m's diary

日々の暮らし、旅、建築巡り、クラフト、など気ままに・・

多治見の旅2013【セラミックパークMINO】

2013-03-31 | 多治見の旅2013


百草カフェで一休みした後、最後にやってきたのはセラミックパークMINO。
この日は現代陶芸美術館の方では企画展で「アジア・木と土に見るみんぞくのかたち」と「麗しのマイセン人形」展をやっていた。
興味がないという旦那は帰り道の運転の体力温存のため車で睡眠を取るというので
子供たちと三人で美術館へ向かった。





駐車場からエントランスまで続く橋とトンネルが一体となったアプローチ。
こちらの施設は磯崎新設計によるもので、谷という地形を利用しなるべく自然をそのまま残した状態で
人口の建物をそのすき間に埋め込む形で自然環境との調和に配慮して建てられているという。





アプローチがこんなに長いのも希少植物であるシデコブシが自生する谷や尾根を壊さないため駐車場を建物から離してあるのだそう。
トンネルの天井には陶磁器の町らしくいろいろな陶片が埋め込まれている。





トンネルを抜けると目の前は広々とした屋上広場。
展示室はここから地下へ。









陶芸美術館の展示室には地震から作品を守るため、天井から32本のアームで展示室部分を吊り下げるという
世界で初めての並進振子免震システムが採用されてるそう。





陶芸美術館と、展示ホールや国際会議場などのメッセ施設をも兼ね備えている為建物も広大でゆったりとした造り。





建物はタイルや煉瓦など地元の陶磁器製品や備品なども県内産の杉材等やプラスチック製品が出来る限り使用されている。





ところどころに設置されてるこのベンチの座面も陶板を使用。





水辺に浮かぶように建てられた茶室。





こちらは作陶館。
予約をすればさまざまな陶芸体験ができる。













建物を取り囲む緑の中を散策できる遊歩道も整備されていて
この階段はその中の展望台への道。
子供たちはさっさと上って行ってしまった。





かなり長~い階段・・展望台はあの上。





やっと到着~
ここ、舞台のように宙に浮いてる感じでかなり恐い・・









バンジージャンプするにはいい舞台かも?
しかし下を見ると足がすくむなあ。





緑に囲まれほんとに谷にすっぽりはまったような形で建つセラミックパークが見下ろせた。

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多治見の旅2013【ギャルリ百草カフェ】

2013-03-30 | 多治見の旅2013


多治見の町歩きの後はカフェで一休みすることに。
少し山手の方へ車を走らせやって来た「百草」
ここは陶芸家安藤雅信氏がオーナーでもあるギャラリー兼カフェ。





アプローチを進むと





現れた古民家。
名古屋の鳴海から築100年の古民家を移築したものだそう。




お庭をぐるりと一周。
ゆったりとした空気が流れる













閉ざされた入口をちょっと緊張感を持って開ける。





子供たちはギャラリーよりまずはお茶!と
カフェの方へ行ってしまった。
古びた味わいのテーブルといすは小学校で使われてたものかなあ?
子供たちが落書きを見つけてた。





カフェスペースはそれほど広くなくテーブルが三つ。





安藤雅信作の器でティータイム。









しばらくのんびり休んだ後、ギャラリーへ。









階段箪笥を伝って二階へ上がるとこちらでは安藤氏の器が購入できるショップに。









二階から一階のギャラリーを見下ろす。





庭にあった照明。


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多治見の旅2013【多治見の町並み】

2013-03-29 | 多治見の旅2013


どんぶり会館でお昼ごはんを食べた後は多治見の町を散歩した。
本町オリベストリートを歩く。
本町は明治から昭和初期にかけて美濃焼の陶磁器問屋が軒を並べ、多治見の商業の中心として栄えた通りだそうで
今ではひっそり静かな町並みだけれど、当時の面影を残す古い蔵や商家なども残っている。





古い民家を改装したかわいい骨董屋さんも。





軒下周りににはきれいな色のタイルが貼り巡らされていた。









店内には昭和レトロなアンティークがいろいろ。





さすが陶磁器の町。ラーメン屋さんも色とりどりのタイルに覆われてる。









このタイルの色合い、マーブル模様でもなく・・雰囲気があっていい感じ。





こちらもタイル貼りの旧昭和橋郵便局。





郵便局の近く、昭和橋のたもとにはおしゃれなカフェが





そしてすぐそばの土岐川沿いに、もひとつお目当ての建物、レヴェリ。
大正末期から昭和初期にかけて演劇場として建てられ、その後、税務署や裁判所、陶器関連の会社事務所などに
利用されてきたのだそう。
現在建物には雑貨屋、レストラン、ギャラリー、英会話教室が入っている。





こちらのエントランスもタイル尽くし。
ポーチの柱には緑を帯びた光沢のある豆タイルが使われてた。





玄関扉を開けたところ。
右手はレストラン、左手は英会話教室に。





広小路通りだったか?帰り道にはこんな元銭湯も。





こちらは写真館。
玄関周りのタイルと窓尽くしがすごい・・





思わず入ってみたくなるレトロな喫茶店も。
この後行こうと思ってたカフェがあったのでここは素通り。





アーチ窓がかわいいスクラッチタイル貼りの建物。








陶磁器の町、多治見ではさすがタイル度の高い町並みが見られた。




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多治見の旅2013【神言会カトリック多治見修道院】

2013-03-28 | 多治見の旅2013


多治見編がまだ終わってなかったのでちょっと戻って・・

モザイク浪漫館へ行く前に立ち寄った神言会カトリック多治見修道院。
昭和5年にドイツ人のモーリス神父により日本人司祭と修道士の養成を目的に建設された修道院。





当初は敷地総面積が2万6千坪あり、神言修道会の日本の本部としての機能を果たしていたそう。
敷地全体からヨーロッパの片田舎の雰囲気が漂っていて異国情緒があふれる修道院だった。





聖堂玄関。
聖堂内も見学できるのだけどちょうどこの日は結婚式の準備のため、午前中は立ち入り禁止になっていて
ちらりとしか見れなかったけど、それはすばらしい雰囲気の聖堂だった。
(聖堂内部は撮影禁止)





修道院の中央玄関。
修道院内は見学不可。








昭和49年から敷地は縮小され、それでも総面積1万8千坪ある敷地内には約3千坪の葡萄園と畑がある。
こちらで採れた葡萄で修道院の地下でワインの醸造が行われているそう。
出来上がったワインは売店で販売されているのだけど、ちょうど今はシーズンでなかった。





修道院の裏手。
この裏手の雰囲気もいいなあ。








教会の後方にあるこのログハウスは修道院研修センターとなっていて一般人の宿泊も可能なよう。
「ガブリエルハウス」「ラファエルハウス」との名称がついていた。









こちらが構内図。
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愛媛の旅2013【別子銅山端出場地区】

2013-03-27 | 愛媛の旅2013


なんとか無事東平地区から端出場地区へ戻ってこれたので、ほっと一息。。
こちらの端出場地区は東平より新しく開発された銅山で昭和5年から閉山の48年まで採鉱本部が置かれていた。
現在はその採鉱本部の跡地が再開発され銅山のテーマパークとなっている。

端出場地区にも産業遺産がいくつかあり、その一つである旧水力発電所は明治45年に建築されたもの。
赤煉瓦の美しい建物。。




鉱山鉄道に乗って観光坑道へ向かった。





途中に通る中尾トンネルは鉄道開通当時の明治26年に建設された。





ピンを用いて組み立てられた(ピントラス)ドイツ製鉄橋芦谷川鉄橋を通り、





うちよけ駅に到着。
坑内で仕事をする人が端出場や東平への出入りする時に乗った人車。





ここからは旧火薬庫を利用した観光坑道へ。





坑道内では当時の銅山の様子が人形や模型などで分かりやすく説明されている。
採鉱、運搬からわき水の引揚げ、銅の精錬までひとつひとつ手作業で行われた様子が再現されていて
その仕事の過酷さが伝わってくるようだった。





最後はアトラクション風の体験コーナーも。





「仲持」は日用品を山へ運び、祖銅を中継地まで運ぶ役割をし、女30㎏、男45㎏の荷を担いで山道を登り下りしたそう。
30㎏の荷を担ぐだけでもうフラフラ・・





しばらく体験コーナーで遊んでから坑道の外へ。
美しい渓谷の風景が目の前に広がる。





帰りは見どころがいろいろあるようなので、鉄道に乗らず歩いてゆく。
坑内の鉱毒水が浄化処理されるために通った煉瓦水路跡。





大正4年に開通した第四通洞は長さ4600m。
別子銅山の大動脈の役割を果たした。





第四通洞前にかかる橋





子供たちはこの後、砂金採り体験もした。
制限時間30分でこの水槽の砂の中に隠された砂金を採る。





皿(パン)を利用して取り出す方法には少しコツがいるようだ。





昔、砂金採りに使われてたゆり鉢。





金意外にもアメジストやトルコ石、虎目石、水晶、メノウなどもあって、採った宝石はお持ち帰りできる。





最後はボランティアガイドさんに小学生にも分かるよう、銅製錬の方法などをレクチャーして頂いた。
他人の前では比較的大人しく言うことを聞く子供たち。

こうして別子銅山を満喫した私たちは次なる目的地、松山へ向かったのだった。

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愛媛の旅2013【別子銅山東平地区】

2013-03-26 | 愛媛の旅2013
今回の愛媛の旅のメインの一つは日本のマチュピチュと呼ばれる別子銅山の産業遺産を見ることだった。
別子銅山は日本三大銅山の一つで昭和48年に閉山になるまで283年という長期間に渡り、住友一社で掘り続けられた
世界でも類をみない大銅山。
銅山観光の拠点となるマイトピア別子へやってきた。
まずはここでボランティアガイドさんに案内をお願いしようとしたら
更に奥地の東平地区(マチュピチュ)へ行くなら午後からだと混むので先に行きなさい!と急き立てたれたので
慌ててそこから車で約20分の東平(とうなる)地区を目指したのだった。
車を走らせていると急激に細くなる山道、しかもいきなり崩れた?山道を補修工事してるショベルカーに出くわす。
道幅いっぱいいっぱいでなんとか行き違えたのだけどその後も細い山道が続き、
これ、前から車が来たら一体どうなるの?状態で・・運転してる旦那の機嫌が急降下↓
日本にいながらマチュピチュが見れるのだからこれくらいの険しい道は仕方がないと旦那に諭しながら
内心は、ああ・・こんなとこだと分かってたらやめといたらよかった・・と不安でいっぱいに。
もう一台前からやって来た車をなんとかしのいでやっと東平地区へ到着。。
しかし、あのボランティアガイドさんの言う通りここが昼から混むなら我々は数珠つなぎの車と逆行することになり
とても帰りつくことはできないのではないか~?!
とにかく早く見て帰らねば・・!





頭の中は不安でいっぱいになりながらも駐車場の下を見下ろすと
そこにはマチュピチュが!
うぉぉぉすごい~、本物のマチュピチュを見たことがないのでどうなのかよく分からないけど
まさに山の谷間に浮かぶ空中都市の趣が。。





東平は標高750mの山中に位置していて大正時代に採鉱本部が置かれ、最盛期には3800人もの人が住んでいたそう。
昭和43年の東平坑休止により無人の地となるまで山の町としてにぎわっていたという。

手前は東平貯鉱庫の遺構の一部で奥は索道基地跡。





山の斜面に建つ当時の東平社宅群。









この階段はインクライン跡。
この階段を下りていくと先ほど駐車場上から見た空中都市へ下り立つことができる。





こちらは東平を代表する産業遺産のひとつ、貯鉱庫跡。
銅山から運び出した鉱石を一時的に貯めておく場所。
重厚な花崗岩造りで明治時代にできたものだそう。









更に下へ下りて行くと





鉱石運搬や日用生活品などの輸送に使われていた索道停車場跡が。









目の前に迫ってくる迫力の遺構を前に帰り道の不安も忘れ、呆然とたたずむひと時・・









駐車場の上にあるのは赤れんが造りの旧保安本部で、明治期は配電所、大正期は林業課事務所として活用されていたそう。
この旧保安本部から続くコンクリート造りの階段の下には電車のホームがあったそう。





東平の電車乗り場から第三通洞へ向けてある二つのトンネルのうちの一つ、小マンプ。
この他にも大マンプ、第三通洞、旧火薬庫、旧東平第三変電所と残された遺構があるのだけど、
少し場所が離れているため見に行くのを断念・・
歴史資料館も興味深かったのだけど、とにかく帰りが気になっておちおちゆっくりしておられず帰途につくことに。
帰り道、数珠つなぎの対向車と出くわしませんように・・と
皆で「南無阿弥陀仏」を唱えながら山道を下ったのだった。
その念力のおかげでか?奇跡的に2台の車にしかすれ違わず無事マイントピアまで戻ってこれた。
は~~っ疲れた・・というか、ほとんど東平まで車は来ないんじゃあないの?あのガイドさんが大げさだったの?
別子銅山を世界遺産に、という動きもあるそうだけどまずあの山道をなんとかしないと無理じゃない?と思うのだった。

なお車の運転に自信のない人はマイトピアからツアーの車も出ているようです。



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水月公園の梅2013

2013-03-22 | 季節の花・自然


もう桜もちらほら咲き始めて今更梅?という感じだけど;少し前に見に行った水月公園の梅。
ほぼ満開に近くてこの日は天気も良く梅見日和だった。
一枚撮っただけでカメラは充電切れになってしまって・・かろうじてスマホで撮った写真。
どうやってピント合わすのかわからないままシャッター切った。
2か月前くらいに変えたスマホだけどいまだに使いこなせてなく、
スマホを持ってもいない子供に操作方法を教えてもらってる始末・・;





















多治見のタイル旅の続きがまだ少し残っているけど、明日から久々の家族旅行で愛媛に2泊3日行ってきます。
日本のマチュピチュ、別子銅山に松山や八幡浜、大洲へ行く予定~
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多治見の旅2013【駄知町のタイルその二】

2013-03-21 | 多治見の旅2013


駄知町のタイルツアーの続き・・
駄知町にあった銭湯3軒のうち、残されていたもう一軒、元金城湯。
外観はほぼ新しくなっていて、言われなければ元銭湯とは分からないけれど・・





現在ガレージとして使われているところが浴場だったそうで、
見事なタイル画が残されていた。





鳥たちが集まるデザインのタイル画はパステルトーンでやわらかくモダンな雰囲気。





アーチ状に弧を描く天井の真ん中には通気窓も残されていた。





この元銭湯のガレージを持つお宅の玄関まわりには個性的なタイルが使われていた。





このボーダータイルも立体感があってギザギザの切り口がおもしろい。





町の公民館はスクラッチタイルが使われている。
入口周りは新しいものだそう。





そして最後に案内してもらったお宅。





こちらのお宅もももちろんアポなしで「ちょっと見せたって~」と
お家の人に頼んでくださった。
どうやら館長さんはこの辺の町では知らぬ者はいないのではないか?というくらい顔が広いようだ。





扉を開けると、その玄関に敷きつめられた色とりどりのタイルが目に飛び込んできた。





きれ~い!





いろとりどりの無釉タイル。
少しずつ貼り替えられつつ維持されてきたものだそうだけど、中には大正時代のタイルも混じっているという。
赤いタイルがそう。





玄関には木のカウンターがあって普通の住宅っぽくない。
館長さんいわく、もともと髪結いをされていたお家だそう。

館長さんはさらに「子供に防空壕見せたって~」と。
中庭の奥にあるらしい防空壕は家の中を通らないと見れないようで
躊躇するお家の人だったが館長さんにやんわり押し切られ?
靴を持って中庭へ入らせてもらうことになったのだった。





思ったより深さがある防空壕。





中へも入らせてもらった。





今は漬物を保存してるだけという防空壕の内部。
入口に比べると思ったより中は狭目で大人4人くらいでいっぱいな感じ。






モザイク浪漫館の館長さんのおかげで貴重なものをたくさん見せて頂くことができた。

そろそろ子供たちがお腹が空いたと言い出したので、最後にレストランやお土産屋さんがあるという施設「どんぶり会館」
へ案内してくださった。





ここのレストランではいくつか指定されてるセットものを頼むともれなく丼鉢がプレゼントでついてくるからと言われ、
うどんと天丼のセットでゲットした丼鉢。





トイレの壁も丼だった。





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多治見の旅2013【駄知町のタイルその一】

2013-03-20 | 多治見の旅2013
モザイク浪漫館の館長さんの車に先導されてやってきた土岐市駄知町。
私はこの町のことは知らなかったのだけど、千年以上も続くやきものの町だそうで町内には90余りの窯元があるそう。
美濃地方のやきものは昔から製品別の分業製で作られていて、ここ駄知町はどんぶりの生産で知られる。
モザイク浪漫館のある笠原はタイルと茶碗、他にも盃や徳利など町ごとに作られる製品が決まっているのだとか。




まず案内していただいたのは明治42年創業の地酒蔵「千古之岩酒造」
風格のある立派な建物。





驚いたのは裏へ回ると建物は大ぶりのタイルでびっしりと覆われていた。









渋い素敵な色合いのタイルは一枚一枚がかなり大きくて今ではとても珍しいものだそう。





館長さんが挨拶してくださり、作業場まで見せていた。
作業場の水周りにはこんな黒いタイルが使われていた。





重厚な鉄の扉もタイルの外壁にマッチしている。





この駄知町には今ではもう廃業してしまったが、銭湯が3軒あったという。
その一つであったという元「鶴の湯」の建物。
今はやきものの型を作る型屋さんが使われているそう。
館長さんはこちらのお宅にもアポなし?でピンポーンとベルを鳴らし
出てきてくださったお家の方に、「大阪からタイルを見に来たから見せてやってー」と紹介して下さった。





中へ招きいれられて、これまたびっくり!
今はやきものの型作りの作業場となっている壁面にはマジョリカタイルがびっしりと~
すごい!!





タイルは2種類。
葉っぱの曲線が優雅なアールヌーヴォー風の花のタイル。





そして、鶴?サギ?が魚をくわえてるタイル。









タイルだけではない。
ステンドグラスも残ってるではないか~





お風呂屋さんだった間取りそのままが残されていた作業場。
私は感嘆の声をあげっぱなし・・;





お風呂屋さんだった当時は2階は玉突き場などもあったそう。
2階の窓の外の手すりは洋風の趣が。

貴重なものを見せて頂きありがとうございました。

しかし・・これだけではまだ終わらない、館長さんのタイルツアーは更に続くのであった。


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卒業式

2013-03-19 | 子ども


今日は子供たちの小学校6年間の集大成、卒業式の日だった。
このブログを初めてちょうど6年経つのでこのブログは自分のこの6年間の記録であると共に子供たちの小学校6年の間の記録でもある。
そう考えると6年間、ほんとうに長かった、いろいろあった~と思えるけど、
入学式の時の様子をブログで見返してみると、まるでつい最近のことのようにも思える。
大量にあった二人のお道具類の名前付けから始まった小学校生活。
子供の二人にとっては大人の自分が感じるよりずっと長く中身が詰まってたことだろう。
とにかく6年間大病もせず元気な姿で無事卒業することができてよかった。

昨日もらってきた息子の通知表の所見欄に「朗らかで自由なところが素敵です」と先生が記してくださっていた。
きっと先生がひとりひとりのいいところを頭を振りしぼって見つけて書いてくださったのだろう。
これを読んで息子がいかに幸せに学校生活を送っていたかということが想像できて胸が熱くなった。
家ではいつもほんとに息子には何かと手こずっていて、いいとこ見つけようとしてもなかなか難しかったのだけど、
自由でいられるというのは本人にとってある意味最も幸せなことじゃないかと。(本人の周りは大変だけど;)
でも後に続く先生の言葉には「中学校では何事も努力を惜しまず、考えて行動できるように」と。
これもまたまた同感。ほんとに力の出し惜しみだけはやめて中学校生活は全力で過ごしてくれることを念じたい・・





卒業式の卒業証書授与では一人ずつ壇上に上がり、名前を呼ばれたら大きな返事、そして将来の夢や目標を皆の前で一言叫ぶ。
これ、苦手な子はイヤだろうな~
(私に似て)やや引っ込み思案で恥ずかしがりな娘ができるんだろうか~?
娘も家を出る前は緊張してたけど、本番はちゃんとお腹から声が出てたと思う、よくがんばった!
誰ひとりとして口ごもったり、聞こえなかったりする子はいなかった。
さすが6年生、すごい!と思った。

卒業式の後は二人とも遊ぶ約束した友達とちょっと大人体験してきたようだ。
息子たちは自転車で国道越えして遠くの公園へ行って帰りにマクドへ寄って(初)、更に友達の家で8時近くまで
はめを外して遊んで帰ってきた。
娘は近くのショッピングモールで食事して、プリクラして、おそろいの卒業記念を買ってと初の友達だけでの買い物が相当楽しかったようで
満足して帰ってきた。
こうして一緒に遊べる友達がいるって一番大切なこと。
中学はみんなとは離れてしまうけど、これからもいろいろな友達付き合いは大切にしてほしいな。





そして私はこの日のために2ヶ月間特訓?を重ねてきた着物の着付け。
なんとか無事間に合い着ることができた!!
仕上がり具合は(?)だけど。

そんなこんなで無事終了した小学校卒業式だった。







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