大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2018年08月13日 | 万葉の花

<2417> 万葉の花 (139) さうけふ (〇莢) = サイカチ (皀莢)、ジャケツイバラ (蛇結茨)

          旺盛に否したたかに夏の草

   〇莢(さうけふ)に延ひおほとれる屎葛(くそかづら)絶ゆることなく宮仕せむ              巻十六 (3855) 高宮王

 集中に〇莢(さうけふ)の見える歌は巻十六の「高宮王の数種の物を詠む歌二首」と題された二首中のはじめ、冒頭にあげた3855番の短歌一首のみで、歌の意は「そうきょうに這い広がりまといつく屎葛のようにいつまでも絶えることなく宮仕えしよう」となる。二首目の3856番の歌は「婆羅門の作れる小田を喫(は)む烏 瞼(まなぶた)腫れて幡幢(はたほこ)に居り」とあり、二首の中の〇莢、屎葛、婆羅門、烏、幡幢が、詞書にある「数種の物」ということになる。言わば、この二首は宴会か何かの座興に披露された諧謔を込めた遊びの歌と解せる。高宮王は伝未詳の人物であるが、相当の知識人であったことが想像される。

 それはさておき、〇莢(さうけふ)とは如何なる植物なのか。これがここでの本題である。まず、くそかづら(屎葛)の項で触れたとおり、くそかづらはマメ科のつる性多年草であるヘクソカズラ(屁糞葛)のことで、全体に独特の臭気があるのでこの名がある。他物に絡まりついて伸び、八、九月ごろ外側が白く、内側が紅い小さくかわいらしい鐘形の花を咲かせる。この花のイメージによりヤイトバナ(灸花)、サオトメバナ(早乙女花)の別名も有する。このつる性多年草が絡まると詠まれているのが〇莢(さうけふ)である。

          

 では、本題の〇莢(さうけふ)について見てみよう。〇莢の〇は褐色の実の色を示し、香ばしいという意。莢はさやで、豆果の果実をいう。〇は皀に同じである。このことを踏まえて、〇莢(さうけふ)を見ると、即ち、皀莢に等しく、中国の本草書『本草綱目』(1596年・李時珍)に喬木類五十二種の中に皀莢が見えることから、〇莢(さうけふ)は高木である今のサイカチ(皀莢)と見て取れる。また、牧野富太郎はサイカチについて、「和名ハ古名西海子ノ転化セシモノナリ、故ニ又さいかいし或ルハさいかいじゅトモ云ヘリ」と図鑑の中で言っている。

  サイカチは川岸や原野に生えるマメ科サイカチ属の落葉高木で、大きいものは高さが二十メートル、直径が一メートルにも及ぶ。葉は偶数羽状複葉で、互生する。雌雄同株で、花期は五、六月ごろ。短枝の先の穂状花序に淡黄緑色の小花を多数つける。果実は豆果で、長さが二十センチから三十センチの扁平でねじれたさやになる。若葉は食用とし、さやは煮汁を洗濯用の石鹸代わりとし、果実は利尿、去痰の薬用として来た。

  一方、平安時代中期の『倭名類聚鈔』(938年・源順)には「本草云、〇莢、造夾二音、加波良不知、俗云、虵結」とある。虵はヘビで、この説明によると、カワラフジ(河原藤)の別名で知られるジャケツイバラ(蛇結茨)が考えられる。

  ジャケツイバラはマメ科ジャケツイバラ属のつる性の落葉低木で、枝がつる状に伸びることから、長くくねったヘビに因みこの名があるという。マメ科だがイバラとあるのは枝に鋭い刺があることによる。葉は偶数羽状複葉で、互生する。花期は五、六月ごろで、長さが二、三十センチの総状花序に黄色の花を多数つける。「花は黄なれども、形藤に似たるゆゑ、かはらふぢと名づく」と江戸時代の『大和本草』(1709年・貝原益軒)にいうごとく、別名をカワラフジ(河原藤)といい、3855番の歌も、「さうけふの」ではなく「かはらふぢの」と読む御仁もいる。果実は扁平なさやの豆果で、サイカチに似て、熟すと褐色になる。種子を日干しにして乾燥したものを雲実(うんじゅつ)といい、煎じて服用すれば、解熱、下痢止めに効くという。

  歌の中のさうけふ(〇莢)は宮仕えの宮に譬えられているので、つる性低木のジャケツイバラよりも高木でどっしりとしているサイカチの方が宮にぴったり来るという見解があれば、屎葛のヘクソカズラはサイカチのような大きい木に這い上ることはなく、低木であるカワラフジのジャケツツイバラの方が自然であるという見解も見られる。どうなのであろうか。 写真は左の二枚がサイカチ。右の二枚がジャケツイバラ。 なお、「〇莢」の〇に当てはまる漢字は草冠に皀。