山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

西海道&西国の旅の記録から(その31)

2024-07-30 03:49:23 | くるま旅くらしの話

◇奈良の都は今も栄えている

 京都の人には悪いのですが、私は断然の奈良ファンなのです。関西に行くということは、私にとっては、それは奈良に行くこととほぼ同じ意味なのです。京都も大阪も殆ど視野に入っていないのです。奈良こそが大和の国の原点なのだと信じているからです。今回の旅では,各地の神社や仏閣を多く見てきたので、奈良に行ったら久しぶりに春日大社に参拝し、興福寺にもお参りしようと考えて、関宿を出た後、名阪国道を経由して春日大社に向かいました。天理で降りて、ナビに従ってどうにか駐車場近くまで行ったのですが、当日は運悪く日曜だったこともあって、車は大渋滞で、Ⅰ時間以上待たないと駐車できるかどうか判らない状況なのです。こりゃあダメだと即断して参拝を中止しました。どうしたものかと思いながら取り敢えず何時も行く桜井市の大神(おおみわ)神社にでも行って見るかと走っていたら、途中に新しい道の駅があるのを発見しました。奈良には何度も来ているのですが、その道の駅は天理市にあって、初めて気づいた場所なのでした。その名は「なら歴史芸術文化村」というのです。歴史芸術などという名の道の駅は聞いたことがありません。行って見ようと俄かに好奇心が膨らみ寄ることにしました。そこは石上神宮近くの山の辺の道の近くにあって、立派な建物のある道の駅でした。かなり混んでいましたが、無事駐車することが出来ました。中に入ると売店などがある駅舎とトイレ棟があり、他に大きな建物があり、それは何と、奈良の古代遺跡から出土た文化財や寺院の仏像など芸術品類の修復などを行う建物で、そこでは様々な文化財に関するイベントなどが開催されているのでした。いやあ、驚きました。このような道の駅は初めてです。売店の方には奈良県のあらゆる産物が並び販売されていました。農産物や食べ物類の他に木材の加工品や工芸品などが目立ちました。これは今日だけでは無理なので、明日もう一度来てじっくり見なければならないなと思いました。それで、今日は泊りを予定している道の駅:宇陀路大宇陀に向かい一泊して出直すことにしたのです。

翌日も真っ直ぐここにやってきました。先ずは道の駅構内をじっくり見る前に、ここは石上(いそのかみ)神宮に近いので、歩いてそこへ行って参拝した後、久しぶりに山の辺の道を大神(おおみわ)神社の方に向かって少し歩いてみようと考えました。石上神宮は近い筈なのですが、初めてなので簡単な絵図では途中で道が判らなくなり、出会った犬を連れた散歩のご婦人に尋ねたら、なんと親切に神社地区まで案内して頂けることになり、感謝感激でした。石上神宮は、私たちの山の辺の歩きの終点、始点となる場所なので、何度も来ているいのですが、コロナなどもあって、もう10年くらい来ていないので何だか別の所に来ている感じがしました。しかし境内に入ると忽ち昔を思い出しました。境内には長尾鶏が放し飼いになっていて、参拝の人など無視して、「コケコッコ ~~」と長いトキの声をあげて鳴いていました。参拝の後、山の辺の道の歩きに出発しました。奈良に来た時は、山の辺の道を歩くのが楽しみでした。その時は大神(おおみわ)神社から石上神宮までを歩きました。大神神社が始点の時は石上神宮まで歩いた後、天理駅まで行ってJRに乗って三輪駅まで来て降りて車に戻り、石上神宮が始点の時は逆に大神神社まで歩き、三輪駅から電車に乗って天理駅まで来て駐車場の車に戻るのです。山の辺の道には例えば秋だと、ミカンやカキの無人販売所でそれらを買って頬張りながら大和の歴史を残す景観を楽しみながら、およそ10km程の道を歩くのです。

 今回は、全部を歩くのは無理なので、ほんの少し歩いてみようとチャレンジしました。ところが、ところがです。歩き始めて内山永久時跡を過ぎて、もう少し先まで行って見ようとしたのですが、結構足に来ていて、上り下りの坂道は厳しい状態でした。少し行くと何と前方にはとんだ急な坂が控えているではないですか。こりゃあ無理をすると、このあと車の運転に支障を来すかもしれないなと急に心配が膨らみ、ここから引き返すことを家内に提案しました。家内は元気で先を行っているのです。自分は普段毎日7~8kmを歩いているので、歩くのには自信があった筈なのですが、今回の旅では急な石段や階段は負荷が大き過ぎて厳しいというのを思い知らされていたのですが、ここに来て嫌というほどそれを自覚させられました。最早山の辺の道を歩く力は消えてしまったのかと己の老を思い知らされたのでした。

 引っ返して道の駅近くに戻る頃に雨が降り出し、車の中に入ると雨は本降りになり、いいタイミングで戻ることが出来て、これは怪我の功名という奴かと苦笑いの心境でした。そのあとは小降りになって、売店に行き柿の葉寿司の弁当などを買って昼食を済ませ、構内の施設を見て回った次第です。文化財の修復作業は本格的で、奈良県などの行政サイドがこの施設に相当力を入れているのを感じました。

 

 *人・車・それに鹿まで溢れ居て春日大社の参拝虚(むな)し

 

 *深緑(しんりょく)に包まれ歩く山の辺の道は未来に永遠(とわ)に続けり

 

 *閑(しずか)かなる杜(もり)に鳴き声轟(とどろ)かせ石上(かみ)の鶏(とり)は人を恐れす

 

 

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