殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

士農工商

2008年12月29日 08時45分42秒 | 不倫…戦いの記録
病院は、小さいですが国立でした。

厨房の人間の入れ替わりは激しく

1年もしないうちに、私は古株の一人になってしまいました。


この仕事はシフト制で、早朝から昼すぎまでの勤務か

午後から夜までの勤務を交互に繰り返します。

よって子供に手のかかる年代の人は働きにくい環境ですが

中には小中学生のいる人も入ってきました。


学校行事などは一ヶ月前に申し出れば休めるという触れ込みでしたが

病気や変更などで、計画的にはいかないのが子育てです。

急に「休ませてほしい」と言えば

手のひらを返したような冷たい言葉や視線に刺される運命になります。


ギリギリの人数でやっているので、急な対応が難しいのも事実ですが

「私は運動会すら一度も出たことは無い!」

と上司に言われては

「約束が違う…」

と辞めていきました。


同じ仕事をして、うなるほど給料がもらえる公務員は

後で子供にいかようにも埋め合わせがしてやれます。

安い賃金で都合良く使われるパートのカバーをするのが

高給取りの役目だと思っていましたが

ここでは、公務員の代わりに激務に耐えるのがパートの役目でした。


中でも気の毒だったのは

離婚したご主人が借金を苦に自殺してしまった人でした。

成人した子供に取り立てが来るのを防ぐために

家裁に相続放棄の手続きに行くから急遽休みが欲しい…

と上司に打ち明けたところ、許可を渋ったばかりか

それを病院中に言いふらし、彼女は退職しました。


その件に、私はまんざら無関係ではありませんでした。

自殺する前の夜、勤務が終わって一人駐車場に向かった私は

真っ暗な中、厨房の外壁にもたれてうずくまる男性を見ました。

気味が悪くて足早に通り過ぎた…と翌日話したのですが

あれは彼女のご主人だったのではないかと上司が言うのです。


「あなたが気付いて声をかけていれば、自殺しなかったかも」

上司は真顔でそんなぶっそうなことを言うのです。

腕の良かった彼女が辞めた原因をみんなから責められ

苦し紛れに私のせいにしたのでした。


もしそれが自殺した亭主だったとして

声をかけ、あんたの借金は私が肩代わりしてやるから死ななくていい…

と宮沢賢治のように言ってやればよかったのでしょうか。

とっさに人のせいに出来る鮮やかで強引な言い訳…

長年にわたる実践のたまものでしょう。


私が入ったのは、病院の経営が破綻寸前で

あらゆる経費の削減に取り組み始めた頃でした。

人件費削減のために、各部署の公務員以外の給料を半減させたところ

大半が辞めてしまい

その補充を募集している殺伐とした中に飛び込んでしまったのです。


節約意欲はとどまらず、ある日調理員が集められ

7時間だった勤務時間を6時間に変更することが言い渡されました。

庶務課長も厨房の上司も

「1時間減って、早く帰れます。良かったですね」

と信じられないことを言います。

しかもそれを聞いて喜んでいる同僚。


7時間を6時間にするということは

時給で働く我々は収入がダウンするということです。

そして一ヶ月の総勤務時間で決まる給与ランクが

一段階下がることによって、規定の寸志や有休の金額も下がるのです。

しかも7時間でやっていたことを6時間でやらなければならないので

大変しんどくなります。


こういうご時世だから、人件費削減に不満はない

しかし、みんなをだますようなことはせず

最初から真実を話していただきたい…

それを言うと、女性の庶務課長があからさまに嫌な顔をしました。


「だから数字にくわしい人は入れたくなかったのよ!」

面接の時、渋った意味がやっとわかりました。

「私たち公務員だって、削られているんだからねっ!」

捨て台詞です。


江戸時代はとっくに終わったのに

士農工商の歴史がここで脈々と受け継がれていたのは

少々感動的ですらありました。

おさむらいに逆らった私は、あの時代なら打ち首ですな。

   
厨房は他の部署から「炊事」と呼ばれていました。

「ちょっと、スイジ!」

最初はスーパーマリオの相棒かと思ってピンとこなかったほど

びっくりしました。

私はそれを差別語だと感じましたが

違和感を持っている者はいないようです。


「患者様の命をお預かりしていることを忘れず、自信と誇りを持って…」

言うことは立派ですが

自分の家の夕食にする天ぷらを厨房の粉と油で揚げて帰る上司に

言われたくないのも事実です。

食材こそ管理が厳しいので自前ですが

日常的にこんなことが出来るのですからたいしたものです。


今まではみんな一蓮托生の高給取りだったので

公然の秘密であっただろうし

パート制になってからは、気付く前にゾロゾロ辞めていくので

誰も知らなかったのでしょう。


他の部署でも、常習的なサボりなど似たようなことが日常でした。

彼らがこれまでどんな働き方をし、税金を無駄遣いしていたかは歴然です。


病院の公務員全員がそうではありません。

立派な人もいます…多分。

しかし、不況によって民間の人間と一緒に働く機会が増えると

仕事に対する意識のズレから

悪い印象を一般市民に与え、それが広まる結果となります。


口先で改革を叫びながら

弱い立場の者をおとしめることで自分の地位の安定をはかり

蛍光灯を消すことだけが節約だと思い込んでいるバカも多いです。

それらを仕事と信じる神経が、腹立ちを通過してむしろあわれでした。


本当に病院のためを思って節約をしたいなら

まず自分たちがともしている昼あんどんをすみやかに消灯し

給料の高い、遊んでいる年寄りからさっさと退職するべきです。


自分のいる間は楽しく働きたいと思い

まず呼び名を炊事から給食に換えるべく

ことごとくの備品に汚い字で書いてある「スイジ」の文字を

「給食」に書き換えました。


同僚に声をかけて「給食と名乗ろう運動」を始めました。

内線に出る時や、やはり入れ替わりの激しい他の部署の人と接触するたび

「給食」をアピールしていると、数ヶ月で浸透しました。

コメント (6)
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