すーさんの山日記

山と釣りとテレマーク
八幡平の登山情報

インカトレイル・トレッキング 6/16~6/27 【2】

2017-06-28 18:48:36 | 南米

インカトレイルの後は、マチュピチュ遺跡の背後にそびえるワイナピチュ登山。

こんな急峻な山の何処に道があるのかと思いますが、行ってみれば、けっこう立派な登山道があるんです。ただし500人/1日の入山制限で予約制につき、ふらっと行って登ってみるわけにはいきません。面倒ですが。

登山道があるとは言え、息もつかさぬ急登続き。

登りも下りも1時間。時間は短くてもぎゅっと詰まった2時間の登山。

山頂部は遺跡になっていて、時計回りの一方通行。去年から時計回りになって随分と恐怖感が少なくなりました。それまでは、写真のステップは下りでした。

この写真も以前は下り。高所恐怖症の方は、ここで動けなくなる方もいましたっけね。右側に下の景色がよーく見えて、恐怖感が半端じゃありませんでした。

一方通行を逆回転にしたことで、ずいぶん流れがスムーズになりました。健脚の方なら1時間もかからないでしょう。

ワイナピチュ山頂からのマチュピチュ遺跡の俯瞰。

と言っても、慎重に下りないと重大事故になりかねません。

ワイナピチュ登山の後、マチュピチュ遺跡の見学をざっと見てペルーレイルでオリャンタイタンボ、バスに乗り換えてクスコへと戻る。

クスコの夜は、フォルクローレとダンスショー。元々あった民謡に、スペイン人が持ち込んだ楽器やリズムが融合して南米独特の哀愁漂う調べとなる。

ディナーショーに訪れるお客さんは世界各地から。さすがは世界の観光地クスコ。

6/24は南米三大カーニバルの一つインティライミ(太陽の祭)。大勢の人が世界各国から集まれば、ビジネスチャンスも生まれます。小さな商売も案外バカにできない!こんな旗がよく売れること!

祭りはインカ帝国の中心・コリカンチャ神殿(サントドミンゴ教会)からスタートです。インカ王の登場を今や遅しと群衆が待つ。

王の登場で周囲の盛り上がりは最高潮に達し、冬至の太陽を浴び、身につけた金の装飾品が放つ光りはまさに太陽の子としての王の威厳そのものだ!

祭りのクライマックスは、クスコの市街地から少し上がったサクサイワマン遺跡で。有料の客席は下、無料は上。ここにも格差社会の縮図。

インカ当時はインカ帝国なんて言いませんでした。当時はタワンティンスーユと言い、4つの州という意味。4つの州を代表した踊り手が神官の合図とともに踊り、王の掛け声とともに太陽に祈りを捧げます。

大掛かりな学芸会というような言い方も出来なくはないですが、演じている人たちは真剣です。気迫が伝わってきます。

神輿に担がれて登場する女王様。もちろん本物の女王様ではなく役者さんですが、それっぽい人見つけてくるもんです。いかにも慈悲深そうな。

インカの王。今までの王様役の役者さんが交代し、新しい王様。新しい王様もやはり威厳たっぷりでいい雰囲気出てる!

というような、ペルーの旅。食べ物は美味いし、治安もまあまあだし、時間をかけて旅してみたい国ですね。

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インカトレイル・トレッキング 6/16~6/27 【1】

2017-06-28 17:39:19 | 南米

昨日ペルーから帰国。何度行っても、南米と日本の距離が縮まる訳ではありません。やっぱり遠いです。

深夜のリマに到着し、空港横のホテルで少しばかり横になったら、翌日も朝早いフライトで、ほぼ海抜0mに近いリマから3360mのクスコへ一気。

クスコの遺跡をぐるっと回った後、ウルバンバのホテルへ向かう途中の野生動物保護センター。アンデスヤマネコ、ピューマ、メガネグマ等、傷ついた希少動物が保護されています。

なかなかお目にかかれないコンドルも。ゲージの中でコンドルが飛んでくる様子も見学できました!

インカトレイル・トレッキングが始まる前に、高度順応もかねて標高の高いところでの観光です。

メキシコでは竜舌蘭からテキーラを作りますが、ペルーではこの繊維を使って丈夫なロープを作って橋をかけたりしていました。

インカ時代の農業試験場のモライ遺跡。前方後円墳をひっ繰り返したような形ですが、自然の地形を利用したとのこと。

モライ遺跡近くのミスミナイ村に寄って、農耕儀礼の見学。母なる自然に、神様に感謝しながら生きる生活です。リマのような都市部に暮らす人たちに比べれば、決して経済的に裕福ではありませんが、心穏やかな暮らしがここにはあるように感じます。

海から相当離れているアンデス山中に渾々と湧き出る塩の泉あり。マラスの塩田。

マチュピチュ遺跡に行く前には、行っておきたいオリャンタイタンボ遺跡。

インカトレイルは総延長4万kmにも及ぶ壮大なスケールの街道ですが、我々がトレッキングで歩くのはわずか43kmあまりを3泊4日。初日に現れるリャクタパタは、美しい形の遺跡です。

2日目は標高4200mのワルミワニャスカ峠を越える。今トレッキング中の最大の難所。

4200mの峠も、ポーターさんたちが我々の装備を担いでくれるからこそ越えられる。

ポーターさんたちは誠実に真面目に働いてくれます。いつもキャンプ地入口で我々を待っていてくれる。

3日目もほぼ4000mの峠を越えて、乾燥した気候帯から雲霧林のやや湿り気を帯びた亜熱帯の気候帯へと入っていきます。そこに現れるサヤクマルカ遺跡は、マチュピチュ遺跡へ向かう街道の要衝です。

雲霧林の中にひっそり佇むコンチャマルカ遺跡。

水分を蓄えるコケ。日本だとコケといえば緑ですが、こちらには赤いコケもある。

4日目はキャンプ地からすぐプユパタマルカ遺跡。

道そのものに遺跡マークがあるところもある。

インティパタ遺跡は日当たり良い段々畑。

自動草刈機のリャマ。段々畑の草を食べて刈り込んでくれます。

ウィニャイワイナ遺跡。遺跡の周りには遺跡の名前にもなったウィニャイワイナ(永遠の若さ)がたくさん咲く。

マチュピチュ遺跡が近づいてくればジャングルの様相を呈してくる。

インカトレイルのゴールはインティプンク(太陽の門)。マチュピチュ遺跡からここまで歩いてくる旅行者も多い。

インティプンクから望むマチュピチュ遺跡。3泊4日歩いて出会えるマチュピチュ遺跡は格別です!

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ペルー・インカトレイルトレッキング 3/20~3/31

2015-04-02 14:13:54 | 南米

3/20~3/31はペルーのインカトレイルトレッキングに行ってきました。

トレッキング前には、高所順応も兼ねて遺跡見学や近くの村へ訪問したり。

訪問先のミスミナイ村。クスコやマチュピチュといった観光地は、近代化の波が押し寄せていますが、アンデス山中のここには、昔からほとんど変わることのない生活があります。

トウモロコシやジャガイモ、ハーブティーでおもてなしを受けます。ここには添加物も化学肥料もありません。もちろん美味い!

大地の恵みに頼った生活です。足るを知る生活。余計なものはありません。ジャガイモやトウモロコシを食べられるだけで幸せなんだと語ってくれました。

しかし、車で移動すること少し。インカの遺跡には世界各地から観光客が押し寄せます。

古代のロマンに思いを寄せる多くの観光客をよそに、密やかに大地に寄り添って暮らす生活が、アンデス山中にはまだあります。

トレッキングでは、総延長約40000kmにも及ぶインカトレイルのごく一部を3泊4日かけてマチュピチュまで歩きます。

なかには4200mの峠越えもあり、そう容易なトレイルではありません。

雨季がすっかり開けたわけではありませんでしたが、まあまあのお天気に恵まれて快適に歩けたほうですね。

トレイル上にはロッジ等の宿泊施設はないので、テント泊です。

マチュピチュが近づくにつれ、高地の乾燥した気候帯から雲霧林の湿り気を帯びた気候帯へと移り変わっていきます。

ガイドのロジャーさんの解説はいつでも熱を帯びています!

6300mを越す聖山サルカンタイ。インカの人々は川の水は飲まず、氷河の雪解け水を利用していました。

ゴールが近づくにつれ、トレイルもそれらしく苔むした石段が多くなります。

随所の現れる遺跡を通過し・・・

太陽の門まで来ればインカトレイルのゴールです。マチュピチュも1時間ほど下れば到着します。

翌日は、マチュピチュ遺跡の背後に聳えるワイナピチュ峰への登山。

山頂までは1時間ほどですが、急登の連続です。

毎年ケガ人も多く出るというワイナピチュ登山ですが、現地旅行会社のアイテナリーにも「at your own risk」と但し書きがあります。

ワイナピチュ山頂部分は遺跡になっています。ここの石段が急でステップも狭く、なかなか手強いんです。

遺跡部分には手すりもロープもありませんし、普段登山なんてしない人たちも登りに来ますから、下りともなれば渋滞気味になります。全員無事に下りきった時には、本当にほっとします。。。

これだけメジャーな観光地ともなれば、いつ来ても収録の場面に出くわします。そしてさらに、観光客が訪れるようになるわけなんですね。

ジャングルと遺跡の境には、まだ修復されていないところもあります。ハイラムビンガムがマチュピチュ遺跡を発見した時には、全体がこのような状況で植物に覆われていたのです。それを修復し整備して現在のようなマチュピチュ遺跡になっているわけです。

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インティライミ(太陽の祭)

2013-07-08 21:01:03 | 南米

インカトレイルのトレッキングの後は、インカの新年を祝うインティライミ(太陽の祭)でした。

インティライミは、リオ(ブラジル)のカンナバル、オルーロ(ボリビア)のカンナバルと並ぶ、南米三大祭のひとつに数えられる大きなお祭りです。

インカ帝国は文字を持たない文明でしたから、当時の様子は、インカを征服したスペイン人の記録に頼らざるを得ませんので、よく分からないこともまだまだたくさんあります。よって、今行われているインティライミは、現代人の演出が加えられているものであります。

まずお祭りのスタートは、当時のインカの中心コリカンチャ神殿。王様に扮した役者さんが登場すると、観衆は大いに盛り上がります。

コリカンチャ神殿前の広場で、当時の衣装に身を包んだ学生たちの踊りが披露されていたのですが、観衆の多さに見ることが出来ない・・・。

コリカンチャ神殿で人ごみにもみくちゃにされた後は、クスコの中心アルマス広場に移動。ここでも、もみくちゃ。

午後からは、クスコの背後の丘の上のサクサイワマン遺跡で、最後のパフォーマンス。特設会場が設けられ、我々は予約席での余裕の見学でしたが、町の人々は予約無しの遺跡の上のところで見物。クスコ市民が大集結!!

あくまでも現代人が考えたお祭りであります。良く出来た学芸会・・・といった感じですかね?でも寒い中、学生たちもは薄着の衣装でよく頑張ってました!

お妃様に扮した役者さん。

アマゾンのほうからご挨拶に着た民族に扮する学生たち。

キープカマヨック。「キープ」とは、インカの記録伝達方法。縄に結び目を作り、その結び方や色などで、物の数や場所などを記録しました。その解読には専門職の「キープカマヨック」があたりました。

やっぱり王様が近くまでくると、一番盛り上がります。おおっ!王様が来たぞお!

と、王様の後方には、かなり演出が加えられた集団。。。と現地のガイドさんが言ってました。

昔のまんまという訳ではありませんが、世界各国からも多くの旅行者が訪れる、大盛り上がりのインティライミでした。

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インカトレイル 6/16~6/28

2013-06-30 22:59:23 | 南米

ペルーから帰国しました。 

最近、国立科学博物館でインカ帝国展があったり、何かと注目度が高いインカトレイル。総延長40,000kmにも及ぶインカトレイルのごく一部、40kmほどの道程を3泊4日でマチュピチュまでのトレッキングでした。

トレイル途中に現れる遺跡の数々。まずトレッキング初日のリャクタパタ遺跡。

 ハチドリも多く見られます。日本では見ることの出来ない世界最小の鳥。

何度も歩いたことのあるインカトレイルですが、クロトキを初めて見ました。

 

インカトレイルを良く知るエロイさんを先頭に、高山病にならないようにゆっくりと歩きます。そして、今回は日本語ガイドのセルジオさんも同行し、遺跡や自然について詳しく解説してもらいました。

トレッキング2日目には、一番の難所、4200mのワルミワニャスカ峠の高低差1200mの峠越えがあります。みぞれ混じりのお天気でしたが、ご参加の皆さんは元気に越えることが出来ました。

本来なら乾期が始まる時期で、雨は少ないはずですが、今回はけっこう降られました。降ったり止んだりのお天気では、ビニールポンチョがひじょうに役立ちます。

トレッキング3日目のルンクラカイ遺跡。遺跡の向こうに昨日越えてきたワルミワニャスカ峠が望まれます。

ルンクラカイ峠を越えると、サヤクマルカ遺跡。神聖な場所でもあり、交通の要衝。この辺りから雲霧林が始まり、アマゾンの熱帯雨林へと続きます。

そうすると、徐々にランの仲間が見られるようになります。

 

 

地味なものや派手なもの、いろいろと咲いていますが、やはり花の王様です。他の花とは存在感が違います。

3日目のキャンプ地プユパタマルカでは、月夜に照らされた聖山サルカンタイ峰がくっきりと浮かび上がります。そして見上げる夜空に南十字星。

4日目最終日は遺跡がたくさん見られる、もっともインカトレイルらしい1日となります。そのひとつウィニャワイナ遺跡は、段々畑と石組みの構造物が雲霧林の中に際立ちます。

トレッキングのフィナーレを飾るインティプンク(太陽の門)。4000mの峠を2つ越え4日間歩き通して、ここに来て初めてマチュピチュを見ることが出来ます。

インティプンクから望むマチュピチュに、スポットライトが当たるように日が差していました。

雨に降られることの多かった4日間でしたが、最後は素晴らしいお天気で締めくくれました!

ご参加の皆様、大変お疲れ様でした。

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ワイナピチュ(2690m)登山

2012-10-16 22:16:53 | 南米

マチュピチュ遺跡の背後に聳えるとんがり山。それがワイナピチュです。

一見登れそうもありませんが、山頂には遺跡もあり、しっかりした登山道もあります。

登山口からは往復実働2時間。登り1時間、下りも1時間。と言うことは、推してはかるべし。急勾配の登りにして、下りも慎重さを求められる登山です。

入山は1日400人と制限され、完全予約制なので、その日に行っても登れません。残念ながら・・・。

登山口ゲートは7時からオープンし、10時まで200名が入山出来ます。10時までは、登山者が戻ってきた人数分、登山を開始することが出来、10時以降再びゲートオープンとなります。

 

小ワイナピチュの山腹をトラバースをして少し下ったら、あとは登る一方。基本急登の連続です。しかも、世界各国から集まった登山者の体力レベルはバラバラで、あちこちで渋滞します。我々のグループもどちらかと言えば、渋滞を作ってたかな・・・。

 

今日の登山の核心部は実は遺跡エリア。急な階段、狭いステップは手強い。右の写真の石垣の上に山頂があります。山頂は岩が折り重なり、ひじょうに狭いので、ゆっくり出来ません。記念写真を撮ったら、早々に下のテラスへ移動します。

 

そのテラスから、最も注意を要する下りが始まります。遺跡なので、ロープや手すりもありません。この高度感に足がすくみます。狭いステップに急勾配。自然と渋滞します。

ご覧の白線のように、遺跡下部で登り道と下り道が分かれます。下りでは遺跡エリアが終わると、ホッとします。

振り返ってみると、無事に帰れて良かったって毎回思います。

 

アルパインツアーサービス

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インカトレイル 10/2~10/13

2012-10-15 11:27:54 | 南米

10/2~10/13はインカトレイルトレッキングでした。

この間ペルーから帰ってきたばかりですが、またペルー。立て続けの南米往復、長時間の飛行機移動はさすがに堪えます・・・。

 

トレッキングの前には、高所に体を慣らすという意味合いもあり、まずは遺跡観光です。

クスコの遺跡観光の後、ウルバンバ谷へ移動し、まずはモライ遺跡の見学でしたが、モライの村に入るとちょうどカルメン聖女のお祭り。着飾った村人たちのパレードに遭遇しました。南米のノリは違います。ラテンアメリカ!

パレードを見物したら、目的のモライ遺跡の見学。インカ時代の農業試験場であります。前方後円墳をひっくり返したような形状ですが、くぼんだ地形を利用して、このような標高差でもって、どんな作物がどの標高で栽培に適しているか試験が行われていたとのこと。

次にインカ時代から続くマラスの塩田。斜面に作られた棚田に、こんこんと湧き出す塩水を引き、良質な塩が作られています。

 

最後にオリャンタイタンボ遺跡。インカトレイルには20kmごとにタンボと呼ばれる宿駅が設けられていましたが、オリャンタイタンボもそのひとつ。遺跡下部は主に段々畑、上部には巨大な石も用いられた精緻な石組みが見られ、宗教的に重要な場所であったことがうかがわれます。

 

インカトレイルトレッキングは3泊4日の行程ですが、我々の歩くインカトレイルは総延長40000kmのごくわずか、42km程度です。

 

トレイルは約4200mのワルミワニャスカ峠、約4000mのルンクラカイ峠を越える、けっこうハードなものです。峠越えに際してはゆっくりと歩いて、高山病にならないように細心の注意が払われますが、それでも個人差があるので、症状が出てしまうケースがあります。万一に備えて、酸素も準備していますが、一番の薬は速やかに標高を下げること。

 

時期的にはこれから雨期に入るペルーですが、マチュピチュ遺跡が近づくにつれて、乾燥地帯の植生から熱帯雨林のそれになり、降水確率も高まり、トレッキング最終日には雨に降られることが多くなります。ガスの中、インティパタ(太陽の高台)遺跡を通過し・・・、

ウイニャワイナ(永遠の若さ)遺跡も霧に煙り・・・、

 

鬱蒼としたマチュピチュ峰の山腹をトラバース気味に歩き、インティプンク(太陽の門)手前の急階段を登り、しばらく行けば・・・、

インティプンクです。さすがは太陽の門、すっかり晴れて、マチュピチュ遺跡が見下ろせました。今回はけっこう降られましたが、終わり良ければすべて良し。

3泊4日歩き終えてのマチュピチュ遺跡は、ただの観光では味わえない感激がありますよね。

ご参加の皆さん、ホントにお疲れ様でした。

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ペルーアンデス大周遊 9/12~9/24

2012-09-26 12:32:31 | 南米

ペルーから帰国しました。

今回のツアーはブランカ山群、クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖など、ペルー観光の主立ったところを見て回るツアーでした。

 

ツアーの移動中は、日本ではあまり目にすることのないチリモヤ(緑色の果物)やパカイという豆をつまみ食い。チリモヤは白い果肉のものすごく甘い果物です。パカイはさやの中の豆ではなく、白いわたを食べます。ほんのり甘い。

百年に一度咲くと言われる世界最大のパイナップルの仲間「プーヤライモンディー」もちょっと道を外れて覗きにいきました。したところ、見事花を咲かせている株がありました。百年に一度と言われていますが、実際は25~30年に一度花をつけるようです。

ブランカ山群の盟主ワスカラン(6768m)はペルー最高峰で、南米大陸では4番目の高峰です。ブランカ山群トレッキングの拠点ともなるワラスからも望まれます。1970年5月31日に発生したマグニチュード7.7の地震の際は、ワスカラン北峰の氷河が剥離し、時速280kmで駆け下りた土石流が山麓のユンガイ市とランライルカ町を襲い、約18,000人の死者を出す大惨事となりました。

ワラスから戻った後は、クスコとマチュピチュの遺跡観光。

世界遺産のクスコ。石畳の裏通りは落ち着いたいい雰囲気です。子どもが半分尻を出していても、雰囲気は壊れません。

世界遺産マチュピチュ。日本では3連休だったためか、若い人たちもたくさん訪れていました。

遺跡観光だけでは、アルパインツアーらしくないので、インカトレイルのゴールでもある「太陽の門(インティプンク)」までの往復ハイキング。来週はここを目指して歩きます。ツアーの観光客のみならず、若いバックパッカーも訪れるマチュピチュ遺跡。時間に追われることもなく、のんびりしてました。

マチュピチュ遺跡の後は、アンディアンエクスプローラーという豪華列車でチチカカ湖観光の拠点プーノまで移動。客車の雰囲気もさることながら、用意されている食事もなかなかのものです。

チチカカ湖は面積が琵琶湖の12倍、海抜3890mにある、インカ帝国発祥の地にして、汽船が運行される世界最高所にある湖です。

チチカカ湖観光ではまず、ウロスという葦を積み重ねた浮島を訪れます。浮島とは言え、学校や病院もあります。風向きであっちに行ったりこっちに行ったりでは困るので、しっかりアンカーで固定されています。

ウロス島の後は、ボートに乗ってさらに2時間半でタキーレ島へ。

 

この島は、その織物技術と社会的慣習が世界無形遺産として登録されています。女性が作る織物の精緻な紋様はホントに細かい。

こちらの男性は既婚男性の正装で、お腹に巻く帯は、その人により紋様が異なります。未婚男性の場合、帽子が白くなり、ひと目で未婚か既婚か区別出来ます。女性もスカーフについているポンポンの大きさで区別出来ます。しかし一番面白いのは、ここの島の男性が全員編み物が出来るということでしょうか。日本では、母さんが夜なべをして「せっせと編んだだよ~♫」となりますが、ここでは父さんが編んでくれます。面白いです。

チチカカ湖からリマに戻った後は、ナスカの地上絵をしっかりご覧いただき、帰国。

ざざっとした報告ですが、ペルーのツアーでした。

ご参加の皆様、長距離の乗り物移動、お疲れ様でした。 

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インカトレイル 5/15~5/26

2012-06-01 17:14:27 | 南米

スキーシーズンも終わり、いよいよトレッキングシーズンの到来です。

手始めは、南米ペルーのインカトレイル・トレッキンング。 全行程12日間のツアーですが、インカトレイルのトレッキンングは3泊4日でマチュピチュ遺跡を目指します。ペルーには乾期雨期というくくりのみで四季がなく、5月から11月ぐらいまでは乾期。こちらペルーもトレッキングシーズンの始まりです。

 

初日はペルーレイルの標高2650mの82km地点からスタートし、2950mのワイリャバンバまで。まずは足慣らし程度の緩い登りが多いトレイルで約5時間。

 

2日目はトレッキング中の最大の難所ワルミワニャスカ峠(4200m)を越えます。キャンプ地からの標高差約1200mを6時間かけてゆっくり登ります。急いで登ると、高山病間違いなし。

 

インカの人々はこの峠を息も切らさず登ったんでしょうか?世界各国から多くのトレッカーが訪れていますが、欧米人はやはり早い。日本人はゆっくり。これで良いんです。峠から2日目のキャンプ地パカイマヨ(3650m)までは2時間の下り。

3日目は、パカイマヨからルンクラカイ峠(約4000m)の2時間の登りがキツい。写真のルンクラカイ遺跡はルンクラカイ峠の中間点にある遺跡。峠を越すとサヤクマルカ遺跡、コンチャマルカ遺跡など現れ、徐々にマチュピチュ遺跡が近づいてくる雰囲気が漂い始めます。

 

途中、インカ人の作ったインカトレイルの雰囲気たっぷりのトンネルを通過します。マチュピチュが近づいてくると、山も徐々に湿り気を帯び、10年で1cmしか成長しないという苔の生えるトレイルを緩くアップダウンしながら行けば・・・、

3日目のキャンプ地・プユパタマルカ(3700m)です。稜線上にあるひじょうに眺めの良いキャンプ地です。

背後にはビルカバンバ山群の盟主サルカンタイ(6271m)が気高く聳えます。

 

4日目はキャンプ地の真下にあるプユパタマルカ遺跡、見事な段々畑のインティパタ遺跡を通過し、

 

ウイニャワイナ遺跡をさらっと覗き、ランの花の咲くトレイルを写真を撮りながら下っていきます。

 

熱帯雨林が近づくにつれて、ランの種類もたくさん見られるようになります。ここインカトレイルはランの宝庫です。

 

マチュピチュが近づいてくると、森はいよいよ鬱蒼としてきます。マチュピチュの入口・インティプンク(太陽の門)に到着すると、そこからは憧れのマチュピチュ遺跡が眼前に飛び込んで来ます。ビンガムロードをシャトルバスに揺られていくのも良いですが、3泊4日もかけて歩いた果てのフィナーレはやはり感動も倍増です。最終日、約5時間でマチュピチュ遺跡に到着します。

多くの観光客で賑わう、いまや世界的に大人気の世界遺産マチュピチュ遺跡(2450m)。ただの観光で終わらすのも、ちょっともったいない気がします。ここはひとつトレイルを歩いて目指すのも、私のオススメするところです。

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インカトレイル 9/13~9/24

2011-09-25 21:46:35 | 南米

ペルーから帰国しました。

今年のインカトレイルは、まだ乾期だというのに雨ばかり。

 

インカ帝国の首都クスコでも、珍しく雨に降られました。街の中心アルマス広場ではザンザン降り。普段なら観光客でごった返す十二角の石の通りも、雨のため人影まばら・・・。

トレッキング中も、毎日雨が降ったり止んだりで、カッパの着脱が忙しかった・・・。

マチュピチュ遺跡の見学は雨に降られずにすみましたが、麓の駅に降りてきた途端にザンザン降り。間一髪セ−フ。

こんなに降られたことは、記憶にありませんが、無事ツアーも終了出来て、ホッとしてます。

しかしその頃、日本では台風15号の猛威をふるっていたんですね。地球規模で、なんかおかしい。

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