<2876> 大和の花 (942) イヌビワ (犬枇杷) クワ科 イチジク属
暖地の山地や丘陵帯に生える落葉小高木で、よく枝を分け、高さが3メートルから5メートルほどになる。樹皮は灰褐色で、本年枝は無毛。葉は長さが8センチから20センチの卵状楕円形で、先は尖り、基部は心形に近く、縁に鋸歯はない。葉柄は長いもので5センチほどになり、互生する。
雌雄異株で、花期は4月から5月ごろ。イチジクの仲間で、葉腋に直径9ミリ前後の球形の花嚢を1個ずつつける。花嚢は中に淡紅色の小花が多数詰まっている、雄花嚢には雄花と虫えい花が混在し、雌花嚢には雌花のみがある。雌雄とも花嚢はほぼ同等で、雄花嚢は基部が細長く伸びるので判別可能。雄花嚢の虫えいは花粉を媒介するイヌビワコバチによるもので、独特の共生関係にあることで知られる。熟すと黒紫色になる。
本州の関東地方以西、四国、九州、沖縄に分布し、国外では韓国の済州島に見えるという。大和(奈良県)では暗温帯下部では全域で普通に見有れる。イヌビワ(犬枇杷)の名は花嚢がビワに似て食べられるが、食用に適さないつまらないものという認識による。
なお、『万葉集』に登場を見る「ちちのみ」にイヌビワの説があり、定説になっている。これは花嚢が乳首に似て乳汁を出すことによるからで、歌には父にかかる枕詞として用いられている。変哲もない木であるが、万葉植物である。また、イヌビワは古くから利用されていたようで、材を裂いて籠に編んだものが縄文時代の遺跡から出土している。 写真はイヌビワ(吉野山ほか)。繁る樹形の若い個体と花嚢の色々(左から4月の雌花嚢、6月の雄花嚢、11月の雌果嚢)。 冬来たる動じぬものを思ふなり