m's diary

タイル巡り♡タイル制作♡建築巡り♡町歩き

神戸市文書館

2009-04-30 | 建築巡り・街歩き【兵庫】



旧ハンター邸の後にやってきた神戸市文書館。
ここは午後1時の開館だったので最後に行こうと思っていた。
神戸市文書館の建物は池長孟氏が昭和13年に南蛮美術のコレクションを収蔵する美術館として、小川安一郎設計により建てられた。
後にその収蔵品は神戸市立博物館へ移され、平成元年から神戸市域に関する文書や資料を保存する神戸市文書館となったのだそう。





遠目で見るとシンプルな建物に見えたが近づいてみると正面玄関周りにはバラエティーに富む面白い装飾の数々が!





門の上部の左右に装飾されていた龍。
省略化、デザイン化された龍が妙に愛嬌があって面白かった。





船がモチーフのアイアンの装飾。
波をイメージしたデザインなのか周りの装飾もとても興味深い!





この扉の取っ手も不思議な造形!
この玄関からは入ることはできなかったのだが、後で中から扉を開けてもらえてじっくりと見せてもらうことができた。





扉の下部にもこんな葉と蔓の装飾。





照明もこの玄関周りの不思議な雰囲気にぴったりマッチするものだった。
天井装飾も凝っている。





そして扉の上の壁面の左右には噴水から水が湧き上がるような優雅な文様が。





玄関周りに使われていた石はマーブル模様がきれい。





そして文書館の内部へ。
大理石の大きな柱が印象的な室内。





後ほど見せていただいた写真より、当初の美術館の頃の様子。
真ん中にこんな噴水があって、ちょうどこの真上にある二階の天窓から入った光が二階のガラスの床を通してこの噴水を明るく照らしていたそう。





ポセイドンを描いたモザイク画。





文書館として立ち入りできるのはこの一階だけで、二階は書庫となっていて立ち入り禁止とのことだったが、できれば二階も見てみたい・・とお願いすると、見せていただけることに;
この階段に張られたタイルも貴重なもの。





二階の部屋の中央の明かり取りの床。





二階の天井中央は今はブラインドがつけられているが当初は天窓から光が二階のガラスの床を通じて一階の噴水まで差し込んでいたのだそう。





鹿の装飾もかわいい。





わああ、それにしてもこんな素敵なスペースを書庫にして埋もれさせておくなんてもったいないなあ。





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BBQ

2009-04-29 | 暮らし


子どもたちの公園時代の友人家族に誘われて猪名川の河川敷でバーベキューした。
渋滞と駐車場の満車の恐れがあった為、自宅から十数キロの道のりを自転車でやってきたが、今日は天気もよく風がさわやか、自転車日和のバーベキュー日和だった。









菜の花が咲き乱れる河原。





勢いよく空を泳ぐこいのぼり。





久々に会う友達に戸惑い、前半別行動だった息子も後半はすっかり馴染んで一緒に遊んでた。
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旧ハンター邸

2009-04-28 | 建築巡り・街歩き【兵庫】



甲南漬資料館の後には王子動物園内に移築保存されている旧ハンター邸へ訪れた。
旧ハンター邸は明治22年頃ドイツ人のA.グレッピー氏が英国人の技師に依頼して作ったものと言われ、その後英国人のE.H.ハンター氏がこの建物を買い取り、改造して現在にみる建物に仕上げたものだそう。
現存する神戸の異人館の中では最大規模のものの一つで国重要文化財となっている。








玄関ホールには象嵌タイルが敷き詰められていて色鮮やか。





一階には書斎、食堂、応接室などがあり、各出入り口にはブロークン・ペジメントと呼ばれる額縁がついて豪華な雰囲気。





ドアの取っ手などにも細やかな装飾が。





応接室の白い大理石の暖炉。






二階へ。





英国から取り寄せたというステンドグラスが階段の踊り場で美しい色合いを放っていた。





二階のベランダ。
ベランダは、はじめは開放されていたが、日本の風土に適さないため、後からこの美しくデザインされた窓がはめ込まれたそう。





各部屋の暖炉周りに張り巡らされているタイルが部屋ごとに違っていて楽しい。









この暖炉はこんなモザイクタイル風の模様が。









浴室にも耐久性のある象嵌タイルが張られていた。





この後時間の都合上、動物園はカットして隣と向かいにある神戸文学館と原田の森ギャラリーの建物見学をして、最後の神戸市文書館へ向かった。

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木工の達人

2009-04-27 | 木工


卓球の仲間であるCさんは木工が趣味と聞いていた。
先日、卓球の会の時にCさん宅へお邪魔して仰天~
なんと家中の家具がほぼCさんの作品で埋めつくされていたのだ。
本棚からサイドボード、マガジンラックに学習机、ありとあらゆる棚、棚、棚・・・
完成度が高く、優雅な曲線を描く家具に驚愕と羨望~
私は以前、子どもたちの学習机を作ったことがあったが、はっきり言って比べ物にはならない。
仕上がりが全く違う・・
これは既に木工の域を超え、日曜大工を越え、大工の域に達しているのではという感じ。

今日は私とKさんでCさんから木工を教えてもらうことになっていた。
私は図書館から借りてきた大量の本を収納する大容量のマガジンラック兼サイドテーブルを常々欲しいと思っていた。
その自分サイズのマガジンラックを作り、そのマガジンラックに以前陶芸で作って以来そのまま新聞紙に包まれて眠っているタイルをはめたいと。
Cさんならこの私の願いを叶えてくれるかも、ということで相談していたのだ。

今日はその設計の最終確認をし、曲線を切るジグソーの練習、コーナンへ買出しをしに行くことに。
今まで直線しか切ったことがなかった私だが、端材をもらって曲線の練習を。
なかなか思った線どおりにはいかないなあ・・

そしてコーナンへ。
いろいろなサイズのパイン材の中から最も効率よく材料が切り出せるサイズのものを組み合わせて買わなければいけないのだが・・
ど、どれを買っていいのやら~と木材売り場で呆然と立ち尽くす私に、
Cさんは手際よく木取り図を描き、これとこれっ、と選んでくれた。
Cさん、頼もしい~!かっこいい~!
そしてコーナンでは希望のサイズに木を切り出してくれる。
もうこれは半分出来たも同然?!
ってことはないだろうけど・・
近くに新しく出来たこのコーナンではなんと作業場と木工道具を貸し出してくれるコーナーもあるのだ。
次回はコーナンへ集合、ということに。
学習机を作って以来、超久々に木工復活・・
頼もしい助っ人、Cさんの指導を受け、どんな作品が出来上がるかちょっと楽しみだ。


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甲南漬資料館

2009-04-26 | 建築巡り・街歩き【兵庫】



甲南漬資料館は昭和5年に高嶋酒類食品社長宅としてこの前に見に訪れた御影公会堂と同じ設計者、清水栄二によって建てられた。

受付の方のお話によると震災前まではこの建物はカルチャーセンターとして会員専用で使用されてたそうだが、震災後に1階は灘の酒・甲南漬に関わる資料の展示資料館として一般に開放されたのだそう。
2階はカルチャーセンターのままで、当初の寝室や子ども部屋などが残され使われてるそう。
ちょうど今は使用中とのことで残念ながら見せていただくことはできなかった。





玄関先のアールデコ風な照明。





入り口のドアの裾やドアノブのデザインもかわいくてクラッときた。





入り口入ってすぐ左にあった噴水跡。
当初は子ども?が乗った魚の口から水がちょろちょろと流れ出ていたそう。





玄関床に張りめぐらされたカラフルなタイル。





玄関の飾り格子?もアールデコ調の魅力的なデザインのものだった。










応接室は現在カフェとして使われていて、当時の家具、調度品の中でくつろぐことができるようになっている。
当時の建築家は建物と共に家具もそれに合わせて設計されたそうで細かいところをみるとあちこちに共通するデザインがあったりで、見どころがいっぱいの部屋だった。





暖炉のグリルのデザインも素敵。





応接室の部屋は最高級の木材、マホガニーが使われ、この壁紙は暖炉のグリルと同じデザイン。
壁紙が傷み、別のものに変えようとされたそうだが、なかなかこの部屋の雰囲気に合うものが見つからず、結局当初の壁紙のままなのだそう。





この丸テーブルも、大テーブルも、そして椅子にも同じような切り込みのデザインがされていた。





昭和初期では初めてだったという水洗トイレも当初のままの状態で残っていて、西洋式の浴室と共に公開されていた。





この廊下の先には当初は30畳の和室があったそうだが、震災で瓦が落ち倒壊してしまったそうで、現在は庭に。





資料館から甲南漬本館へは庭の石橋づたいに。









庭先にあった大きなかまどは震災後に造られたもので、食事ではこのかまどで炊かれたご飯が食べれると聞き、最初は予定にしてなかったけど、11時半のランチタイムまでここでちょっとゆっくりすることにした。





食事ができる日本間からもお庭の眺めが楽しめる。





ランチはおにぎりなどの軽食以外はこの一種類のみ、平助定食945円。
甲南漬をはじめとする旬のお漬物に焼き魚、信田巻などご飯がすすむおかずが。
かまどの炊きたてご飯がお櫃にたっぷり入って出てくるのがうれしい。
私は二杯、旦那は三杯食べた;

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神戸市立御影公会堂

2009-04-25 | 建築巡り・街歩き【兵庫】



昨日は王子動物園にある旧ハンター邸が4月が内部公開月なので行こうと予定していたら、ちょうど旦那が予定してた有休が一日ずれ、この日が休暇に。
これは「飛んで火に入る夏の虫」?!とばかりに旦那に車を出してもらうことに。旧ハンター邸+α(御影公会堂、甲南漬資料館、神戸文学館、神戸市文書館)と予定以上?の建築巡りが出来た。
神戸大も行きたかったけど時間がなく、又の機会に。

まず最初にやって来た神戸市立御影公会堂は昭和8年、白鶴酒造の七代・嘉納治兵衛氏の篤志により武庫郡御影町公会堂として建てられた建物。
設計者は地元に生まれ育ち、神戸市初代営繕課長であった清水栄治。
帰ってから気付いたのだけど、次に訪れた甲南漬資料館の設計者と同じだった。
こちらの建物の方がモダンな印象で気付かなかった;





建物の外観は左右非対称というか、西と南の壁面では全くデザインが違っていて見どころいっぱいでとても面白いなあと。
西面はスクラッチタイルに覆われていて、大ホールの天井部分になる段々や各階のトイレにつけられてるの大きな丸窓が印象的。





こちらは玄関がある南面。





入り口付近もスクラッチタイルで装飾されている。





エントランスホール。





重厚感のある柱に囲まれた階段。





3階まで来るとトップライトから明るい光が差し込んできた。





3階の大会議室。
ここでこの建物を管理されてる方?(ここで一番の古株と言われてた)と偶然出会い、お話を聞くことが出来、他の部屋も見せていただけることに。
この大ホールのタイル張りの暖炉は当初のもので、同じデザインのものが他の部屋にも後二つ見かけた。
そしてこの部屋の天井は張り替えられたものだそうだが、隣の部屋には当時の天井が残されてると案内された。↓





この3階と2階にある外から見てコーナーの角部屋が人気の部屋だそうで、天井も当初のまま残されている。





コーナー部分に大きく窓がとられていて庭に植えられた緑も目に入り、明るく素敵な部屋だった。
外から見た時、この大きな木がせっかくの建物の丸みを帯びた美しいコーナー部分を隠していて邪魔、と思ったが、部屋の中から見ると緑はやっぱり必要かなあ。





更に、いいものを見せてあげよう、と案内されたのは屋上。
下から建物を眺めた時にも見える建物のシンボル的な塔が間近に。
一番天辺には避雷針が立てられ、船のマストに見立てた素敵なデザインだった。
普段は鍵が掛けられているようで見せてもらえてラッキーだったみたい。





550人収容できるという大ホール。
案内していただいた方いわく、実は震災前にはここは取り壊されて体育館ができる計画が立っていたのだそう。
震災があった為、神戸市の財政事情が悪くなり、その計画が頓挫したのだとか。
幸か不幸か、震災があったためにこの建物は当初のまま生き残ることが出来た?ようだ。





大ホールの照明。





トイレの丸窓。





トイレのドアノブ。

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れんげ畑

2009-04-24 | 季節の花・自然


娘と一緒に通ってるピアノ教室へ行く道すがらにあるれんげ畑。
ここ最近、花が咲き出して満開に。
今日は帰りにちょっと自転車を止めてれんげの花を鑑賞。


今週は運動(主にバド)続きの毎日で、しかも午前午後ダブルでとか;
さすがにちょっと体が疲れてきてたみたいで、今日は朝から喉が痛かった。
と言いつつ朝から神戸方面へ出かけたが・・
この冬はなんと奇跡的に一度も風邪を引かずにすんで、自分でも驚いていたのだけど、今頃になって風邪?!
なんとか喉痛だけで終わらせたい・・













れんげと共にシロツメクサは「懐かしい花ベスト3」に入るな~

















段々畑の上に広がるれんげ畑。
まだまだこんな景色を身近で見ることができるってうれしい。

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コリアンフードの会

2009-04-20 | 異食文化の会


そろそろ我が家でトック(韓国の餅)パーティーを、と思っていたところ、同じく韓国帰りのIさんが次はI家でキンパ(韓国風のり巻)の実演付きパーティーを開いてくれる。というので、今回はI家でということでお願いしてトック料理持参で伺った。
メンバーはいつもの異食文化の会のみんな。
Iさんは今回、韓国から帰ったらキンパを皆に伝授しようと、韓国ではあちこちのキンパを食べ歩き、お店でもキンパの作り方を見学させてもらい調査を重ねてきた模様。
韓国で手に入れてきた食材+日本で調達し、下準備してくれてたものでキンパの巻き方実演が始まった。





キンパの海苔はそれ専用のものがあるらしい。
ごま油&塩付きの韓国海苔ではなく、普通の焼き海苔だそう。
そこへ150g(これはIさんが研究を重ね、ベストの量を導き出した。)のご飯を載せ広げる。
三分の一ほどの空白を残し、後は端まできっちりと敷き詰めるのがポイント。
具は彩りを考えて。
そして両端から具をややはみ出させるのがイケてる巻き方だとか。
最後にゴマを忘れずに。
日本の巻き寿司と違うところはご飯は酢飯ではなく少しの塩とゴマ油を混ぜたものを用い、両端から具がはみ出るところや、最後の巻き終わりは海苔にはけでシャッと水をつけて、海苔どうしをピッタリ密着させるところなど・・





そして以前具には魚肉ソーセージがポピュラーだったキンパだが、今回こんなハムのようなサラミのような具が出回っていて、それがスーパーにも売っていたそう。
板状のハムがキンパ用のサイズに細長く筋がつけられている。
よくぞ発見したな~Iさん・・





そして巻き終わったキンパには最後の仕上げが待っている。
最後は海苔巻きの天辺だけに刷毛でごま油をシャッと塗り、白ゴマを振りかけるのだ。
これだけで、もうゴマのよい香りがプーンと漂ってきて、韓国度が一気に増す。
もう一つのポイントは日本の巻き寿司よりもかなり薄めに切ること。
これを基本にスタンダードキンパ、ソコギ(牛肉)キンパをそれぞれ巻いてみた。





そして盛り付け後のキンパ。
彩が美しい~
以前、節分の日にKさんより日本の巻き寿司を教わっていたので、日本と韓国の海苔巻きの作り方の違いがいろいろとわかって面白かった。
韓国のキンパは地下鉄の駅から屋台、店など結構あちこちで見かける。
キンパは日本の巻き寿司よりもより日常的でファーストフード的なもののようだ。





そしてこれは自分作のトッポギ。天ぷら、茹で玉子に玉ねぎも入れてみた。





もう一つの餅料理にはトックスープを。鶏もも肉を鶏ガラスープで煮込んだものにタッカンマリをイメージしてジャガイモや白ネギを入れてみた。

そしてキンパはもう一種類、忠武キンパを。
このキンパは海苔とご飯だけで通常のものより細い。
具は入ってないのだが、付け合せに大根のキムチ、イカのキムチが添えられてるそう。
それを忠実に再現するIさん。





そしてIさんはなんと私が韓国で食べたかったが食べれなかった安東チムタクを作ってくれてた。
醤油ベースの味なので日本の煮物系の味に似てる?!
韓国のこの思い切り弾力のある春雨が汁を吸って激ウマ!
が、本物のチムタクをIさんも私も食べてないのでこの味で合ってるのかは謎;





そしてデザートに餅菓子いろいろ。
帰りに空港で買って、帰ってすぐ冷凍保存してたもの。
この度、復活~
虹色のトックケーキやさまざまな豆がふんだんに入ったトック、中に胡麻だれが入ったトック、シンプルなヨモギやきなこのトックなど。
どれも甘味が控え目だ。





お菓子作りの達人Kさんは、いろんなスパイスが入ったチャイを作ってくれて、今回チャレンジケーキ?を焼いてきてくれた。ベースの生地になんとコーラが入っているというもの。
上にはマシュマロやナッツ類がチョコレートでコーティングされている。
初めて味わうケーキだったが美味しかった!
更に持ち帰り土産にとボロボローネも。
このボロボローネは最初に1時間半も小麦粉を炒るという力作。

今日もお腹いっぱい、楽しいコリアンフードの会だった~
みんなに感謝!!



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たけのこ狩り

2009-04-19 | 子供と楽しむ施設・イベント


毎年恒例の友人の町内会のタケノコ堀りに今年も娘と私で参加。(息子は空手の昇級試験の為不参加)
クワやスコップを手にして竹やぶの中へ分け入る。
竹やぶの中はマイナスイオンに満ち溢れてそうでとても清々しい感じ。





今年は去年に比べて豊作のようで?あちこちでタケノコの穂先が見つかった。
ほんとは黄色っぽいのがいいらしいけど、なかなか緑のものしか見つからない。
途中までスコップや鎌で掘り進め、最後は係のおじさんを呼んでクワで根っこを切ってもらう。





友人が極上のタケノコを見つけたようだ。
おじさんはこれならタケノコのさしみが食べれるかも!と味見に少しずつナイフで削いでくれた。
タケノコなんてゆでないとエグ味があって食べられないと思っていたが、
採り立ての良いたけのこだと生で食べれるのだそう。
そのたけのこはエグ味どころかほんのり甘い風味がしてとても美味!
なかなかこんなたけのこには巡り会えないということで私たちはラッキーだったみたい。









採ったたけのこは一旦皆回収。
リアカーの中にどんどん集まるたけのこ。





一旦集められたたけのこは調理され、具沢山たけのこ汁とたけのこ田楽になって皆に振舞われる。
やっぱり採り立ては美味しいな。

最後にたけのこを一本づつもらって解散・・
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西山家住宅と西山氏庭園

2009-04-18 | 建築巡り・街歩き【大阪】



今日は豊中の国登録有形文化財の西山家住宅、西山氏庭園の一般公開に抽選で当たったので訪れた。
昨日一緒に旧新田小学校へ行ったTちゃんが興味があるというので旦那の代わりに行ってもらった。
現地集合ということで自宅から自転車で向かおうと旦那に聞いた道の通りに走っていると、突然歩道がなくなり路頭に迷ってしまった!
時間厳守、時間変更不可だというのにこれではもう間に合わないぢゃないか!
旦那に文句の電話を掛け、泣きそうになりながら道を探し、Tちゃんには、もう私は無理かもしれないから私の分まで見てきて~と伝えつつ、が、一応最後まであきらめずに最寄の岡町駅への道を探した。
方向音痴の私にしては奇跡的に西山家へ10分遅れくらいで着き、中へ入れてもらえてホッと一安心・・

国登録記念物となっている西山氏庭園の説明が始まっていた。
西山氏庭園は東福寺方丈庭園の作庭でも知られる重森三玲がその東福寺の庭に続いて翌年の昭和15年に作庭したという、個人庭では初期の作品だそう。
庭は三つに分かれていて、こちらはメイン?の離れ北側にある枯山水回遊式の伝統的日本庭園。





一番奥に滝石という滝を表す石を置き、そこから流れ出る水の流れが白砂で表現されているという。
水の流れの中には船の形をした舟石や鯉石などが配置されていて、とても臨場感と奥行きが感じられる庭だった。









離れから続く洋館の下は半地下の倉庫となっているそうだが、外から見ると自然に土が盛り上げられ、その傾斜を利用して石や木が配置されている。





この離れの庭は滝石組を龍の頭、枯流れを龍の胴体として青龍庭と名付けられ、
設計者の重森三玲自ら書いた書が離れの入り口に掛けられている。





離れから庭を眺めた後は洋館の方へ案内された。
洋館は大正2~5年頃、主屋の南側に建てられた小規模なもので10畳大の主室と三畳大の書斎に渡り廊下へ続く玄関がついている。
昭和15,6年頃に内装などが変えられていて、家具類などはその時三越でオーダーした特注品なのだそう。
テーブルセンターなどの織物も三越で家具に合わせて誂えたものだとか。





深い緑のタイルが張られた暖炉には電気ストーブが置かれていて今でも現役なのだそう。





象嵌で描かれた草木の模様も素敵。





レトロモダンな照明器具。





渡り廊下へ続く洋館の玄関には茶系で統一されたタイルが張り巡らされている。





洋館の玄関にはめられていたステンドグラスがまたまたとても素敵なデザイン。
ちゃんと窓ガラスとして開くようになっていて、金網のような素材の網戸がついていた。





主屋と洋館を繋ぐ渡廊下は昭和15年建築のもの。
網代天井や砂壁など庭と調和した和風の建物で、この渡廊下から視点を変えながら庭を眺めることができる。





主屋の縁先に置かれた手水鉢は京都慈照寺の手水鉢の写しだそう。





こちらの主屋南側の庭は枯山水とは対照的なモダンな意匠をテーマにした庭になってるという。





昭和4年に建てられた離れにある便所の手洗い場には三カ所にはめられたステンドグラスと真ん中の細長い鏡とのバランスがかわいく絶妙な感じ・・





そして手洗い場の両側に男女別の便所があり、男子便所は開けてびっくり、青磁の便器に同系色の竹状のタイルが張り巡らされていた。
当初のものを大切に使われている様子が伺えた。
女子便所の方はウォッシュレットになっていたが。





西山家の屋敷を囲む塀は大正元年頃、主屋と同時に建築された真壁式、腰板打ちの高塀で昭和9年の室戸台風にも耐えて残ったといわれている。

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