m's diary

日々の暮らし、旅、建築巡り、クラフト、など気ままに・・

大阪府民オリエンテーリング大会

2008-03-31 | 子供と楽しむ施設・イベント


この度、初めてオリエンテーリング大会というのに家族チームで参加した。
地図をコンパスで読み、10箇所のチェックポイントを回りゴールまでの時間を競うというもの。
私は方向音痴なので地図係りは旦那に任せた!





スタート時間はそれぞれ決められており、一分ごとにスタート。
三分前になるとスタート枠に入る。
チャイムの合図と同時に地図を受け取りスタート!





小雨がパラついていたのでレインコートを着て山道を分け入る。





最初はハイキングがてらのんびり回ればいいかな~
と思っていたが、せっかくだから上位入賞目指してがんばろう、
ということになり急遽ピッチを上げることに。





チェックポイントへ来るとコントロールカードにパンチして印をつける。





そして又コンパスで確認し、次の地点へ、ひたすら上る。





眺めのいい場所。





そして後半は下り。
飛ぶように駆け下りて行った三人!
あまりのスピードに私はついて行けず・・
「ま、待って~~!!」
この調子だとひょっとしてオリエンテーリング初参加にして上位入賞も夢じゃないかも?!
と思いきやなんと1箇所チェックポイントを見逃していた!
最悪・・・





旦那はもうええやん!とあきらめようとしたが、それは絶対ダメだ!!
ともと来た道を引き返す・・
今まで抜かしてきたグループにどんどん抜かされる~
7番目のチェックポイント発見。
あまりに早く行き過ぎてちょっと横道それた場所にあったポイントを見逃していたのだ・・





そして再び、飛ぶように駆け下りる。





最後、また道を間違えて思い切り大回り・・
しかも大回りしたために最後のチェックポイントも見逃していたようだ・・
散々な結果に。
やっぱり急ぐとろくなことがないなあ、
今回の教訓を踏まえて次回又チャレンジするぞ!
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ダイハツ・ヒューモビリティワールド

2008-03-30 | 工場見学・社内見学


春休みは平日しかやってない工場見学に行けるチャンス!
考えることは皆一緒で見学予約の競争率も高いがこの春休みはダイハツと森永製菓の予約が取れた。
この日はダイハツのヒューモビリティワールドへ春休みに再会の約束をしていた双子友達と訪れた。

見学は十数人の団体で案内人が付き、説明を受けながら約1時間楽しむことができた。

HD型三輪自動車
昭和初期、外国製エンジンを架装した三輪自動車の人気に着目し、国産エンジンの開発に着手し生まれた。
やがて三輪自動車市場のトップに。





BEE
ミツバチを思わせるユニークなスタイル。タクシー業界でも活躍。
手作業が多いため大量生産できず300台で生産終了した。





ミゼットMP5型
日本の高度経済成長期に一大ブームを巻き起こした軽三輪車。
今もアジアの街角で市民の足として活躍しているのだそう。





SKC7型
戦後の日本の陸上輸送の主役。エンジンの強さには定評があり、運転席にむき出しのエンジンがあり、ハンドルも特徴がある。





ダイハツスポーツ
三輪トラックメーカーだったダイハツも乗用車メーカーへ転向し、世界に通用する乗用車づくりに邁進。イタリア、ビニアーレ社のデザイン協力によりつくられモーターショーに出展された自動車。
市販されておらず、世界にある二台のうちの一台。





ダイハツP-5
当時のダイハツが持ちうるテクノロジーを注ぎ込んだこのマシンは’68年に日本グランプリのクラス優勝を達成、総合10位と大健闘した。
車の中には普通の車にはない、消火器と水筒が備えられている。





シャレード
1977年、最新の技術で広くて小さい快適な経済車を実現した。
現在ダイハツの軽自動車の原点。
’77カー・オブ・ザ・イヤーなど数々の賞を受賞。





ミラ クオーレ
時代を先取りした軽、として一躍注目され、わずか6年9ヶ月で国内販売累計100万台を突破するという偉業を達成した。
現在のミラはこの車から7代目。





ヒューモテックラボでは2057年を予測し、燃料電池やリユースで生まれ変わる車などを映像で紹介。
サイエンスショーでは水素を電気に変えて動く車を見る。





そしてしばらく自由時間となり、いろいろな体験ができるコーナーへ。

車をつくる作業の一部を人に代わって行うロボット。
最新型のロボットを実際に操作してみる。





車の車体を形作るパネルは金属の板をプレス加工したもの。
ここでは自分の手で手のひらサイズのアルミ板をプレス加工できる。





車が開発される過程をのぞくコーナー。
金属のように輝いているが実は粘土で作ったモデル。
この粘土は何度も再利用できるものだそう。





2057年にタイムスリップして、未来のドライブをシミュレーターライドで体験できるコーナー。
身長120cm以上なので、うちと友人の子供一人づつはギリギリ身長足らずで残念・・





車椅子がそのまま自動車の運転座席になるという福祉車両。
実際操作することもできる。





ところどころに専属の案内人の方がおられ、丁寧に解説してもらえた。
かなり満足度の高い施設だったが、時間が限られているのでもう少しじっくりと見てみたかったなあ。
そして今は休止中だが自動車の組み立てラインの見学もしてみたい・・
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フンデルト・ヴァッサーの舞洲スラッジセンター

2008-03-28 | 建築巡り・街歩き【大阪】



こちらは舞洲工場のすぐ近くにある舞洲スラッジセンター(下水汚泥処理施設)
舞洲工場と同じくフンデルトヴァッサーデザインの建物。





こちらの外壁のストライプもやはり炎をイメージ。
ミラーガラスは太陽や月、星の光や自然の姿も写し出し、人々に夢やロマンを与え、暖かさや楽しさを写し出す役割を果たしている。













柱は自然の木と同じ役割を果たすと考えている。
人は木の下にいれば雨や露を凌ぎ、またある時は強い日差しを遮って心地よい木陰を作るなど人に安心感や安らぎを与えるもの。
まさに建物における柱もこの木と同じ役割を果たすべきであり、そのためにも一本一本の柱は、それぞれ異なったデザインにより異なった形や色のセラミックタイルなどで飾って美しくあらねばならないとヴァッサー氏は考えていた。





エントランス付近。
玄関ではスリッパに履き替えるのだが靴箱などはない。
ヴァッサー事務所により建物のデザイン上、余計なものは一切置いてはいけないことになっているらしい・・
入り口にはスリッパだけがずら~っと並べられていた。









1階のトイレ、エレベーター付近の壁やドア。





トイレの手洗い場。





舞洲スラッジセンターは主に臨海部の8カ所の下水処理場の汚泥を集中処理する施設。
汚泥を脱水した後、溶融炉で焼却、溶融し、そこでできた溶解スラグは建設資材として建設会社へ売却し有効活用されている。





1300度で溶融して出来上がった溶融スラグは無臭で自然界の砂と形態が似ている。
溶融スラグの保管倉庫。





フンデルト・ヴァッサー氏による舞洲スラッジセンターのデザイン画





煙突の根元の方はらせん状に植栽され、無機質で単調な壁面が生き生きした表情を与えている。
又らせん状の植栽帯は雨水がその傾斜によって頂部から下部まで自然に流れ落ちながら潅水を行う世界でも初めてのもの。





スラッジセンターのすぐ横には自然と共生をテーマに造られた市民の憩いと安らぎの場である開放緑地が。





バルセロナのグエル公園のようなベンチ・・
座ってみると、椅子の角が丸くカーブを描いていて思ったより座り心地がいい!



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フンデルト・ヴァッサーの舞洲工場

2008-03-27 | 建築巡り・街歩き【大阪】



ウィーンの芸術家であるフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーデザインの舞洲工場(ゴミ焼却所)にてこの度「環境アートフェスティバルin舞洲」なるものが開催されることを知りやってきた。
先着30名の限定プラントツアーは惜しくも満席だったが通常の見学ツアーを案内してもらう。
「技術、エコロジーと芸術の調和」をコンセプトに自然を大切にする考え方が取り入れられたヴァッサーデザインの建物を十二分に満喫!





舞洲工場はとてもゴミ焼却施設とは思えぬ雰囲気。
これは大阪市が建設するにあたり、ゴミ焼却所や下水処理場というのは付近の住人に嫌がられるといったマイナスイメージがあるが、実は人が生きていく上でとても大切な機関、仕事であるということから、そういったイメージを払拭し、市民にもっと親しみをもってもらうためエコロジストでもあったフンデルトヴァッサー氏にデザインを依頼したのだそう。





舞洲工場は、総工費609億円かけて建てられた。デザイン料は6600万円。
金額が大き過ぎてピンと来ない!

自然界に直線や同一物が存在しないことから、各所の形状には意識的に曲線が採用されるとともに建物は自然との調和の象徴として多くの緑に囲まれている。





金のボールは一個百万円。
輸入した鉄のボールに金沢の金箔を貼って仕上げたもの。
この金のボールは建物に約100個使用されている。





煙突は120メートルの高さがあり、30億円。
煙突一本、さ、さ、30億円~!?
高いのか?安いのか?もう金銭感覚麻痺状態・・
当初は天辺に展望室とレストランを作る予定だったが、果たして人が来るのか?という問題とさらに60億かかるというのでお流れになったという。





玄関入ったところの案内板





玄関入ったところの壁画と柱。
煉瓦敷きの床がぼこぼこと波打っている。





ここは舞洲工場の中枢部。
ここで一日450トンのゴミを燃やせる焼却炉2つの管理を行っている。





巨大なクレーンがゴミをつかんで焼却炉へ投入する迫力のシーン

こちらの舞洲工場の特徴は
臭気を含んだ空気が外部へ出るのを防ぐ為、ゴミピット内の空気は燃焼用空気として焼却炉内へ送り込み600度以上の高温焼却により臭気を分解している。

又ゴミ焼却によって生じる熱エネルギーを蒸気と電気に変え、工場内で使用するだけでなく電力会社へも送っている。家庭の5万軒分、年間6億7千万円ほどの利益になるという。





3階の外には遊歩道があり多くの草木が植わっている。
建物を建てると自然を破壊するので、それを補う為に工場の周辺ならびに建物緑化を積極的に行っていて1万6千本の木が植栽されている。





3階から2階へ続くスロープはジグザグ。
手摺もゆらゆらと上下に波打つ。





建物のあちこちの窓からちょろちょろと控えめに伸びる樹木。
後々にはこの舞洲工場もウィーンのヴァッサーハウスのようにモリモリとした緑で覆われるようになるのか?!





柱などに使われているセラミックは日本ではなかなか出せない色、ということでドイツから輸入したもの。
床などの煉瓦材はイタリアから無料で譲り受けたものだが輸送料に高くついているとか。





120mの煙突の根元。





ウィーンのごみ焼却施設「シュピテラウ」から舞洲工場の完成記念に送られたレリーフはヴァッサー氏の手形付き。





ヴァッサー氏は2001年の工場の完成を待たず、2000年に亡くなっている。
この大阪にある舞洲工場、舞洲スラッジセンターはヴァッサー氏の遺作となった。



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ベトナム料理を囲む会

2008-03-26 | 食・グルメ


先日ヴォーリズ展をご一緒したCさん主催の外国人留学生の方たちとベトナム料理を囲む会に参加した。
NPOのお仕事の一つで外国人留学生の支援をされてるCさんの周りには外国人の方がたくさんおられ、世界各国の家庭料理の会を開かれている。
今回はベトナムからの留学生が生春巻きの作り方を実演。





メンバーはベトナムはホーチミンからの留学生の女の子二人、実家では羊を300頭も飼っているというモンゴル人の女の子、他日本人6名、中国はハルピン出身、ベトナムフロッグのコックさんをやっている男の子も飛び入り参加でにぎやかな会となった。

生春巻きをみんなで巻く。
家で何度か作ったことがあるのだがいつもすぐ皮が結構破けてしまってやりにくいことこの上なかった。
が今日、ベトナム人直伝の生春巻きの作り方を見て謎が解明された。
ライスペーパーは水にさっとくぐらせるだけ、そしてさらに余分な水分は拭き取ること。
今までライスペーパーが完全にふやけるまで水の中に漬け込んでいた私・・;





できあがった大量の生春巻き、そしてニョクマムで煮た魚料理、更にココナツミルクで炊いたご飯。
どれも美味しい!ココナッツミルクご飯も意外とココナッツミルク臭さがない普通のご飯だ。





そしてベトナムコーヒーを入れてもらってお茶。
大学院や先生を目指す、夢多き若い外国人留学生に囲まれてそれぞれの国の話や食文化の違いなど、いろいろと興味深い話を聞くことができ楽しい会となった。

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篠山の町並みを歩く

2008-03-25 | 建築巡り・街歩き【兵庫】



あぐり丹波のいちご狩りの後、訪れた篠山。
「お菓子の里丹波」という施設には神戸の旧垂水署を移築改装した大正初期の洋館があるので寄ってもらった。
本当はこの施設に入るのに入場料がいるようだがちょうど無料開園中だったので入ってみた。この施設にはこの洋館の他、嘉永7年に建てられた萱葺きの民家や約160年前に建てられた「油屋」の商家を移築したものなどが広い敷地の中に建っていてレストランやお土産屋などになっている。





この洋館は元々、四本萬二氏の邸宅として使用されていたが戦後この邸宅を神戸市が引き取り、警察署が入署していたのだそう。
現在は移築されレストランになっている。





玄関のドアは19世紀中頃の英国のドア





2階はコンサートや結婚披露宴もできるサロンとなっている。





階段のステンドグラス





重厚感あふれる英国製の家具





「お菓子の里」を後にし篠山の中心部へやってきた。
車を止めて町並みを散歩することに。





江戸末期から明治初期の面影を今に残す河原町妻入商家群。





河原町妻入商家群は篠山の商業の中心として栄えたエリアで約600mの通りには奥行きの長い妻入りの建物が軒を連ねている。





丹波といえば黒豆。豆のお店。





店先に吊るされていた黒豆の殻





そして丹波といえば丹波焼。
丹波古陶館入り口。









いい感じの玄関の家。






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いちご狩り

2008-03-24 | 子供と楽しむ施設・イベント


恒例のE家とのいちご狩りへ。
今年で早6回目か?
いつも大体同じ時期に行ってるのであれからもう一年経ったんだ~といちご狩りに来るとつい思ってしまう・・
今年も去年に引き続き「あぐり丹波いちご農園」へ。
大体どこも30分の時間制限があるがここは制限一時間なのでゆっくりできるのがいい。





いちごの品種は二種類。
あきひめは、大きくて細長い、酸味が少ない甘いいちご。
つやつやで美味しそう~





紅ほっぺはさちのかとあきひめの交配で出来た真っ赤な大粒苺。
さちのかの酸味とあきひめの甘みが程よく混じった感じ?

でも皆あきひめの方が甘い、と言ってあきひめばかり食べていたな。





高設栽培といって高い位置にいちごがなっているので狩りをするにも楽ちん。
お腹いっぱい食べるぞ~





1時間もしないうちに皆ギブアップ!
もう思う存分いちごを食べた・・
お腹がはちきれそう~





いちご農園の周りは何もないのどかな田園地帯。





いちご狩りの後は農産物直売所へ寄った後、ランチ。
ほとんど水分なのでお昼ご飯は食べれる感じ。

以前九州旅行からの帰りに偶然?見つけた丹波市市島町にある「グルメリア但馬」という肉のレストランがヒットだったこと思い出した。





高見牧場直送の最上神戸高見牛の焼肉やすき焼きが食べれるお店・・





が、私たちは1050円の焼肉どんぶり定食。
この値段にしては超満足の美味しさ。
いつか最上級神戸牛の焼肉かステーキ、食べたい・・





お店の前には馬小屋があり、ちょっと馬と遊んだりできる。
子供たちはせっせと草を食べさせていた。





うさぎ小屋にはかわいいうさぎちゃんも。

この後は篠山方面へ向かったのだった。



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天満教会

2008-03-23 | 建築巡り・街歩き【大阪】



泉布観の一般公開の前に近くの天満教会とフジワラビルへ寄ってから行くことに。

天満教会を見つけ外観の写真を撮っている時、偶然、この天満教会の牧師さんの奥様からお声を掛けられ、礼拝堂も見せていただけることになった。
そして建物について詳しくお話を伺うことができた。
一見、この教会らしくない地味な造りの建物には実は驚くほど設計者により細かい配慮がなされており造りも頑強であるようだ。

この建物は今から80年前にキリスト教徒でもあった中村鎮の設計により建てられた。
中村式コンクリートブロックというL字形ブロックを用いて造りのしっかりとしたいいものを安価に、そして信者の立場に立って細かいところにも神経が行き届いた設計になっているという。





礼拝堂は聖書が中心であるというプロテスタントの教会のため、説教が一番後ろまでよく聞こえるように音響効果もよく考えられているという。
建物を頑強にするためでもあるアーチは音響効果のために穴がくりぬかれている。









ほっとするような落ち着くこの礼拝堂は全てのもののサイズが25cmの倍数となるような設計がされており、このドアの窓の四角に、ステンドグラス、そして床板、椅子などあらゆるところに25cmの倍数の長さを繰り返し使うことによって人が不思議と安らげるような空間を作り出している。





レトロでかわいいストーブが礼拝堂内に何箇所か置かれていた。
このストーブの蓋の中で焼き芋を作ると美味しいのだとか・・





1階の教会学校は以前は講壇が置かれていたことから緩やかな傾斜がつけられている。





椅子も当初からのものがよく残っており、子供から大人用まで大きさの違う三種類の椅子が揃えられている。





2階のドアから外へ案内される。
造りを頑強にするためには左右対称が一番よいそうで、もともと両側ともこのような階段になっていて左右対称になっていたところ、途中で左側の方は階段をつぶして事務所を建て増しした為現在は左右対称にはなっていないという。

お話頂いた牧師さんの奥様は以前、福岡のやはり中村鎮の建てた教会におられたそうだが地震の時、周りの建物がダメージを受ける中、彼の建てた教会は全く痛手を受けることがなかったことから、彼の教会の頑丈さを実感されたのだそう。
又阪神淡路大震災の時に活断層上にあった建物はほとんどが倒壊してしまった中、同じく活断層上の中村鎮設計の須磨教会だけはびくともせずに残っていたという。
その頃からこの建築家中村鎮の建てた建物に急に注目が集まるようになったのだそう。

この天満教会も古くなり建替えを考えられていたそうだが、この建築家の細やかな思いのこもった建物の素晴らしさ、貴重さを知った今はできるだけ今の状態を残しつつ補修することで大切に使っていきたい、と語られていた。

突然の見学にも快く対応して頂き、貴重なお話を聞かせて頂けて感激したと共に、この教会ができてから5年後の43歳で他界したという中村鎮という建築家にも興味を抱いてしまった。

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まちかどの近代建築写真展

2008-03-22 | 美術館・ギャラリー他



泉布観を後にし、南港の天満屋ビルにて行われている「まちかどの近代建築写真展」へ。
新し目のビルの中、ひときわ目立っていい色合いを放っていた天満屋ビルを発見。









写真展は2階の雑貨をお茶のお店「ハaハaハa」の奥で行われていた。





毎年行われてる恒例の写真展だそうで今回は煉瓦造りの建物を中心に全国の近代建築がたくさん。
まだまだ全国には煉瓦造りだけでもこんなにたくさんの近代建築があるんだなあ~としみじみ眺め入ってしまった。









お店の雑貨もかわいくディスプレイされている。





日本赤煉瓦建築番付?!
どういうところがリストアップされてるのだろうか?興味津々・・





展示室にあったステンドグラス。





写真展を鑑賞した後はカフェの方でお昼を食べることに。





おすすめのハヤシライスを注文。
普通盛りのはずなのに皿から溢れんばかりの大盛り並み?でお腹いっぱいに!
お昼の後はぶらぶらと海岸通の赤煉瓦の旧住友倉庫を見学し帰途に着いた。

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泉布観一般公開

2008-03-21 | 建築巡り・街歩き【大阪】



重要文化財「泉布観」の一般公開があり、今回初めて訪れた。
この日は泉布観の前に天満教会、フジワラビルを見学し、泉布観の後は大阪港の天満屋ビルで行われている「まちかどの近代建築写真展」へとはしごした。

泉布観は明治4年、造幣局の応接所として、英国人技師ウォートルスによって設計された現存する大阪最古の洋風建築であり、日本の近代建築のスタートとも言える建物なのだそう。





建物の構造は煉瓦造二階建のコロニアル式。
高温多湿の気候に合うコロニアル式は、ベランダが付き、床面から立ち上がっている開口部を大きく採り風通しをよくしたフランス窓が特徴。





建物の外周に巡らされたトスカナ式の柱は全て瀬戸内産の御影石が使われている。





さまざまなデザインの照明器具が美しい~
ガス灯時代のものを、電灯に変わった現在も使用しているのだそう。





1階南室は泉布観で一番広い部屋で食堂としても使われていた。





1階南室の大鏡は建設当初のもので、下の引き出しや扉の中はワインを収納していたと考えられている。





この南室のシャンデリア、男性の人頭装飾が面白い。




1階西室の暖炉のタイル





1階東室の豪華!シャンデリア





階段を上がって2階へ









2階のベランダ





2階北西室。暖炉のまわりには輸入品のタイルが用いられているが、床の市松模様は板にペンキで描いたもの。
タイルが高価であった当時、タイルへの憧れをあわらしたものといわれている。









同じ敷地内にあった旧桜宮公会堂。
明治4年に落成した造幣局鋳造所の正面玄関を移設したもの。

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