酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「梟」~闇を一閃する眼差しの力

2024-03-07 20:49:10 | 映画、ドラマ
 スーパーチューズデーを経て、バイデンとトランプの再対決が確実になったが、不確定要素もある。バイデンの高齢批判が抑え切れなくなった時、民主党はミシェル・オバマ氏(元大統領夫人)を担ぐとの臆測が流れている。一方のトランプだが、予備選撤退を表明したヘイリー候補に投票した何%かが本選でバイデンに投票する可能性が指摘されている。そんな折、トランプはイスラエル支持を明らかにした。パレスチナを支持する若年層は従来通り民主党に一票を投じるのだろうか。

 目に見えないところでも大統領選を巡って暗闘が繰り広げられているはずだが、父子の確執を背景にした韓国映画を新宿武蔵野館で見た。映画賞25冠に輝いた「梟-フクロウ」(2022年)で、アン・テジンにとって初監督作になる。テーマになっていたのは1645年に起きた謎の事件だった。冒頭にテロップで流れる「仁祖実録」には以下のように記されている。

 <世子は帰国後間もなく病にかかり、命を落とした。全身は黒く変色し、目や耳、鼻、口から血を流した。彼の顔は黒い布で半分だけ覆われており、側近たちは変色の原因を特定できなかったが、薬物中毒によって亡くなったかのように見えた>

 李氏朝鮮国王の仁祖(ユ・ヘンジ)は明に忠誠を誓ってきたが、台頭してきた清に屈辱を味わわされていた。冊封国扱いされ、世子(世継ぎ)のソヒョン(キム・ソンチョル)は囚われの身になる。世子は西洋文化を取り入れた清の影響を受け、開明的な王になることは確実に思われた。父子だけでなく、宮廷内には明清両派の策謀が渦巻いている。本作は史実(ファクト)と創作(フィクション)が交錯する〝ファクション〟を志向する実験といえる。

 世子帰国が迫った時、病弱の弟の治療費を捻出しようとしていた盲目の鍼灸医ギョンス(リュ・ジョンヨル)は御医ヒョンイク(チェ・ムソン)に認められ、宮廷の内医院に引き立てられる。ギョンスはヒョンイクとともに王、世子、王の側室の治療に当たる。両者の間には〝疑似父子〟の空気が漂うが、ヒョンイクは陰謀に加担していた。父(仁祖&ヒョンイク)と子(ソヒョン&ギョンス)の二重の相克の物語と読み解くことも出来るだろう。

 タイトルの「梟」はソヒョンが昼盲症であることを暗示している。ソヒョンは日中、盲目状態だが、闇の中ではぼんやり見える。本作では撮影、照明の担当者が技術の粋を尽くし、ギョンスと観客が視界を共有出来るよう工夫が凝らされていた。ギョンスの瞳に刺さるように鍼が向けられているポスターが衝撃的で、誰が鍼を持っていたかは記さないが、ホラー、サスペンスの要素が濃いことを端的に示している。ギョンス役のリュ・ジョンヨルの演技には感嘆するしかない。見えていないのに感じ、察知していたことを表現するなんて並大抵では出来ない。

 領相(チョ・ソンハ)の判断により、事態は収拾した。数年後、ギョンスは再度、宮廷に現れ、物語を決着に導く。名優たちのコラボレーションと韓国映画らしいソフトランディングが秀逸なエンターテインメントを支えていた。

 来週11日(日本時間)にはアカデミー賞が発表される。「PERFECT DAYS」(2023年、ヴィム・ヴェンダース監督)が国際長編映画賞を受賞することを願っている。
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