goo blog サービス終了のお知らせ 

元町の夕暮れ ~万年筆店店主のブログ~

Pen and message.店主吉宗史博の日常のこと。思ったことなど。

オールデン990

2013-04-21 | モノについて

何か新しくモノを手に入れて、その世界に入るところは人によって違うけれど、慎重な人は万年筆で言うとラミーサファリのようなものから入り、方やイタリア製のとてもきれいなものから入る人もいます。

でも数が増えるごとに、少しでも良いものをと、少しずつ金額的に高いものになっていくことは、皆さん同じだと思います。

私は万年筆以外でも身をもってそれを経験しています。

収入が変わらなくても、それは確実に上っていて、使うお金の比率がそのものに偏ってくるのと、我慢してお金を貯めて前よりも良い物を買おうとするようになるのは、正常な成長だと思っています。

店をしているという商売柄、お客様の気持ちを知ることは、自分が何かにのめり込んで買い物をすることだということに長く気付かずにいました。

でも靴をいろいろ買うようになって、その辺りの気持ちがものすごくよく分るようになったのは、ものすごく大きな収穫で、そういう言い訳もあって、私は靴を買い続ける。

靴に凝りたいと思って、清水の舞台から飛び降りるつもりで、トリッカーズを買ったのに、その価格帯のものが最早当たり前になって、トリッカーズヤパラブーツガ日常の靴になっている。

それらの靴でももちろん不満はなく、特にパラブーツなどはおそらく最も自分の足に合うものなのではないかと思えるくらい履き心地です。

でも、オーダー靴職人のイル・クアドリフォリオの久内さんと一緒に仕事をするようになって、彼が作る靴を履いてみたいと思って、何段もの段階を飛び越えてビスポーク靴を誂えてしまったのは半年前。

当然自分の足にピッタリと合って、柔らかいものでくるまれるような感じと、軽く足と一体感になる感じに、履いていてこんなに嬉しい気持ちにさせてくれる靴は他にないだろうと思っていました。

晴れの日を狙ってよく履いているので、さらに馴染んできて、他に替え難いものになっています。

歩きながら、あるいは足を組んで座って、自分の足元を見た時にいいなあと思います。

そしてオーダー靴の良いところ、自分の好みを表現できているというのは、素晴らしいものだと思っています。

 

そんな気に入っている靴があるけれど、革靴の超定番と言われている、オールデンの990というバーガンディコードバン革のプレーントゥの靴を買ってしまいました。

靴が好きだと言いながら持っていないことが何となく後ろめたかった、一度は履いてみたい靴でしたので、いずれ買うと思っていました。

雨の日に履けない靴を2足も抱えて大丈夫か?と思いますが、今はモノとして大変魅力のあるこの靴を久内さんの靴のように、靴として魅力のあるものに育てていきたいと思っています。

 

 

 


万年筆ストーリー:2 ~ヴォイス~

2007-11-13 | モノについて
「コーヒーマイスターがいないからコーヒーの味が少し違うよね。」
「すみません、日曜日休みなので。」

日曜日の昼過ぎ、店内には何人かのお客様がスタッフの女性がいないことで、店主をからかっていました。
確かにその店のコーヒーの味は平日と日曜日では違います。
それだけ、人の手によって繊細なコーヒーの味は変わるのです。良いのか悪いのか・・・。

「またサムシングエルスかけてるの?」
よく万年筆カフェに来られるお客様が店に入ってくるなり、笑いながら言いました。
店主も若い頃から渋いものばかり聴いてきて、それなりの見識を音楽に持っているつもりで、この店にはシンプルなモダンジャズが似合うと、今までかけていましたが、寒くなってきてモダンジャズをかけたいと思わなくなりました。
唯一かけてもいいと思うものが、キャノンボール・アドレーのサムシング・エルスだけだったのです。
このCDにはマイルス・デイビスの名演のひとつと言われた「枯葉」が入っています。
音楽は他にもたくさんありますし、いくらでも流せる曲はありそうなものですが、店主はモダンジャズにこだわっていました。
スタッフの女性はボサノヴァをかけたいと思っていましたが、店主の猛反対に遭っていました。
店主も彼女もこの「枯葉」だけは気に入っていましたので、「またサムシングエルスかけてるの?」には返す言葉がありませんでした。
「寒くなったからボーカルもいいかも」と、離れたテーブルで万年筆でノートに書き物をしていた他のお客様が言いましたが、ボーカルの入ったジャズなんて硬派の聞く音楽じゃないという訳の分からないこだわりを店主は持っていましたので、その話はそのままになっていました。
気に入って何度もかけることのできる音楽とは、そう簡単に出会えるものではありません。
人に薦められて聴いてもあまり良いとは思わなかったり、レコードレビューを読んでもそれは同様で、店主も早く店が閉まった時は、坂を下りて街のCDショップへ行きますが、良いものに出会えませんでした。
数日経ってから、音楽の話に入ってきたお客様が「ボーカルもたまにはどうですか。」とCDを手渡しました。
早速かけてみると、サックスやトランペットがいかに冷たかった、その優しいボーカルが教えてくれました。
耳を奪われるけれど、しつこくなく、耳の中にその旋律は残っていました。
「いいね、これ・・・。」
店主はことば少なでしたが、そのボーカルに魅せられているのは明らかでした。
そのボーカルは新井雅代という近くの街に住んでいる女性で地元のライブハウスに出ているとのこと。
それから万年筆カフェでも、ボーカルの曲も流れています。
・・・今回は万年筆が登場しませんでしたね。

万年筆ストーリー : 1 「小さな炎~アウロラ・フォーコ」

2007-11-01 | モノについて
とある万年筆カフェでの物語。
その万年筆カフェ?は街の喧騒を外れた所にあります。
そこでは万年筆についての話が誰とでも自由にでき、店主とスタッフは自分達が使っている「書くだけでとても楽しい気分になれる万年筆」を一人でも多くの人に使ってもらいたいという思いから、お客様にその楽しさを伝えているのでした。

確かそんな人が、少し離れた人工島にもいて、そこは鞄のある万年筆店と言われているとかいないとか・・・。
ある日男女二人連れのお客様が万年筆カフェにやって来ました。
ショッピングセンターにあるお店と違い、この店は雨になるとすごく暇になるのでしたが、二人は休みの日のいつもの習慣で街に出てきて散歩している時に急に降り出した雨を避けて、この店に入りました。
二人がお客様が一人もいないその店のテーブルにつくと、女性が注文を聞きにきました。
彼がコーヒーを2つ注文すると、女性は万年筆で伝票を書きました。
二人は万年筆で字を書く人をテレビや映画以外で見ることがなかったので、とても珍しいと思いました。
「さっきの人、万年筆使ってたね。」
雨は激しく降っていましたが、店の中はとても静かでマイルス・デイビスのトランペットだけが聞こえていました。
二人のコーヒーを淹れる匂いが店の中に溢れ、とても温かい気持ちになり、二人の気持ちは落ち着きました。
店の中には本棚があって、本がたくさん入っていましたが、どれも万年筆に関する本ばかりのようでした。
万年筆カフェという名前が何となく分かり、コーヒーを運んできた女性に彼女が、「いつも万年筆を使っているのですか」と問いかけてみました。
女性はとても嬉しそうな顔になり、
「はい、いつも。万年筆は書くのがとても楽しくなりますので。」
書くことが楽しいということが二人には分かりませんでしたが、その女性が
「ちょっと書いてみますか。」と万年筆と紙をテーブルに置きました。
「ペン先の刻印が上に向くように、先の割れている所が一緒に紙に当たるように書いてみてください。」と言われ、その通り彼女が書いてみました。
「万年筆って柔らかい書き味ですね。紙に置くだけで文字が書けます。」
「そうでしょ。書く時に力がいらないんですよ。」
「このペン、小さくてとてもかわいいですね。」
「はい。これは最近限定1750本で発売されたイタリアのアウロラというメーカーのフォーコです。フォーコというのは、イタリア語で炎という意味らしいですよ。」
「世界で1750本しかないなんて、すごく貴重ですね。」
「アウロラはコーポレートカラーを赤にしていて、赤には強い思い入れを持っている会社です。そのメーカーのかわいい赤の万年筆。欲しくて仕方なかったんです。」
彼も書いてみました。
「書くのが楽しいということが何となく分かります。」
「万年筆を使うようになれば、お仕事がもっと楽しくなると思いますよ。」
二人は初めて書いた万年筆の書き味がとても気に入りました。
「わたし万年筆が欲しくなってきました。」
「ぜひ、使うようにしてみてください。ただ書くのが楽しくなる以上にもっといいことがありますから。」
彼女が言うには万年筆を使いだして、書くことが楽しくて一日の終わりに日記をつけるようになったそうです。
日記をつけようと思っても、書くことがなければつけられません。
日記を楽しくつけるために、その日にあったことに今まで以上に注意を払うようになりました。
一日を充実させたいと思い、行ってみたいと思っていた所に積極的に行くようになりました。たくさんの人とも話をするようになりました。その感想も書きたいと思い本をたくさん読むようになりました。
日記帳に使っているノートが自分の文字で埋まっていくのを見るのは嬉しいし、何も書くことがない日は何も感動することがなかったのだと分かるのだと彼女は言いました。
「ノートに書きたいと思えるほど心を動かしていたいと思いました。日記というか雑記なんですよ。」
そんな雑記を二人もしてみたいと思いました。
気付くと雨は止んでいました。
二人は濡れたアスファルトを太陽が照らし、きらきらしている坂を下りて、駅に向かいました。
何かのきっかけになりそうな「万年筆」を使ってみようと心に決めて。



文具屋さんと雑貨店

2007-07-02 | モノについて
ある日のランチタイム、相棒とその違いについて話していました。
人それぞれ好みがあって、文具屋さんとステーショナリーを扱う雑貨屋さんとどちらが優れているとか、どちらが良いとかいう話をするつもりはありません。
ただ、私は商品の構成やディスプレイ、内装や店員さんの立ち居振る舞いなどから、何かメッセージが伝わってくるお店が好きです。
見ていると生き方まで伝わってくるようなお店。
ライフスタイルの提案などという生易しいものではなく、「私の生き方はこうです。」と主張しているお店です。
最近、以前にも増して街をよく歩くようになりました。街の中に生きていると言っても言いすぎではありませんが、そんな生活の中でいろんな雑貨屋さんにめぐり合います。
そんなお店たちを見ているうちに、今までおぼろげに感じていた文具屋さんとの違い。
それは文房具を素材として売っているか、自分のスタイルを表現する小物として売っているかの違いでしょうか。
素材として売っているお店は10色ある商品なら、何のためらいもなく10色全部揃えます。あるいは売れ筋だけ選んで揃えます。
それはその商品がお客様の手元に行って何かに使われることによって完成するからです。
スタイルを表現するための小物として売っているお店は10色全て揃えることはせず、オーナーあるいはお店の哲学を表現することのできるものを厳選します。
そこに少ないことの豊かさも感じます。
私もステーショナリーとペンを素材ではなく、生き方を表現するものとして、皆様に伝えたい。
そんな想いで、Pen and messageを始めようとしています。