫人」(2006/監督・脚本:藤原健一/主演:坂上香織)、「鬼の花宴」(2007/監督:羽生研司/ラインプロデューサー:寿原健二/主演:黄金咲ちひろ・松本亜璃沙)に続く、新東宝鬼六企画第三弾。流石にことここに至ると大元の―筈の―「花と蛇」(2004/製作:東映ビデオ/監督・脚本:石井隆/主演:杉本彩)を思ひ出すのも容易ではなく、新東宝もかういふ下手な余力があるならば、ピンクを製作して呉れよといふのは意図的に滑らせた筆である。
 兎にも角にも、実も蓋もないが映画を詰んでしまふのが主演女優の成田愛。目にした刹那その姿に心奪はれた、といふ風になつてゐる上村が、仕事の手を止め向けたファインダーに捉へられる、茉莉の喪装ショット。即ちファースト・カットから、観客の心理をも掴み得る視覚上の説得力は一欠片も持ち合はせず。程なく画廊で上村と対面した上では、表情もお芝居も硬いばかり。それは硬質な、といふ訳ではなく、単にぎこちない、といふ意味に於いてである。挙句に濡れ場に突入すればしたで、肉感的といへば聞こえもいいものの、リファインの余地を太幅、もとい大幅に残す肢体には、一歩間違へば数十年前の映画かと見紛ふアナクロ感すら漂ふ。大体が年端も行かないゆゑ、令夫人としての気品も何も望むべくもない点など、最早取るに足らない些末。主演には映画初出演の新人女優をなどと、エクセスでもあるまいに。これが長澤つぐみと配役が逆であつただけでも、出来栄えは相当に変つて来てもゐたのではなからうか。ある意味で、シリーズの傾向ともいへる主演女優のスケールダウンも、かなりの水準で極まつた感がある。それが、高いのか低いのかはよく判らないふりをする。仮に第四弾があつたとして、今回を更に上へか下へ越えようとするならば、重量級か高齢か、何れにせよ箆棒な切り札を繰り出すしかないのでは。
 そも、そも。看板を偽る偽らない、といつた面を除いては、だからといつてそのことが必ずしも評価を下げる要因ではないともいへ、鬼六映画を謳ひながら今作はSMものといふよりは、要は寧ろサイコ・サスペンスである。サドマゾは風味としての意匠にすら止(とど)まらず、上村がさういふ性癖の持ち主であるといふだけで、本筋に限らない物語にさへ鮮やかに絡まない。そもそも、留学中のインドでのレイプ体験に基き抱へた心的外傷は兎も角、茉莉がマゾヒストであるのかさへ、実のところは覚束ない。重ねて、茉莉に関するヒンドゥー教のドゥルガ神云々といふモチーフの晴れやかな機能不全、あるいは消化不足ぶりには、爽やかな笑顔で清々しく無用と断じるほかはない。ただ、今作がSM映画ではなくSS、もといPS映画であるのは兎も角としても、サスペンスの謎解きを生半可に丁寧に行つた分、茉莉が身に纏つてゐた筈の魔性が最終的には何処かに消えてしまつた、といふ難点は拭ひ難い。元々具はらないものに、消えるも消えないもあつたものではない、といへるのかも知れないが。詰まるところは、互ひに力ない肉体が完全ではない夫と、精神を病んだ妻とが取り残されて終りでもある。劇中時間の経過を経て、当初存在した問題から半歩たりとて何ら変化してはゐない。その点が、今作が総じた仕上がりとしてはシリーズ前作の挽回を概ね果たしてゐたとしても、よくよく考へてみると大いに弱さを残す所以である。
 もう一点宜しくない方向に特筆すべきは、“嫉妬。それは究極の媚薬―”だとかいふ次第で、妻と、他の男との情事を別所にて源次郎がモニタリングしてゐる場面から、全く時制が連続したやうにしか見えないカット跨ぐといきなり茉莉が夫の傍らに戻つてゐたりする、唐突極まりない編集が散見される。よしんば、物理的にはその別所が大胆にも隣室であつたりするのだとしても、それにしてもたつた今しがた抱かれてゐた、他所の男はどうしたのかといふ話である。上村が徐々に、茉莉の幻影に心身の平定を失して行く過程の、ホラー風演出に関してはその唐突さが有効ともいへるが、オーラス、さりげなく<誰が殺したのか微妙に判らない上村の死に際>に際して、終に刺された止めが窺へなくもない。

 思ひのほか大勢クレジットされる出演者は、正直、何処に一体そんなに出てゐたのか首を傾げざるを得ない。その中で、ポスター中、坂元剛を除くこれまで触れた主要キャストのほかに名前が特記されるのは、大木隆也・境原英樹・遠藤大輔・矢野浩行の四人。更にこの中から画像検索で容姿を確認出来た遠藤大輔はどの人物にも該当しないため、大木隆也・境原英樹・矢野浩行の三名が、壮年の中山定吉・荒川良々似の恩田孝之・一応今時のイケメン風の大山時彦、の何れかであらうかとは推測出来る。中山定吉に関しては、血まみれで素顔は殆ど判別出来ないが。素性は全く判らないサミルチョードリーが、茉莉のインドでの強姦被害の回想に登場する、現地人役であるのは間違ひなからう。その他に、明美の後任編集・コバ役が、誰なのかも不明。コバといふのも、小屋で聞き取つただけなので、絶妙に自信はない。稲葉凌一はラスト、焼香の列の一番先頭に瞬間的に見切れる。

 何度目かの再見に際しての付記< 金田の取材対象者の、サングラスの巨漢は新里猛作。稲葉凌一の三人後ろに、学生服の江尻大も見切れてゐた。


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