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山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

天空回廊1,445段を登る

2016-07-31 11:30:22 | くるま旅くらしの話

 私を知っている人たちの多くは、私は文系の人間だと思っているのではないか。しかし、私は高校の3年生の一学期までは理系志望であり、工学系の大学を目指していた。ところがその誤りに気づいて、結果的には文系(政治・経済)の学校に入ったのだった。だから皆は私のことを文系人間と思っている。しかし、実際の私は、とりわけて仕事をリタイアしてからの私は、文系でも理系でもなく、明らかに体育系の人間なのである。

 中学から始めたバスケットボールは、大学を出るまでクラブ活動にうつつを抜かしており、社会人となって以降も細々ながら10年以上も続けていたし、それが出来なくなると週末登山に入れ込み、奥多摩を初め、秩父、八ヶ岳、そして南アルプスの山々にチャレンジしていた。だんだん仕事が忙しくなり、転勤などもあって次第に身体を動かさなくなっていったが、それでも休日には時々はジョギングに汗を流すことを忘れなかった。

しかし、いつか体育系であるのを忘れて飲食系に落ち込み、22歳入社時60kgだった体重は気がつけば80kg超となっており、50歳に至って、ついに体内機能はインシュリン供給の限界を超え、糖尿病を宣告されるにいたったのである。

それ以降再び体育系の暮らしをとり戻すべく、歩くことを中心に様々な工夫を凝らして、現在に至っている。真老となった今でも何かしら身体を動かしていないと落ち着かないのは、ようやく体育系が我が身に定着したからなのだと思っている。

さて、前置きはこれくらいにして、実は今月になって二度ほど近場の旅に出かけている。2泊3日の行程では、旅などといえるものではなく、ちょっとした気分転換に出かけたということか。その二回とも行き先の中心は日光霧降高原である。7月初旬に行ったのは丁度ニッコウキスゲの花が最盛期を迎えている頃で、急にそれを見に行きたくなって、出掛けたのだった。その名もキスゲ平園地というその場所に行ったのだが、ニッコウキスゲは思ったほど多くはなく、鹿による食害などもあって、補植された株の表示が何箇所も見受けられた。でも、ニッコウキスゲだけではなく、様々な野草たちも咲いており、それなりに楽しみ満足して戻ったのである。

月末になってもう一度行こうとしたのは、一つには暑さが本格化してきたので、高度千メートルを超す高原の涼気を味わいたいのと、もう一つこれがメインなのだが、このキスゲ平園地には天空回廊と呼ばれる1,445段の階段があり、これの昇降にチャレンジしたいと思ったからなのである。というのも、毎朝2,000段以上の石段の昇降を続けて来ており、この成果がこの天空回廊の昇降でどのように反映されるのかを、試してみたかったのである。

2回目の霧降高原のキスゲ平園地は、前回とは全く違って、まさに霧の降る中にあった。視界は50メートルほどしかなく、咲いている野草たちの花も、足元近くにあるものだけしか見えない状況だった。前回来た時は良く晴れており、天空回廊の最終点の展望所のある小丸山に至る長い階段が見上げられたのだが、今回は50段先も見えないほどだ。しばらく霧の晴れるのを待ったのだが、一向に変わる様子はなさそうなので、思いきって階段の昇降を開始する。

     

キスゲ平園地、天空回廊の第一段目の階段表示。このような表示が100段ごとにあり、人々を時に励まし時にがっかりさせたりしている。

階段には100段ごとに表示がしてあるので、数えなくても大丈夫である。念のために登山用の杖と腰にクマ除けの鈴とお茶のペットボトルを括りつけての歩行だった。いつもは両足に各1kg、両手にも各1kg、計4kgの負荷をかけるのだが、今日はそれは無い。呼吸のリズムと足の動きとを合わせて、いつものように歩を進める。500段ほどはあっという間に上って、汗も未だ出て来ていない。毎朝の築山での歩行では、80段の石段を25回昇降するのだが、5回目、すなわち400段ほど経過すると汗が吹き出し眉毛から滴り落ち始めるのだが、ここは千メートルを超える高地の所為なのか、汗が出て来たのは800段を過ぎるころからだった。

息が少し上がって来たのは1,200段頃からで、荒い息を吐く間もなく階段を上り切って、1,445段に到達してしまった。終点の展望所も霧の中で、そこの案内板には視界の良い時にはスカイツリーのみならず太平洋も見えると表示されていたが、今日は全て霧の中で何も見えない。下界から見れば雲の中にいることになるのであろう。それにしてもあっけないなと思った。ここまで30分足らずなのである。しかし、未だ下りが残っているので油断はできない。階段の昇降で怖いのは下りの方だからである。

   

天空回廊のてっぺんにある展望所も霧の中だった。1,445段目の表示を撮り忘れたので、その代わりに霧の景色を写しておいた。

下りは呼吸を整える必要は無いので、付近の野草たちの花を眺めながらとにかくゆっくりと下りることにした。もうニッコウキスゲはすっかり消え去り、一番目立つのはヒヨドリ草(ヨツバヒヨドリなど)である。その他にもシモツケやシモツケ草、ギボウシの花もまだ残って咲いていた。クガイソウもあったし、新顔ではリンドウやワレモコウなどが花を咲かせていた。シュロ草やネバリノギランなどの目立たない草たちの花のあともおちこちに残っていたし、それらを見ながらの下りは楽しかった。

車に戻って着替えを済ませたのだが、既に汗は引っ込み、脚の筋肉の痛みも何も感ぜられない。毎朝の鍛錬歩行では、帰宅すると身体の重さを覚えるのだが、この1,445段の昇降にはそれらしきものは何も無かった。何か物足りないなという感じだった。やはり、今まで1カ月以上の毎朝の鍛錬歩行は効いていたのである。年寄りの冷や水の一種かと、毎朝バカなことをやってるなと思いながら続けて来たのだが、決して無駄ではなかったのだ。足腰の筋肉は少しは鍛えられたようだし、何よりも心肺機能は確実に強化されているようだ。

先に三浦雄一郎さんが80歳でエベレスト登頂を成し遂げた時に感動したのは、その登頂に至る前の何年か前からの周到な鍛錬努力の姿を知ったことだった。70代頃までに貯め込んだメタボのあらゆる症状が、この鍛錬の結果抜け去ったのだと話されていたが、これは本当だなと思った。それを真似て身体に負荷をかけることを始めたのだが、今の自分にできることはこの程度のレベルでしかない。しかし、何もしないでいるよりはずっとマシだと思うし、真老の体育系としては、「冷や水」的なことにチャレンジすることはPPKの実現のためにも大切なことなのを改めて確信したのだった。

今度キスゲ平園地に行くときは、天空回廊を2度往復することにチャレンジしてみたいと、密かに思っている。

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「慈悲」と「愛」について

2016-07-23 12:16:27 | 宵宵妄話

 石段の昇降を始めて間もなく2ヶ月となります。身体に4kgの錘負荷をかけて、一日2千段以上を目標としてから1ヶ月近くとなりますが、これは毎朝律儀に達成しています。幸いなことに梅雨の時期でも大雨は降らず、小雨決行という状態なので、毎朝大汗をかきながら黙々と上り、下りています。東西南北4種類(平均80段)の石段を計25回昇降するのですが、うっかりすると途中で回数を数え間違えたりしてしまうので油断は禁物です。

 そのような状況の中でも、人間というのはやっぱり何かを考え続けてしまうようです。先日の「慈悲」の続きでのことです。自分的にはこのことばが世界で一番美しいと信じているのですが、もう一つ似たようなことばに「愛」というのがあります。このことばが入り混じって来て、上りの回数を数え間違いさせることになるのです。でも時計と万歩計と、歩き方(4回終了ごとに左右の方向を変えている)で、間違いは直ぐに是正出来るので大丈夫です。

1歩を進めながら思うのは、「愛というのは、慈悲とどう違うのだろう?」ということです。どちらも同じようなものではないかと思えばそれだけのことなのですが、何だか気になるのです。歩きも佳境に入れば無心という境地になるのかもしれませんが、未だまだそこまでの集中できていないということなのでしょう。どうでもいいようなことをあれこれと考えてしまうのです。

 世の中では「愛」ということばは、「慈悲」に比べて数倍以上も多く使われているように思います。「愛は地球を救う」などというTVイベントなどもあり、至る所に「愛」ということばが溢れています。今の世の中、それだけ「愛」が求められているということなのでありましょう。しかし、「慈悲」となると、滅多に使われることは無いようです。

 「慈悲」と「愛」とはどう違うのか。石段を上りながら思うのは、深さと広さの違いかなということです。慈悲は深く、愛は広くということなのかもしれません。この二つのことばは、本質は同じように思うのですが、他者に対する心の寄せ方が少し違っているように思えるのです。

今は、世の中に「愛」が多く取り上げられている時代のようです。世界が狭くなり、もめごとや天災地変が多様化し、人々の関心はまさにワールドワイドとならざるを得ず、否応なしに「愛」が求められることになっているからなのでしょう。でも、「愛」というのは、どうも広く薄い感じがするのです。声に出して言えばいうほど、中身がかすれて行く感じがします。

それに対して「慈悲」が語られる場は少ないように思います。日本の歴史の中では、平安時代以降使われてきたことばは殆どが「慈悲」であったのに、今は何故死語に近くなっているのだろうと思わずにはいられません。「慈悲」は狭いかもしれないけど、その内容の他者に寄せる心は深いのです。

 でも、この優劣などを比べることはナンセンスでありましょう。世の中は、どちらの心の寄せ方も、溢れ混ざって人々の生きざまをつくり上げているからです。心の寄せ方には、その広さにも又深さにもレベルがあります。それは本人の考え方と行動の在り方によって決まるものなのでありましょう。

 さて、かく言う自分自身はどうなのでしょうか。多分に慈悲は浅く、愛も狭い人間であるような気がします。他人に心を寄せる力が元々弱いのかもしれません。そもそも真老世代の今頃になって、慈悲だの愛だのと言っていること自体がそのレベルの低さを証明していのだと思います。「慈悲」は愚か「愛」のレベルにも届かない自分の生きざまだなと、石段を上りながら、改めて思ったのでした。

 自分的に密かに思うのは、やっぱり最高は「慈悲」なのだということ。人に寄せる心の思いは、深いこそ本物なのです。そしてそれは人間としての出来具合(=完成度?)が本物のレベルを決めるに違いないのです。

これからの自分の生きる世界は、広さなどに惑わされることなく、何事も深さこそが大切なのだと心得て生きなければと、そう思ったのでした。

 毎朝2千段を昇降するには、何かが必要なのですが、このようなどうでも良さそうなことを考えるのも、時として力となるのです。さて、次はどんなテーマが浮かんでくるのか。あす以降に期待したいと思います。歩くことは考えることなのです。

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一番美しいことば「慈悲」とその体現者

2016-07-16 04:13:23 | 宵宵妄話

 この頃は絶不調が続いていて、どうも書く気が起こらず、身体を苛める一方で、少しく本を読むことにしていますが、それが又難しくて、頭の中は混乱するばかりです。というのも出来る限り難しそうな本を敢えて読むことにしており、今読もうとしているのが中村元先生著の「慈悲」という本(講談社学術文庫)なのです。

 中村元先生は、知る人ぞ知る仏教哲学の大家です。現役時代の随分前から、通勤の途中に先生の講演録のテープを何度も聴いて、お釈迦様のことなどを教えて頂きました。本も何冊か読ませて頂きました。私は仏教に帰依している者ではありませんが、お釈迦様の発想には大いなる共感を抱く者であり、その教えの中には人間に対する深い洞察が満ち満ちていると思っています。般若心経などにもその教えの凄さの様なものを覚えるのですが、今回は何故か突然この世で一番美しいことばとは何だろうという疑問が、朝の鍛錬歩行時の石段を上っている時にふと浮かんで来て、それを反芻しながら歩いている内に、「やっぱり『慈悲』ということばだろう」ということになり、もう少しこのことばの背景や意味を辿って見たいと考え、この本に出会ったということなのです。

 ところがこの本は滅法難解で、とても自分の頭ではすっきり理解することは不可能なことに気がつきました。この本は、どうやら中村元先生の「慈悲」研究に関する大論文のようで、これを読み切るには古代仏教の知識や歴史などを身につけなければならず、高齢浅学の自分にはとてもできることではなく、せめて部分的にでも慈悲の何たるかを手探ることができればと思ったのでした。

 私が、この世で一番美しいことばは何だろうという疑問を持った時に、結論として思い至った「慈悲」ということばは、決して仏教の言うところのものではなく、ごくありふれた日常の暮らしの中で用いられていることばという感覚なのです。自分的には「慈悲」という意味を、直截的には「悲しみを労わる」というふうに捉えています。他人の、その人の本当の悲しみが解らなければ、慈悲心の発露というのは不可能だと思います。悲しみを解るというというのはとても難しいことです。上っ面の理解では悲しみは解る筈がありません。それが出来ないままに労わるというのは、単なる同情に過ぎず、世の中には同情は溢れています。

 仏教の世界では、慈悲の語義として、慈と悲を分け、慈は「安楽を与えること、悲は「苦を取り除くこと」としているようです。どちらも相手の心に寄り添い、生きる元気を増幅させることにつながる意味を持っているように思います。この世界では慈も悲も相手を思う働きかけを意味しており、悲というのは単なる悲しみという意味などではなさそうです。

 それでも自分的には慈悲というのは、現実のこの世の中では、やっぱり「悲しみを労わる」という意味で良いのではないかと思っています。

 ところで、今の世で悲しみを労わる行為をしている人がどれほどいるのか、なかなか思い当りません。私自身も出来ているとは到底思えません。でも間違いなくその実践をされている方がいらっしゃいます。それはどなたかといえば、今上天皇陛下ご夫妻です。今の世で、唯一疑いも無く慈悲の行為を続けられておられるのは、このお二人だと思います。様々の公的ご行為におかれても、心底から国民一人一人の生きざまに思いを馳せられて、常に真剣に取り組まれておられているのは、本物の慈悲心をお持ちだからこそに違いありません。特に、昭和の大戦の跡を引きずる世代の人々に対しては、強い思いの表れを感じます。立派なお方であり、尊敬できる存在です。

 その天皇が、この度生前退位の意向を持たれているということがニュースとなっています。よほどのお考えがあってのことと思います。この実現には厄介なルールがあるようなので、この後どのようになるのか解りませんが、院政などを行う由も無く、純粋によりよい仕事を続けるためには、老齢者ではなく、若い世代がそれを担うべきとのお考えなのだと思います。

 この世で一番美しいことば「慈悲」の体現者であられる天皇陛下ご夫妻が、仮に生前引退を為されても、その慈悲心が衰えることは無く、美しいことばのままに、美しい生き方を為されてゆくのだと思います。その慈悲心が後継の方々に確実に引き継がれてゆきますように。そして、皇室の皆様がこの世で一番美しいことばの体現者であられますように、国民の一人として願っています。

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只管、2,000段を目指す

2016-07-05 03:42:02 | 宵宵妄話

 「只管」と書いて「ひたすら」と読みます。最初はこの字の読みと意味が解らなかったのですが、<只>が<それだけ>という意味を持ち、<管>が<貫く>という意味があるのを知ると、只管の意味がよく解るようになり、この字を用いるのに戸惑いが無くなり、むしろ誇りを感じるようになりました。今回の「只管、2,000段を目指す」というタイトルは、現在絶不調の私の状況を打破するための、毎日の取り組みを表わしています。

 5月の初めのブログに、石段の昇降について書きましたが、その後旅に出たため、取り組みが半端になり、旅から戻った6月は、両手足にウエイトを掛けての歩きは続けたものの、石段の昇降は見送り、毎朝平地を10kmほど歩くに止めました。7月になり、いよいよ石段の昇降に再チャレンジを開始しました。今回は少しハードルを上げ、毎朝2,000段の昇降を敢行することにしました。今日で4日目となり、今朝それを果たしてきたところですが、感じていることについて述べたいと思います。

 朝4時20分に車で家を出て、10分ほどで石段のある常総市の巣立山公園に着きます。履いてきた登山靴(短靴)の両足首に1kgのウエイトベルトを装着し、両手に各1kgのウエイトを持って歩きを開始します。しかし、直ぐに石段の昇降を開始はせずに、足慣らしに築山の脇にある300mほどのサブグランドの円周路を2回ほど足の状態を確認しながらゆっくりと歩きます。足首も、太ももの付け根も、その他の身体部分も異常の無いのを確かめてから、石段の昇降を開始します。最初は西側の69段を、足元を確認しながら上り、頂上に着いたら今度は反対の東側の石段を下ります。下りたら最初は左旋回で、麓の道をほんの少し歩いて今度は北側の石段を上ります。これは86段あります。頂上に着いたら反対側の南の石段を下り、麓を左旋回して今度は東側の89段の石段を上ります。頂上に着いたら先ほど上った西側の石段を下り、麓を左旋回して今度は南側の石段76段を上ります。頂上に着いたらそのまま反対の北側の石段を下り、麓から左旋回して最初の西側の石段に戻り、2回目の上りを開始します。これを6回繰り返すと、上りの合計段数は1,920段となります。これではまだ2,000段には達していませんので、最後にもう一度東側の石段の89段を上って、これで今日の目標達成です。その後はゆっくり北側の階段を下って麓に降りて、最初にウオーミングアップで歩いたサブグランドを5周ほどして、今日の鍛錬歩行を終わりにします。その後は車で家に戻り、シャワーを浴びて汗を拭うということになります。 

 4日間同じことを繰り返しているのですが、これがなかなかに面白い。石段を上るときは両腕でリズムをとりながら、呼吸に合わせて歩を進めます。時々そのリズムを変えたりしますが、基本は「1・2・3・4、 5・6・7・8」が」一区切りです。このワンセットを何回か繰り返す内に頂上に着きます。人間にはどんな時もある種のリズムの様なものが必要な気がします。集中して何かを行おうとする時は、呼吸とリズムには調和が必要で、それは意識する・しないに拘わらず自然ともたらされるもののようで、いわば心と身体の調和につながっているような気がします。この調和が保たれていると、心も身体もエネルギーの消費効率がベストとなるらしく、あまり疲れを感じなくなります。特にハードなことにチャレンジするときは、この心と身体の調和が大事だなと思います。 絶不調というのは、普段の暮らしの中で、心と身体の調和が乱れに乱れている状態なのかもしれません。石段を上り下りしながら、改めてそのようなことに気づかされました。

 1回目の320段を上り下りして、2回目に入ると汗が出て来ます。出るというのは滲むというレベルではなく、流れるという状態を指します。先ずは両腕の肘の内側からの汗が球の粒となって石段に落ちます。その後は滲んだ汗が眉を乗り越えて下に落ちてゆきます。タオルは持参しますが、滅多に拭うことはせずに、汗が下に落ちるのを楽しみます。「ああ、俺は今生きて汗をかいているのだ」という実感を覚えるのです。暑いと汗が出るのは当たり前ですが、己自身が身体を動かして出てくる汗は、又格別なもので、決して忌避するようなものではなく、何だか生きている証のように思えるのです。そのようなことを想いながらリズムをとって歩き続けていると、2回目、3回目、4回目が終わり5回目に入ります。

既に1,200段を上り下りして、心拍数も多くなって来ており、呼吸も乱れがちとなり出します。ここからが迷いが生じる時なのです。どんな迷いかといえば、<何もそれほど無理してこんなバカなことをしなくても、もう相当に厳しいのだから、今日は5回目を終えたら終わりにしてもいいんじゃないか>、という奴です。人生でいえば、老人世代論の順老(65~75歳)辺りの心境でしょうか。妥協が上手になってくる世代です。楽をすることに馴れてくる、或いは楽をするのは当たり前と思いこむ世代といえるかもしれません。自分は既に真老(75~85歳)世代なので、本来ならばこのようなバカなことはしないはずなのですが、糖尿病とうまく付き合い、PPK(ピン・ピン・コロリ)の死計を実現させるためには、老計の中にこのチャレンジが不可欠と考えていますので、取り敢えず楽に浸る時間はもっと後で良いと考えているのです。

この迷いは、オーバーに言えば人生の試練だと考えることにしています。その昔の子どもの頃に、「人と同じことをしていては、人の上に立つことはできないのだよ」と亡き母に言われたのを思い出します。特に人の上に立ちたいとは思いませんが、人(=自分以外の人)以上に、己に自信を持つ生き方はしたいと、この母のことばを受けとめて生きて来たつもりなので、これは試練なのだという場に出くわしたときは、後ろには引かないことに決めているのです。この石段昇降の5回目辺りにやってくる迷いという奴も、試練に違いありません。ここから先はまさに自分との勝負なのです。そのようなことに捉われながら5回目を終えると、今度は急に気持が楽になるのが不思議です。あと一回とほんの少しだと思うと、もはや止めて楽することなど論外の心境がやってくるのです。着実に歩を進めるだけなのです。

かくて2,000段の目標は達成され、全身汗みずくになって鍛錬が終わるのですが、帰宅後の汗を流し終えた爽快感は、これぞまさに極楽、極楽です。

さて、間もなく4時近くとなります。今日は5回目のチャレンジですが、只管の昇降の汗の中にどんな苦楽と迷いが待っているやら。楽しみです。

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