母の様子からして、脳梗塞か何かがあると思うと申し出て、
数日前、脳CTを撮って戴いたところ、右脳出血のあることがわかった。
時期的にはおそらく、今回の感染症で高熱を出した頃に起こったもので、
昨日今日のような、真新しい出血跡ではないということだった。
今、お世話になっている病院では、独立の脳神経外科がないので、
翌日にでも、前に父が幾度もお世話になった某脳神経外科病院に搬送して、
更に詳しい検査を行い、出血場所が詳細につきとめられたら、
部位によっては血を抜く処置を施すことが可能かもしれない、
と今の病院の主治医の先生は仰った。
どの程度、それができるかは、やってみないとわからないが、
95歳という高齢ではそのあたりが限界で、それ以上の積極的な治療、
たとえば開頭手術などには、とても耐えられまい、とも。
私は、自分の責任において、
「脳外科病院への搬送や治療は、希望しない」
と返答した。
訊けば、母は今、苦痛のある状態ではないし、
幸い、脳室には余裕があり、脳ヘルニアには至っていないそうだ。
「ぼんやりとした状態で、痛いところなどは特にないと思います」
と先生は仰った。
ならば、この先もう、しんどいこと・痛いことは一切、しないのが良い。
搬送も、検査も、治療も、緩和ケア以外には何も要らない。
このところ、危険なほどの高温で毎日暑いのに、
遠くない脳神経外科病院まで搬送されるのは、母にとって楽ではない。
私は去年、父とともに一緒に行ったから、道中がどういうものであるか、
また行った先で検査を受けるとはどういうことか、およそ知っている。
95歳にもなる、もともと寝たきりに近かった老人に対して、
あれこれ検査してなんとかして治療をしろと要求するのが、
医療の、良い在り方であるとは、少なくとも私には思われない。
検査や治療の苦痛もゼロではなく、もし無事にやりおおせたとしてても、
治療やストレスが引き金となって、再度の出血が起こる可能性もある。
もし仮に、すべてが奏功して最善の結果が得られ、「元通り」になるとしても、
その「元通り」自体が、認知症で車椅子生活の状態だったのだから、
努力をしてそこまで戻すことに、いかほどの意味があるだろうか。
このあとの懸念は、再度の脳出血と、
中心静脈栄養のカテーテルからの感染だろう。
それももう、私としては末梢静脈栄養で良いのではないかと思っている。
腎機能も悪いし、鬱血性心不全もあるし、甲状腺機能低下症もあり、
しかも95歳、全身状態の維持に努めて時間を稼ぎたいとは、私は思わない。
むしろ、ぼんやりと穏やかに過ごせれば満点ではないか。
残りの時間がそれにより短くなったとしても、何の悪いことがあろうか。
身体的な苦痛が出て来るようなら、鎮静剤で意識を下げて貰えれば有り難い。
できるかもしれない治療があるのに、受けさせないと、勝手に決めたのは私だ。
問題があるようなら、全部私が悪いということでOK。
母の意向は既に訊けないからわからないが、違ったらごめんね(爆)。
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