shiotch7 の 明日なき暴走

ビートルズを中心に、昭和歌謡からジャズヴォーカルまで、大好きな音楽についてあれこれ書き綴った音楽日記です

フィーリン・グッド ~ピーナッツの新しい世界~

2009-08-04 | 昭和歌謡
 昨日に続いて今日もバカラックでいこう。いわゆるバカラック集といえばディオンヌ・ワーウィックが有名だが、私が愛聴しているのはザ・ピーナッツが1970年に出した「フィーリン・グッド ~ピーナッツの新しい世界~」というアルバムである。このアルバムは厳密に言うとLPのA面にあたる6曲が “バート・バカラックとザ・ピーナッツ” と題された文字通りのバカラック集で、B面は “ニュー・ボッサとザ・ピーナッツ” ということでファンキー・ジャズの定番「モーニン」からビートルズ曲に至るまで、様々なジャンルの曲がボッサ化されている。
 私がこのアルバムを好きなのは一にも二にもアレンジの面白さである。全11曲中クニ河内氏が6曲、宮川先生が5曲の編曲を担当されており、まるで二人で張り合っているかのように斬新なアレンジがポンポン飛び出してきて実にスリリングなのだ。そもそもアレンジというのはフランス料理のソースみたいなもので、食材(=楽曲)の旨さをいかに最大限に引き出すかが勝負のポイントである。どんなに素晴らしいソースでも食材そのもの、すなわち楽曲がつまらなければ決して美味しい料理にはならない。その点バカラックやビートルズなら最高級の食材(?)といえるのでシェフ2人も腕のふるい甲斐があるというものだろう。どちらかというとクニ河内氏の方が斬新かつユニークな発想で切り込み、宮川先生が王道を行くアレンジでガッチリと受けて立つというような構図だが、そう単純に割り切れるようなものでもない。宮川先生は何と言っても「恋のフーガ」でいきなりティンパニをドドド~ン!と鳴らしてしまうような人である。そんな2人が腕を競い合っているのだ。しかも歌っているのはザ・ピーナッツ、これで傑作が生まれないワケがない。
 まずは①「恋よさようなら」の冒頭でいきなりカッ、カッ、カッ、チーン♪とメトロノームのメカニカルな音が響き渡る。宮川先生のアレンジなのだが、この発想は凄いとしか言いようがない。ピーナッツのヴォーカルも完全にバックの演奏に溶け込んで一体化しており、それまでのピーナッツとはまったく異次元の、まさにアルバム・タイトルにあるように New Dimension (新しい次元)のサウンドだ。
 ②「雨にぬれても」、③「愛を求めて」と今度はクニ河内氏のアレンジで、②のジャクソン5なイントロから入ってカーペンターズなサウンドへと帰着する発想といい、③におけるストリングスの使い方といい、様々なアイデアを大量投下しながらも原曲の持ち味を巧く引き出しているところが凄い。アレンジャーが変わってもピーナッツのヴォーカルは実に自然な形でサウンド化(?)されており、そのことがこのアルバムに見事な統一感をもたらしている。
 ④「恋のおもかげ」は再び宮川先生のアレンジで、隠し味も含めて大量のスパイス、つまり楽器を投入、それらがピーナッツの歌声と音楽的、有機的に結びつき、一体となって響く快感は筆舌に尽くし難いものがある。
 ⑤「ディス・ガール」はもう絵に描いたような名曲なのだが、ここでは普通に歌うだけでは芸がない(?)とばかりクニ河内氏がスリリングなアレンジを施してバカラックな美メロが横溢するこの曲に強烈なメリハリをつけている。特に凄いのがエルビン・ジョーンズみたいなブラッシュの乱れ打ちで、このバラけた感じが非常に高いテンションを生み出しており、このアルバム中でも屈指の名演になっている。
 ⑥「小さな願い」はCDの表記は “編曲:クニ河内” となっているが、各楽器の使い方etc どう考えても宮川先生っぽいアレンジに聞こえるのだが真相はどうなのだろう?それにしても実に洗練されたカッコイイ歌と演奏で、もろ昭和歌謡からカヴァー・ポップス、そしてこのような斬新なバカラック集までこなしてしまうピーナッツの懐の深さを改めて痛感させられる。
 さて、ここから後はニュー・ボッサ・サイドである。アート・ブレイキー&ジャズメッセンジャーズの代名詞とも言うべき⑦「モーニン」は宮川先生が当時ハマっておられたセルジオ・メンデスの影響を上手く消化してめっちゃクールなボッサに昇華されている。それにしてもあのピーナッツが「モーニン」とは...
 デヴィッド・トーマスの⑧「スピニング・ホイール」はボッサはボッサでもフレンチ・ボッサ、ちょうど例のイザベル・オーブレ盤のようなサバービアな薫りが立ち込める洒落たアレンジだ。時折右チャンネルから聞こえてくる三味線とか、ちょっとやり過ぎの感もあるが、クニ河内氏の鬼才が存分に発揮されたトラックだと思う。
 負けじとアップテンポのギター弾き語りみたいなアンビリーバボーなイントロから始まる⑨「ミッシェル」、宮川先生お得意の物量作戦で大量の楽器とコーラスを投入、それでいて全然うるさくないという匠のワザが堪能できる。続く⑩「アンド・アイ・ラヴ・ヒム」はクニ河内氏がアレンジを担当、⑤と同様にバラけたブラッシュとベースがインパクト大だがそれ以上に凄いのが木琴とトライアングルの絶妙な使い方で、この細部まで徹底的に凝りまくったサウンドはとても1970年の歌謡曲のアルバムとは信じがたいマニアックなものだ。⑨⑩共に是非ともポールに聴かせたい素晴らしいトラックだと思う。
 ラストの⑪「祈り組曲」はセルメン・サウンドを下敷きにして「祈り」~「コンスタント・レイン」~「君に夢中」~「イパネマの少年」といった珠玉の名曲たちがメドレー形式で歌われており、宮川先生の遊び心溢れるアレンジは “これでどうよ、音楽って楽しいでしょ!” とばかりに圧倒的な疾走感で迫ってくる。まさに完璧なエンディングと言えるだろう。
 このようにザ・ピーナッツの中では異色とも言えるこのアルバム、純粋にバカラック集として聴くもよし、洗練された邦楽ポップスとして聴くもよし、とにかく聴くたびに新発見がありそうで楽しみが尽きない1枚だ。

恋よさようなら