転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



昨日出かけた音楽会では、スロバキアの管弦楽団が演奏して、
それはそれは素晴らしかったのだが、
最後にアンコールになったとき、私にとって、
音楽そのものとは別次元で、とてもショーゲキ的なことが、あった。

指揮者(日本人)のかたが
「皆さんは、聞く機会があまりおありでないと思いますので」
と紹介なさって、スロバキア国歌の演奏があったのだ。

始まった途端、私、悶絶。

そ、それ、知ってるーーーー!!!
しかも、なんだか、日本語歌詞で歌えるーーーー!!!

宝塚歌劇団演出家・谷正純センセイの、1990年大劇場デビュー作、
主人公の人格が途中で激変する、花組公演『秋・・・冬への前奏曲』、
あの中で、音程のヤバい人やヤバくない人や、いろんな人が、歌ったーーー!!

なんと私は、宝塚歌劇の御陰で、スロバキア国歌を覚えていたのだ。
そういえばあの芝居は、私はバレエダンサーの話として記憶していたが、
そもそもはチェコスロバキアの独立問題がテーマだったっけ。

で、この感動(爆)を誰かに喋りたくなった私は、
帰宅してから、当時の花組観劇仲間であった某嬢にメールをした。
スロバキア国歌を今夜の演奏会で聴いてしまった、懐かしすぎた、と。

すると、彼女から来た返事が。
『♪○○の○○、○○に○○ぬ
 ♪○○の○○、○○に○○ぬ
 ♪★我がと~も、互いに手~をとり ともに○○まん
(★繰り返し)

銃声
悲鳴
(ルボル~)

(※○○はまったく記憶なし)』

はははは!!!それだ、それだ!!!
その、抜け殻というか、骨だけになったような、
某嬢の記憶が、また、とてつもなく可笑しくて、
腹のよじれた、ワタクシであった。


(以前私が書いた、『秋・・・冬への前奏曲』についての文章は、こちら
(現スロバキア共和国・国歌のMIDIは、こちら

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昨日、反省した通り、きょうはちゃんとピアノのフタを開けた。
開けて、・・・おもむろに閉めた、・・・わけではない(爆)。
ちゃんと、弾いたとも。ツェルニー30番の第1番を(爆)。

私の貧弱極まるピアノ学習歴において、この曲はとても大切だ。
ハ長調で、音が飛んでいなくて、オクターブもないし、
手をずっと閉じた状態でも弾けるから、どこの関節も痛くないし、
左手はパターンだけだし、こんなに気分良く弾ける練習曲は珍しい。
つまり、技術的に大変平易な曲だ、というわけだ

だが、残念ながら、こんな曲でも、指定速度の通りに
アレグロ(二分音符=100の速さ)で弾こうとすると、
弾きにくい箇所があちこちにあるのだ。
一応音楽として止まらない程度に弾いてはいても、
よけいな力が入ってジタバタしているのが自分でわかる。
そういう箇所は、いい加減な打鍵だから、音も揃っていない。
表現以前の問題だ。どーゆーナサケない腕前だろう。

こんな、小学生程度のエチュードで難渋するワタシから見ると、
ツェルニー40番の第1番が、
いくら単純なハ長調スケールの連続だからとは言え、
速度指定プレスト(二分音符=108)というのは人間ワザとは思えない。
雪崩か火砕流かという、非人道的速度に思えるぞ。
ハノンの24調の音階だって、最高で四分音符=120になっているのに。


異常にレベルの低い話で、すみません(逃)。



追記:ピアノの練習法について、ちょっと検索してみたら、
ツェルニーは必ずしも指定速度で弾けなくても良い、
ということが、あちこちに書いてあった。
そうなのか。私がかつて習った先生はメトロノームで計って
指定速度に限りなく近づくことを要求なさったので、
それが出来ないと駄目なのかと思っていたが、その限りではないようだ。
特に、30番練習曲は、速度をあげて乱れるくらいなら、
ゆっくりでも正確に弾くことが大事であるようだ。
現実に30番は、幼児から習い始めれば小学生で到達する練習曲だから、
指が成長途中で柔らかいことを前提にすると、それも道理だと思う。

が、40番は、『Schule der Geläufigkeit』というタイトルの通り
本来的に「速さを習得するためのエチュード」なので、
指定の速度厳守とは言わないまでも、
やはりその7~8割程度の速さまでは
到達することを目標にせねばならない、とのことだ。
http://piano1001.com/lesson/advice/czerny40/czerny40.htm

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