大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2014年03月17日 | 創作

<926> 短歌の歴史的考察  (4)    ~ <923>よりの続き ~

       五七五七七の三十一文字に 詠まれて人の世は移り来ぬ

  かくして、短歌は『万葉集』の時代から平安時代前期の『古今和歌集』の勅撰集の時代に移って行き、仮名文字を主流とする雅でたおやかな我が国独自の詩としての趣をもって継がれて行くことになる。五と七の句を基調にした歌は「やまとうた」と称せられるようになるが、長歌や旋頭歌、仏足石歌体は栄えることがなく、廃れて行き、「やまとうた」と言えば、短歌を指して言われるようになる。

  まさしく、短歌は和歌、「やまとうた」として、三十一文字(みそひともじ)、言の葉(ことのは)、敷島の道というように我が国の伝統詩形として伝えられてゆくことになるのである。そして、短歌は時代を重ね、その変遷にともない、時代を経るに従って旧仮名遣いは新仮名遣いに、旧字は略字に、文語は口語にといった風に微妙な変化を見せ、片仮名や外来語による表現もなされるようになり、五七五七七の韻律を守りながら表現の幅を広げ、今日に至っているわけである。

 また、短歌は我が国が国家の確立を見たころに生まれたもので、律令制という政治体制のもとで、支配層の貴族の間で主に親しまれ、育まれたことに文化的乃至は歴史的展開の特徴が現われていると言ってよい。これは武家の台頭によって貴族の衰退をみる中世、即ち、勅撰二十一代集、殊にその中の前半部の区切りの歌集に当たる八代集の『新古今和歌集』のころまでが色濃く展開されて見える。このことについては、『古今和歌集』及び『新古今和歌集』を見るときに触れてみたいと思う。

                                       

 短歌の変遷においては、『万葉集』の次に『古今和歌集』の時代が到来するが、この古今時代の考察に入る前に、短歌の五七五七七がなぜ抒情歌として定着していったのかについて少し触れておきたいと思う。何故なのだろうか。それは前述したごとく、須佐之男命の新婚の祝歌に濫觴を見るが、感動の思いを言葉にして発するに、この五七五七七の韻律が自然に口をついて出て来た言葉に一致した。この点に短歌の意味があるように思われる。

  で、この歌の言葉は偶然に発せられたものではなく、日本語が有するリズムの特徴に沿って現れたもので、そこのところが思われるわけである。この言葉のリズムこそが短歌の五七五七七の韻律に一致したということではないかということが短歌成立の要にあると考えられる。

 『万葉集』には前述したように、短歌のほかに長歌、旋頭歌、仏足石歌体などの詩形が見られる。いずれも、五と七の韻を基調にしているが、後世に引き継がれて用いられたのは短歌の五七五七七の韻律とその後に現われて来る短歌の韻律の基礎部分である五七五の韻によってなる俳句の句形だけである。ほかの詩形はみな廃れ、『万葉集』から見れば、短歌の詩形のみが残ったということになる。

 短歌以外に栄えなかったのは、ほかの詩形が抒情歌として短歌の韻律に及ばなかったからであろう。また、短歌より更に短い俳句は短歌の五七五七七から七七を切り捨てた詩形で、短歌から連歌を経て生まれたことはよく知られる。この俳句の発生の過程は重要な意味を持つもので、言わば、俳句は短歌の下句七七を切り捨てることによって生まれ、短歌とは異なる詩の世界を発見した。そして、独自の詩的世界を開いたのである。

  つまり、俳句の五七五に七七を加えて短歌が出来たのではなく、短歌の五七五七七があって、俳句の五七五が生まれたもので、歴史的に言えば、短歌が早く、俳句は短歌に遅れて出現して来た詩形である。だが、俳句による詩的世界の発見によって、短歌の方も下句七七が短歌のあるべき主観性、あるいは、個別、個人的おのがじしの抒情性を引き出す効用となっていることに気づいたと言える。このことは、短歌や俳句の実践者にはよく理解されていることではないかと思われる。

  俳句の詩的世界は季語を含め、およそ自然の姿を読み取ることを基本にしているもので、作者の個人的抒情性とはほとんど関わりのないところで表現される詩形にあると言え、短歌はこの五七五に七七を加えることによって個別、個人的おのがじしの抒情に与し、歌を成立させる。ともに五と七の韻によってあるものながら、不思議にも短歌と俳句は随分異なった詩の世界を展開するわけである。

  抒情とは心の働きで、抒情歌たる短歌は、その心の働き、つまり、詠み手の思いや感情によるもので、個別、個人的な性格が現れ、ほかの詩形(長歌や俳句など)に比べ、「おのがじし」に生れる詩形であることが言える。よく「我」という一人称をして表現される通りであるが、それに止まらず、短歌がより個々人のものであるという詩形の特徴がそこにはあるわけで、この認識の重要性が思われるところである。この「おのがじし」ということは短歌の歴史的変遷にも関わる重要な要素で、この「短歌の歴史的考察」のテーマでもあることが言える。 写真はイメージで、「海」。

 


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