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変えた後にあるもの

未唯へ

 地球は本当に変なところですね。

 時間調整でスタバです。残業時間が増えている。どうでもいいことだけど。

パートナーのファシリテーション

 ファシリテーションしながら、Hのネットワークを作り上げていく。パートナーの持っている技術をネットワーク会社に伝えて、Hと意思疎通しながら、ネットワークを展開していく。そこでできた、余力でHが自分たちが自分たちのシステムができるようにしていく。ポイントは店舗の活性化です。

 その次に、地域の活性化に方向を向けていく。Hの店舗が何ができるのかを一緒に考えて、お客様とつながっていく、新しいカタチを求めます。やりたいことはそんなことですね。

変えたあとにあるもの

 システムを作るとかの問題ではなく、変えていくことです。変えるのは、販売店であり、メーカーであり、お客様です。

 なんか、ロシア革命前と同じです。変える雰囲気はそれぞれのところで増してきた。一触で変わる、戦争は必要です。ロシアは日露戦争があり、その後にドイツとの戦争です。

 ロシア革命では一般市民は変わった後を考えていなかった。だから、レーニンにかすめ取られた。その後に、スターリンです。そんな時に、トロッキーは動いたものです。戦争を変えてしまった。 

 急ごしらえの体制でしか対応できなかった。その上で固定してしまった。民主主義のように徐々に変えていくという余裕がなかった。周りがすべて、敵です。最大の敵は豊農であった。エルエムぐらいを多様性として、取り込んでおけば、よかったが、身内を含んで全てパージに掛った。革命を成就するために苦労した連中は根こそぎやられた。

 これは全体主義と一緒です。一人のアイデアと猜疑心だけでやっていくしかなくなった。一人のアイデアは戦争に向かう時には早急に対応できるけど、それ以外の時にはアンバランスを起こして、平和には向かわない。

クルマは多様である必要はない

 人間が多様でないのに、クルマが多様であることが必要なのか。大きさも形も色もさほど変わっていないのに。

エネルギーがあっても幸せになれない
 今のロシアの政治形態は何でしょうか。資源しか見えていない。エネルギーがあっても幸せにはなれません。
 資源をどう配分するかは大きな問題です。国が絡むしかないけど、国を誰が運営するかです。
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「従僕の目に英雄なし」

『学ぶとはどういうことか』より

「学ぶ」ことにおいては「学ぶ」側の精神的・知的目線が必ず問われることになるということは、何を意味するであろうか。こうした目線はそもそもどのようにして「学ぶ」ことができるのだろうかといった具合に、「学ぶ」ことに対する問いかけは遡及する、あるいは、次々と遡っていくことになるのではないか。同時に、そこには「学ぶ」ことの可能性と限界、あるいは、その限界に対する謙虚さの意識を含め、興味深い精神的なドラマが潜んでいる。

ヘーゲルの『歴史哲学講義』は「哲学的な歴史」という課題を掲げ、その中で「世界史的個人」=「世界精神の事業遂行者」といった刺激的な概念を後世に遺した点で有名である。アレクサンダー大王やカエサル、そしてナポレオンなどは「世界史的個人」の典型であり、彼らは「実践的かつ政治的な人間」であり、同時に「思考の人」でもあるという。それというのも、「なにが必要であり、なにが時宜にかなっているか」を洞察し、「その時代とその世界の真理」「時代の内部にすでに存在する」「つかの段階に必ず現われるこの一般的傾向」を洞察しているからである。彼らはこの意味で英雄であり、偉人であり、「正真正銘の偉業をなそうとし、なしとげた」人々であり、多くの人々の「魂の指導者」であるという。ところが世の多くの人々は、もっぱら自らの嫉妬心を満足させるべくこうした偉業を個人的な名誉欲や征服欲といった主観的な動機に還元する、心理的な考察に傾きやすい。一言で言えば。これらの英雄は「不道徳な人間」にされてしまう。さらに、「こうした心理家たちはまた、歴史的大人物の私生活にまつわる特殊な事実に、強い執着を見せます。人間は食べたり飲んだりしなければならず、友人知人とつきあい、刹那的な感情や興奮にかられます。『従僕の目に英雄なし』とはよく知られたことわざですが、わたしはかつて、『それは英雄が英雄でないからではなく、従僕が従僕だからだ』と補足したことがある。……従僕というのは、英雄の長靴をぬがせ、ペッドにつれていき、また、かれがシャンパン好きなのを知っている男のことです。歴史的人物も、従僕根性の心理家の手にかかるとすくわれない。どんな人物も平均的な人間にされてしまい、ことこまかな人間通たる従僕と同列か、それ以下の道徳しかもだない人間になってしまう」(『歴史哲学講義』上、P62°長谷川宏訳、岩波文庫)

ここで「従僕の目に英雄なし」という諺、特に、その意味内容についてのへIゲルのコメントに注目したい。つまり、従僕の目には「世界史的個人」=英雄は存在しないが、それは英雄が存在しないからではなく、従僕が従僕であり、彼は人間とは所詮は食べたり、飲んだり、寝たりする存在でしかないと固く信じているからである。そこで残る不満は、「自分の立派な意図に基づく粗さがしが、世のなかにちっともうけいれられない」ということにある。ヘーゲルのいう意味での「世界史的個人」が存在するかどうかはともかく、英雄をつまらない人間に「引き下げ」、それに対する世間の賛同を得ることによって自らの認識を満足させるとともに嫉妬心を満足させ、溜飲を下げるというこの構図はわれわれにお馴染みのものである。

「嫉妬心を満足させる」とか「溜飲を下げる」とかいった話は横に置くとして、問われているのは自分の理解する現実なるものがいかなる意味で現実なのかということである。「従僕の目に英雄なし」という諺が意味するのは、自分に理解できないものは「ない」、「ないに違いない」、「ないことにする」という態度がいかに珍しくないかということである。つまり、どうしてそういう判断が成り立つのかに対する問いはそこにはないし、出てくるのはただ自らの理解する現実なるものの理解が世間でなかなか受け入れられないという不満である。ここには「学ぶ」ことをめぐる根本問題が顔を覗かせている。自分に理解できないものは「ない」し、「ないに違いない」し、「ないことにする」のは、色眼鏡を通して現実を理解する「ステレオタイプ」型の思考様式の根底に潜んでいる精神的な態度である。

考えてみれば、こうした前提なり態度なりは多くの死角を自ら抱え込むのみならず、およそ「学ぶ」ことを真摯に考える態度とは正面衝突するような態度である。逆の言い方をすれば、ここには所詮「わからないことはわからない」という、ある種のどうにもならない大きな精神的な壁が横だわっている。前U詰めれば、「学ぶ」という行為は自分に理解できないものは「ない」、「ないに違いない」、「ないことにする」という態度に見られる横着さや怠惰、あるいは、そこから帰結する無理解の怖しさに対する直截な対決的な行為と考えられる。言い換えれば、現実の複雑な様相に対する謙虚さこそが「学ぶ」ことの根底にあるといってよい。

自分に理解できないものは「ない」、「ないに違いない」、「ないことにする」という態度で人生を無事終えることができるならば、これほど心理的に安定した、ある意味では、快適な生き方はないかもしれない。実際、そのためか、人間は新たなことを「学ぶ」よりもこの快適な安定性に固執し、そこに止まろうとする。そして、他の人々がそうした態度に支持を表明し、あるいは、同調してくれるならば尚更である。また、一般に伝統的な社会ではこうした枠組みの安定性が比較的に保証されているが、多事争論の世の中ともなればなかなかそういう安定性を享受することは難しくなる。もし「ない」「ないに違いない」「ないことにする」ということが深刻な欠陥を持つことが明らかになり、そうした処理の妥当性に対して疑問符が付されるようなことがあれば、大きな精神的・心理的なストレスがかかるのは避けられない。自らのこれまでの目線を再検討したり、新しい現実に目を向けなければならないということは、実に「饉陶しい」「不愉快な」話である。極言すれば、今までの自分のあり方が否定されるような話は聞きたくないし、それよりは今まで通りの色眼鏡をかけて過としたいという誘惑はきわめて強いものがある。

つまり、「学ぶ」という行為には「学ぶ」主体のあり方が色濃く投影されるのである。『学問のすゝめ』が言うように、「ただむつかしき字を知り、解し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、……自ずから人の心を悦ばしめ」るような学問もあり、それらはこうした「僻陶しい」「不愉快な」話とは比較的に無縁である。何かを「学ぶ」ことを趣味とする場合、それらの持つ効用はこうした直接的な快感に求められることは言うまでもない。

「従僕の目に英雄なし」という形で従僕やそれに連なる人々の認識を批判したヘーゲルその人は、自然界や人間界、歴史や哲学のすべてを体系的に「把握する」ことが可能であると主張した。従僕が現実の一部をすべてだと思い込んでいたのと対照的に、彼は「世界史的な個人」、「世界精神の事業遂行者」を「把握」できると主張した。人間はさまざまな「学ぶ」段階を辿ることによって、概念を通して全体を体系的に「把握」できるというのである。そこにこそ究極の現実、真の現実が「把握」されるというわけであるが、そこには先ほどの従僕の横着さや怠惰とは違う、自らの理解力に対する過剰な自信が顔を覗かせている。

哲学者そのものである自分がすべてを学問的に捉えたという主張には、彼の哲学によって哲学や思想そのものが終末を迎えるという発想が横だわっていた。彼は自らの哲学によって歴史の歩みそのものさえ押し止めようとしたように見える。そして、「学ぶ」ことはこの「すべてが明らかになる」という境地において終点を迎える。すなわち、「学ぶ」ということは彼の哲学の階梯を真摯に辿ることであり、それはやがて無用なものとなる。したがって、「学ぶ」ことが不要になるように、あるいは不要になるために「学ぶ」のである。個人の「学ぶ」という行為は精神という実体との段階的な同一化のためのプロセスを辿ることであり、その終点において「学ぶ」ことは意味がなくなるのである。

ここで考えなければならないのは、従僕の独断的な視座に対するへーゲルの批判-それは自己の固定観念に固執しておよそ「学ぶ」ことに興味を持だない態度への批判-―になるほどと頷きつつも、それでは「学ぶ」ことを不要にするために「学ぶ」といったこうした構想に素直に賛成できるかである。もちろん「学ぶ」ことを不要とするために「学ぶ」という構図に賛成する人もいるであろう。しかし、従僕とヘーゲルとはそれぞれ立場を異にしつつも、自らの立場に潜む死角への視線が欠けている点である種の類似性を持つのではないか。一方は素朴な独断に従って現実を裁断して満足し、およそ「学ぶ」ことへの意欲を持だない態度であるとすれば、他方は複雑な概念操作を行って個と全体との融合の構想を展開したが、「学ぶ」ことを人間のあり方との関係で十分に位置づけていない可能性を無視できない。従僕にははじめから「学ぶ」ことに関心がなかったし、ヘーゲルは哲学体系樹立のために「学ぶ」ことを利用したのであって、哲学体系が完成すればもはや「学ぶ」必要はなくなる。
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ボランティア・NPOをめぐる最近の動向

『ボランティア白書2012』より

「担い手を広げる」「協働を広げ、地域を元気にする」をキーワードに最近のボランティアとNPOの動向と、地域における協働の動きについて紹介する。

(1)担い手を広げる--プロボノという社会貢献-

 もしも「2010年度ボランティア・NPO流行語大賞」というものが存在したら、「プロボノ(プロボノパブリコ)」を挙げたい。 NHKの番組「クローズアップ現代」で「プロボノ~広がる新たな社会貢献」(2010年7月1日)として放映され、その存在が注目されたボランティア活動である。プロボノパブリコはコンピュータ企業のソフト開発、ウェブデザイナー、ビジネスアナリスト、金融機関の財務管理など、民間企業の社員が仕事で培った経験や知識を生かし、NPOなどを支援するボランティア活動である。ラテン語のPro Bono Publico (公共善のために)が語源である。米英の弁護士が始めた無料もしくは低額な報酬で行う法律相談がその始まりと言われている。資金力や組織力に乏しいNPOや、社会問題解決のためベンチャー企業を起こす「社会起業家」などが主な支援先となる。

 先の番組にも登場した特定非営利活動法人サービスグラントは、ボランティアを希望するプロボノとNPOをマッチングさせ、スキルやノウハウを提供することによってNPOを支援することを目的とした団体で、さまざまな専門的技術を持った多数の社会人が「プロボノワーカー」として登録している。サービスグラントは4~6人からなるプロボノワーカーのプロジェクトチームを支援先のNPOに派遣し、約6ヵ月間のプロセスを経て、具体的な成果物の提供を通じてNPOを応援するというユニークな「プロジェクト型助成」を行っている。プロボノを経験した社員は社会的課題の解決のために働くNPOの人々と直接関わることにより、自分自身の本来の仕事の中にも新たな社会的意味を見いだし、働き方や企業文化を変えることにもつながっているようだ。

 米国では企業が積極的にプロボノを支援する動きが加速している。日本においてもCSR(企業の社会的責任)の一環として組織的に社員のプロボノを後押しする動きも出ており、企業の社会貢献活動の新しい形として認識され始めている。企業はこれまでNPOに対しては協働事業や寄付金、あるいは法人会員として支援してきたが、企業の持っている人材や知識やネットワークをNPOに提供するという、従来の企業とNPOの協働関係に新たな要素が加わることになった。

(2)協働を広げ、地域を元気にする

 「フードバンク」という活動がある。フードバンクとは、消費期限は十分にあるが、包装の破れなどで店頭には出すことができずに廃棄せざるをえない食品を企業から寄付してもらい、福祉施設などに無償で配付する活動である。福祉的な側面だけでなく、食品の廃棄量を抑え、環境への負荷を減らす目的もある。 1960年代後半に米国で始まり、日本では「セカンドハーベスト・ジャパン」(東京)が2000年代初めに活動を開始し、全国に広がってきた。 ここで紹介する特定非営利活動法人フードバンク山梨(米山けい子理事長)は、2008(平成20)年10月に設立された。各地のフードバンクと同様に福祉団体などへ配付する活動を展開してきたが、2010年から、おそらく全国的に例がない画期的な取り組みを始めた。それは、福祉施設などに対しての寄贈ではなく、明日の食料に事欠く困窮世帯や個人に直接、食料を送るという「食のセーフティーネット」事業である。特に生活保護などを受けていない“見えない貧困”層を対象とし、市町村や社会福祉協議会、民生委員、民間ボランティアなどと連携・協働して、貧困世帯の情報を把握したうえで、宅配業者を通じて自宅に米や乾麺、缶詰などを送っている。個人情報に関わることだけに、自治体や関係団体との連携なくしては成り立たない活動である。この取り組みを実現させた背景には、自治体独白の提案型公募事業という制度を活用したことにある。今後は、NPOと自治体にとどまらず、地縁組織、企業などの複数の団体を巻き込んで協働した事業が、全国各地に広がっていくものと期待される。

(3)地域づくりの新たなモデルー市民参加型映画プロジェクトー

 映画製作会社ものがたり法人Fire Worksは企画・制作・上映展開までを、一貫して地域住民と映画プロが共創して展開する、前例のない「市民参加型映画プロジェクト」のモデルを社会に提出してきた。数多くの市民参加型映画を製作し、その過程でソーシャルキャピタルを創出してきた。その実績が評価され、2010年度「地域づくり総務大臣賞」を受賞した。今春上映がスタートする消防団をテーマにした最新作「ふるさとがえり」は岐阜県恵那市を舞台にした映画である。恵那市は2004 (平成16)年の市町村合併により、13町が合併して誕生した人口5万6、000人の市である。

「一つの市になり、地面はつながっているが、一体感、心のつながりがない」と課題を抱えていた市の職員が、2005 (平成17)年にFireWorksのオフィスを訪ねたところから、このプロジェクトは始まった。「映画で恵那の心を一つに!」をスローガンに、草の根の募金活動、スタッフ募集活動、映画関連イベントを展開していった。その過程で、これまで交流のなかった恵那市13地区の地域づくりキーパーソンの出会いと交流が生まれた。プロジェクトメンバーは映画製作が終わったあとも、継続的に市内全域で文化振興を図っていくことを目的に、NPO法人「エナジー」を設立した(2009年6月)。「えな“心の合併”プロジェクト」は映画をPRする人、つくる人、出演する人、まかないを出す人、お金を出す人、映画を観る人など、さまざまな形で1本の映画を通じた「住民全員」参加を目指している。

「市民参加型映画プロジェクト」は、地域内の活性化のみならず、日本各地の「ふるさと(地域コミュニティ)」の活性化にアプローチする可能性を持っているのではないだろうか。
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