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山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

さて、これから。(旅から戻って)

2014-09-27 05:28:25 | くるま旅くらしの話

 北海道の旅から戻って、ドタバタしている内にあっという間に半月が過ぎてしまいました。もう間もなく10月です。この間、一番のドタバタは旅の記録の作成でした。旅が終わると、毎回その記録を作ることにしています。最近はブログの投稿記事をほんの少し見直すだけで、印刷物にまとめるだけの作業で済ませてしまっています。それでも、もう一度旅の全行程を辿ることになるので、結構時間がかかるのです。その作業が昨日ようやく終了しました。約2カ月の旅だったので、記録の量もかなりのものとなり、B5版の用紙で156ページにもなってしまいました。これだけ冊子が厚くなると、製本がやりにくくなり手間取ったりしました。出来上がった一冊を手に取る時が一番嬉しい時で、それなりの充実感を感じることができます。11年前から作り初めて、もう旅の記録も30冊近くになり、それら全部を並べると、厚さは15センチほどになります。塵も積もれば山となるといいますが、自分の旅の記録は未だたった15センチほどしかありません。まだまだこれからだと思っています。

 今回の旅の中で最も強く思い知らされたのは、諸行無常ということでした。諸行無常とは、「万物は全て常ならずして絶えず変化する」というものの見方だと思いますが、その理屈は解っているつもりでも、己の身をその変化の中に置いてしまうと、その変化を実感できなくなってしまうというのが、我々の日常のように思います。自分自身もそのような毎日を送っているのですが、今回の北海道の旅は昨年行けなかったため、1年間のブランクがあったわけで、この一年間の変化が、思っていたよりもかなり大きなものだったということを思い知らされたのです。

 今回の旅では、最初からかなりの時間を旅の知人たちとの再会に使おうと考えていました。北海道の旅を15回も重ねていますと、旅で手に入れた様々な宝物もかなりの数となります。自分の宝物には何種類かの区分がありますが、何と言っても宝物の第一は知己を得るということです。人に勝る宝物はありません。この宝物は、1年間も出会いの時間を空けていると、少し心配になってくるのは、欲が深いからだということにはならないと思っています。人という宝物は、絆というつながりで磨くことが大切であり、それを疎(おろそ)かにすると、輝きが弱ってしまうという心配があるように思っています。

 そのように思いながらの出発だったのですが、その願いの多くは達成されたものの、それでも何人かの方との再会が叶わなかったのです。その多くはやはり自分より年長の方が殆どでした。北海道の夏には、2~3年前まで必ず一緒にオフ会などを楽しんでおられた長老の方の何人かが、様々な病などのトラブルに見舞われて、もはや再会が叶わない状況におられることを知ったのです。まだまだご一緒できると思っていたのに、それがもう出来なくなってしまったのです。又、その他にもいろいろな事情でくるま旅を断念された方もおられて、人は皆いつも同じレベルの暮らしをし続けることは出来るもではないということを、改めて思い知らされたのでした。

 これらのことを諸行無常などというのはあまりにも大げさなのかもしれません。しかし、七十路も半ば近くになると、僅か1年間のブランクがもたらした、知己の方たちの大きな変化に敏感に反応しないわけにはゆかないのです。昨日と同じ安全で健康で平和な明日があるわけではないのです。明日の自分というのは、もしかしたら台風の予知などよりもはるかに高い確度で、突然の変化に見舞われるのかもしれません。そう思わずにはいられないショックを受けたのでした。

 さて、とすれば何が大切なのか。あれこれ思いを巡らしての、たった一つの結論は、「今出来ることを決して先送りすることなく、今出来る内に目一杯やっておくこと」ということでした。今、自分も相棒も病に関する幾つかのハンディを背負っていて、完璧というコンディションではありませんが、それでも幸いなことに、くるま旅が出来る環境に恵まれています。だとするなら、これは天恵ともいうべきものではないか。そう思うことにしました。これから先も、可能な限りこの恵みを享受して行けるように努めたい、と改めて思ったのでした。

さて、これから、秋も本番になります。この秋はどこへ何を探しに行く旅としようか。只今、懸命に模索中です。

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‘14年 北海道旅くらしのレポート <第57回(最終回)>

2014-09-14 05:05:49 | くるま旅くらしの話

【昨日(9月12日:(木)のレポート】天気: 晴れ

<行程>

安達太良SA →(東北道・磐越道・常磐道)→ 谷和原IC →(R294・県道他)→ 自宅

<レポート>

 今回の旅の最終レポートです。無事我が家に戻りました。東北道安達太良のSAを8時半過ぎに出発して、途中何カ所かのPAやSAに寄って休憩を取りながら、我が家に着いたのは12時25分でした。57泊58日、全走行距離6,330kmの旅でした。出迎えの孫には、しばらく胡散臭そうに見つめられた後、喜びの泣き声を聞かされました。まだ首が据わらない時に出発して、2カ月もたってからの期間なので、孫にとっては初めて見る怪しげなあごひげのあるジジイに見え、思わず嬉し泣きをしてしまったに違いありません。

 それからはいつものように荷物の運び出しで、大童でした。休日で倅が手伝ってくれたので大分楽には済みました。涼しくなったとはいえ、関東は未だ日中は地獄の猛暑で、とても生い茂る庭の雑草を退治する勇気はありません。とにかくひと眠りすることにして、風呂に入って汗を流した後、寝床の中へ。16時過ぎに起き出して、それからは2m近くにも伸びた青シソの処分や、見境もなくはびこるメヒシバやエノコログサなどを引き抜きにかかりましたが、多過ぎて完了には至りませんでした。それに、蚊の攻撃を受けて、ズボンの上から10カ所以上もさされて痒くてたまらず、ギブアップしてもう一度風呂に入って、といった按配でした。旅が終わるといつもの定番の出来事です。明日からはその延長線での暮らしが始まります。

 今回の旅ではたくさんの方々にお世話になりました。再会が叶った人、新しく出会った人。地元の方、旅の仲間の方、いろいろな場面で、いろいろな形で心も身体もお世話になりました。本当にありがとうございました。心からお礼を申し上げます。また、このくどくて長い文章のブログをお読み頂いた皆様にもお礼を申し上げます。老人夫妻の終わり近い人生の過ごし方の断片を少しでもお伝えできれば嬉しく思っています。

この後は、いつものように記録を冊子にまとめるつもりでいますが、今月一杯はかかることになると思います。又、旅で拾ったエッセーテーマにもチャレンジする予定でいますので、自分的には未だしばらく旅の後楽の世界を楽しめると思っています。ブログの方は少し休むことになると思います。改めて旅の宝物に感謝の意を述べさせて頂いて、今回の旅のレポートを終ります。ありがとうございました。

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‘14年 北海道旅くらしのレポート <第56回>

2014-09-13 04:38:15 | くるま旅くらしの話

【今日(9/12)の予定】 

  安達太良SA →(東北道・磐越道・常磐道)→ 谷和原IC →(R294・県道他)→ 自宅

 

【昨日(9月11日:(木)のレポート】天気: 曇・雨・晴入り乱れての荒天

<行程>

道の駅:いなかだて →(R102)→ 東北道黒石IC →(東北道)→ 花輪PA →(東北道)→ 岩手山SA →(東北道)→ 紫波SA →(東北道)→ 前沢SA →(東北道)→ 菅生PA →(東北道)→ 安達太良SA(泊)

<レポート>

 今日は我が家には届かないけど、もう旅が実質的に終わる日でもある。高速道を走るだけのただの移動日である。特に書くこともない。書くとすれば二つほどか。

 その1は、田舎館の田んぼアートの第2会場を見物したこと。といっても、これは相棒一人が出かけただけで、自分の方は後で相棒の写真を見せてもらえばそれで良いということにして、車の点検などに取り掛かった。9時半ごろに相棒が戻って来て、早速パソコンに写真を取り込み、それを鑑賞する。こちらの方のテーマはサザエさんで、いつもの漫画の家族の皆さんが、巧みに稲穂で表現されていた。見事というほかない。こちらの絵もスケールが大きすぎてカメラには収まらない、と相棒は残念がっていた。広角のレンズがないと無理とのこと。相棒が聞いてきた話では、今年は第1会場に劣らないほど第2会場の絵も人気があるとのこと。それというのも、こちらの田んぼの方が、植え付けから稔りの時までの稲の生育のプロセスで絵の色合いが変化して行くのが楽しめたからだとか。これはもう、近くに住みこまない限り味わえないことである。それにしても巧みな企画、演出だなと改めて感心する。(相棒の写真は画素数が大きく、サイズダウンが面倒なので写真は掲載しません。追って別の機会に紹介予定です)

 第2は、荒天に追いかけられ続けたという話。1時間ほど走って、花輪PAという所で最初の休憩を撮り、次は岩手山SAで昼食にしようかと11時半ごろ到着したのだが、その少し手前辺りで岩手山の山裾がかすかに見えだした頃から、巨大な雨雲が山を取り囲んで雨の幕をSA近くまで伸ばそうとしているのが見えたのだった。これは、もしかすると、と思いながら到着したのだが、案の定着くや否や雨が落ち出し、あっという間に沛然たる降りとなった。最近の時間雨量とやらのレベルでいえば、100mmくらいの凄さというほど猛烈で、とても車を出てレストランに駆け込むことなどできず、傘をさすのも効果無しというほどのものだった。少し待てば止むかと10分ほどそのまま待機したのだが、雨はますます勢いを増すだけで、雨雲が走り去ろうという気配はなかった。それならば早くここを脱出した方がいいと走り出すことにした。それから5分ほど走ると、雨はピタリとやんで、路面は乾燥している。何だこりゃと思いながら、次のSAの紫波を目指して走っていると、サイドミラーには雨雲が怖い色をして映っている。何だか不気味な天気である。間もなく紫波SAに着いたのだが、こちらの方も別の雨雲が膨らんでいて穏やかでない様相をしていた。とにかく昼食にしようとレストランに入ったのだが、どうも落ち着かない。念のためにとオーダーしたのが出来上がるまでの間に傘を取りに行く。食べている間に、又もや大雨が襲ってきた。何ということなのだろうか。しかし、食べ終わる頃になったら雨の勢いは急に衰え、間もなく止んでくれたので、傘は無用となった。このようなことがあって、その後も時々同じような雨雲に襲われながらの一日だった。広島や北海道に降った雨の凄まじさを断片的に体験させられたような気がした。真に恐ろしい体験だった。

もう一つ、最後に嬉しいことがあった。今日はここに泊ることにしようと、安達太良のSAで夕食時に一杯やっていると、トントンと車のドアを叩く音がしたので、相棒が出て見ると、何と十数年来の知己の人の顔がそこにあった。ここ数年お会いしていなかったのである。同じビルダーの旅車を買った仲間同士のお付き合いで、ご自宅までお邪魔したこともあるのだが、このところお互いに同じクラブの集まりには参加できずにいたため、顔を合わせる機会がなかったのだった。まあ、懐かしくも嬉しいひと時だった。これから更に先を急がれるというので、長話は出来なかったけど、元気なお顔を拝見して嬉しかった。今日の終わりが良い出会いで締めくくれて満足しながら、SAでの少し騒がしい旅の最後の夜を迎える。

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‘14年 北海道旅くらしのレポート <第55回>

2014-09-12 04:32:18 | くるま旅くらしの話

【今日(9/12)の予定】 

道の駅:いなかだて →(R102)→ 東北道黒石IC →(東北道)→ 何処まで行けるか未定

 

【昨日(9月11日:(木)のレポート】天気: 曇り後晴れ

<行程>

大間崎キャンプ場 →(R279)→ 道の駅:よこはま →(R279・R4)→ 道の駅:しちのへ →(県道・R394)→ 酸ケ湯温泉 →(R349・県道・R102・県道)→ 田舎館村役場(田んぼアート第一会場見学) →(県道・R102)→ 道の駅:いなかだて(温湯温泉へ往復する)(泊)

<レポート>

 今日からは帰途が本格化する。しかし、少しは楽しみも残っている。それは青森県田舎館村の田んぼアートを見ることである。田んぼアートのことは、このところかなり有名だ。写真では見たことがあるけど、まだ本物の田んぼの絵を見たことがない。今年の春の東北の旅で田舎館村の道の駅に泊った時は、まだ田植えの準備中で稲は植えられておらず、それがどのようなものかは見当もつかなかった。その時、是非とも今年は出来上がった田んぼアートなるものを見物したいと思った。先日ネットでその様子をチエックしたら、まだ当分は見物が可能だということを知り、帰りには必ず見ようと思っていたのだった。今日明日でそれが実現できると思っての朝の出発だった。

 朝のニュースを見ていたら、北海道の道南、道央などの各地で大雨が降り続いていて、特別警報が出ているエリアもあるということである。その中にはつい先日過ごしていた場所も含まれており、今ここにいるということがどれほど恵まれているかというのを改めて実感するとともに、今年の異常気象のしつこさと不気味さを思った。大間崎から見る函館方向には真っ黒な雲が気味悪く膨らんでおり、その向こうの方の札幌や恵庭などではとんでもない大雨が降っているのだなと思った。あの入道雲が何時こちらの方へ向かって来るやもしれず、先ずは海の傍からは早めに遠ざかるのが良かろうと、朝ドラも見ずに軽い朝食の後、7時過ぎには出発する。

 今日の予定コースとしては、先ず横浜町の道の駅で休息した後、野辺地からR4に入って青森市を経由してR7で弘前に向かい、途中からR102に入って田舎館村に向かうことにしている。8時半ごろ横浜町の道の駅について一息入れている内に考えが変わり、青森市内経由は止めて七戸の道の駅に寄った後、八甲田の山を越えて酸ケ湯温泉のある道を経由して黒石市に出て田舎館村に向かうコースをとることにした。というのも、七戸の道の駅には魅力的な食材が揃っており、また久しぶりにR394を辿っての山道を行くのもいいのではないかと思った。まだ紅葉には早い季節なので、楽しみは少ないかもしれないけど、空気は美味いに違いない。坂道はSUN号にはきついかもしれないけど、まあ、なんとかなるだろうと思った次第。

 七戸の道の駅で豆腐や野菜類の食材を手に入れて一息入れた後、山越えの道を八甲田山の方に向かう。以前酸ケ湯温泉の方を通った時もこの道を行ったように思っていたのだが、実際に走っている内にどうやらここは初めて通る道だなと気付いた。思ったよりも坂道が長く続いて、SUN号にはかなり厳しい走りとなった。前に通ったのは十和田湖経由で来た道だったのが次第に甦った。傘松峠の1040mという表示を見た後は下りに入り、間もなく酸ケ湯温泉館へ。ここで停まって辰五郎名水を汲む。風呂には入らない。この湯は酸性がきついので、相棒には無理である。水だけ汲ませて貰って、直ぐに出発して更に坂を下り続けて黒石郊外の伝統工芸伝承館近くのR102の交差点に出る。ここからは春にも来ている勝手知ったる道だ。温湯温泉入口を通り過ぎて、その後田舎館村の役場に直行する。12時半近くで、思ったよりも早い到着だった。天気は上々で、雨の心配など全くない。

 田んぼアートは二つの会場があり、その一つはここ村役場の東側の田んぼで、これは役場の展望台から俯瞰することが出来るようになっている。又もう一つは道の駅:いなかだての近くにある田んぼで、こちらにも展望台が用意されている。役場の方が第1会場、道の駅の方が第2会場となっていて、いずれも入場料200円也を収めなければならない。先ほど第2会場の方を通りすがりにちらっと見てきたのだけど、第1会場の方が規模が大きいようである。

 

町役場の入り口周辺に立てられた田んぼアートの幟。この自転車置き場の向こうの方には、田んぼアート商店街なるものが出現していた。

 田舎館村は、津軽平野の中にあって村の全域が平野の中にある豊かな村のようだ。農業以外にも産業振興がうまく展開されている感じがする。弘前や黒石と行った昔からの中核都市の間にあって、経済的には有利なロケーションを活かした活動が展開されてきたのではないか。そのように見ている。村役場は城郭の風格があって、天主閣風の展望室も造られている、全国でもユニークな建物ではないかと思う。初めて見た時はあまりいい趣味ではないななどと思ったものだが、何度も見ている内に却ってこれでいいのだと思うようになった。村民を代表する村のアイデンティティが表現されているようにも思えるのである。

 

威風堂々たる田舎館村の町役場の建物。天守閣なのか櫓なのか、遠くから見てすぐにその存在に気づく建物である。手前の田んぼに作品が描かれている。

 さて、いよいよ田んぼアートを鑑賞することとなった。役場の入口で入場券を買って、エレベーターに乗り3階まで行って、そこから2階分ほどの階段を上って展望室へ。展望室は四角の通路があり、逆戻りはルール違反のようである。これ一回りが200円なのかと思いながら田んぼを見下ろしたのだが、そこに浮かび出ている天女と富士山の絵を見て、息をのむほどに驚いた。みごと!という他にことばがない。今年のテーマは羽衣伝説と富士山の世界遺産登録を祝ってのイメージなのか、見事な天女の舞姿と富士山が描かれていた。田んぼの大きさが縦・横100m以上もあって、自分のカメラではその全景を写すことができず残念だった。やむなく二つに分けて天女と富士山を撮った。特に天女の絵は微細を極めて表現されており、その表情までもが絵ごころに満たされていた。素晴らしい。これは生きている芸術だなと思った。絵は平面だけど、描かれている天女や富士山は立体であり、それを描いている稲穂たちはまさに生きているのである。6月ごろに植えられた10種類もの稲たちが、巧みに計算されているとはいえ、ここまで見事に生長し、稔り、息づいているとは何ということなのだろうか、と思った。この企画の素晴らしさと、その実現・実行に携わった方々に絶賛のエールを送りたいと思った。

 

左側の田んぼの、羽衣伝説の天女の舞の絵。これが田んぼに植えられた稲たちが描き出しているとはとても思えない。大いなるロマンである。

 

右側の田んぼの富士山と三保ノ松原のある駿河湾の景観の表現か。右方の住宅の大きさと比較してみれば、この絵のスケールの大きさが判るというものだ。

 下に降りて田んぼの周辺をしばらく歩き回ったのだが、そこに植えられている稲たちを見ても絵のことは全く判らない。ただ黒っぽい稲穂や微妙に稲穂の色合いが違う稲たちが時折り固まって配置されているだけで、道端にはイナゴたちが跳ねまわって、豊作の喜びをうたっているだけだった。このようなとてつもない絵が描かれているなどとは、誰も気づかない風景なのだった。我々の暮らしの周辺にはこれと同じような気付かないアートのようなものが、もしかしたら無数に点在しているのかもしれない。田舎館村の知恵者の人たちは、弥生時代からこの地で作られていたという田んぼの稲作の中に、そのアートを発見したのかもしれない。ギネス級の凄いことだなと思った。

 一通りの見物が終わり、感動の中に車に戻ると、向こうの方から紳士がやって来られて「どちらから来られたのですか?」と尋ねられた。「茨城県のつくばの方からです」と答えると、「それはどうも、遠いところからごくろうさまです」と挨拶され、その後しばらく会話を交わした。今年の田んぼアートの描かれた名刺を頂戴したら、何と村会議員さんだった。旅車だったので、目立ったのかもしれない。村を代表して外来者を歓迎するという、温かさが沁みてくるというようなお方だった。お話の中で、近々天皇・皇后両陛下がここにお出でになるということをお聞きした。米はこの国家の食の基幹に位置する作物であり、古来からの様々な種類の米を使ったこの田んぼの芸術を、両陛下も感嘆されながらお楽しみ下さるに違いないと思った。

 さて、その後は道の駅の方に向かう。第2会場の方は、明日見ることにして、今日は午後はゆっくり休むことにした。朝からかなりの距離を走っており、運転者も横に座っている人もかなり疲れている。遅い昼食の後は、相棒は午睡の床へ。自分はTVなどを見て過ごす。16時を過ぎたので、近く(と言っても往復15km以上あるけど)の温湯(ぬるゆ)温泉へ。いつもの鶴の湯という公衆浴場へ入り、温泉を楽しむ。18時前には道の駅に戻って、旅の実質的な最後の夜を迎えることが出来たのを祝って乾杯する。乾杯の理由は無限である。その後は何時もの通り。明日からはただの移動行程だけである。先ずは安眠・熟睡こそ大事。

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‘14年 北海道旅くらしのレポート <第54回>

2014-09-11 05:25:39 | くるま旅くらしの話

【今日(9/11)の予定】 

  大間崎キャンプ場 →(R279)→ 道の駅:よこはま →(R279・R4)→(青森経由)→(R7・県道・R102)→ 道の駅:いなかだて(泊)  

 

【昨日(9月10日:(水)のレポート】天気: くもり

<行程>

道の駅:つどーる・プラザ・さわら →(R278・道道)→ 七飯町・東大沼キャンプ場 →(道道・R5・R227)→ 函館フェリー乗り場 →(16時30分発→大間着18時)→ 大間崎キャンプ場(泊)

<レポート>

 今日は今回の旅の北海道の最後の日である。16時30分発の大間行きのフェリーに乗るまでにはかなりの時間があるので、午前中は昨日泊る予定だった、七飯町の東大沼キャンプ場で過ごし、その後早目にフェリー乗り場に行って、出発を待つことにしている。昨夜はもしかしたら大雨に見舞われるかと心配したが、そのような気配は全くなく至って静かで、朝になって外に出て見ると駒ヶ岳の雄姿が間近に見られて、薄い雲を延べた青空が広がっていた。予報では今日も天気は乱れ気味で、局所的な大雨が予想されると報じていた。苫小牧や白老町では物凄い量の雨が降り、危険な状態だとも報じられていたが、何故か函館市街やこの辺りは一向にその気配は感ぜられなかった。これはラッキーということなのであろうが、その反面何時そのようなとんでもない天気が襲って来るか心配でもある。

 いつものようにTVの朝ドラを観終わって、早速東大沼キャンプ場に向かう。ここからだと森町の方に戻るよりも海沿いの鹿部町の方に向かう道を通った方が時間的には早く着くと考え、そちらを行くことにした。この道は両側を樹木や草叢に覆われていて何も見えないのだが、所々脇に入る道があって、その先にJRの線路や駅、そして人家やホテルなどがあるのを知っている。初めて通る人には、まさかこんな叢林の中にそのような世界があるとは気づかないだろうと思いながらの運転だった。9時過ぎキャンプ場に到着し、いつもの定位置に車を停める。キャンプをしている人の車が数台と旅車と思しき車も数台泊っていた。特に何もすることがないので、TVでも見ようとBSのアンテナを調整する。この場所は地デジは殆ど映らないのを知っており、今まではBSも合わせるのが面倒だったのだが、今回は電波のチェッカーを操作できるようにしているので、何の苦労もなく映すことができる。妙なことを勉強した旅でもあった。

 TVばかりでもつまらないので、一昨日壮瞥の道の駅で買ったモチトウキビの残っていた一袋を茹でたりしながら時間を過ごす。相棒は何処ぞ外へ出かけて、くるま旅の人などに話しかけていたようで、しばらく経ってから戻って来て、自分ペースで何やら報告をするのだが、こちとらは別のことを考えたりしているので、あまり頭に入って来てはいなかった。いつものことではある。そのようなことをしている内に昼時になり、今日は江丹別蕎麦を茹でて食べることにした。幌加内も江丹別も似たような蕎麦の産地であるけど、自分は江丹別の蕎麦の方が気にいっている。蕎麦の産地としては幌加内の方がはるかに大きく、北海道でもナンバーワンなのかもしれない。ということは全国ナンバーワンということなのであろう。蕎麦といえば、信州の長野県が一番の産地だと思っている人もおられると思うけど、とんでもない現状で、桁違いに北海道の生産の方が多い。信州から委託されて蕎麦を作っている畑が美瑛の丘にあったのを思い出す。世の中は農業生産の分野でも確実に変化している。米だって北海道が席巻するのは時間の問題であろう。北海道の底力は大きい。横道にそれたが、江丹別の蕎麦も美味かった。

 昼食後の休憩の後、13時近くにフェリー乗り場に向けて出発する。途中道内で最後の給油を済ます。フェリー乗り場到着13時半。まだ大分時間がある。しかし先着している車もあり、その中には知り合いの方もおられて、相棒などは退屈しないで済んだようだ。自分はTVなどを見ながら時間を待つ。13時半ごろになって乗船の案内があり、準備に入る。2年前と比べてかなり早くなっているようだ。30分前くらいになると、バイクなどの乗船が開始され、間もなく我々も船の中に入ることとなった。

 16時30分丁度定刻に出航となる。これで今年の北海道ともおさらばとなるのだが、さしたる感慨もない。来年また来るぞ、という思いだけである。スタンダードの部屋に行って枕を取り出して横になる。しばらくして眠りかけたのだが、船の揺れが床を通して伝わって来て、あまりいい気分ではない。1時間ほど横になってから起きあがったら、相棒の様子がおかしいのに気づいた。どうやら船酔いしたらしい。顔が少し青ざめていた。トイレに行くというので、荷物を預かっていたのだがなかなか戻って来ない。大丈夫かなと思っていたら、船の関係者の人が「ヤマモトさんはいないですか?」と探して呼んでいる。驚いて「ハイ!」と手を挙げると、「奥さんが船酔いで気分が悪くなっているので、付き添って下さい」とのことだった。荷物を持って下の方に降りてゆくと、特別席の椅子に腰を下ろして蒼い顔をしてうずくまっている相棒がいた。話しかけてもロクに答えもできないようだった。先ほどまでのあの饒舌は何処に消え去ったのかと思うほどの落ち込みだった。可哀そうだけど、克服するのは自身だけである。船酔いのつらさは知っているけど、まさかこのような船で酔うとは思わなかった。ま、陸に上がって一眠りすれば消え去るのだから、もう少しの辛抱だと思った。間もなく乗車のアナウンスがあって、それから10分ほどしてようやく下船となる。

 フェリー乗り場から10分ほど走って、今日の泊りを予定している大間崎のキャンプサイトへ。一緒に乗っていた車を含めて、10数台の車が停まっていた。ここに無料のキャンプ場があるのはありがたく嬉しいことである。船酔い人は早速寝床の中に入って貰い、自分は鬼平犯科帳を見ながら寝酒を聞こし召す。それほど気取ることもないけど、船酔いの相棒の分だけアルコールで酔うことにした。20時過ぎ就寝となる。

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‘14年 北海道旅くらしのレポート <第53回>

2014-09-10 06:09:21 | くるま旅くらしの話

【今日(9/10)の予定】 

  道の駅:つどーる・プラザ・さわら →(R278・道道)→ 七飯町・東大沼キャンプ場 →(道道・R5・R227)→ 函館フェリー乗り場 →(16時30分発→大間着18時)→ 大間崎キャンプ場(泊)

 

【昨日(9月9日:(火)のレポート】天気: 曇り時々驟雨あり

<行程>

道の駅:くろまつない →(R5・道道)→ 黒松内ブナセンター →(道道・R5)→ 八雲町噴火湾パノラマパーク →(R5)→ 道の駅:YOU・遊・もり →(R5)→ グリーンピア大沼♨ →(道道・R5・R278)→ 道の駅:つどーる・プラザ・さわら(泊)

<レポート>

 くろまつないの道の駅は黒松内町の中心部からは少し外れたR5の脇に造られている。すぐ傍に函館から小樽、札幌に向かう大動脈の一つが走っているので、夜間もうるさいのだろうと思っていたが、案に相違して静かな一夜だった。トラックなどはこの道よりも噴火湾沿いに走るR37を苫小牧の方に向かって走る方が便利なのかもしれない。黒松内というからには黒松が多い地域なのだろうなどと思ったらとんでもない間違いを起こすことになる。北海道の地名はそのほとんどが先住民のアイヌの人たちが呼んでいたのを、後から入り込んで来た大和人たちが勝手に当て字をして表記したので、漢字には何の意味もないということを心得ていなければならない。

 今日も帰途の一日であり、ゴールは七飯町の東大沼キャンプ場と決めているので、移動時間は余るほどたっぷりある。とにかくちんたらと行って、途中気にいった場所があれば昼寝でもしたいと思っている。天気が不安定な予報なので、雨降りに出遭うのかもしれない。そのようなことを考えながら、先ずは黒松内町の歌材エリアにあるブナセンターという所へ行くことにして出発する。黒松内町はブナの北限に位置しており、それを知らしめるべくブナセンターが運営されているようだ。何年か前に一度訪れたことがあり、その時は散策路の道端にギンリョウ草を見つけたのが印象に残っている。勿論ここが北限なのかと思いながら見つめたブナの木々たちのことも覚えている。今回は2回目だ。行って見ると、センターの方は生憎と休館日で、中に入ることは叶わなかった。車を駐車場に置き、散策することにした。森の中に散策路が作られており、その中にブナの林も広がっている。写真をとりながら一回りすることにした。丁度キノコの季節であり、何種類かのキノコが顔を出していた。そのほとんどが知らないものばかりなので、採って食べようという気は起らない。中には立派なホウキダケなどもあって、気持が動いたけど止めにした。少し歩いてブナの林に着く。それほど多くはないけど、まだ若木と思われるものが何本か並んでいた。ブナの木を見ると何時も秋田県は象潟(現にかほ市)のあがりこ大王を思い出す。あがりこ大王というのは、何百年か前に一度切り倒されたブナの木の根元から生え育った枝が、再び何百年かを生き延びて巨大な樹となっているもので、大王は何本かあるそのような木の中で最大のものである。木が生き物であることを悲壮な姿で我々伐採者の人間どもに訴えているような気がして、その生命力の凄まじさに圧倒されたのだった。それに比べるとこの北限の若者たちは木肌もすべすべしていて、初々しく頑張っているなという感じがした。ゴゼンタチバナの実が稔っているのが見られないかと探したが見つけることは出来なかった。そのようなことをしている内に、見上げた空がかなり険悪な様相をしているのに気が付き、急ぎ車に戻ることにした。車に着く直前から雨粒が落ちて来て、突然の驟雨となった。このまま降り続けるのかも知れないので、やむなくここを出ることにした。

 

北限のブナたち。まだ若い木がほとんどだった。これらの木々たちが逞しく大きく育って、北限を押し上げてくれることを願った。

 その後は道道からR5に出て、ひたすら南下を続ける。途中八雲町郊外のショッピングモールにて少々買い物や給油をした後、少し南にある噴火湾パノラマパークという所へ立ち寄る。いつもR5を走りながらその案内板を見て気になっていたのだが、まだ一度もそこへ行ったことがなかったのである。行って見ると、そこは新しく走っている高速道につながったハイウエイオアシスのような場所となっていた。立派な建物が立っていたが、その目的が何なのかあまり理解できなかった。北海道には名目と実際とがつながらないような建物が目につく。その度に税金の無駄遣いを感じるのだが、この建物がそうでなければいいがと思ったりした。そのようなことはともかくパノラマの名は本物だった。今日は余り天気が良くないので眺望は今一だったが、空気の澄んだ晴れた日なら、長万部から伊達市、遠くは室蘭市の方までが眺望できるに違いない。カメラには収めきれない大きな景観である。しばらく景色を楽しんだ後は、再び南下を開始する。

 昼飯は森駅の駅弁のイカ飯にしようと、JR森駅に寄る。休憩は少し先にある道の駅:YOU・遊・もりへ行って、ということにした。天気は今は晴れの時間帯に入っているのか暑い。丁度正午となって、近くの町のスピーカーから突然大音量の音楽が流れ出した。これにはいつも驚かされる。昔だったらお寺の鐘の音というところなのであろう。お湯を沸かしお茶を入れて昼食とする。相棒が先ほどから何度も首をかしげているので、何かと思ったらイカ飯の弁当の値段が来た時に買ったものより高くなっているとのことだった。ノートの記録を見たら、前回は580円だったものが、今日は650円にもなっているとのこと。小さなイカ飯が二つ入っているだけで中身は前と何も変わっていない。イカ飯は駅弁としては全国ナンバーワンの売り上げだと聞いていたが、それでも経営が厳しい状況に追い込まれているのだろうかと思った。以前から味が落ちてきているのが気になっていたのだが、加えて値段が上がるというのは残念至極である。消費者の抵抗は買うのを止めるだけである。この先はそのような抵抗をするしかないなと思った。多分、最近イカの水揚げが少なくなっていると聞いているので、そのような事情から値上げをせざるを得ないのかもしれないけど、イカの収量が元に戻って、値段も元に戻してくれたら買うのを再開することにしようなどと話しながら、最後のイカ飯を食す。

 その後はしばらく昼寝。15時近くになって、近くのグリーンピア大沼という所の温泉施設に向かう。今回最後の道内での温泉は、HOに載っているここにさせてもらうことにした。少し雨が落ちて来て、西の方は真暗な空になっていて、時々雷鳴のようなのも聞こえてくる。もしかしたら入浴中に大雨になるのかもしれない。心配しながらの入浴だったが、大丈夫だった。しかし、風呂の中でしゃべっている人の情報からは、今日北斗市の何処ぞで1時間90mmもの大雨が降ったという。今の空模様では、それが何時この辺りに来るか知れたものではない。となると、予定していた東大沼のキャンプ場ではあまり安心できない、というのが相棒の顔に表われていた。増水や倒木などの想像の翼が膨らんで、それが顔に表われるのである。それで、急遽キャンプ場へ行くのを止め、先ほどの森町の道の駅か、もう一つ近くにある道の駅:つど~る・プラザ・さわらに行くことにして、先ずは砂原の方に行くことにした。

 砂原の道の駅は、森の方に比べて駐車場の傾斜が緩くて泊るには向いている。海が近いのが相棒には気がかりのようだが、草木が茂って海は見えないし、沿道には住宅が多いので、その点では安心感がある。ということで、結局砂原の道の駅に泊ることにした。時刻は17時半近くになっていた。雨は降るのを止めたらしく、その後も車の天井は静かなままだった。TVも良く映り、何の問題もなし。いつもの通りのいい加減な(?)夕食を済ませ、今回の旅の最後も北海道での夜を過ごす。明日はいよいよフェリーに乗る日である。この先の大まかな予定としては、大間に着いたらその日は大間崎のキャンプ場に泊り、翌日青森近郊の田舎館村の道の駅に泊り、12日には田舎館村の秋の風物詩となりつつある田んぼアートなどを見物し、13日と14日に高速道を利用して帰途に就くことにしようと考えている。孫の顔を見られるのは、14日になるのではないか。そのようなことを思いながら眠りに就く。

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‘14年 北海道旅くらしのレポート <第52回>

2014-09-09 04:46:53 | くるま旅くらしの話

【今日(9/9)の予定】 

  道の駅:くろまつない →(R5)→ 七飯町・東大沼キャンプ場(泊)

 

【昨日(9月8日:(月)のレポート】天気:

<行程>

道の駅:真狩フラワーセンター →(道道・R230・道道・R453)→ 道の駅:そうべつ情報館 →(R453)→ 伊達市内・コインランドリー →(R37・R453・道道)→ 万世閣レイクサイドテラス♨ →(R230・R37・道道・R5)→ 道の駅:くろまつない(泊)

 

<レポート>

 一夜明けた真狩の道の駅は昨日の祭りの様子とは一変して、元の普通の姿に戻っていた。早朝の羊蹄山は何時もの威厳を取り戻して悠然と真狩村を見下ろしていた。すぐ傍に偉大なる山が聳えているという環境は真にうらやましい環境である。細川たかし大先生もこの偉大な山の懐に優しく見守られて志を立て、それを実現したに違いないと思った。山というのは、簡単にいえば岩石や土砂の塊に過ぎないのだけど、それが大きければ大きいほど不思議な生命を宿しているように思える。何かそこに生き物を動かす大自然の力が潜んでいる感じがするのである。自分はずっと長い間人間をやって来て、思い上がり続けていたことに気付いたのはそれほど昔ではない。「山を征服する」という言葉があるけど、山を征服するなど決して出来ることではない。単にてっぺんにたどり着いたに過ぎないのであり、ただのラッキーが重なっただけなのである。それなのに人間は、あたかも山自体を人間の支配下に置いたような気分になって、征服などという言葉を使っている。これを思い上がりと言わずして何を思い上がりというのだろうか。この頃の天災地変の現象を見ていると、人間は己の思い上がりに気付かずに大自然を踏みにじっていた、そのしっぺ返しを受けているのではないかと思うことがある。土地開発という名の行き過ぎた自然破壊は、どこかで天然の環境バランスを壊しているのであろう。今回の広島の豪雨の惨禍も、そこに住んだ人には何の罪も責任もないのは明らかだけど、開発の根幹に大自然に対する畏敬の観念が薄れていたことは否めないように思う。今朝の羊蹄山は、そのことを静かに諫めているように思った。

 昨日のジャガイモ祭りで、また新たな知己を得ることが出来た。カゲゴンさんである。実は先日再会を果たした紅クラゲご夫妻から、昨日のジャガイモ祭りに自分と同じ旅車(バーストナー)に乗っているカゲゴンさんという人がいるはずだという話を聞いていたのである。それで、例によって相棒が声をかけたのだった。カゲゴンさんは沼津の人で、ご夫妻でくるま旅を楽しんでおられる。正確にはお二人の他にラブラドール犬のゴンが一緒なので、カゲゴンというハンドルネームもそこに由来しているらしい。くるま旅ももうベテランの領域に入られたようで、昨日のジャガイモ祭りにも参加されて存分に楽しまれたようだった。相棒が中心の会話だったけど、たちまち以前からの知り合いのような形となってしまった。今年は一杯やる機会もなかったけど、来年以降は必ずそういう時間を持てるに違いないと思った。カゲゴンさんも間もなく旅の終わりが近づいておられるようで、11日にはフェリーに乗られるとの話だった。朝、再会を願いつつお別れする。

 さて、今日の予定だが、10日にフェリーに乗るまでの最大の楽しみである壮瞥町の道の駅で八列のモチトウキビに出遭う、その日なのである。本当のことを言えば、モチトウキビよりもそれを作っておられるマエカワさんご夫妻にお会いすることなのだ。昨年は来られなかったので、どうなされているのかが気になっている。というのも一昨年お会いした時は、もう歳だし体力的にも耕作が難しいというようなお話をされていたからである。八列モチトウキビは、斜面の畑に作られているということで、機械を入れての作業に体力が必要で、更にこのトウキビは背丈が高いので収穫の際の労力に負担が大きいとのことである。そのようなことで、今年は作付けが出来たのかどうか心配だった。

 真狩を8時過ぎに出発して、洞爺湖の湖畔を走って、壮瞥の道の駅に着いたのは、8時45分ごろだった。駅の売店は9時からなので、まだ準備中だった。9時になったので、店の中に入って並んでいる野菜類などを見て回ったが、残念ながら目当てのトウキビは見当たらなかった。相棒が店の店長さんに訊いたところ、今年も頑張って作っておられ、先日まで出荷されていたのだが、その畑の分が終わってしまい、もう一つの畑はあと一週間ほど経ってから出荷できるということで、今は出荷が休みの状態となっているという話だった。残念。でもお二人が元気に意欲を持って耕作に取り組んでおられるとお聞きして安堵した。トウキビの方は、あとで電話ででも注文させて貰おうなどと考えて、今日は諦めることにした。少し買い物をして車に戻っていると、しばらく経って電話が鳴りだし誰からかと思ったら相棒だった。何と、マエカワさんの奥さんが今日も出荷するトウキビを持って来られて、今会っているとのこと。驚いて飛び出して行った。確かに奥さんだった。小柄な体で頑張っておられるのだが、一時腰や膝などを痛められて苦労されたのを克服して、今はお元気そうで安堵した。今日は畑に残っていた分を取り敢えず出荷しようと持参されたとのことだった。諦めていたのに再会が叶い、トウキビも手に入ってこんなに嬉しいことはない。お父さんの方は来られていなかったので、ご主人の体調は如何ですか?とお訊きしたら、あまり優れないというような話だった。自分よりも一つ年上と伺っており、やはり体力的にも厳しいのだろうと思った。それでも意欲の方は衰えてはいないようなので、とにかく無理をしないで頑張ってほしいと思った。短い時間だったけど、思いが叶って嬉しかった。

 その後はたまっている洗濯物を処理すべく、伊達市内にあるコインランドリーに向かう。この辺りだと伊達市が最寄りの都会であり、そこへ行けばコインランドリーがあるはず。ということでネットで調べた店へ向かった。直ぐに見つかり、早速相棒担当の時間が始まった。12時少し前までの2時間の間に、自分の方は先ほどのトウキビを茹で、味わわせて貰った。少し実が入り過ぎて硬かったが、やっぱりモチトウキビである。甘っちょろくてぐちゃぐちゃの最近のトウキビには無い歯ごたえと大人の味を感じた。昔のトウキビは、焼いて醤油タレを塗って、何とも言えない香ばしい匂いを発する奴を味わったものだが、最近はそのような手間を掛けずに茹でるだけのものが多い。中には生でそのまま食べるなどというのもある。みんな邪道だと思っている。やたらに糖度が高くなってそれを良いことにして競っているのも、世の中が甘くなっている幼児化現象ではないかと思っている。(ま、頑固ジジイの思い上がりのセリフだとは承知しているけど)何でも昔の方が良いなどとは思わないけど、トウキビに関しては幼児化現象を憂いている。

 洗濯が終わった後は、洞爺湖畔の温泉に入るべく向かう。しかし、昼食後で直ぐに入るのは厳しいので、しばらくの間湖畔の木陰のある駐車場を見つけて休憩する。2時近くHOの半額券の使える湖畔の万世閣レイクサイドテラスの温泉へ。ここには幾つかの温泉施設があるようで、今日の日帰り入浴は、男性は地下一階、女性は8階ということだった。女性の方が断然有利だなと思ったが、男性の方は地下と言っても湖面と同じ高さの一階と同じ場所なので、閉塞感は無かった。1時間ほど露天風呂やサウナなどを楽しむ。

 風呂から出た後は、今日の泊りを黒松内町の道の駅とすることにして出発する。ここからは1時間半くらいの行程である。R37を上り下って黒松内町エリアに入り、道道に入ってしばらく林間の牧場などの広がる平野を走って、間もなくR5に出て少し行くと道の駅があった。時刻は16時半近くとなっていた。もうくるま旅のシーズンも終わりが近づいているのか、いつもは多く見かけるそれらしき車も今日は殆ど見当たらなかった。この道の駅はなかなか個性的で、各種畜産製品の他にパンやピザなどの販売で名を成している。直ぐに偵察に行った相棒の話では、今日明日は肝心のパン屋さんが休みだとか。ピザの方は営業しているので、それを食べることにしたらしい。どのサイズにするかで悩んでいるようなので、余ったら自分も加勢するということで、大きめのをオーダーしたようだった。自分的にはこのような特殊な食べ物は率先してチャレンジする意欲は無いのだけど、食べ物に対してはそれがどんなものであっても不満を持たないことにしているので、大丈夫なのである。その後は、ピザとタルミ農園の黒豆の枝豆で一杯やって、夜を迎える。今回の北海道の夜もあと一夜を残すだけとなった。

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‘14年 北海道旅くらしのレポート <第51回>

2014-09-08 06:00:24 | くるま旅くらしの話

【今日(9/8)の予定】 

  道の駅:真狩フラワーセンター →(道道・R230)→ 道の駅:230ルスツ →(R230・道道・R453)→ 道の駅:そうべつ情報館 →(R453)→ 伊達市内・コインランドリー → その先未定

 

【昨日(9月7日:(日)のレポート】天気: 晴れ

<行程>

終日道の駅:真狩フラワーセンターに滞在(ほくほく祭りinまっかりを見物する)(泊)

<レポート>

 今日は午前中くらいは道の駅のすぐ向こう側の広場で行われる真狩村のイベント「ほくほく祭りin まっかり」を見物して、その後で壮瞥町の道の駅の方に向かおうと考えていたのだが、結果的に祭りの勢いに巻き込まれて動きが取れず、そのままもう一泊の滞在となった。その祭りの様子の一部などを記すことにしたい。

 「ほくほく祭りin まっかり」は、会場に隣接する真狩高校の高校祭と同時開催のもので、昨日に続いての村を挙げてのイベントなのである。真狩村といえば、何といっても演歌歌手細川たかしの出身地として有名で、村内には彼のモニュメントがいくつか作られていて、道の駅の中にも彼の記念館のようなものが作られている。しかし、村そのものはジャガイモやカボチャ、ユリの栽培などを中心とした蔬菜・花卉類の産地で、堅実な農業経営が為されているようである。今日はその中のジャガイモを中心とした祭りで、一般にはジャガイモ祭りと呼ばれているらしい。イモ掘りのイベントが一番の人気で、それを目当てに大勢の人がやって来ていた。

 

ほくほく祭りinまっかりの幟。村人たちの思いの籠められた幟である。

 

真狩高校の正面からの景観。今日使われている広場もこの高校の一部の運動場なのかも。

 朝の8時前には目前の羊蹄山は全山を表して今日の会場を見下ろしていたのだが、それはほんの一時で、その後はずっと雲の中だった。羊蹄山の雲を除いては会場はピカピカの太陽の眩しい天気で、かなりの暑さだった。祭りの開始は10時からなのだが、8時半を過ぎる頃には続々と車が入り始めて、道の駅を取り巻く駐車場は9時過ぎには超満車の状態となった。一番人気のイモ掘りに参加する人の並ぶ行列は9時頃には早くも50m近くになっていた。皆さん、ジャガイモの収穫を目指して、長靴を履き、大きな段ボール箱を手車に括りつけたりして、臨戦態勢の構えをとりながら並んでいるのは、他の祭りとはかなり違って見えた。魚とは違って対象が逃げることのないイモなので空振りは無い。楽しみと獲得欲が誰の顔にも秘められているようだった。

 

いも掘りに参加する人たちの行列。この先頭は50mも先にある。この後も続々と列は並んだ。

 一番先頭の方に行って見ると、そこには受付の事務所のテントがあり、その脇には用意されたジャガイモの大函が出番を待っていた。イモ掘りというのになぜ箱なのだと思っていたら、看板には「いもひろい会場」と書かれていた。なるほど、掘るのは大変なので、拾う分も用意されているのだなと思った。畑の方に行って見ると、イモは二種類で、男爵とキタアカリだった。いずれの畑もイモの撒かれているエリアと、掘る畝とが用意されていて、それは参加者の自由選択のようだった。

 

行列の先頭の先にある受付のテント事務所。なぜかいも掘りではなく、いもひろいとなっている。

 

出番を待つ籠のイモ。すでに畑にはこの籠以上の分のイモが撒かれて用意されていた。

 

会場のいも畑。左は男爵、右はキタアカリ。左の方には既に撒かれているジャガイモが見える。

 一回りして戻って来ると、行列は倍くらいに膨れていた。なおも車が続々と入って来ていて、もう千台近くになっていたようだ。10時からの開始まで少し時間があるので見物を休憩する。自分たちも参加すべきなのかもしれないが、実のところ先日恵庭の道の駅でジャガイモを土産にかなり買い入れ、更には珍しい品種のものを頂戴しているので、さすがのジャガイモ狂の自分も車のことを考えるともうこれ以上の負担はかけられないのである。そんな理由から、今年は野次馬見物を決め込んでいるという次第。

 間もなく10時になって、いよいよイモ掘り、イモ拾いの開始となった。子供連れの一家や若いカップルなども参加していて、こうなるとそれぞれが獲物獲得の本能を剥きだして、畑に群れて行った。掘る人、拾う人、様々である。どちらが良い獲物を得られるのかは知らないけど、食べれば同じだけの話である。面倒がり屋は拾い、楽しみがり屋は掘るということであろうか。イモ畑の隣にトウキビ畑があり、どうやらそこも採るのがOKのようだった。この光景は最初だけしか覗かなかったのだが、それから後2時間以上もの長い間行列は消えなかったようなので、確実に千人を超える人たちがジャガイモを獲得したに違いない。一袋400円詰め放題。一人2袋までというルールーは守られたのか?欲に取りつかれると、人間は我を忘れることがあるので、中には羽目を外した人もいたのであろう。それにしても豪快な祭りだなと思った。

 

イモ掘りの風景。これは開始間もないころの状況。なぜかキタアカリの方が人気があるようだった。拾う人、掘る人、いろいろあって見ているのも楽しい。

 真狩村の人口は二千人と少しに過ぎないけど、今日の真狩村は倍以上の人々の到来があったのではないか。昼時に相棒がハーブ豚の焼き肉ともう一つ何かの肉類を買ってきて、エイ、もうこうならば一杯やるか、ということになり、近くのコンビニに行ってビールを買い、たちまち祭り気分の昼食となったのだった。もうこうなれば、今日はここに泊ることは決定となる。もう祭りの方は相棒に任せて、その後はしばしの午睡となった。2時半ごろ目覚めたら、相棒はどうやらビンゴ大会とやらに出かけたらしい。先ほどの買い物でカードを2枚手に入れたとか言っていた。間もなく戻ってきたので聞くと、ビンゴの内容が複雑で、又その運営の一部に流れが止まるようなことがあったらしく、待っていてもつまらないので帰ってきたとのこと。こんなに大勢の人がいては、運営する側も何もかもうまく行くとは限らないということなのであろう。15時半ごろに祭りは終わりとなり、16時にはあれほど溢れていた車もすっかり消え去って、元の静けさが戻ってきた。祭りの後片付けも終わった頃に、夕立がやって来て、真に上手くことが運んだ一日だった。今日は祭りを横目で見る野次馬の一日となった。

 

名峰羊蹄山の雄姿。これは翌日の早朝に真狩高校のグラウンドあたりから撮ったもの。冠の雲が旭に染まって、間もなくルスツの山から陽が上る。

 

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‘14年 北海道旅くらしのレポート <第50回>

2014-09-07 03:48:23 | くるま旅くらしの話

【今日(9/7)の予定】 

  道の駅:真狩フラワーセンター → 未定

 

【昨日(9月6日:(土)のレポート】天気: 晴れ

<行程>

北広島市内知人宅 →(R36・道道)→ 北広島IC →(道央道・札樽道)→ 小樽IC →(R5・道道)→ 余市町・ニッカウヰスキー工場 →(道道・R5・R276)→ 道の駅:いわない →(道道)→ ホテルグリーンパークいわない →(道道・R229・道道・R5)→ 蘭越町・コメ販売所 →(R5・道道)→ ホテル甘露の森 →(道道)→ 道の駅:真狩フラワーセンター (泊)

<レポート>

 すっかりお世話になったタルミさんのケビンに別れを告げて、今日からは本格的な帰途となる。10日にフェリーに乗るまでは予定はフリーなのだが、どうしても寄らなければならないのは壮瞥町の道の駅である。壮瞥町といっても知らない人が多いと思うけど、横綱北の湖の出身地といえば気づく人もいるかもしれない。壮瞥町は暴れ火山の有珠山の近くにあって、昭和新山の不気味な岩肌を随所に見ることができる。洞爺湖にも近い大自然の観光名所に恵まれた場所である。この壮瞥町の道の駅に必ず寄ることにしているのは、八角のモチトウキビを手に入れることができるからである。何年か前に偶然ここでそれを見つけて感動し、それを出荷されている農家の方にお会いしたのである。そして、自分でも作って見ようと種を分けて頂き、翌年播いて育てたのだが、途中から旅に出かけたりして面倒をみるのが足りなくて、結局ダメにしてしまった。そのようなことがあって、ここに来た時には必ず寄るようになった。勿論今年も欠かすことはできない。そう思っているのだが、農家の方が自分よりも一つ年上で、前にお会いした時には、体力的にも限界が近づいており、来年は作れるかどうか判らないとおっしゃっていたので、2年経った今年はどうなっているのか心配なのである。

 少し横道にそれてしまったが、この壮瞥町の道の駅に寄ることを除いては、特に何も考えておらず、HOの情報などを活用しながら、温泉や食事などを楽しみたいと思っている。今日はもう一度余市町を訪ね、ニッカの工場で土産などの買い物をした後、岩内町のホテルで温泉と食事を楽しみ近くの道の駅にでも泊ろうかと考えている。余市までは高速道を行くことにした。札幌を通過するときは一般道を通るのは敬遠することにしている。大都市にはあまり魅力を感じない。感じるものがあっても駐車場を探すのに苦労するし、目的地にたどり着いた頃には疲れ果てるということになってしまうからである。だから最初からあきらめている。これは札幌によらず何処の大都市でも同じである。大都市にはくるま旅のインフラなど皆無で、そのようなマイナーな話は問題外なのである。

 さて、余市に着いてからの話なのだが、今日は相棒にとってはずっと裏切られの連続の日となった。それにつられて自分の方も運転に疲れる日となった。書くほどのことでもないのだけど、一通りその内容を書くとしよう。

先ず、余市なのだが、ニッカ工場内の販売店で、何やら当地限定の菓子類を買おうとしていたらしいのだけど、これが全部品切れで、次の入荷までに数日もかかるということだった。NHKの次回の朝ドラにニッカの創設者の竹鶴政孝氏とその夫人の伝記が放映されることが決まって以降、このような現象が起こり出したのであろう。以前に飛騨の古川町の和蝋燭の時にも、大迷惑を被ったことがあり、一時の現象とはいえ、何だかすっきりしない気持ちになる。相棒はお冠りだった。気分転換に近くの柿崎商店に行って昼食にしようということになった。少し混んでいて行列が出来ていたが、我慢して待っている内にようやくオーダーが出来る頃になった。ところが何と、メニューを見たら、食べようとしていた海鮮丼が売り切れとなっていたのである。二度まで連続して裏切られ、たちまち気分を害してここでの昼食は止め、予定を変更して岩内町のホテルのレストランに行くことにした。HOの情報によれば、ここの海鮮焼きそばなどが評判大などと紹介されていた。岩内町までは1時間もかからない。ということで、そのホテルに着いて、早速あんかけ焼きそばというのをオーダーする。これはまあまあの味だったが、相棒の方はあんかけのアンが少なくて水っ気の多いものだったので、これが気にいらなかったようで何やらブツブツ言っていた。食べ物に関してはホントに文句の多い人である。ホンマ、くだらない話である。そのようなことがあって、本当は今日はこのホテルの無料入浴OKの温泉に入って、道の駅で泊る予定だったのだが、まだ入浴には早すぎる時間であり、急遽又予定を変更し、このまま日本海側を行って、蘭越町・ニセコ町経由で今夜は真狩村の道の駅に泊ることになった。日本海は結構荒れていて波が高く、こんな状況では岩内の道の駅に泊らないでよかったのかなと思った。蘭越町は米で有名な所でもある。新米の入荷があるかもしれないと、米にこだわる相棒の期待は膨らんだらしかったけど、やや時期尚早で手に入れることができず、代わりに追って米を送ってもらう要領の情報を手に入れただけだった。その後は、入浴料半額OKのニセコのホテルに行き温泉を楽しむ。これでかなり機嫌は回復したようだった。ホテルの直ぐ下にある「甘露の水」という名水を汲む。これは真狩名水よりも美味かった。風呂上りのせいだったのかもしれない。その後は真狩村の道の駅:真狩フラワーセンターへ。

 というわけで、何とも慌ただしい移動ばかりの一日となった。真狩村では、今日明日がお祭りということで、道の駅の真向かいにある公民館や高校などのあるエリアの広場に舞台が作られ、屋台のテントが並んで、村の人たちが初秋のひと時を賑やかに楽しんでおられた。明日はジャガイモ祭りというのがあると聞いている。覗いてみようかと思っている。少しゆっくりしたい気分である。

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‘14年 北海道旅くらしのレポート <第49回>

2014-09-06 06:02:20 | くるま旅くらしの話

【今日(9/6)の予定】 

  北広島市内知人宅 →(R36・道道)→ 北広島IC →(札樽自動車道)→ 小樽IC →(道道・R5・道道)→ 余市町ニッカ工場 →(道道・R5・R276)→ 道の駅:いわない(泊)

 

【昨日(9月5日:(金)のレポート】天気: 雨のち曇り後晴れ

<行程>

道の駅:花ロードえにわ →(R36・道道)→ 北広島市内知人宅 (泊)

<レポート>

 雨は朝方まで残り、霧雨となった。恵庭の道の駅は超混雑で、昨夜は100台近くのいろいろな種類の車が泊ったようだった。これほどの車が泊っている道の駅は珍しいなと思った。思うに近くにある千歳の道の駅がリニューアルで使えないことの影響があるのではないか。自分たちも当初は千歳の道の駅に泊る予定だった。昨夜は大風も吹いて、大型トラックの騒音混じりで安眠が断片的になった人が多かったのではないか。ま、こんなことがあるのは仕方がないことではある。

 恵庭の道の駅は、北海道でも有数の地元野菜や花卉類を手に入れることができる楽しみの多い場所である。自分たちもその大ファンで、ここへ来る時にはジャガイモを始め、何種類もの野菜類を手に入れ、時にはお土産とすることがある。新鮮な野菜がリーズナブルな価格で手に入るというのは嬉しく、ありがたいことである。今年もジャガイモなどを土産にしようと考えている。

  食事を終えて、まだ販売所が開いていないので、一休みしていると、突然今年はもう再会が叶えないのではと諦めていた、このご近所にお住まいの知人が訪ねてきて下さって、びっくりした。体調を崩されていて、ご自宅の方にお邪魔するのを控えさせて頂いていたのだったが、ご本人から会いに来て下さって、本当に驚くとともに嬉しかった。車を離れていた相棒も戻って来て、自分以上に再会を喜んでいた。今朝ブログを読まれて自分たちが昨夜ここに泊っていることを知り、訪ねて来て下さったとのこと。思ったよりもお元気そうで安堵したが、来週から治療に入られるというのをお聞きし、何としてもその苦難を乗り越えて頂きたいと思った。30分ほどの再会だったが、とても大切な時間だった。来年もまた再会が叶うことお互いに約した。人生は時々思いもかけぬ出来事に見舞われるものである。歳を経るにつれて、老と病は避けられないということを自覚せざるを得なくなっているけど、これはもう、それを認め受け入れて乗り越えるしかない。そして、一時一刻を大事に使って行くしかない。そのような気持ちで来年の再会を約したのだった。

 思いがけない嬉しい出来事があって、その後はジャガイモなどを買う。信じられないほどの価格、たとえばキタアカリのSサイズ10kg入り一箱が450円だなんて、都会の人には想像もつかないのではないか。自分など茹でてそのまま食べるのが好きな人間は、LやLLサイズなどよりもSサイズの方がずっと気にいっており、思わず興奮してしまった。といって、重量のあるものをたくさん買い込むわけにもゆかず、何だかもどかしい気分となった。古希を幾つも超えているのに、いまだにこのような自分が時々解せなくなる。

 さて、今日は、先日来道間もなくお邪魔して3日ほどお世話になった、北広島に自作のケビンを持つ知人宅をお邪魔し、今夜はそこに1泊させて頂く予定である。北広島市は恵庭市に隣接しており、ここからは15分ほどしかかからない距離だ。10時半ごろ道の駅を出発して、11時前には到着する。知人のタルミさんは既に先着されており、我々を迎えて下さった。いろいろご予定があってお忙しい中をお越しいただいて恐縮する。タルミさんはケビンの周りに畑を耕作されており、様々な野菜や果樹類、花などを育てておられるのである。ここにお住まいではなく、今はそれら野菜類の手入れなどのために時々やって来られるという使い方をなさっているとのことだった。

  今日はお昼に蕎麦でも食べましょうということで、その担当は自分が受け持つことにさせて頂いたのだが、タルミさんはそれに特技の天ぷらを添えて作ってくださって、思いもかけぬ大ご馳走の昼食となった。天ぷらの具材に菜園のカボチャの花などを選ばれて、初めて食べさせて頂いたけど、ちょっぴり苦味もあって、なかなかの味わいだった。その他、ジャガイモやインゲンなど、皆自家手作りの野菜類で、一味違う嬉しさがあった。

  それから15時過ぎまで歓談が続き、その後は菜園の収穫品をたくさんお土産に頂戴して恐縮した。ジャガイモは4種類もあり、中にはマチルダと呼ばれる珍しい品種も入っているとかで、帰ってからが楽しみである。カボチャ、インゲン豆、枝豆、ビートなど、こんなに頂いていいのかと思いながら、遠慮はしないことにして図々しく頂戴してしまった。ありがとうございました。どれも皆大切に賞味させて頂きます。これから仕事があるというのに、相当に無理をお願いして甘えさせて頂き、申し訳なくも嬉しく思っています。

 もうすでに勝手知ったる他人の家となってしまっているケビンに、主(あるじ)無しで泊らせて頂けるのは、不遜ではあるけど、ありがたく嬉しいことである。今年はこれでお別れとなるけど、来年は出来るならばもっと早く来て、菜園のお手伝いなどをさせて頂けたらなあと思った。思うだけで、なかなか実現は難しいことだけど。

 その後、帰りのフェリーの予約をネットで行う。10日の第2便、函館発16時30分である。いよいよ旅の終わりが近づいてきているのを実感する。近くのローソンまで歩いて行って、切符の予約券を手にしてそう思った。夜はいつもと変わらず、ケビンの庭で空に輝く月などを見ながら、この地での今年最後の時間を過ごした。明日は高速道を利用してもう一度余市の方へ行くことにしている。

 

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