容疑者引き渡し条例に抗議し、香港で100万人(主催者発表)が集まった。きょう16日は9日を上回る参加者が立法府周辺を埋め尽くす。中国の圧力に抗し、民主主義を守るために立ち上がった市民は人口の7分の1に当たる。4割前後はデモ初体験という。「十年」、「誰がための日々」と雨傘運動の挫折を映す香港映画を見たが、<抵抗の地下水脈>が涸れていないことを映像で知る。最前線では雨傘が揺れていた。
香港に心情的支援を送ると同時に、自由が死に瀕している日本の現状が哀しくなった。瀕死状態なのは自由だけではない。フリーとして夕刊紙で校閲を担当しているが、〝板子一枚下は地獄〟を実感させられる記事が多い。3割の世帯が貯蓄ゼロの現状で、年金制度崩壊を公言したに等しい「老後資金2000万円」が典型だ。孫崎享氏は、年収面、企業の特許獲得数、競争力の点でアジア諸国の後塵を拝していることを指摘していた。民主主義でも経済力でも日本は地盤沈下を食い止められない。
今回紹介するのは島田雅彦の最新作「人類最年長」(文藝春秋)だ。島田は58歳、そして俺は62歳。天才と凡人の差は決定的だが、現在の日本を憂えている点は共通している。1861年(万延2年)生まれで、成長のスピードが他者の3分の1ほどの宮川麟太郞を主人公に据えた。小説における史実とフィクションの混淆をメタフィクションと記してきたが、正しくはドイツ研究者によるオートフィクションで、島田は本作でこの手法を駆使している。
ブログで紹介したオートフィクションに則った小説といえば、李承雨著「香港パク」、目取真俊著「魚群記」、奧泉光著の「雪の階」と「東京自叙伝」といった作品だが、熟練の使い手は辻原登だ。短編、中編と枚挙に暇ないが、大逆事件に連座した大石誠之助を主人公に据えた最高傑作「許されざる者」では綿密な歴史検証に基づき、オートフィクションとマジックリアリズムをフル稼働させ、壮大な伽藍、蜃気楼を築き上げている。
麟太郞は老いが進まぬ自身と周囲(主に家族)との整合性を保つため、折に触れて名前を変えていく。川上幸男、拝島仁志、そして神楽幹生だ。不死の理由はDNAだけではない。日露戦争で記者として従軍した麟太郞は満州族の苦力に助けられ、ヘシェン長老に宿る不老不死の精霊を受け継いだ。
麟太郞は波瀾万丈の人生で、初代快楽亭ブラック、樋口一葉ら多くの歴史的人物と交流する。若い頃は文士を目指していたが、無意識のうちに〝名を成さぬ傍観者〟の道を選ぶ。開館100年の新宿武蔵野館で映画観賞を楽しむ場面など、150年以上の東京の風俗がちりばめられており、庶民の目を通した日本近現代史の趣だ。自ずと身につけた経験と人脈から、生業は人を結ぶ仲介業になる。麟太郞(たちというべきか)の人生を左右するのは戦争と災害だ。
麟太郞自身は戦争を利用して甘い汁を吸うが、戦争に至る政治の空白と無策を現在と重ねていた。星野智幸は「未来の記憶は闇のなかで作られる」で日本の保守化と右傾化の起点を1999年に据えていたが、本作は100年以上の過ちの連鎖の完成形が安倍政権と捉えている。第2次大戦後は国民愚弄に加え、米国隷属が主音になった。
本作は2020年、四つ目の名前の神楽が病院に運ばれ、看護師の佳乃に来し方を語るという設定になっている。佳乃が選ばれたのは、最も愛した女性、お宮の面影を宿していたからだ。関東大震災時、自警団が多くの朝鮮人を虐殺したが、麟太郞は少女を救った。後に再会したお宮を、麟太郞は名前が変わっても守り続ける。
現政権に名を連ねる閣僚の多くは歴史修正主義を唱える日本会議のメンバーだ。彼ら狭隘な世界観と差別意識は関東大震災時のままである。本作に込められた島田の怒り、そして<安倍政権の暴政は明治以降の流れに沿った必然の帰結である>という作意にシンパシーを覚えた。
香港に心情的支援を送ると同時に、自由が死に瀕している日本の現状が哀しくなった。瀕死状態なのは自由だけではない。フリーとして夕刊紙で校閲を担当しているが、〝板子一枚下は地獄〟を実感させられる記事が多い。3割の世帯が貯蓄ゼロの現状で、年金制度崩壊を公言したに等しい「老後資金2000万円」が典型だ。孫崎享氏は、年収面、企業の特許獲得数、競争力の点でアジア諸国の後塵を拝していることを指摘していた。民主主義でも経済力でも日本は地盤沈下を食い止められない。
今回紹介するのは島田雅彦の最新作「人類最年長」(文藝春秋)だ。島田は58歳、そして俺は62歳。天才と凡人の差は決定的だが、現在の日本を憂えている点は共通している。1861年(万延2年)生まれで、成長のスピードが他者の3分の1ほどの宮川麟太郞を主人公に据えた。小説における史実とフィクションの混淆をメタフィクションと記してきたが、正しくはドイツ研究者によるオートフィクションで、島田は本作でこの手法を駆使している。
ブログで紹介したオートフィクションに則った小説といえば、李承雨著「香港パク」、目取真俊著「魚群記」、奧泉光著の「雪の階」と「東京自叙伝」といった作品だが、熟練の使い手は辻原登だ。短編、中編と枚挙に暇ないが、大逆事件に連座した大石誠之助を主人公に据えた最高傑作「許されざる者」では綿密な歴史検証に基づき、オートフィクションとマジックリアリズムをフル稼働させ、壮大な伽藍、蜃気楼を築き上げている。
麟太郞は老いが進まぬ自身と周囲(主に家族)との整合性を保つため、折に触れて名前を変えていく。川上幸男、拝島仁志、そして神楽幹生だ。不死の理由はDNAだけではない。日露戦争で記者として従軍した麟太郞は満州族の苦力に助けられ、ヘシェン長老に宿る不老不死の精霊を受け継いだ。
麟太郞は波瀾万丈の人生で、初代快楽亭ブラック、樋口一葉ら多くの歴史的人物と交流する。若い頃は文士を目指していたが、無意識のうちに〝名を成さぬ傍観者〟の道を選ぶ。開館100年の新宿武蔵野館で映画観賞を楽しむ場面など、150年以上の東京の風俗がちりばめられており、庶民の目を通した日本近現代史の趣だ。自ずと身につけた経験と人脈から、生業は人を結ぶ仲介業になる。麟太郞(たちというべきか)の人生を左右するのは戦争と災害だ。
麟太郞自身は戦争を利用して甘い汁を吸うが、戦争に至る政治の空白と無策を現在と重ねていた。星野智幸は「未来の記憶は闇のなかで作られる」で日本の保守化と右傾化の起点を1999年に据えていたが、本作は100年以上の過ちの連鎖の完成形が安倍政権と捉えている。第2次大戦後は国民愚弄に加え、米国隷属が主音になった。
本作は2020年、四つ目の名前の神楽が病院に運ばれ、看護師の佳乃に来し方を語るという設定になっている。佳乃が選ばれたのは、最も愛した女性、お宮の面影を宿していたからだ。関東大震災時、自警団が多くの朝鮮人を虐殺したが、麟太郞は少女を救った。後に再会したお宮を、麟太郞は名前が変わっても守り続ける。
現政権に名を連ねる閣僚の多くは歴史修正主義を唱える日本会議のメンバーだ。彼ら狭隘な世界観と差別意識は関東大震災時のままである。本作に込められた島田の怒り、そして<安倍政権の暴政は明治以降の流れに沿った必然の帰結である>という作意にシンパシーを覚えた。