大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2020年08月18日 | 創作

<3139>  作歌ノート 悲願と祈願  (九)

                取り落とす名刺一枚鶺鴒の影ひき消ゆるさらば異郷へ

     <夢あればこそ人生>

   取り落とした名刺一枚。その一枚が白鶺鴒の羽ばたいて飛んで行くごとくに見えた。名刺とは処世の何ものでもなく、それを取り落とすとはまさに失態であり、大げさに言えば、人生の落伍を意味する出来事のようにも思える。しかし、取り落とした名刺が白鶺鴒の羽ばたくごとく輝いた瞬間、心に浮かんだのは憧れの異郷であった。そして、私は名刺から変身した白鶺鴒の幻影を追って、いささか思慮を欠いたかにみえる決別の辞を胸に長年勤めて来た会社を辞めたのであった。

                                                   

  溝蕎麦の花に雨降る昼つ方この身一つの置きどころ 夢

 こうした経緯によっていまある身の置きどころはと自問するに、夢よりほかにない。逃避と言われても仕方なかろう。異郷への夢。その夢は溝蕎麦の花にも触発され、翡翠の瑠璃色の羽によっても開かれたのであった。

  翡翠の翡翠色の一閃に異郷の門扉開かれにけり

  翡翠の昏きに顕ちて飛翔せりその一瞬の時の輝き

 白鶺鴒も翡翠も美しい異郷の使者としてその入り口に現れ、門扉を開いて見せたのであった。しかし、門扉をくぐったかに思えた感覚は幻影の何ものでもなく、私は会社との決別の事実のみを胸に立ち尽くすことになった。変身した白鶺鴒はどこに消えたのか。瑠璃色の羽で私を誘った翡翠はどこに雲隠れしたのか。異郷はまさに夢。私は現身(現実)から逃れる術もなくいまここにいる。

 そして、私はこの現身(現実)のいまを味わいながら、かつて、歌にも詠んだ美しかる「後の世の夢」をともないながら青梨を食べた処暑の朝のことを思い出した。

  昨の夜の後の世の夢食卓に処暑の今朝青梨を食みをり                    昨(きぞ) 食(は)

 青梨は現身(現実)の酸味を含み心に滲みた。しかし、この果たせなかった夢に懲りることなく、また、翡翠が現れ、瑠璃色の羽で異郷へ誘えば、私は誘われるまま瑠璃色の羽を追って行くだろう。そして、この思う身は、永遠に現身(現実)と夢(憧れ)との間を行き来しながら心を彷徨わせるのに違いない。 写真はイメージで、溝蕎麦の花と翡翠。

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  到れざるゆゑとし言はむ階に仰ぎ見てゐし彼方の台                         階(きざはし) 台(うてな)


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