山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

09北海道くるま旅くらし: 第42日

2009-08-22 03:17:27 | くるま旅くらしの話
行程:美深アイランドオートキャンプ場→名寄市内コインランドリー→道の駅:もち米の里なよろ→道の駅:森と湖の里ほろかない→旭川春光台キャンプ場(泊)

昨夜は一晩中雨が天井を叩き続けていて、降水量はかなりのものだったと思う。明け方になって弱まり、間もなく止んだ。予報では、午後から晴れて暑くなるとのことだが、寒いよりは少しマシかも知れない。今日はここを離れて南下する予定である。午前中12時のチェックアウトタイム前まで、Wさんご夫妻と歓談する。お昼までご馳走して頂いて恐縮する。間もなく時間が来てしまい、お別れとなる。来年再会出来ることを強く強く願い、祈って、手を振られるお二人と別れる。
先ずはかなり溜まっている洗濯物を処置すべく、名寄市内のコインランドリーへ。ここへは2年ぶり2度目の来訪だった。機械の台数が少なく、かなり混んでいて時間がかかった。全てを終了したのは、15時頃だった。この間、外は灼熱地獄のような暑さとなっていた。
洗濯が終わって、今夜の泊まりをどこにするか迷った。相棒が幌加内の道の駅のことを話していたので、そこに行って見ることにする。幌加内は日本有数の蕎麦の生産地で、道の駅には温泉もある。名寄を出て、元の風連町に新しく出来た道の駅:もち米の里なよろに立ち寄る。この辺りはもち米の産地らしい。そう言えば、一帯は平地で田んぼが広がっていた。北海道の稲は概して背丈の低いものが多いようだ。内地の6割くらいの高さしかない。品種改良の結果なのであろう。元々北海道での米の栽培は不可能に近かったが、今では内地と比べても引けを取らない高品質のものを産出している。農業技術の進歩も凄いものだと思う。相棒は洗濯のために逃した昼食の代わりに、大福などを買っていた。自分はこれはノーサンキューである。
名寄の道の駅を出発して、士別市内で給油をした後、幌加内に向かう。蕎麦の産地と言えば山の中である。内地なら信州に代表されるように、土地の痩せた高冷地が多い。蕎麦は肥沃な土地よりも痩せた土地の方が品質が良いものが収穫できると聞く。幌加内はそのような蕎麦の生産に適した土地なのであろう。道の駅は市街地からは10kmほど離れた所にある。ここを訪ねるのは3度目か。まだ温泉に入ったことも泊まったこともない。17時前に着いたのだが、駅には人影もなくひっそりとしていて、休みのようだった。温泉はどうなのかと相棒が行ってみたら、こちらの方は営業しているとのこと。しかし駐車場に車は1~2台しかない。駅の売店は営業していたが、高値のお土産用の蕎麦製品が並んでいるだけで、誰もいない。丁度その様な時間帯だったのかも知れないけど、この様な超静かな場所に、ポツンと泊まるのには、かなりの勇気がいるのではないかと思った。相棒の顔色はそれを示していた。
ということで、ここの温泉に入るのも泊まるのも止め、前に泊まった旭川の春光台公園のキャンプ場に行くことに急遽変更する。幌加内から旭川に通ずる道道があり、それを行けば1時間も掛からずに行くことが出来る。再び車を走らせ山道を旭川方向に向かう。初めて通る道である。江丹別峠を越えて長い坂を下り盆地に出ると、この辺一帯も蕎麦の生産が盛んな所であり、旭川の江丹別蕎麦として有名だ。蕎麦畑には花が終わり色褪せた実入り前の蕎麦が一面広がっていた。写真を期待していた相棒は、絵になりそうではないので、少しガッカリした様である。もう一つ小さな峠を越えて道を下ると鷹栖町に入り、すぐに春光台公園に到着。18時少し前だった。かなりの車が停まっていたが、その大半はパークゴルフの人たちのようである。以前と同じような場所に車を停め、夜を迎える準備をする。その後はいつものパターンである。今日のメインの出来事は、Wさんご夫妻と別れたことの他は、洗濯だったのかも知れないなと思いながら、依然として疼き続ける肋骨を気にしながら、
寝床に潜り込んだのだった。
コメント
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