山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

角館の桜を見に行く 

2023-04-17 18:32:44 | くるま旅くらしの話

 長いことコロナのために長期の外出を避けていたため、くるま旅は閉ざされた状態になっていたが、ようやく感染が低レベルになって来ているので、今迄溜まっていたストレスを発散させようと、気分転換することにして、久しぶりに角館の桜を見に行くことにした。ほんの4日ばかりのくるま旅の開始である。

 4月11日出発。桜の開花情報はネットで確認はしているものの、とにかく近年は異常なほど、どこの地の桜も開花が早まって来ているので、情報を疑いつつの出発だった。情報では、武家屋敷の桜は、明日辺りが満開で二日後には散り初め3日後には花吹雪などと書かれていた。天気次第で多少は変わるのだろうが、雨模様の予報なので、あまり上気分の花見にはならないのだろうと思いながらの出発だった。何時もだと滝桜や山形県置賜地方の桜の古木を訪ねながら一般道をゆっくり北上しての旅となるのだが、今回は高速道を使っての急ぎ旅とすることにした。何しろもう6年間もくるま旅を中断しており、キャブコンから手づくりの装備の新しい車(キャラバンNV350)に替えており、家内は、まだ一度もこの車の中にさえも入っていないほど完ぺきの不慣れなので、どんな出来事が起こるか見当もつかないのである。調理は出来ないので外食に頼らざるを得ないのだが、一番心配なのは食事ではなく、手づくりの寝床なのである。病を得てからの家内の難しい体調にフィットするかどうかなのである。不適となれば早々に引き返えさなければならないのを覚悟している。一応の準備を整えて10時30分、我が家を出発。今日は常磐道を行って仙台エリアから東北道に入り、どこかのSAで泊り、明日角舘入りするつもりでいる。

 常磐道の谷和原ICは我が家からは3分程の至近にある。直ぐに高速道に入って、一路北上を開始する。流れは順調で、途中幾つかのSAなどで休みながら南相馬鹿島SAで大休止。軽い昼食を済ませて出発して、しばらく走って仙台エリアのややこしい道を通って、富谷JCTから東北道に入る。15時半ごろ長者原SA到着。当初ここでの泊りを考えていたが早過ぎるので、思い切って秋田道の錦秋湖SAまで行って泊ろうかと欲張ることにして出発。しかし16時を過ぎる頃に思い直して、東北道の前沢SAで泊ることに再変更。16時45分頃に到着して、泊る準備に入る。レストランを覗いたが、あまりフィットするメニューが見当たらないので、取り敢えずお湯を沸かして簡単な自炊で済ませることにする。旅の初日は、食べることよりも寝ることの方がずっと重要だ。窓にシェードを取りつけて、音楽などを聴きながら旅の第一夜の泊りを開始する。天気は曇りだが、雨の心配は無さそう。家内も無事に眠りに就いて、トラックの騒音に悩まされるのも比較的少なくて、無事第一夜を過ごすことができた。

 

第2日は、9時過ぎに給油を済ませて角舘に向かって出発。到着までに燃料が足りるか少し心配だったので給油することにしたのだが、あまりにも高額な値段なので、給油は20Lに止めた。レギュラー1L辺り182円と、一般の価格よりも20円以上も高いのだ。毎度のことながらこの価格には納得できない。何故公取の査察の対象とならないのか不思議だ。少し走って北上JCTから秋田道に入る。そこから少し走ってトンネルを抜けると、そこには未だ春が来ていない残雪の世界の景観が広がっていた。雨も降り出してかなり寒そうだ。昨日錦秋湖SAに泊るなどと、無理をしないで良かったと胸を撫で下ろした。1時間ほど走って、横手ICで降りて一般道のR13へ。横手市は6年ほど前に車が故障して、修理のために半月程、車屋の駐車場に滞在して過ごした場所である。あの時も確か角舘の桜を見に行っての途中の出来事だった。5月の連休で整備工場は長期間の休みのため、まさに想定外の長期滞在となったが、部品が届いて修理が完了するまでの間に横手市内を隈なく見て歩き廻ったので、この街の様子はかなり知ってしまっている思い出の場所の一つである。

本降りになった雨は止むことなく降り続いている。しばらく走って、道の駅:美郷で小休止をする。ここは近くに六郷名水のある所で、道の駅は大修理をして名を変えている。売店では好物の山菜が幾つかあり、ワサビの葉などに出くわして嬉しくなった。間もなく出発して、大曲からR105に入り角館方面に向かう。11時近くになっているが、雨は一向に止む気配は無く降り続いている。それが、何と角館町近くなると雲が割れ始めて、明るくなり出したのだ。そして町の観光客用に設けられた駐車場に着く頃には雨は上がり、薄日が射すようになったのである。奇跡的というのはこのようなことをいうのだろうか。今日の桜見物は無理だろうと諦めていたのだが、思わぬ天気の好転に嬉しくなった。」

車を止めて一休みしてから、早速武家屋敷の桜を見に行く。その前に空いていた腹を満たすことにして、近くの食堂に入り、稲庭うどんを食することにした。久しぶりにまともな外食をして満足だった。その後は、家内と別れてそれぞれの花見や買い物などをすることにした。自分は、先ず武家屋敷の桜を見て写真に収めた後、桧内川の堰堤の桜を見ることにした。武家屋敷の枝垂れ桜は、満開の時期を少し過ぎたようで、今日の午前中の雨が、散るのを必死に止めていた感がした。6年前の桜に比べて、老木の花は色あせて白っぽくなっていた。老化が進んだ様で、自分と同じだなと思った。桧内川堰堤の桜はソメイヨシノで、こちらは少し開花が遅いのか、今丁度満開を誇っていた。延々と続く桜のトンネルは、いつ来て見ても真に壮観である。暫く桜の景観を堪能したあと車に戻る。家内はどこかで用を足しているのか戻ってはいなかった。天気はすっかり回復して、今夜は夜桜が楽しめそうだなと思った。時間があるので、先程道の駅で買ったワサビの葉を処理することにして、お湯を沸かし少し冷ましてからほんの少し湯に浸し、その後少し塩をまぶして良く揉んで、素早くタッパーに密封して冷ます処理をする。こうすると2時間後にはワサビの香りが鼻を突き、口に入れるとワサビの辛さを存分に味わえる食べ物に変化するのである。この方法の他にも幾つか処理の仕方があるようだけど、自分はいつもこのやり方である。但しこの車には冷蔵庫がないので、急速に冷やすことができないため、車の外に置いて外気で冷やすしかない。上手く行くかどうか自信はないけど、ま、何とかなるだろうと思った。15時を過ぎても家内は戻って来そうもないので、暫く横になって午睡を貪る。午前中の雨の天気が嘘のような空となっており、今夜は冷え込みが厳しそうだなと思った。17時を過ぎる頃、ようやく家内が戻ってきた。いろいろ買い物をしながら店の方との話を楽しんで来たようだ。土産物の袋を幾つか下げていた。家内は夜も良く眠れたらしく、旅の感覚を少し取り戻したようである。この分だと、この車での旅も大丈夫そうなので少し安堵した。

その後は、家内は夜桜見物には行かないと言って、夕食の後早めに寝床に入ったが、自分はどうしても行ってみたくなり、暗くなりだした18時過ぎに武家屋敷先の一番花が多い箇所まで出向いたのだが、さて、行ってみると夜桜のライトアップは無く、普通の街灯が一つ二つ灯っているだけで、薄暗くて夜桜鑑賞には程遠い状況だった。観光客も2~3人しかいなかった。6年前は溢れるほどの人出だったのに、その変わり様に驚き、がっかりした。あとで聞いた話では。15日から桜祭りが開催される予定で、その時は夜桜見物もできることになるのだが、年々計画よりも桜の開花が早まって、今年は葉桜見物になるのではないかと嘆いていた。とにかく大急ぎで車に戻る。夜空には星が煌めいていた。寒いので早々に寝床にもぐりこむ。夜中に2度程トイレに行ったが、外は厳しい寒さで、空には半月が冷たく貼り付いて輝いていた。2時半過ぎ余りにも寒いので、起き出してエンジンをかけて暖房することにした。広い駐車場には3台の車しか泊ってはいないし、近くに民家もないので、騒音で迷惑をかけることもなかろうと判断した。5時過ぎて外が明るくなりだした頃、車内がようやく暖まってきた。とにかく寒かった。

 

第3日は、2時半に始まり、5時過ぎて起き出して湯を沸かして朝食の準備をすることから始まった。朝食は、歯の治療中の家内は噛むのに苦労しないカステラとコーヒー。自分はチーズを挟んで焼いたパンと野菜サラダとそれにコーヒー。旅の朝はいつもこのような簡単な食事である。朝食の後一休みしてからもう一度桜を見て来ようと、今度は二人で見物に出かけた。武家屋敷の通りを歩いたが、少し風が吹くと枝垂れ桜は花を散らせていた。明日辺りは花吹雪となるのかもしれない。全く、桜というのは潔い散り際である。その後は桧内川の堰堤の桜のトンネルを暫く散策する。持参したタブレットに何枚もその景観を収めた。晴れていた空はいつの間にかすっかり雲に覆われ、風が次第に強くなって来た。30分ほどで散策を終えて車に戻る。まだ殆どの店が開店していない。昨日大部分の買い物を済ませているので、早めに開店していた角館名物のモロコシという菓子を買って車に戻る。その後は、もう角館の桜とはさよならすることにした。

今日の予定は、これから盛岡に向かい小岩井農場の一本桜を見ることにしているのだが、その後は、盛岡郊外からR4を少し走って、道の駅:石鳥谷に行って昼食休憩をし、その後は可能ならば平泉の毛越寺の浄土庭園を見たいなと考えている。そしてその後は、近くの道の駅に泊ろうと考えている。

先ずは給油と若干の買い物をしておこうと、昨日来た道を戻って、角館近くの大仙市のイオンに向かって出発する。直ぐに到着して買い物と給油を済ませた後、R105を引き返して盛岡方面へ向かう。角館の郊外へ出た頃から風が強くなり出し、天気が怪しくなって来た。途中、山の中を通ったが、道脇に水芭蕉の花が満開に咲いている所などがあって目を楽しませてくれた。しばらく走って、田沢湖方面に行く道と別れ、坂を上って盛岡方面へ。トンネルを幾つか潜って、一番長いのを通り抜けると、そこは岩手県雫石町となっていた。曲がりくねった下り坂をしばらく走ると道の駅:雫石あねっこがあり、ここで小休止する。売店で若干の買い物をしている間に雨が降り出し、あっという間に大粒の本降り雨となった。少し様子を見ていたが、雨脚は益々強くなるばかりなので、とにかく出発する。これじゃあ一本桜は無理かなと思った。とにかく行って見て、小岩井農場に向かう道当りまで行って、そこでも雨が止まなかったなら、行くのは諦めようと決めて出発する。ところが行ってみると何とその頃から雨は小降りになり、間もなく降るのを止めたのだった。一本桜に近づくにつれて、青空も見え出したではないか!何という幸運なのだ。桜が見られる場所に着いた時には、先程までの雨が全く嘘のような晴れの天気となったのである。岩手山の大きな山容を背景にした一本桜は、今が満開と咲き誇っていた。何枚もタブレットの写真に収める。駐車場には数台の車が止まっていたが、皆さん、嬉しそうにカメラを向けていた。

これで今日の第一の目的は果たせたので、満足して石鳥谷を目指すことにした。一般道のコースは、ナビ任せにすることにした。雨はすっかり上がったのだが、風は益々強くなり出して危険を感ずるほどのレベルとなっていた。気がつけばもうとっくに13時を過ぎており、腹が減って頼りなくなって来た。早く石鳥谷の道の駅をと走ったのだが、思っていたよりも遠くて時間が掛り、到着したのは13時半頃だった。久ぶりの石鳥谷の道の駅は、大改修中らしく、新しい建物や駐車場の工事が行われていた。早速レストランにと行ったのだが、何と休業中だという。がっかりした。しかし、仕方がないので、売店でおにぎりを買って済ますことにした。1時間ほど休憩する。もう既に14時を過ぎているので、この先は毛越寺に行くのは止めにして、今夜は一関市郊外にある道の駅:厳美溪で泊ることにして出発。高速道は止めて一般道のR4を南下することにした。そのあとは、車の流れは順調で、奥州市を過ぎて少し走って、一関からR342に入り、しばらく走って道の駅に到着。16時20分を過ぎていた。まだ売店が開いていたので、中に入って山菜などの土産類を手に入れる。この辺りは山に近いのか、コゴミや葉ワサビなどの山菜もたくさん並んでいた。一休みの後夕食と就寝の準備に取り掛かる。昨夜は厳しい寒さだったけど、今夜は大丈夫だなと思った。この道の駅には夜を過ごすトラックなどは殆ど入って来ないので、騒音被害の心配はない。明日は帰途につくつもりでいるので、最後の夜をゆっくり眠ることにする。家内も寝床に関しては問題はないようなので、この車での旅も大丈夫だろうと安心感が増した。この旅車の改善を要する箇所はまだまだ幾つかあるのだけど、帰宅してからじっくり取り組んでゆこうと思っている。ここでの泊りの車は殆どなく、その後は静かな一夜を過ごす。

 

 第4日。今日は今回の旅の最終日である。往路と同じコースを通って帰宅するだけの一日だ。朝の空はうす雲が掛って、上ったらしい太陽がぼんやりと輝いているようだ。春霞の天気というのであろうか。まだ寒さが少し残っているけど、周辺の山々は新緑が萌えており、まさに山笑うという表現そのものである。いつものようにお湯を沸かして食事の準備をして済ませ、出発の用意をする。

 今日は帰るだけだが、高速道に入る前に給油をしておかなければならない。それは一関市内ではなく、R4を少し南下して築館町のスタンドの方がいいと思っている。確かあそこの方が安いのではないかと思っているからだった。8時少し前に道の駅を出発して、R342を走って一関から右折してR4に入り、しばらく走って、築館町にある東北道のICの手前にあるスタンドで給油をする。ここは152円/Lだった。今までの最安値である。やはり正解だった。満タンにしたので、余裕を以て帰宅することができる。

 築館ICから東北道に入って、あとは適当に休んで常磐道経由で谷和原ICで降りれば、直ぐに我が家に到着だ。先ずは東北道をしばらく走って、仙台エリアに入る前に鶴巣PAで小休止。その後は富谷JCTから常磐道方面へ走って、常磐道を只管南下して、南相馬鹿島SAで昼食の大休止。その後はいわき、勿来を超えて茨城県へ入る。ここからは地元である。今は県南に住んでいるけど、自分は県北出身である。日立や東海、水戸などという地名を聞くと、如何にも故郷に還ったという気分になるのは不思議である。その後は中郷SAと友部SAに立ち寄り少し休んだ以外は走り続けて、ようやく谷和原ICを降りてR294に入り、我が家に着いたのは16時45分だった。全走行距離1,125kmの旅だった。家内も自分にも特段の問題もなく無事に帰還できて良かった。溜まっていたストレスも少しは発散できたのではないか。荷物を下ろして一段落の後、風呂に入って旅の汗を流し、ひと息ついて、やれやれという安ど感に満たされた。

 

 2018年に北海道生誕150周年を記念しての4カ月かけて北海道の各地を巡る旅をして以来、2019年は地元の自治会の仕事で、その後はコロナの感染拡大で、私らの旅は完全に封鎖されていたと言ってよい。この間に自分は癌を患い、約1年間の放射線治療で癌細胞の増殖は止まり、今は安全レベルに止まっているけど、この先いつ何時何が起こるか知れたものではない。だから、生きている間にもっと欲張って旅をしようと、放射線を浴びながらのベッドの上で考えたのは、老化が進んでいる車に替えてせめて故障の心配のない車で旅をしようという、新たなくるま旅へのチャレンジだった。しかし、車は用意したもののコロナの感染は何波も繰り返して収まらず、くるま旅への願望はくすぶり続けていた。それがようやく思い切って、旅への願望が叶ったのだった。あまりにも長い待機期間だったので、今回の旅は嬉しさよりも大丈夫かという不安が勝っていた。旅に馴れているとは言っても、車が替わり、しかも設備や機能がレベルダウンしているのだから、昔の夢に甘えるわけには行かないのである。今回の角館行は、そのような意味に於いては新たな試金石ともいえるようなものだった。それがどうやらクリアできたようなので、僅かながらも自信につながったように感じている。久しぶりの旅に家内も自分もホッと安堵している今なのである。

 ここ数年足らずの間に桜をとりまく環境は急激に変化しているようである。6年前にも角館の桜を見に行ったのだが、その時の満開は4月の26日頃だったと記録にある。今年は4月12日に訪れたのだが、満開は終わりかけていた。たった6年で2週間以上も満開の時期が早まっているのだ。今年の桜祭りは4月15日からだと聞いてきたが、もはやその時は花は散って無くなり、葉の方も中途半端な状態で、花見とは縁のない桜となってしまっているに違いない。祭りの主催者の方々は来年はどうすれば良いのか、困惑するに違いないと思う。この早まりは、もはや元には戻れないのだと考えると、やがては花見は3月に突入するのではないかなどと思ってしまう。その原因が温暖化にあるのかどうか不明だけど、この異常がこれ以上続かないことを願うばかりである。

 それはともかくとして、今年の武家屋敷の桜は、6年前と比べて何だか力が失われているようで心配になった。多くの樹は100年以上を超えており、老化が影響し始めたのか、花の色が薄くて白っぽくなっているように感じた。自分も6年間に老化が進んでいるのを実感するのだが、樹木の生きる時間を考えると、桜たちの老化は早過ぎるように思えてならない。桧内川堰堤のソメイヨシノは開花時期がほんの少し遅いのか満開のそれを見られて安堵したが、こちらもかなりの老木が多いので、この先に心配を覚えるのは、自分自身が老化の進展を実感しているからなのかもしれない.天候にはあまり恵まれなかったが、とにかく間に合って久しぶりの桜の景観を楽しめたのはありがたかった。又、奇跡的な天候回復の中で見た小岩井の一本桜も良かった。この桜は借景として岩手山を控えているのが羨ましいほどだ。見られる場所からは少し遠いので、花の様子がはっきりしないのだけど、タブレットの絵を拡大してみると、満開なのが良く判った。滝桜などと比べると貫禄は遠く及ばない一本桜だけど、大勢の人がわざわざ見に来るのに値する魅力のある桜だった。

 このような名所・名物となってはいない桜でも、ハッと目を見張るような桜も随所に見られて、関東では葉桜しか見ていない自分たちには、改めて桜の花の素晴らしさを実感させてくれるものだった。自分的には東北の桜と言えば、何と言っても大山桜に勝るものはないと思っており、それを何本か見ることが出来て嬉しく満足した。

 それから今回の旅の間中ずっと感動し続けていたのは、山笑うという季語そのものの樹木たちの新緑の叫びだった。長く厳しい冬を黙って耐え忍んで来た樹木たちの、春を迎えての嬉々とした歓声が耳に届いて来る感じがした。高速道の長時間の運転の疲れも彼ら樹木たちが山を笑わせている景観が眼に入ると、どこかへ飛んでいってしまう感じがして救われた。

 やっぱり旅は好い。やっぱり残りの人生は旅を中心にすべきだと再確信した。様々な出会いと発見が旅にはある。それが自分に活き活きと生きる力を与えてくれるのだ。出会いと発見は、人だけではない。眼に触れ身体に感ずる全てのものが自分に感動を与え力を与えてくれるのだ。3泊4日の短い旅だったけど、心の倦怠と停滞は復活しつつあるのを、今、実感している。(おわり)

武家屋敷、伝承館脇のしだれ桜。もう最盛期は過ぎたようだった。

桧内川堰堤のソメイヨシノ。延々と2km以上桜のトンネルが続いている。

 

 

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