転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



昨日、『ヘルタースケルター』を観に行ったときに、
次回上映の案内として『ジェーン・エア』のチラシが置いてあり、
本編上映前にも、この映画の予告映像が流れた。
シャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』と言えば、
私は中2のときに大久保康雄氏の訳で読んで以来、
きょうまで30年以上、再び手に取る機会の無かった小説だった。
今またあれが映像化されたのか……。
しかも、本年度アカデミー賞衣装デザイン賞ノミネート……?

私にとって『ジェーン・エア』との出会いの印象は、
全く芳しいものではなかった。
そもそも中学の友人が、
「これに耐えられたら褒めてやる」と言って、
『ジェーン・エア』の文庫を貸してくれたのが馴れ初めだった。
何が耐え難いのか?と私は軽い気持ちで読み始めたのだが、
ほどなくして、友人の言っていたことの意味が、わかった。

少なくとも、14歳だった私にとって、『ジェーン・エア』は、
暗くてエグくてどうしようもない設定の話だったのだ(逃)。
舞台は19世紀半ばのイギリスで、とにかく話の色調がグレーだった。
ジェーンは身寄りがなく、およそ美貌でない地味な子で、
寄宿学校に入れられていたが、そこでは食事は粗末で生活環境も不潔、
チフスが流行し、ジェーンの唯一の仲良しだった子も病み疲れて死ぬ。
これが彼女の、学校時代のメインの思い出だ。
その後、成長したジェーンは家庭教師として、大きな邸に雇われるが、
ここがまた薄暗い部屋ばかりで、旦那様も気難しく個性的。
やがて根暗同志が幸いしたか、気が合って、プロポーズされるのだが、
実は、邸宅の奥深くには気のふれた妻が幽閉されていて、
……と、どこまで行っても全然スカっとしないのだった(爆)。

私は辛抱に辛抱を重ねて、とにもかくにも最後まで読んだが、
主人公が思いを遂げたというには、どうもこうも重苦しい結末に辟易した。
結局、ちっとも光の射さない物語なのだった。
友人は「うちの親でも読めんかったのに凄いね」と褒めてくれた(爆)が、
シャーロット・ブロンテはもう読まん、と私は固く決意していた。
尤も、『ジェーン・エア』しか出回っていなかったのだから、
そんなに固く決意するまでもなかったのだが。
それからしばらくして、今度は私は図書館で『嵐が丘』に出会った。
妹のエミリー・ブロンテ作ということで、少し警戒したが、
梗概を読んだ範囲ではこちらはドラマチックで良さそうだったし、
妹と姉は別の人だろうからと思い、つい、手を出してしまった。

『嵐が丘』は、確かに『ジェーン・エア』よりは動きがあった。
何しろ話の冒頭から犬が吠えまくり、目の前にはウサギの死体の山。
『ジェーン・エア』の天気はいつも肌寒くて曇り空だったが、
『嵐が丘』は題名の通り、1泊目の晩から吹き降りでえらいことになり、
オマケに窓の外では幽霊がヒイヒイと呼んでいるのだった。
それで、オカルト好きだった私にはツカミはOKな感じだったが、
今度はどこまで読んでも、エキセントリックな人しか出て来なくて、
主立った人たちは皆、極端な無愛想か、叫んでいるか泣いているかで、
些細なことで興奮し、落としどころは毎回「ヒースクリフ!!」。
まともに会話を持続できる人間は、召使いの女性だけ。
不気味な下男は、大昔から爺なのに話の最後まで爺だし(爆)。
恋愛小説だと解説には書いてあったが、私には、
愛し合っているというより呪い合っている話だとしか思えなかった。

ブロンテ姉妹いうんは、ゼッタイ、頭がおかしい、
こーゆー人らと付き合うちゃ、いけんわ。
というのが、15歳当時の私の結論であった(汗)。

さて、48歳になった私は、さすがに中学生の感性は失ったのだが、
ブロンテ姉妹が、少しは理解できるようになっただろうか。
映画『ジェーン・エア』、ここで出会ったが百年目、
観に行ってみようかしら。
怖いもの見たさ……(爆)。

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