エレミヤ書 36章1−20節
きのうは味噌作りをしました。大豆を18時間水に浸し、それを3時間煮てから、つぶして麹(こうじ)を混ぜてできあがり! といっても、実際に食べられるようになるのは10ヶ月後とのこと。時間がかかるのですね。楽しみに待ちます。
エレミヤは、神からのメッセージを、しかも、聞く者に歓迎されず耳を塞いでしまうようなことを語り続けました。孤軍奮闘かと思いきや、バルクという同労者がいたのです。バルクはエレミヤの口述に従い、神のことばのすべてを巻物に書き記し、さらに、1年後バルクは巻物に書かれたことばを王の側近たちに読み聞かせるのです。もしかしたら、それを聞いた人々が神の前に悔い改めて、悪の道から立ち帰るかもしれないとの希望を持って…。
けれども、それを読んだ側近たちはすぐにエレミヤとバルクに身を隠すようにと進言します。きっと王は二人を捕らえるに違いないと恐れたのです。
キリスト者は一人でも多くの人がイエスを信じるように願います。けれども、いつも決して多数派になることはないでしょう。時には自分が空回りしているような気持ちにさえなります。そんな時、神は私たちに「相棒」を用意してくださると信じて、祈るのはどうでしょうか。思いもよらないところに、同労者がいた、というようなことが起こります。
この日本で、在日コリアンとして、またクリスチャンとして生きている私は、(人を恐れたり、性格にも問題があるかもしれないですが)時として孤独を感じることがあります。
しかし、最近になってよく思うことは、そのどちらも隠さずに生きていく時に、引いていく人もいれば、逆に福音に耳を傾けてくださる方も与えられたりと、証しする機会がはっきりしていくことです。また、不思議と同胞との出会いや交わりや伝道の機会も与えられたりと、
神様が助けていてくださることを感じております。
それでも、やはり少数派で寂しさを感じたりする今日この頃に、分かち合いを通して励ましが与えられました。
ありがとうございました。