みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

十字架への備え

2015年10月22日 | ルカの福音書

ルカの福音書 22章1−13節

 食べ物の話が多くてごめんなさい。拾わせていただいた栗を、きのうはゆでてみました。小さな栗ですが、やめられない止まらない味、でした。

 全く違った動機で、イエスの十字架の準備、すなわちイエスの死の備えがそれぞれ進められていたというのがこの箇所です。

 何とかしてイエスを殺そうとする祭司長、律法学者たちに、この時ぞとばかり弟子の一人ユダが話を持ちかけます。「…ユダに、サタンが入った」ということばは、読むたびに緊張をおぼえます。「みことばの光」が書くように、ユダが主の十字架のため、神のご計画のために用いられたとの同情は当たりません。人は自分でしたことの責任を誰かのせいにすることはできないのだということも、ここから覚えることです。

 主イエスは過越の食事のための準備を自らしておられました。主がおっしゃったとおりにすべてが進むのを体験したペテロとヨハネはがのような思いだったのだろうかと、読むたびに想像してしまう箇所です。また主が整えられたということからは、この過越の食事は主が弟子たちを招いてなさるものだと確認できます。この食卓には、金と引き換えに主を引き渡すことを約束したユダも連なるのです。


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