私を知っている人たちの多くは、私は文系の人間だと思っているのではないか。しかし、私は高校の3年生の一学期までは理系志望であり、工学系の大学を目指していた。ところがその誤りに気づいて、結果的には文系(政治・経済)の学校に入ったのだった。だから皆は私のことを文系人間と思っている。しかし、実際の私は、とりわけて仕事をリタイアしてからの私は、文系でも理系でもなく、明らかに体育系の人間なのである。
中学から始めたバスケットボールは、大学を出るまでクラブ活動にうつつを抜かしており、社会人となって以降も細々ながら10年以上も続けていたし、それが出来なくなると週末登山に入れ込み、奥多摩を初め、秩父、八ヶ岳、そして南アルプスの山々にチャレンジしていた。だんだん仕事が忙しくなり、転勤などもあって次第に身体を動かさなくなっていったが、それでも休日には時々はジョギングに汗を流すことを忘れなかった。
しかし、いつか体育系であるのを忘れて飲食系に落ち込み、22歳入社時60kgだった体重は気がつけば80kg超となっており、50歳に至って、ついに体内機能はインシュリン供給の限界を超え、糖尿病を宣告されるにいたったのである。
それ以降再び体育系の暮らしをとり戻すべく、歩くことを中心に様々な工夫を凝らして、現在に至っている。真老となった今でも何かしら身体を動かしていないと落ち着かないのは、ようやく体育系が我が身に定着したからなのだと思っている。
さて、前置きはこれくらいにして、実は今月になって二度ほど近場の旅に出かけている。2泊3日の行程では、旅などといえるものではなく、ちょっとした気分転換に出かけたということか。その二回とも行き先の中心は日光霧降高原である。7月初旬に行ったのは丁度ニッコウキスゲの花が最盛期を迎えている頃で、急にそれを見に行きたくなって、出掛けたのだった。その名もキスゲ平園地というその場所に行ったのだが、ニッコウキスゲは思ったほど多くはなく、鹿による食害などもあって、補植された株の表示が何箇所も見受けられた。でも、ニッコウキスゲだけではなく、様々な野草たちも咲いており、それなりに楽しみ満足して戻ったのである。
月末になってもう一度行こうとしたのは、一つには暑さが本格化してきたので、高度千メートルを超す高原の涼気を味わいたいのと、もう一つこれがメインなのだが、このキスゲ平園地には天空回廊と呼ばれる1,445段の階段があり、これの昇降にチャレンジしたいと思ったからなのである。というのも、毎朝2,000段以上の石段の昇降を続けて来ており、この成果がこの天空回廊の昇降でどのように反映されるのかを、試してみたかったのである。
2回目の霧降高原のキスゲ平園地は、前回とは全く違って、まさに霧の降る中にあった。視界は50メートルほどしかなく、咲いている野草たちの花も、足元近くにあるものだけしか見えない状況だった。前回来た時は良く晴れており、天空回廊の最終点の展望所のある小丸山に至る長い階段が見上げられたのだが、今回は50段先も見えないほどだ。しばらく霧の晴れるのを待ったのだが、一向に変わる様子はなさそうなので、思いきって階段の昇降を開始する。

キスゲ平園地、天空回廊の第一段目の階段表示。このような表示が100段ごとにあり、人々を時に励まし時にがっかりさせたりしている。
階段には100段ごとに表示がしてあるので、数えなくても大丈夫である。念のために登山用の杖と腰にクマ除けの鈴とお茶のペットボトルを括りつけての歩行だった。いつもは両足に各1kg、両手にも各1kg、計4kgの負荷をかけるのだが、今日はそれは無い。呼吸のリズムと足の動きとを合わせて、いつものように歩を進める。500段ほどはあっという間に上って、汗も未だ出て来ていない。毎朝の築山での歩行では、80段の石段を25回昇降するのだが、5回目、すなわち400段ほど経過すると汗が吹き出し眉毛から滴り落ち始めるのだが、ここは千メートルを超える高地の所為なのか、汗が出て来たのは800段を過ぎるころからだった。
息が少し上がって来たのは1,200段頃からで、荒い息を吐く間もなく階段を上り切って、1,445段に到達してしまった。終点の展望所も霧の中で、そこの案内板には視界の良い時にはスカイツリーのみならず太平洋も見えると表示されていたが、今日は全て霧の中で何も見えない。下界から見れば雲の中にいることになるのであろう。それにしてもあっけないなと思った。ここまで30分足らずなのである。しかし、未だ下りが残っているので油断はできない。階段の昇降で怖いのは下りの方だからである。

天空回廊のてっぺんにある展望所も霧の中だった。1,445段目の表示を撮り忘れたので、その代わりに霧の景色を写しておいた。
下りは呼吸を整える必要は無いので、付近の野草たちの花を眺めながらとにかくゆっくりと下りることにした。もうニッコウキスゲはすっかり消え去り、一番目立つのはヒヨドリ草(ヨツバヒヨドリなど)である。その他にもシモツケやシモツケ草、ギボウシの花もまだ残って咲いていた。クガイソウもあったし、新顔ではリンドウやワレモコウなどが花を咲かせていた。シュロ草やネバリノギランなどの目立たない草たちの花のあともおちこちに残っていたし、それらを見ながらの下りは楽しかった。
車に戻って着替えを済ませたのだが、既に汗は引っ込み、脚の筋肉の痛みも何も感ぜられない。毎朝の鍛錬歩行では、帰宅すると身体の重さを覚えるのだが、この1,445段の昇降にはそれらしきものは何も無かった。何か物足りないなという感じだった。やはり、今まで1カ月以上の毎朝の鍛錬歩行は効いていたのである。年寄りの冷や水の一種かと、毎朝バカなことをやってるなと思いながら続けて来たのだが、決して無駄ではなかったのだ。足腰の筋肉は少しは鍛えられたようだし、何よりも心肺機能は確実に強化されているようだ。
先に三浦雄一郎さんが80歳でエベレスト登頂を成し遂げた時に感動したのは、その登頂に至る前の何年か前からの周到な鍛錬努力の姿を知ったことだった。70代頃までに貯め込んだメタボのあらゆる症状が、この鍛錬の結果抜け去ったのだと話されていたが、これは本当だなと思った。それを真似て身体に負荷をかけることを始めたのだが、今の自分にできることはこの程度のレベルでしかない。しかし、何もしないでいるよりはずっとマシだと思うし、真老の体育系としては、「冷や水」的なことにチャレンジすることはPPKの実現のためにも大切なことなのを改めて確信したのだった。
今度キスゲ平園地に行くときは、天空回廊を2度往復することにチャレンジしてみたいと、密かに思っている。





