サムエル記第二 19章24−43節
友人から転居届の葉書をいただきました。住所から確認すると紅葉の美しい場所のようです。その方の郷里にもちょっと近づいたようです。これまでお仕事に邁進してこられ、これからはご夫妻での生活を楽しまれることでしょう。
8月も今日が最後の日。来週の当地の最高気温は22度程度と予報されています。暑さも今日がこの夏最後のようですね。
アブサロムによる謀反以来、ダビデはエルサレムを出てヨルダン川の東にいました。そして今や謀反は鎮圧され、ダビデはヨルダン川を再び渡ってエルサレムに戻ろうとしているのです。この箇所には、王としてエルサレムに戻るダビデを迎える親友ヨナタンの子どものメフィボシェテ、川の東側にいる時にだビデを養った高齢のバルジライ、そしてダビデをわが方へと引き寄せようとするユダ部族と他のイスラエルの人々とが出てきます。
メフィボシェテは、自分に仕えるツィバにだまされてダビデと一緒にエルサレムを出る機会を逸してしまったとダビデに訴えています。けれども彼は、自分がダビデ王のあわれみによって生かされてきたのだからどのようになっても構わないとまで言います。じつはダビデは、ツィバのことばを信じてメフィボシェテの持つものをツィバに与えようと約束をしてしまったのです。16章1−4節でご確認ください。ですからダビデは、目の前で哀願するメフィボシェテに負い目があるのです。「あなたとツィバで地所を分けるのだ」とのダビデのことばは、なんとも歯切れの悪いものとして響きます。ダビデの苦しみが伝わってくるような一言です。
バルジライの態度に教えられます。ダビデは自分が困難さの中にいた時に養ってくれたバルジライをエルサレムに伴い、彼のしたことに報いたいとの願いを持っていました。けれども彼は、高齢を理由にダビデの勧めを固辞します。特に、36節の「このしもべは、王様とともにヨルダン川をほんの少しだけ進んで参りましょう」ということばに教えられます。ダビデがこれほど強くバルジライに勧めるのは、辛い中にいた彼にバルジライがどれほど大きなことをしてくれたかを想像させます。けれども彼は報酬を得ようとしません。
「ほんの少しだけ」ということばが残ります。こうありたいと願います。