m's diary

タイル巡り♡タイル制作♡建築巡り♡町歩き

口銀谷の町並みその二

2019-03-10 | 建築巡り・街歩き【兵庫】

 

お昼ごはんは浅田邸(口銀谷銀山町ミュージアムセンター)で、頂くことに。

浅田邸は江戸時代から代々続いた地役人で、明治時代には生野鉱山と共に生野の近代化に活躍したという。

行きにこの洋館の中で食事をしてる人を見たので、私たちもぜひここで、とやってきた。

 

 

洋館の外壁はスクラッチタイル貼り。

 

 

こちらの和館の本館の玄関から中へ。

 

 

和館の方でも食事は頂けたが、迷わずこちらの洋館の方へ。

誰もいなかったので貸し切り状態でゆっくり食事できた。

 

 

華麗な天井装飾も残されてた。

 

 

洋室の入口扉に施されていた装飾。

 

 

洋室扉につけられてた呼び鈴も可愛かった。

 

 

そしてお昼は、ひなまつり期間限定だったちらし寿司とぜんざいのセットにした。

あずきたっぷりのぜんざい。

 

 

後ほど和館の方へも見学に。

 

 

 

 

 

 

 

 

電話室も残されていて、二方から入れる扉がついていた。

 

 

 

 

 

裏口に敷かれたクリンカータイル。

こんな色のは初めて見た。

 

 

浅田邸に隣接するカトリック仁豊野教会生野分教会

ガラスブロックやコンクリートブロック?の窓がモダン。

 

 

ちょうどミサの最中で、玄関までは入ることができたけど、聖堂内は控えることに。

中から見ると、色ガラスが入っていた。

 

 

 

 

カラミ石が使われた塀。

 

 

うっすらとしみ出た青銅のブルーがきれいだなあ。

有毒だそうだけど。

 

 

 

こんな蔵っぽい建物の住宅も。

 

 

 旧生野鉱山職員宿舎へやってきた。

生野鉱山が官営だった頃に明治9年に建てられた日本人役職員の官舎。

最も古い官舎だそう。

 

 

こちらは明治29年に建てられた三菱の社宅。

こちらは現存する最も古い社宅だそう。

 

 

当時カラミ石で造られていたというカラミ瓦。

備前焼のような深みのあるいい色。

住友マークの生野瓦も。

 

 

こちらは成型前のカラミ。

 

 

管理棟におられたスタッフの方に案内して頂いた。

こちらのステンドグラスはこの方がデザインし、製作されたという鉱山の精錬所の風景だそう。

 

  

旧官舎や社宅の中には昭和レトロな家電製品が展示されている。

ホーローの洗濯機や脱水機。

 

 

 

これは火鉢の入ったこたつ。

転がしても中の火鉢は常に上を向いていて中のものがこぼれ落ちないような仕組みになってるアイディア商品。

 

 

昔の計算機。

タイプライターみたい。

旧生野鉱山職員宿舎を出て、帰りの駅へ向かう途中の建物をチェック。

 

 

明治19年に建てられた旧生野警察署。

地元の大工がフランス人の異人館をまねて建てたものなのだとか。

 

 

こちらの写真展もいい感じ。

 

 

美容院に貼られていたタイル。

 

 

林材商の邸宅を改修した郷土資料館、生野書院へやってきた。

こちらで話したおじさんに、お風呂やトイレにタイルが使われた邸宅はご存じないか?

尋ねたところ、親せきの家にあるかも?とのことでわざわざ家に連れていってくださった(行きに見た某由緒正しき邸宅)のだけど、

残念ながらすでに改修後だそうで、見ることは叶わなかった。

御親切にありがとうございました。

 

 

前に見た時はここまで崩れてなかった洋館が無残な姿に。

 

 

こちらも美容院かな?

 

 

ガラスにうっすらと「理髪館」の文字。

両サイドのウィンドウ下の石の台凝ってるなあ。

 

 

これにて生野町歩きは終了。

この後、明石の銭湯に行くというぷにょさんに便乗。

 

 

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銀谷のひな祭りと町歩きその一

2019-03-07 | 建築巡り・街歩き【兵庫】

生野クラブへ行くために、生野の駅に降り立ち、駅前から町歩きを開始。

駅前には立派な旧旅館が佇む。

明治42年に建てられた旧日下旅館は大正10年に木造三階建てに増築されたそうで、
 
基礎には、カラミ石が用いられた地下室もあり、食品の貯蔵に用いられていたとか。

 

 

 

 

 

 

 

旧日下旅館の向かいにも一軒、旅館らしき建物が。

 

 

玄関の両脇には丸窓に竹の細工が施されていた。

 

 

この土日は乗合馬車が特別運行中。

 

 

大正時代の醤油蔵のある石川醤油店

 

 

ひな祭りのこの時期は各家でお雛様が飾られ、それを巡ることができる。

明治後期に建てられたという醤油店の中にも多くの古文書と共にお雛様が飾られてた。

今は奥さんが一人で醤油造りをされてるそうで、醤油漬けの大根を試食させて頂き、

なぜか醤油でなく、すすめられたひなあられを買ってしまった。

 

 

マルフク新聞舗。

玄関周りと一階の窓下には型押しタイルが貼られてた。

 

 

おたふくのような顔が真ん中に貼り付く鬼瓦。

 

 

大正初期に建築された中田邸には玄関内に昔の電話ボックスがある。

ひなまつりの時期には玄関が開いていて、こんな中まで入って見ることができるとは。

 

 

吹抜けの玄関

 

 

明治20年頃に建てられた旧海崎医院。

ちょうど横の空き地に車を停めてる方がおられたので、中を見せて頂けないか尋ねてみたところ、

あっさりと見せて頂けた。

 

 

元待合室だったという部屋が残されていて、天井は格天井、それぞれの桝には

草花や月や太陽など、風流な絵が描かれている。

 

 

 

 

玄関の天井にはこんな鳥の繊細な絵も。

なんと豪華な待合室・・

 

 

ここは受付窓口後だそう。

この待合室に続いて、診察室が続いていたそうだが、現在はもうないという。

 

 

タイルが美しい旧理容院も発見。

 

 

 

  

大正9年に鉱石輸送用に建設された専用道路跡、トロッコ道

 

 

明治後期に建てられた旧松一醤油店邸宅。

洋風建築に見られる軒蛇腹が施されているのが特徴。

 

 

何段にも重ねられた軒蛇腹は重厚感たっぷり。

 

 

町中のあちこちで見られるカラミ石は製錬作業で出る廃棄物をブロック状に固めたもの。

明治時代中期に多く製造され、塀など建築資材として活用されたという。

 

 

 

 

 立派な鬼瓦が乗った天理教の建物。

 

 

 

 

こちらにもお雛様が飾られてた。

 

 

こちらの建物も古そうだ・・

現在は珠算教室などに使われてるようだ。

 

 

窓越しに覗いてみると特徴的な飾りのついた階段の柱が見えた...

 

 

カーブが素敵な持ち送り。

 

 

旧吉川家住宅は江戸時代に建てられた古民家で、代々山師を務め郷宿を営んでいた吉川家の本邸だそう。

現在、生野まちづくり工房井筒屋として口銀谷地区のビジターセンターとして活用されている。

 

 

太い梁のある吹き抜けの茶の間。

 

 

ひな人形に混じって、子供サイズの人形たちが火鉢を囲んでてかなり怖かった・・

 

 

 

 

 

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生野クラブのタイル

2019-03-05 | 建築巡り・街歩き【兵庫】

先週末子供の卒業式も無事終え、翌日ぷにょさんとUさんと生野まで行ってきた。

ここ生野鉱山倶楽部の中に本業タイルが敷き詰められたお風呂があるとかで遠路はるばる18きっぷで駆け付けたのだった。

生野は以前家族で訪れたことはあったけど、銀山の坑内見学メインで、家族がいたのでここはスルーしてたみたい。

 

 

迎賓館生野鉱山倶楽部は江戸末期に活躍した生野銀山の山師の邸宅として明治19年に建築された。

その後三菱が保護施設、迎賓館として使用していたそう。

 

 

ちょうどこの時期は口銀谷地域でひな祭りが催されていて、あちこちでお雛様が飾られていた。

生野倶楽部にも立派な7段飾りのお雛様が。

 

 

建物は数寄屋造りの近代和風住宅で、あちこちに素敵な意匠が見られる。

こちらは扇子を散りばめたデザインの欄間。

 

 

凝った造りの違い棚

  

 

書院欄間には

 

 

うずら?が二匹デザインされてた。

 

 

そして今回の目的、本業タイルが敷かれた風呂場。

明治21年に有栖川宮熾仁親王が生野銀山に視察で訪れた際の宿泊所として利用された際に

用意された風呂と便所が残されている。

 

 

風呂の洗い場の床面と立ち上がりにびっしりと貼られたタイルは壮観!

 

 

そのデザインはおめでたい鶴と亀。

 

 

羽を広げた鶴が正方形の四隅に配置され、真ん中には四匹の亀が集合。

収まりのよいデザインだなあ。

 

 

片隅に浴槽。 

 

 

ここでUさんが取り出したのはスタンド式のライト。

ほの暗い風呂場がライトで明るく照らされ、思う存分タイルの写真が撮れた。

ぷにょさんはすかさず巻き尺を取り出し、タイルのサイズを測定。

タイルの大きさは15cm角、床に敷かれたタイルの目地幅は6.5cmだった。

 

  

その隣には便所が設けられていて、畳敷きの間に漆器の便器、壁には違い棚までつけられている。

トイレに畳敷きっていうのが汚れたらどうするのかと気になる・・

日常的に使用していたのではないだろうけど。

ところでこの、いかにも支えに手に持ちたくなる棒はなんと、着物を引っかけるためのものだとか。

なのでこの棒が渡されてるがお尻の方。

こちらが前だとばかり思ってたのでびっくり。後ほど訪れた生野鉱山職員宿舎の方が教えてくれた。

 

 

そして便所を囲む二方の壁面には欄間が入る。

こちらは大根をデザインしたもの。もう一方もそれらしき野菜。

トイレに大根、何か意味があるのかな?

 

 

男性用便所には青磁の便器に飴釉の細かいモザイクタイル敷き。

周りの壁は網代になっていた。

 

 

こんな飾り窓も。

 

 

こちらは茶室。

 

 

三菱の迎賓館になった時に改築された洋室にはこんなストーブ置きのついた造り付けの棚があった。

 

  

内側には飴釉のタイルがびっしり。

大き目のモザイクタイルの縁には濃い目にかかった飴釉の小さいモザイクタイルが縁取る。

 

 

周りの側面に貼られたタイルは貼り方に凹凸が付けられてて、いいアクセントになっていた。

 

 

もう一つ玄関のたたきにもモザイクタイルが貼られてた。

 

 

他にも欄間の凝った部屋がいくつか。

 

 

 

 

書院欄間の組子。

生野クラブを堪能できた。

 

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