殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

崖っぷちウグイス日記・15

2022年12月22日 08時36分14秒 | 選挙うぐいす日記
『後援会からもらった花束』


開票が始まった。

開票の会場へ差し向けた人から数分後に届く第一報は、たいてい皆、横並びの得票数だ。

準備ができていなかった、あるいは知名度が無かった候補者は

この第一報ですでに差のつく場合もあるが、今回は全員横並び。

…ということは、早くから落選がささやかれていた人が、かなり健闘したと言える。

…ということは、うちの候補が危険水域にあることを示している。


やがて第二報。

やはり皆、同じ得票数。

…ということは、以下同文。


第三報から、はっきりと差がつき始めた。

上位当選の人はケタが変わり、下の方は伸び悩む。

うちですか?もちろん下の方ざます。

落選予定の人はこの時点でストップしたため、落選は免れそう。

こうなりゃ、ビリでないことをひたすら祈るのみ。


最終結果が出た。

ケツ2。

つまりビリから二番目だ。

得票数は、前回より百数十票減。

あまりの衝撃に、静まり返る事務所。

そりゃビリ争いはわかっていたけど、まさかここまでとはね。

あのS氏だって、もっと上の方だ。


どこでもたいていそうだけど、候補者は投票結果が出てから事務所に現れる。

「すみません、こんな結果で」

そう言いながら入ってきた候補自身も、無残な結果に驚いた様子。

思い返せば、前回も同じシチュエーションだった。

5〜6人でビリ争いのあげく、ビリ候補の中では何とか上の方に食い込んだ。

入ってくるなり、皆の前で「すみません」と謝る候補に、私は言ったものである。

「謝ることないですよ!当選することが大事です」


当時、思った。

「投票結果が出て候補が事務所に入る時、すみませんじゃなく

普通にありがとうと言えるようにできれば…」

以後の4年は、その思いを胸に頑張った。

人の集まる催しで、市議が来ても差し支えの無い所には候補を呼んで紹介したり

「誰でもいい」と言う人には投票を頼んだりしてきたのだ。

というのもこの4年間で、私がいつもお願いしていた老人がバタバタと亡くなり

それを機に家族までが転居したりで、お得意様が減少したため

新規開拓の必要性を痛感したからである。


が、願いもむなしく史上最低記録を更新。

さすがに今回は、候補と一緒に謝るしかない。

申し訳ございません。


それでも一応は当選したのだから、お決まりのプログラムはこなす。

ウグイス二人から候補に花束贈呈。

毎回だが、この時、候補は必ず私とナミに言う。

「次も絶対、お願いします」

そして後援会より、我々ウグイスに花束贈呈。

一同、まだショックから立ち直れないままなので拍手はまばら。

バンザイ三唱も無し。

誰もその気にならなかったので、自然に割愛された。


皆が再び席に着くと、引退議員その2のTさんは首をかしげて言う。

「おかしいのぅ、ワシの票が少なくとも二百票以上はあるはずじゃが…」

もはや彼の発言に相づちどころか、まともに耳を傾ける者は誰もいないので

それは独り言になった。


そのうちTさんは電話をかけるふりをして席を立ち、事務所の入り口近くに移動。

しきりに誰かと話す格好をしながら、やがて外へ出た。

帰り支度である。


「なぁヒロシ君、あの人、ホンマに二百票もくれた思うか?」

選挙カーのドライバーの一人だった老人が、小声で夫に問う。

候補の親戚で、ニックネームは村長。

その由来は山奥の一軒家に住んでいるため、住人が彼ら夫婦しかいないからだ。

その昔、夫と共に亡き国会議員の選挙ドライバーをしていた旧知の仲である。


「あんなヤツに頼るけん、こんな結果になったんですよっ!」

夫は外にいるTさんを指差し、かなり大きな声で答えた。

さっきのゴルフクラブの恨みがあるので、容赦ない。


「パパ〜、そんな大声で本当のことを言っちゃあいけないわ〜、ホホホ」

さらに大きな声で夫をたしなめる?私。

「ここの皆さんも、最初からわかってらっしゃるわ。

ねえ皆さん?」

…黙って顔を見合わせ、大きくうなづく皆さん。


実のところ、大半はわかってない。

選挙の闇を知らない他の人たちは、引退議員が3人も加勢してくれていると聞いて

V字回復の結果を心から楽しみにしていた善人だ。

彼ら彼女らのやるせなさを吹き飛ばし、新たな気持ちで4年後に繋げるためには

最初から怪しんでいた…あてになんかしてなかった…

そういうことにして着地させるのが得策である。

Tさんはいつの間にか、いなくなっていた。


遠慮なTさんが帰ったのを機に、皆でなごやかな歓談が始まる。

そして30分後、夫と我々ウグイスは帰ることにして、私は別れの言葉を言った。

「日本一の後援会長さんの元で、皆様と一つになって戦えたことは

私の誇りでございます。

本当にありがとうございました」

後援会長へのはなむけは、大事だ。

「その言葉だけで十分です…やった甲斐がありました」

候補のご近所さんというだけで、初めて後援会長を務めた彼は嬉しそうだった。



こうして選挙は終わった。

2〜3日ゴロゴロして身体を休めたいのは山々だが、私は無理。

終わった途端に馬車馬暮らしよ。

これが一番きつい。

やはり年のせいか、今回はなかなか疲れが取れなかった。


選挙後、知らない人に何人か、声をかけられた。

「あの…間違ってたらごめんなさい。

“やっぱりきっぱり”のウグイスさんですよね?」

「“託して任せて”のウグイスさんじゃないですか?」

ラップもどきのセリフが印象に残ったようなので嬉しい…と言いたいところだけど

私がとっさに気にするのは

「この辺りで、あのセリフ言ったっけか?」

ウグイスのサガであろう。


選挙戦が終わって1週間後、候補がギャラを持って我が家に来た。

ドライバーや他の手伝いをした人の報酬は

選管に請求した選挙費用が支払われてからなので1ヶ月以上先になるが

ウグイスのギャラだけは先に支払うのが選挙界の常識。

ギャラは振込みだったり、後援会長や選挙ブローカー、あるいは家族が渡したり

「取りに来て」と連絡してくる所もあるが

律儀な彼は、いつも自分で持って来るのだった。


二人で今回の選挙結果の分析などをしばらく話した後

「姐さん、投票日に予約済みですけど、もちろん次もやってくれますよね」

候補が言う。

「この結果じゃ引かれんわ!やらせていただきます」

私は思わず答え、引退は4年後に持ち越しとなった。

長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

《完》
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・14

2022年12月19日 15時57分39秒 | 選挙うぐいす日記
白いポインセチアを選挙事務所の入り口に置いた引退議員その2

つまりTさんは、私の隣に座る夫に気づいた。

「よぅ、ヒロシ!久しぶりじゃのぅ!

ここでドライバーやりようたんじゃとのう」


Tさんが夫と顔見知りなのは、選挙戦が始まった頃に彼から聞いていた。

夫が、今は亡き父親を連れてサウナ通いをしていた頃

同じようにサウナ好きのTさんと度々顔を合わせていたという。

その時は、いかにも夫をよく知っている口ぶりだった。

後で夫にたずねたら

「たまにサウナで挨拶するだけで、話はしたことない」

と素っ気ない返事だったのはともかく

Tさん、昼間は選挙事務所に詰めて夕方には家へ帰るので

夜のドライバーを務める夫とはずっとすれ違いだったのだ。


選挙事務所に集まっている人々の前でいきなり呼び捨てにされ

夫は会釈をしながらもムッとした表情だった。

しかしTさんは気にせず、人前で妙なことを言い始める。

「わしゃ、前にヒロシからゴルフクラブを買うたことがあるんじゃ」。


夫は強く否定した。

「人違いですよ。

僕はゴルフクラブを売ったこと、ありません」


基本的には夫を信用しない私だが、この時は同意。

ゴルフ好きの人が自分のクラブを人に譲ることはよくあろうが、夫はしない。

女遊びのために、他人から預かった香典を流用したり

我が子の月謝やお年玉を盗んだりと、のぼせたら何をしでかすかわからない夫だが

ゴルフクラブだけは売り飛ばさない確信を持っている。

なぜなら彼のゴルフクラブは全て彼の父親、つまり義父アツシが吟味した物だからだ。


ゴルフがさほどうまくない夫は

シングルの腕前のアツシとラウンドすることは無かったが

アツシは夫の年齢やゴルフ界の流行に合わせ、折々にクラブを新調してやった。

家庭を顧みない暴君の父と、異様に父を怖れる息子は決して良い関係ではなかったが

ゴルフクラブは唯一、この奇妙な父子にとっての絆だった。

夫が、そのクラブを人に売るわけがない。

大切だからというより、人に売ったら足がつくからだ。


買った人間は、絶対しゃべる。

毎日のようにゴルフに行くアツシの耳に、入らないはずがない。

そうなったら、どんなに怒られるか。

夫が一番怖れるのは、ゴルフ関係のことで父親に怒鳴られることだった。


「いや、十年ぐらい前、ヒロシからアイアンを1本買うたよ」

夫の否定を気にせず、Tさんはしれっと言う。

アイアンは、アツシが最もこだわっていたアイテムだ。

夫がそんな恐ろしいことをするわけがない。

それ以前に夫とTさんは、ゴルフ道具を売り買いするほど親しくない。


「絶対に違います。それは僕じゃありません」

夫は顔色を変えて、なおも否定するが、Tさんは引かない。

「いや、買うた。間違いない」

そこからは押し問答が始まった。


そもそもTさんは、夫に対して非常に失礼なことを言っているのだ。

県内のゴルフ業界で、アツシは有名人の一人。

プロとラウンドするのはごく日常で、プロ昇格テストの審判員や

大きな大会の競技委員もやっていた。


今はどうだか知らないが、昔はテストや大会の運営に関わるためには

もちろんプロ並みの実力が条件。

しかしもっと大事なのは、それぞれの開催会場のバカ高い法人会員権の所有者であること。

千万単位の投資をさせることで、一般客よりも良さげな地位を与え

会員の虚栄心をくすぐるという一種の株主優待である。


アツシの会社が危なくなった原因の一つとして

あちこちに持つ会員権の値打ちが、不況で下がったことが数えられるのはともかく

アツシや、彼に個人会員権を買い与えられていた夫にとって

ゴルフ関連の売買なら会員権一択であり

個人的にチマチマと道具を売買する行為は恥という認識があった。


言うなればTさんは先程から、夫に恥をかかせ続けているのだった。

ゴルフが好きなのはけっこう、クラブの売り買いもけっこう。

しかしゴルフは、会員権の有無という格差が大前提の面倒くさいスポーツだ。

その常識を知らない人間は、人前で軽々しいことを言うものではない。


買った、売らないの押し問答で、選挙事務所は険悪な雰囲気に包まれた。

Tさんはただの嘘つきだと思っていたが、ひょっとして認知症の前触れかもしれない。

そういえば、ここで公言していた引退理由も変だった。

「自治会長を引き受けたから、忙しくて議員ができなくなった」

普通は逆だろう…私は首をひねったし、聞いた人たちも納得しなかった。

が、それをおかしいと思わない彼の頭は、すでにおかしいのかも。

こんな人が議員を続けて税金から給料をもらうのは間違っているので

引退して正解だと思ったものだ。


時計はもうすぐ8時。

開票が始まるから、止めなければ…

ゴルフクラブどころじゃないぞ…

そこで私はTさんに問うた。

「それで、そのアイアンはお買い得でしたの?」

意外な質問に少し間が空いたものの、彼はサラリと答える。

「18万」


嘘、確定。

どんぶり勘定の夫が、そのように中途半端な値段で売るはずがない。

5万とか10万のキリのいい数字にするはずだ。

薄汚れた古ギツネみたいな外見のTさんもまた

他人のゴルフクラブに大金をポンと出す、酔狂な人物には到底見えない。

そんな経済的余裕があるのなら、ショップで新品を買った方がよっぽどいいではないか。


さらに10年前と言えば、アツシは最期の入院中。

その何年も前から会社は倒産しかけていたため

アツシが夫にゴルフクラブを買い与える余裕は無かった。

ということは、Tさんが買ったと主張するアイアンはかなりの中古品。

ビンテージ物ならいざ知らず、元値がいくらであろうと18万の値は付かない。


こんな大嘘を言うのは、皆の前で金持ちぶりたいのと

選挙カーのドライバーを務めた夫を自分の弟分に仕立てたい目的からである。

田舎では顔見知りが多いので、ちょっと知っている相手を見つけると

こういう手を使ってマウントを取りたがる年配者がよくいるのだ。

ここでムキになるのはバカバカしいので、私は明るく言った。

「18万!そんなお金があったら、私は旅行に行く!一人旅がいい!」


「あら、一人よりも旦那さんと行けばいいじゃない」

手伝いに来ている奥さんたちの一人が言ったので、しめしめと思い

「夫婦で行くと、世話が大変じゃないですか?」

と振る。

「わかる!疲れに行くみたいなものよね」

「嬉しいのは家を出る時まで」

「ここにいるご主人さんたち、よ〜く聞いておいてよ」

女たちはワイワイと旅の話で盛り上がり、ゴルフクラブの話はかき消えた。


夫はかなり腹を立てていて、シロクロをはっきりさせたかったようだが

開票の第一報が入ったのでそれきりになった。

かわいそうだが、仕方がない。

《続く》
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・13

2022年12月17日 11時13分48秒 | 選挙うぐいす日記
前回の記事のコメント欄で、田舎爺Sさんがおっしゃった。

『蟹工船なみの激務の日々』

いやはや、全くその通り。


朝8時から夜8時まで、拘束時間は12時間。

昼休憩と合間のトイレ休憩が、合計で約1時間。

実働11時間でギャラは一応、一日当たりの上限が15,000円。

時給に換算すると1,363円。

しかし15,000円という金額は物価上昇に合わせた忖度みたいなもので

本来の制度は上限が12,500円。

すると時給は1,136円になる。

この賃金で過酷なドライブをするのだから、ブラックなのは確かだ。

ただし、これらはあくまでも上限。

候補や陣営がケチな所は10,000円だったり数千円の所もある。


そしてブラックな上に、定職を持てないのがウグイス。

選挙期間中は働くどころではないため

基本無職か、自由に休める仕事でなければウグイスはできない。

が、選挙はしょっちゅうあるわけではないので高い年収は望めない。

選挙の無い間は旦那さんの収入に頼るか、短期アルバイトで食いつなぐのが現実である。


しかしウグイスをやる人にとって、ゼニカネは二の次だ。

お金よりもまず、お呼びがかかるかどうか

そして次の依頼に繋がるかどうかが先のようである。

おそらく、この仕事が心底好きなんだろう。

学校の文化祭や運動会に燃える生徒がいるのと同じように

選挙と聞けば居ても立っても居られない体質の人が、世間には存在する。

プロのウグイスの多くは、それ。


しかし私は、そのタイプではない。

ウグイスが好きなわけでもなく、新しいクライアントを増やす気も全く無い。

こんなしんどいこと、そうたびたびやっていたら命が縮む。

好きな所で4年に1回、サッカーのW杯がある年にやるだけで手一杯。

私の言う好きな所とは、尊敬できる候補でギャラが申し分なく

陣営が善人揃いの安心安全な所である。


それから補足になるが、近年の大きな選挙では倍の人数のウグイスを雇い

半日ずつ使って1日分に該当する手当を支払う陣営が出てきたという。

そうしなければウグイスが集まらない時代になってきたようだ。

12時間拘束で倍のギャラを支払うのは明らかな違反だけど

6時間拘束で多めに支払うのは、今のところ大丈夫らしい。

定職が持てないので、ウグイスをやろうという若い人がいなくなり

ウグイス業界は高齢化の一途。

体力的にも半日の方が良いかもしれない。



さて選挙戦は最終日まで、たいした事件も起こらず平穏に過ぎ去った。

候補が山奥村の一角で街頭演説をするため、皆で外に立っている時に

なぜかナミの周りに蜂が数匹、集まってきたぐらいだ。

ナミは8年前から毎回、濃いピンク色のジャンパーを着ている。

蜂って、黒が好きじゃなかったっけ…。


ナミの災難を前に、私は助けることができない。

二人とも刺されたら、ウグイスに支障が出るからだ。

蜂は追い払いたい、しかし強いアクションをすると刺されそう…

ナミは街宣許可の旗を胸に当てたまま、手首だけバタバタ動かしていた。

その仕草がピグモンみたいで面白かったので、ドライバーと腹を抱えて笑った。

なんと冷たいことよ。

そのうち演説が終わったので、ナミは幸いにも蜂に刺されなかったが

秋の農村地帯で濃いピンクは危ないのかもしれない。



こうして選挙戦は終わった。

翌日の投票日の夜には、みんな選挙事務所に集まる。

ナミは、ウグイスから候補に渡す花束を買って来ることになっていた。

花束は目立つので、あんまり人が集まらないうちに早めに来るという。

だから私も夫と夜7時に行き

ナミ母娘とおしゃべりをしながら8時の開票を待つことにした。


「姐さん、町の反応もすごく良かったし、前回より絶対に票が増えてますよね」

ナミは小声で嬉しそうに言う。

立候補者にとって、得票数は大事だ。

議会の席順はこの得票数によって決まり、今後4年間そのまま。

当然、議員の立場にも影響する。

同じ仕事をして同じ報酬をもらっても、得票数の少ない議員は肩身が狭いものだ。

これから4年間の議員生活は、得票数で決まるといっても過言ではない。

我々ウグイスも、この得票数のために頑張っているのである。


「何を言うとんね…前回より少ないよ」

ナミよりも、さらに小声で告げる私。

「え?前回より減ったら、史上最低じゃないですか」

「票だけじゃなく、順位も史上最低になるよ」

「信じられません。

だって、Tさん(引退議員その2)たちもご尽力くださったし…」

「アレらがご尽力くださるから、なお悪い」

「え〜?…3人分の票が来るんだから、かなり増えるんじゃないんですか?」

「出陣式で挨拶までして、それっきりのMさん(引退議員その1)と

柿をくれんかったIさん(引退議員その3)が、ゼスチャーなのはわかろう」

「でも、Tさん(引退議員その2)は毎日、来てくださってましたよね。

あの人だけは違うんじゃあ…」

「ハン…毎日来るモンが、何で一番大事な出陣式に来んのじゃ。

出陣式の参加人数掛ける何十倍が、そのまま得票数と言うてもええんじゃけん

一人でも多い方がええのは誰でも知っとる。

毎日来る暇があるんなら、何をさておいても出陣式に来るはずじゃ」

「それは何か、ご都合が…」

「無い。

現に、初日の昼には来たろう」

「はい…」

「出陣式に来んかったモンが毎日事務所に詰めるなんて

葬式には出ずに法事は皆勤みたいなもんじゃん。

あの人、よその出陣式に行ったと思う。

たいして歓迎されんかったけん、ここへ来るようになったんじゃが」

「そんな…」

「ええ加減な人なんよ。

コケモモ堂のコケ饅頭だって、毎日持って来る来る言うて、結局無かったろう」

「コケ饅頭の恨み…」

「そうじゃない。

選挙が終わるまでは、一応あれでも議員じゃけん

事務所に何時間も詰めとったら、周りが緊張するじゃないの。

罪の無い差し入れの一つや二つは持って来て、和ませるのが常識じゃんか」

「確かに…どこの選挙事務所でもそうですよね」

「最後まで手ぶらで来れる神経の人が、うちの候補にくれる票なんか持っとるわけないじゃん」


などと話していたら話題の引退議員その2、Tさん72才がやって来た。

花束の代わりなのか、大きな白いポインセチアの鉢植えを抱えている。

リボンも何も無し、緑のてっぺんに白い葉っぱがボンヤリと浮かぶさまは

闇夜の幽霊みたいでいかにも縁起悪そう。

ポインセチアいうたら、赤じゃろが普通。


「ほれ、やっと何か持って来た思うたら、これじゃ」

「こういうことなんですね」

私はナミと密かに笑った。

《続く》
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・12

2022年12月14日 10時45分12秒 | 選挙うぐいす日記
「選挙戦もはや、終盤となりました。

皆様方には連日、朝な夕なにお騒がせをいたしまして、まことに申し訳ございません…」

ご挨拶系のセリフを得意とし、男性好みの細くて可憐な声を持つ相棒ナミ。

「任せてください、託してください、勝たせてくださいませ…」

野太い声で韻を踏みつつ、役職攻撃、先生攻撃、お子様攻撃、観光客攻撃を念入りにやる私。

この二者が場面によって頻繁に交代する方針は、体力的にも雰囲気的にも

なかなか良いように思われた。


加えて世間は庭の剪定時期、道路や河川の工事時期と重なる。

そのような現場で働く人たちは、最初から支持する議員が決まっていたり

市外から来ている業者が多い。

だから今までは、さほど真剣に呼びかけることはしなかった。

が、今回は容赦なく呼びかける“現場攻撃”を起用。


「お仕事中に大きな声で申し訳ございません。

お疲れ様でございます。

この町が、皆様の知識と技術のお陰で成り立っておりますことを

◯◯は心より感謝させていただきながら

皆様のご安全と、ますますのご発展をお祈りいたします」

今までは“汗”や“努力”と表現していた箇所を“知識と技術”に変えると

反応はグンと良くなり、手を振ってくれたり声援してくれるようになる。

漠然とした表現よりも、はっきりと細かく形容した方が耳を傾けてくれ

次に通った時も必ず反応してもらえるのだ。

私も現場寄りの人間なので、このことはわかっていたものの

「どうせ票は増えないし」と思い、軽く流すことが多かった。

反省。


何でもいいから反応を増やす…

これは候補の気持ちを軽くするために重要な作業だ。

3人の引退議員が付いてくれたことで当初は安堵していた彼も

日を追うに連れ、今回は厳しいと実感しつつあった。

町全体の反応は良かったが、アレらが紹介してくれた支持者の地域に行っても

ドアや窓は閉ざされたままだし

「頼んだから行ってみろ」と言われた家や会社も無反応なんだから、誰だってわかるというものだ。

手当たり次第に反応を増やして、気分だけでも盛り上げるしかないではないか。


これなら4年後に繋がる…私は確信を持って最後の3日間を過ごした。

4年後、おそらく私はいない。

というより、しんどいからもうやりたくないもんね。

義母を任せた長男は、祖母のワガママぶりに音を上げているし

ナミと頻繁に交代することで深刻な疲労は軽減されたものの

朝7時過ぎに出勤して車に揺られながらしゃべり続け

夜8時過ぎに帰宅して家事、入浴、明日のための美容メンテナンス…

このサイクルは普段、家でタラタラ過ごしている身にはきつい。

加齢による回復力の低下をひしひしと感じる。

こりごりというのが本音よ。


ナミのほうは続ける気満々で、来期も私と一緒だと信じているが

私が抜けた後は、彼女の所属するウグイスチームから誰か回してもらえばいい。

ナミは仲良しと仕事ができるので嬉しかろうし、チームは顧客が増えて嬉しかろうから

あとのことは知ったこっちゃないが、うちの候補が好むウグイスの型というのは

ナミに伝えさせておく必要がある。


そうよ、各候補や陣営によって、好まれるウグイスの型が存在するのだ。

中にはウグイスなら何でもいいということで、派遣会社にお任せの所もあるが

議員生活が長くなって立候補の回数が増えてくると、候補の好みも分かれてくる。

地元生まれで親戚や知人が多く、たくさんの票を持っているウグイスなら実力は問わないという

ウグイスを固定客の一人とみなした票重視の所もあれば

声が大きくて強気のセリフを繰り出すウグイスを好む所や

女性的な優しい声で耳触りの良いセリフを言うウグイスを好む所もある。


声が大きくて強気と言えば私みたいなのだが、こういうのは「強い」と表現され

ナミのように女性的なウグイスは「弱い」と表現されるタイプ。

候補の性格や陣営の顔ぶれによって、強いウグイスは「きつい」、「生意気」と取られ

弱いウグイスは「ノーインパクト」、「眠たい」と取られることもある。


この強弱二者を配してバランスを取っているのが、うちの候補。

程よいバランスは、盛り上げと並んで彼が最も大切にしている活動形態だ。

ナミにはそのことを理解させ、新しい相棒に

「ここではどんな型が好まれる」という路線を言葉で伝えられるようにしておきたい。


職場でも何でもそうだけど、自分の抜けた穴が大きいと思いたいのは自分だけ。

いなけりゃいないでどうにかなるもんだから、心配はしない。

でも事前にある程度の路線を伝えて、働きやすい状況にしておくことは親切のうちだ。

選挙戦は日数が限られているので、やっと把握しました…選挙終わりました…

では、時間がもったいないじゃないか。



余談になるが、ナミは以前、彼女のチームの師匠と一緒に

うちの候補の天敵であるY候補のウグイスをしていた。

しかし強いウグイスを好むY候補は、ナミの弱いウグイスが気に入らないという理由で

彼女に暴力を振るっていた。

暴力というと大袈裟かもしれないが、足で何度も蹴られたというから、一応は暴力であろう。

ナミは、共にウグイスをやっている師匠の手前もあって我慢していたという。

仕事が減ると、師匠も彼女も困るからだ。

ナヨナヨして見えるナミ、実は私よりよっぽど根性があるのかもしれない。


ウグイスに当たる候補なんて議員の風上にも置けないが

Y候補がナミに厳しい気持ちは何となくわかる。

15分しか続かないのが大前提、あと先はお手振りに徹するかと思いきや

次に回ってくる15分に備えて喉飴とチョコと栄養ドリンクざんまい、セリフのメモざんまいじゃあ

同業の私でも蹴りたくなったぞ。

最初に組んだ時、お手振りそっちのけでボイスレコーダーを持ち出し

ひたすら私の声を録音し続けるのを見た時は、殴ってやろうかと思った。

ギャラを支払う立場の候補者であれば、その何倍も腹を立てて当然かもしれない。


Y候補は次の選挙で師匠を残し、ナミを切った。

そこで当時、Y候補と親しかったうちの候補は、切られたナミを拾って私と組ませた。

ウグイスが私一人では大変だろうという配慮と、ナミの柔らかい声が気に入ったからだ。


ナミがなぜY候補に切られたか、その時は候補も私も全く知らなかった。

「あんなにうまくて可愛らしい声のウグイスは他にいない。

Y候補は何と、もったいないことをしたものよ」

最初のうちは二人で言っていたが、実際に仕事をしてみてY候補の気持ちがよくわかった。

それが8年前のことである。

ともあれ来期の彼女には、うちの候補の選挙を背負って立つぐらいの気で頑張ってもらいたいものだ。

《続く》
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・11

2022年12月08日 14時32分10秒 | 選挙うぐいす日記
相棒ナミと頻繁に交代することで、彼女との労働条件が平等になったため

体力の温存に余裕が生まれた私は、これまでは軽く流していた場面を見直すことにした。

泣いても笑っても、どうせビリ争い。

だったら、今まで体力的にセーブしていたことを取り払おうと思ったのだ。


そこで社長様、専務様と呼びかける“役職攻撃”に加え、“先生攻撃”もプラスした。

これらは昔からやっているが、今回は特に増量。

先生族を発見するたび、ことごとくやる。


その先生攻撃とは…

現役や元を問わず、町には“先生”がたくさんいる。

王道である教師を始め、華道、茶道、書道などの道系…

それから趣味が高じた系のカラオケ、スポーツ、楽器、手芸、俳句川柳、郷土史…

そして僧侶も先生だ。

十人に一人は先生じゃないだろうか、というほど。


先生という生き物は、人から先生と呼ばれることを非常に好む。

そりゃもう、社長や専務の比ではない。

皆さん、人にものを教える仕事に誇りを持っておられるのだ。


よって、顔のわかる人には先生と呼びかける。

街宣で個人的なことはあんまり言っちゃいけないんだけど

先生はそこら中にいるんだから、特定個人を対象にしたとは断言できないので気にしない。

ご主人様、奥様…と呼ぶのとは、反応が全く違う。


そして市内には、私の学校の恩師がたくさんご存命だ。

選挙のたびにご尊顔を拝見できるのは、私の楽しみである。

長寿の先生たちは選挙に関心があるので、選挙カーが通ると窓から見たり

手を振りに出て来る確率が高い。

さらに彼らはたいてい、郊外にある大きめの一軒家に住んでいる。

ということは敷地が広いということで

敷地が広いとは、顔を出した本人に直接呼びかける時間と距離が確保できることである。


だから、すかさず言う。

「先生、お元気そうなお姿、嬉しゅうございます。

先生の教え子は市議にはなれませんでしたが

お陰様で、◯◯市が誇る市議のウグイスにはなれました」

もちろん、私がどこの誰だか、向こうはわからないままに選挙カーは通り過ぎる。

しかし、先生の盛り上がりようは真剣さが違う。

以後は必ず出て来て、時には夫婦で、見えなくなるまで手を振ってくれる。

教え子というのは、いつまで経っても可愛いものなのだろう。


このような呼びかけやセリフの変更は、市内のちょっとした観光スポットでも実行。

今まで観光地では、声を小さめにしていた。

チラホラいる観光客には、やかましくて邪魔だろうし

よそから来た選挙権の無い観光客に媚びたって仕方がないと思い

周囲の商店主を対象にしたセリフをチャチャッとしゃべって通過していたのだ。


が、今回は“観光客攻撃”で、積極的に話しかける。

「ようこそお越しくださいました。

私どもの町は、気に入っていただけましたでしょうか?

どうぞ楽しんでくださいませ」

「ぜひまた、いらしてくださいませね。

町民一同、心よりお待ちしております」


すると手を振ってくれるし問いかけにも応えてくれ、辺りは大変盛り上がる。

だんだんエスカレートして、候補は外国人に英語で

「どこから来たの?」

などと、たずねている。

皆さん、すごく楽しそうだ。

無粋な選挙カーも、やり方によっては旅の思い出の一つになるらしい。


さらに、“お子様攻撃”も大幅に加算。

これも前からやってはいたが、時と場合によっては

「ありがとうございます、元気で大きくなってくださいね」

そう流して終わることも多かった。

こちらに注目させてしまうことで、転んだり危ない目に遭うといけないからだ。


が、今どきの小さい子は賢い。

親から言い聞かされているのか、公園から絶対に出ないし

選挙カーを追いかけて道路を一緒に走るようなこともせず

周りをちゃんと見て、安全を保ちながら声援を送る。

18才以上には選挙権が与えられたことだし、お子様も立派な“お得意様予備軍”になったので

子供には時間の許す限り、語りかける。

「モミジのような可愛らしいお手を振ってくださり、ありがとうございます。

その小さなお手で、いつか大きな幸せをつかむことができますよう

◯◯は一生懸命、働きます」

キャッキャッと激しく反応するお子様たちである。


そして近年は手を振ったり、会釈をしてくれる中高生が増えた。

思い返すと12年前までは、「うるさい!」、「◯ね!」などと野次を飛ばす少年たちが存在した。

そのため、こちらに好意的な子たちに対しても、あんまりクドクドと関わることは控えていた。

それが元で前者が後者をからかったり、因縁をつけるようなことがあってはいけないからだ。

が、少子化も影響しているのか、野次を飛ばす子はいなくなり、学生は大人っぽく上品になった。

本能のままに振る舞っていたら、将来にさしつかえることを自覚する子が増えたのだろう。

「お若いかたが選挙に関心を持ってくださり、◯◯は嬉しいです。

お一人お一人に素晴らしい未来が訪れますよう、お祈りいたしております」

「18才になられましたら、市議選挙は◯◯、投票用紙には◯◯とお書きくださいませ」

などと、こちらも呼びかけやすくなったというものである。


さて、電化製品やファッションに流行り廃りがあるように

ウグイスのセリフにも流行り廃りがある…と、私は思っている。

「◯◯をよろしくお願いいたします」、「皆様のご支持ご支援」、「力一杯」「誠心誠意」…

これらをリピートするばかりでは、聞く方も飽き飽きだろうが、言う方も飽き飽きだ。


この手の古典も持ち球の一つとして使用するが、私の武器は韻を踏んだような個性的なセリフである。

今回はこの武器を多く使った。

中でも自信作は、これ。

「どうか◯◯◯◯、それでも◯◯◯◯、やっぱり◯◯◯◯、きっぱり◯◯◯◯」


このセリフは前回の選挙で試験的に使い始め、今回は持ち球の一つとして仕上げた。

単純で簡単そうだが、実は候補の苗字が四文字でなければ不可能なセリフだ。

苗字が二文字や三文字、五文字以上だと無理。

四文字限定というのが、個人的に気に入っている。

7、8、8、8のリズムで片付くなら何でもいいので

「それでも」の箇所を「絶対」や「必ず」に差し替えて強く押したり

「できれば」や「なんとか」で軽く引いたりと、雰囲気に合わせて変更する。


そしてこのセリフは、かなりの肺活量が無ければノーブレスでゆっくりと言えない。

途中で息継ぎをすると、間が抜けてインパクトが失われるからだ。

ブラスバンド出身の私にしか言えないセリフを、今回は連発した。

だからってどうということもないが、選挙カーの中はなぜか盛り上がる。


そうさ…得票数アップは望めないと確信したその時から

私は「盛り上げ」にテーマを絞った。

元々、盛り上げることには気を使っているが、さらに強く意識する。

それが4年後に繋がると思っている。



今回のウグイス服。

マミちゃんの洋品店で求めた、ワコールの製品。

動きやすいデザインと抜群の肌触りもさることながら、特筆すべきは襟。

ハイネックが立ち上がったまま、へたらないので喉の保温に最適な、まさにウグイス仕様。

ジーンズシャツの上にセーターを合わせたような、だまし絵的な柄がふざけているが

上に紫色の薄手のダウンを羽織るので目立たない。

性能重視で買って正解だった。

《続く》
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・10

2022年12月05日 10時25分12秒 | 選挙うぐいす日記
今回、町の反応はすこぶる良好。

前回や前々回と違い、手を振ってくれる人がとても多い。

これは、引退議員たちの力添えのお陰なのか。

それとも晴れて暖かい日が続き、人々が開放的な気分になっているからか。

私は測りかねていた。


感覚のほうは、もちろん後者だと主張している。

しかし、候補史上最低記録を更新した前回より

一票でも多い得票を願う私にとって、引退議員たちの介入はかすかなプラス材料。

ナンボあてにならないとはいえ、あの人たちにもプライドはあろうから

少しは増えてもいいんじゃないか…

そんな思いを捨てきれずにいた。


が、柿で確信。

やっぱりアレらを信じてはいけない。

“落選は無いけどビリ争いは確定”という前評判通りになるのは、間違いない。


それでもあわよくば、あのS氏より上の得票という願望はあった。

しかし、それも諦めざるを得ない。

S氏には元県議が二人、元市議が一人付いている。

どの人も引退してかなりの年月が経っているため、忘れ去られた化石ではあるが

化石県議の一人は会社を持っているので、少ないながらも組織票が狙え

化石市議の方は、ある政党の公認候補だったので、一定数の得票は確保できる。

うちの候補に付いた引退議員たちよりも、確実な票があると踏んでよかろう。


選挙戦も終盤、もはや何をしても無理だと判断した私は

誤解を恐れずに言えば、この選挙を捨てた。

候補はまだ40代、先は長い。

今回の選挙結果は、幾多の戦歴の中の一つとして過去に埋もれさせる。

大事なのは、4年後だ。

このまま得票数を下げて、いつかは落選、失職の憂き目に遭うより

先を見据えた動きを考えよう…。


というわけで、私はウグイスのやり方を変えた。

やりたいことを思い切りやって世間の反応をうかがい、4年後に活かすのだ。

言うなればこれは、効率の良い活動を模索する実験だった。

ちなみに私は今回を最後に引退するつもりなので、4年後のことは知ら〜ん。


そういうわけで、まず一つ目の実験。

ナミとの交代を頻繁に行うことにする。

これは、ナミが私に従順だからできる作戦。

ウグイスとして一家言ある相手だと

簡単に言うことを聞かなくて喧嘩になるだろうから無理である。


例えば住宅街では、ナミ。

声が柔らかくて耳心地が良いため、ブロック塀に反響しても騒音にならず感じがいい。

それから郊外の盆地も彼女の出番だ。

伸びやかなソプラノが山に反響し、周辺の家々に響き渡るので

わざわざ人家のまばらな所を隅々まで回らなくてもよく聞こえる。


かたや私は商店、会社、工場担当。

選挙カーがそんな場所に近づいたら、ナミからマイクを奪い取る。

都会と実家を行き来するナミと違って、完全な地元民なので

店や事務所の中から手を振る人の立場がわかる。

経営者という人種は気位が高い。

通行人と同じ扱いでは気に入らないので、社長様、専務様…などと役職を付けてお礼を言うのだ。

それから幹線道路や、広い農業地帯。

私の声質はマイクを通すとビンビン響くので、遠くまで聞こえる。


あとは敵陣周辺。

議員というのは、精神的にきつい仕事だ。

気の置けない同僚なんてのは、一人もいないぞ。

表向きは笑顔でも、嘘や裏切りなんて日常、腹の探り合い、足の引っ張り合い

罠のかけ合い、悪口の言い合い…これが普通。

職場の人間関係に悩む人は、一度、議員をやってみるといい。


その中でも特に、市の将来的ビジョンの違いや過去の確執によって

お互いに敵対心がむき出しになる相手が複数いる。

そのような所だと、ナミは精神的プレッシャーからあんまりしゃべれない。

図々しい私の出番というわけだ。


とはいえ、余計なことを言って喧嘩を売るのではない。

「あんなにデカい声のウグイスじゃあ、こっちが弱々しく聞こえるじゃないか」

そう迷惑がられることが大事。

終盤になり、どこのウグイスも疲れて声量がダウンする中

「まだ元気だぞ〜!」

というアピールは、相手をイラつかせる。

それでどうなるということもないが、せめてもの抵抗というやつよ。


つまり「弱い」と表現されるナミのウグイスと、「強い」と表現される私のウグイスを

場所によってコロコロと使い分け、効率化を図るのだ。

ナミはそれを「姐さんのプロデュース」と喜んで、素直に従う。

時間で交代するのでなく、場面に合わせて頻繁に交代すると

ナミはゲーム感覚でよく働くのだった。


どうやら彼女は、自分がマイクを持つと

彼女が勝手に決めている15分の制限時間が経過するまで

交代してもらえないという重圧を感じるらしい。

ウグイスチームで刷り込まれたのだろう。


それが5分や10分足らずでしょっちゅう交代するようになると

15分の呪縛から解き放たれる様子。

限界の15分が近づくと、早く交代したくて恐ろしく早口になり

挙句は噛んで落ち込むために交代せざるを得ないという悪循環も無くなった。


この作戦はまた、誰よりも美しい声と発音を持つナミを活用する手段でもあった。

「せっかく良いセリフをたくさん持っとるのに

早口で飛ばしたら、撃つ弾が無くなってもったいないよ。

ゆっくり、ゆっくりね」

たびたび言ってやると、格段に良くなった。

結局、それぞれの仕事時間を合計すると同じぐらいか

むしろナミがしゃべっている方が長くなったかもしれない。


彼女と一緒に仕事をするようになって8年、3回目の選挙で初めて

労働時間ヒフティ・ヒフティの目標は達成された。

そのため、疲労の度合いもかなり違うようだ。

最終日まで、この手で行くことにする。


頻繁な交代実験に加えて行った二つ目の実験は、セリフの変更。

いっぺん通りのご挨拶やお願いは、こういうのが上手いナミに任せて

こっちは自己主張オンリーにする。

私は元々、自己主張が強めのウグイスだが、それをますます前面に押し出す。

自己主張といっても、自分を主張するわけではない。

そんなウグイスがいたら、困るじゃないか。

あくまで候補本人の言いたいことを代弁する形である。




夕食の弁当。

この日も美味かった…多分。

ほとんど食べられないのが、いつも残念よ。

活動の様子を撮影してお目にかけたいのは山々だけど、時間が取れない。

弁当で勘弁してちょ。

《続く》
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・9

2022年12月02日 13時51分40秒 | 選挙うぐいす日記
選挙戦5日目の木曜日。

この日の午後は、ヨッちゃんがドライバーだ。

候補は途中で選挙カーを降りて、人に会うという。

彼はこの予定のために、遠慮の無いヨッちゃんをシフトに組み入れたらしい。

そしてこの措置は、候補が我々に与えてくれた息抜きでもあった。

5時半の交代まで、どこへなりと自由に街宣していいというお達しなので

ナミを助手席に座らせ、候補の身代わりにしてしゃべらせることにする。


「さ〜て、どこから攻めようか」

と言うヨッちゃんに、私がねだったのはこれ。

「Sさんの事務所ツアー!」

S氏の事務所の前を通り、和美さんとその取り巻きを見るのは楽しいのだ。

同業者が来たら外に出て手を振るように…そう教えられて実践しているのだろう。

和美さん、そりゃもうはしゃいで、手を振りまくるというより踊りまくる。

一緒に走り出る、夜のお仲間らしき人々も同じく。

皆さん、彼女と同年代の50もつれで、美人というのではないけど

化粧をし慣れているのと明るい色の服を着ているため、とても華やかなのだ。


これじゃあ、消耗軍団の出る幕はあるまいよ。

毛玉だらけの黒やグレーの服をダラッと着た、スッピン軍団とは雲泥の差。

海千山千であろう和美さんが事務所を仕切るとなれば

一人っ子で温室育ちの消耗夫人も太刀打ちできまい。

事情通のヨッちゃんの案内でそれらを見物したら、楽しさ倍増に違いない。


「行こう!行こう!」

ヨッちゃんも賛成し、一行はS氏の事務所へ向かう。

「みりこんちゃん、和美をよう見とけよ。

ワシの顔見たら固まるけん」

目的地に近づくと、ヨッちゃんは謎めいたことを言った。


かくして事務所の前を通ると、例のごとく和美軍団が数人

中から走り出して来た。

いつものように、飛び跳ねながら手を振る和美さん。

ヨッちゃんはわざとゆっくり進むので、今日はじっくり見られるぞ。


おお、カールしたロングヘアは、赤と茶色の二色使い…

あの所作はもしかして、彼女の故郷のお祭、ねぶたなのか…

ラッセ〜ラ、ラッセ〜ラ…

だから珍しくて面白いのかしらん…。


そんなことを考えていたら、ヨッちゃんが車を停め

「和美〜」

と軽く呼んだ。

「え〜?誰?」

と言いながら小走りに近づき、車内を覗き込んだ彼女から笑顔は消えた。

そして時が止まったかのごとく、ストップモーション。

それを確認して、通り過ぎる我々。

大満足のツアーだった。


「あの人、何で止まっちゃったの?」

後で、ヨッちゃんにたずねたのは言うまでもない。

「フフ…ちょっとワケありなんよ」

予言通りになったので、満足げなヨッちゃん。

彼が人目、いや人耳をはばかりながら断片的に話した内容を繋ぎ合わせると

ヨッちゃんは彼女の婚活対象者だっだらしい。

東京の宗教団体から、こちらへ帰ってきた和美さん夫婦だが

ご主人は実家の会社へ戻ることができなかった。

喧嘩別れしたお兄さんのブロックが強く、割り込む隙が無かったのである。


そこで和美さんは、生活のためにスナック勤めを開始。

計算違いを知った彼女は男の乗り換えを考えたらしく

店のお客で、“夜の帝王“の異名を持つバツイチのヨッちゃんと懇意になった。

二人はこのままゴールインかと思われたが、そこへ現れたのが

ヨッちゃんと一、二を争う夜の帝王、S氏。

閑古鳥が鳴く田舎町の酒場で、夜の帝王がこの二人しかいないのはさておき

こっちの帝王はバツが付いておらず、一貫した独身の一人暮らしだ。

老いた母親と暮らし、別れた妻が引き取った子供のいるヨッちゃんより

身内が少ない分、条件はいい。

しかもS氏は、ヨッちゃんより6才若い。

結果、今年に入って和美さんは、立候補を決めたS氏に乗り換えた。


そりゃ年金夫人より、市議夫人の方がいいわよねぇ。

今回はたまたま運が良くて、当選はほぼ確定だから。

和美さんは綺麗だし明るいし、長い独身を守ったS氏はいい人を見つけたんじゃないかしらん。


以上がヨッちゃんとの予期せぬ再会で、和美さんが固まったてん末。

選挙中にこんなことを話していると知れたらヒンシュクを買いそうだが

裏はこんなものよ。

彼女のように逞しい女性もいるのだから、世の女性たちもクヨクヨしないで

果敢に我欲を追求してもらいたいと思い、お話しした。



さて、それからの選挙カーは近くを流していたが、助手席でしゃべっていたナミが車酔いした。

先日の宙ぶらりん事件以降、ナミはヨッちゃんの運転を怖がるようになり

緊張もあったのだろう、気分が悪くなったのだ。

そこでナミと座席を交代し、夫の会社へ向かう。

夫が居たので、皆でおしゃべり。

ナミは夫にジュースを買ってもらって、嬉しそうだ。

20分ほど遊び、また町を一回りして帰った。


その間にナミの師匠から、ナミに連絡があった。

師匠も、前回と同じ候補のウグイスをしている。

広島市内から通うのは大変だが、その候補はケチで宿泊費を出してもらえないため

自腹でこの町のホテルに泊まっているそうだ。

そこまでしてウグイスをやりたいという、彼女のど根性は見上げたものだ。


師匠がウグイスをやっているY候補とうちの候補は以前、同じ会派で仲良しだった。

しかし数年前に師匠の候補がうちの候補を裏切ったため、犬猿の仲になった。

そこで師匠はこちらの状況を探るべく、ナミに時々電話をしてくるのだった。


とはいえ今回は、あからさまな探りを入れてこない。

宿泊費が出なかったこともだが、ヒステリックな候補なので毎日が辛いそうで

和やかなこちらを羨ましがること、しきりだ。

かなり投げやりになっていて、かえって向こうの情報を伝えてくる。

いつもたいした内容ではないが、この時は参考となる案件あり。

「一昨日、Iさんの所へ寄ったら柿をご馳走してくださったのよ。

お皿に盛って爪楊枝まで刺して、待っていてくれたの。

お土産にもたくさん持たせてくれたわ」

というもの。


Iさんというのは、やはり今回、立候補せずに引退を決めた女性議員。

そして表向き、うちの候補に肩入れしてくれているという話だ。

つまり出陣式に来た引退議員その1、毎日事務所に来る引退議員その2と並ぶ

引退議員その3よ。

この人の自宅は、郊外に広がる農村地帯の最後にある。

敷地が広いので選挙カーが方向転換するのに便利でトイレも貸してくれるため

たいていの選挙カーが立ち寄る休憩スポットだ。


「姐さん、私たちIさんのおうちに何回も行きましたけど

柿なんてもらったこと無いですよねぇ」

不安そうに言うナミ。

そうさ、うちらは何回行こうと、柿のひとかけらももらったことは無い。

しかしY候補一行には柿が振る舞われ、土産まであった。

そのことに、私は呆然とするのだった。

食べ物の恨みではない。

気分は猿蟹合戦の蟹みたいだが、柿なんぞ田舎にゃナンボでも転がっている。


Iさんは選挙前、うちの候補を連れて支持者の家を100軒以上回ってくれたという。

「100軒紹介してくださったからと言って100票入るとは思いませんけど

2割から3割はイケるんじゃないかと…」

候補は嬉しそうだった。

が、選挙戦が始まって彼女の地盤に行くと、見事に反応が無い。

これには候補も首を傾げていた。


I女史の本心は、議員経験が長く得票数も常にトップ争いの大物市議

Y候補にあったのだ。

こういうことはよくあるので、裏切られたと言いたいわけではない。

問題はうちの候補の票読みに、現実との落差があるということだ。

引退議員その1とその2も、おそらく同じようなものだろう。

得票は期待できない…つまりヤバい…私は改めて確信するのだった。

《続く》
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・8

2022年11月30日 15時10分35秒 | 選挙うぐいす日記
ナミのカッパを腰に巻き、運転を再開した夫。

ジャンパーとトレーナーを失い、薄い半袖シャツだけになったが

運転席の窓を全開にしているので寒そうだ。

匂いを気にしているらしい。


「半袖じゃあ寒いですよ…気にしないで窓を閉めてください」

候補は何度か言った。

選挙カーの窓は全て、朝から晩まで全開が基本。

運転席の窓だけでも閉めて、暖を取ってほしいという候補の配慮だが

夫は閉めなかった。

それが彼にとって、せめてもの誠意であるらしかった。


やがて選挙カーは山奥村に入った。

「キーが無い…」

ここで夫が気づく。

さっきのゲリラ事件からこっち、ずっとエンジンをかけっぱなしだったし

気が動転していたこともあって、キーの所在は眼中に無かったのだ。


「キーが無いと、走れなくない?」

候補は言うが、やはりキーは無い。

キーが無いまま走るなんて、誰も経験したことが無いので

無ければどうなるか、わからないのだった。


「帰りに、さっきの場所を通ってみましょう」

ということで再び現場を訪れ、ジャンパーを探して拾い上げると

ポケットには選挙カーのキーと夫の車のキーが入っていた。

キーから遠く離れても、エンジンさえ切らなければ走行できるらしい。


その後は候補の考えた隠蔽工作に従い、夫は事務所のごく手前で選挙カーを降りた。

急に気分が悪くなって、先に帰ったことにするのだ。

腰にカッパを巻いた不思議な姿で、事務所の人々に会わないためである。

そして選挙カーの車庫入れは、候補が後援会長に依頼。

車内に残留する異臭については

「◯◯牧場へお願いに行ったんですが、足元が暗くてタイヤと靴が汚れました」

と説明した。


これが他の候補だったら、夫はどうなっていただろう。

その場へ置き去りか、話がすぐに広がり、おもらし君なんてあだ名を付けられるかも。

今回、立候補している人たちを思い浮かべてみるが

うちの候補のような対応のできる人物が何人いるだろうか。

この子のために、いっそう頑張ろう…私は改めて誓うのだった。


悪夢のような一夜が明けた。

後で夫から聞いたが、彼は翌朝、ナイロン袋と水を持って

密かに現場へと向かったそうだ。

ヘンゼルとグレーテルの痕跡を掃除し

脱ぎ捨てたジャンパーとトレーナーを回収して廃棄するためである。

前夜は匂いの問題から、衣類を選挙カーで持ち帰るわけにいかなかったのだ。

自主的に行ったところを見ると、かなり反省している模様。


心配していた彼のメンタルだが、何のことはない、ケロリとしたものだ。

そうそう、こういう人だったよな…と思い出す。

しかしギリギリの滑り込みは無くなり、早めに事務所へ来るようになった


「昨夜はご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした」

事務所に出勤して、候補とナミに謝る。

「忘れる約束ですよ。

大丈夫、誰にもバレていません。

皆さんが帰られた後で、こっそりファブリーズはしましたけど

その時も匂いなんて無かったですよ」

候補は小声で言い、ナミも

「迎えに来てくれた妹にも、誰にもしゃべってません」

と言った。


私はといえば、帰宅するなり義母と息子たちに一部始終を話し

皆で腹を抱えて笑いまくった。

夫に気の毒なことをしたと思いつつ、8時前になったので

心配しながら選挙カーに乗り込んだが、本当に何の匂いも無かったのでホッとした。

ナミのカッパは、かなりいい仕事をしたようだ。

カッパの持ち主はあんまり働かないが、迷惑をかけたので大目に見るしかない。



さて今回の選挙で、私の目玉は何と言っても新人のS氏。

11年前の県議選を覚えておいでだろうか。

それまで市議だった候補が県議選に出馬することになり

市議時代にウグイスをしていた私が引き続き雇われた。

この時の敗北により、候補は政界を引退したため

私は現在の候補のウグイスをすることになったいきさつがある。


それはさておき、その11年前の県議選で

“不登校児童の母の会(仮名)という団体が、選挙事務所を牛耳っていたことは記事にした。

選挙を知らないまま、ネットで調べたうわべの知識をひけらかす非常識な集団で

事務所の中は常にゴタゴタしていた。

私はその団体の会長に消耗夫人、取り巻きには消耗軍団とあだ名を付けて

さんざんこきおろしたものだ。


この消耗夫人と婿養子の夫に、いつも金魚のフンみたいにくっついていた50代後半の独身男…

11年後の今は60代後半になっている…

それが今回、新人として立候補するS氏なのである。

悪い人間ではない。

地元の大企業を早期退職したばかりで暇だったらしく、毎日、選挙事務所へ来ては

消耗軍団の小汚い女どもとおしゃべりに興じていた、ただの役立たずだ。

この時、選挙に関わったことで、男の野心が首をもたげたのだろう。


彼の立候補を聞いた時、私はすぐに思った。

「事務所の仕切りは、消耗夫人率いる消耗軍団。

ドライバーは、あの時の事務局長。

ウグイスは消耗軍団のメンバー、ダミ声の美香子。

魔の県議選、アゲイン…まあ、わたしゃ関係ないけん良かった」


蓋を開けてみると、ドライバーは確かに事務局長だった。

しかしウグイスは、美香子かどうか未確認のまま終わった。

このドライバーは山道や裏道ばっかり走るので、選挙カー同士が滅多に出会わない。

そしてこのドライバーはスピード狂。

たまにすれ違ってもアッという間に走り去り、ウグイスの声までは確認できないのだった。


それから私の予想では、消耗夫人が選挙事務所に詰めているはずだった。

が、事務所の前を通ると、中から出てくるのは彼女ではなく知らない派手なオバちゃん。

手を振りながら飛んだり跳ねたりするので、なかなかの見ものだ。

一緒に出て来る何人かの女性たちも、明るいラテンなムード。

どんよりジメッとした消耗軍団とは、着ている物も雰囲気も真逆だ。


一方で消耗夫人は、いつも家に居る。

選挙カーで彼女の自宅近くを通るたびに、家から出て来て手を振るのだ。

朝昼晩、いつ何どき行っても必ず家に居る。

ということは消耗夫人、事務所に詰めてないということになる。


その事情はうちのドライバー、ヨッちゃんが知っていた。

「Sは、スナック◯◯に出ようる和美とデキたんよ。

事務所は、和美が仕切っとるらしい」

その和美さんは東北出身の50代で、最近まで人妻だったそう。

しかし酒場で、S氏との恋が芽生えた。

S氏は今回の立候補にあたって、不倫では人聞きが悪いという結論に達し

夫婦を別れさせたという話だ。

あの地味なS氏が略奪愛…私は身震いを禁じ得なかった。


それから別れた旦那さんのことを聞いて、二度びっくり。

夫の会社の近くにある鉄工所の次男だった。

どこにでも転がっている話だが、父親の鉄工所を兄弟で引き継ぎ

お決まりの兄弟喧嘩で決裂、というクチ。


やがて次男さんは会社を辞めて新興宗教に走り、東京にある本部で修行に励んでいた。

その修行で東北から来ている女性と出会い、お互いに何回目かの結婚をしたそうで

2〜3年前、夫婦でこちらへ帰って来たのも聞いていた。

その奥さんが、話題の和美さんだったようだ。

《続く》
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・7

2022年11月29日 13時42分28秒 | 選挙うぐいす日記
選挙カーのスピーカーが民家の軒先に接触した時のドライバーは、候補の親戚。

皆からトシちゃんと呼ばれている、70代の気のいい大工だ。

彼は昼までの業務を終えたその足で現場を見に行き

我々が昼ごはんを食べている間に修繕して戻ってきた。

幸い、大きなダメージではなかったという。


「大工さんがいてくださると、助かりますねぇ」

食後のお菓子を食べながら、他人事のように言うナミ。

「おまえのせいじゃ」

小言を言う私。

「え〜?私のせいなんですか?」

本気で驚くナミ。

驚きたいのはこっちじゃっちゅうねん。

その夜、このナミが役に立とうとは夢にも思わなかった私である。



夜間のドライバーは夫。

その日も5時半に選挙事務所を訪れ、戻って来た我々と一緒に夕食を済ませると

6時に出発した。


最初は順調だった。

やがて7時を回り、選挙カーはひと気の無い山道にさしかかる。

この先にある山奥村を一巡したら、本日の業務は終了だ。

と…夫は選挙カーを突然停め

「ダメだ、こりゃ」

ドリフのいかりや長介みたいに言い捨てると、車を降りて後方へ走り去った。


候補も我々ウグイスも、いったい何が起こったのかわからない。

何かにぶつかったり、何かを轢いた感触も無かったし…

おしっこかな?この人も前立腺が危ういお年頃よね…

などと思いながら車を降り、夫の走り去った方向へ向かう私。


夫の行方は、すぐにわかった。

煌々と灯る選挙カーのアンドンに照らされた道路…

そこには、おはぎ大の“ブツ”が点々と落下していたからである。

ヘンゼルとグレーテルの話を思い出しながら、その点々の先を見ると

夫は道路の端にある浅い側溝に立ち尽くしていた。


「どしたん?」

一応たずねた。

アンドンの明かりに浮かび上がる夫は、浮気が見つかった時と同じ

当惑した表情でつぶやく。

「出た…」


何が?…私は問いたかった。

“幽霊”とでも言ってくれたら、どんなにいいだろう…

それがダメなら、おしっこでもいい…良くはないが妥協する…

しかし願いも空しく、幽霊やおしっこでない物が出たのは確か。

間に合わなかったらしい。


はなはだ気の毒な状況となった夫だが、これは自業自得である。

彼は毎日、夕方までの仕事を終えると、いつも友だち数人で集まり

6時までおしゃべりをして過ごすのが日課。

選挙戦が始まっても、この習慣を変えることは無かった。

仕事の無い初日の日曜日を除き、月曜日と火曜日は

仕事が終わると相変わらず友だちの所へ行って5時半まで過ごしていた。

それから選挙事務所に駆け込み、大急ぎで弁当を食べるやいなや

6時に選挙カーで出発するという慌ただしい行程を繰り返していたのだ。


選挙カーの運転は、本人が思う以上に負担の大きい仕事である。

こんなことでは心身に無理が来ると感じた私はその朝、夫に苦言を呈した。

「もう若くないんだから、余裕を持って行動した方がいい。

一週間ぐらい、友だちに会えなくてもいいではないか」

しかし頑固な夫が聞き入れるはずもなく、その日もギリギリになって選挙事務所に来た。


これをやると、事務所に居る几帳面な人は心配する。

手伝いの奥様がたも、ただでさえ慣れなくて段取りが悪いのに

急いで弁当やお茶を出さなければならなくなり、バタバタと慌てふためく。

私はそれを眺めるにつけ、いたたまれない気持ちになった。

早めに顔を出して周囲を安心させるのも、選挙カー搭乗員の使命である。

今だから言うが、夫と一緒に選挙活動をしたくなかった理由の一つは

いつもギリギリに滑り込み、結果オーライで乗り切る彼の性分だ。

たかが市議選とナメてかかる夫に、言うなれば天罰が下ったとしか思えない。


とはいえ、この天罰にはさすがに私もうろたえた。

崖っぷちどころか、もう落ちてしまった気分よ。

それでも道路に点々と落ちていたブツが水状でなく、かろうじて形を成していたことや

夫がしゃがみ込んだり倒れたりせず、側溝に立ち尽くす体力を保持していたこと

いっそ出るものが出て、わりあい元気そうなことに安堵を感じてもいた。

食中毒や感染症などの深刻な病状ではないと思われたからである。

明日からドライバーができないなんてことになったら、候補や陣営に申し訳ないではないか。


私は車にとって返し、候補とナミに事情を説明。

「すみません…ゲリラに襲われたみたいなので、少々お時間いただきます」

「大丈夫ですか?」

候補もナミも心配そうだ。

「もう手遅れなので、後始末が終わったら、すぐ稼働しますね」

「姐さん、そんなこと気にしないでください」

「ありがとうございます。

ただ、お二人には匂いを我慢していただくことになりますが…」

「僕は親父の介護で慣れてますから、何ともありません」

「私も全然、大丈夫です」


起きたことは仕方がないとして、問題は夫のズボンじゃ。

着替えなんて持ってないので、再び選挙カーに乗るとなると

座席を汚すのは決定事項。

夫は着ていたジャンパーと薄手のトレーナーを脱いで、半袖シャツ1枚になっていた。

ジャンパーとトレーナーが無事であれば、その2枚を座布団代わりに敷いて

運転させることができるが、ジャンパーの方は汚れた腰回りに巻こうとしたらしく

すでに“ブツ”まみれ。

トレーナーはティッシュ代わりに使用したらしく、側溝に落ちている。


どうしようもないので、私の使っている座布団を犠牲にしようと思った。

が、ただでさえ座高の高い夫が、これ以上高くなったら天井に頭がつかえるかも…

と思案していたら、ナミが言った。

「あの、私、ビニールの雨ガッパを持っているので、よかったら敷いてください。

すごくボロなので、そのまま捨てられますから」

晴れた日にカッパを持って来るのが、ナミ。

しかしそのお陰で、運転席のシートは守られた。


「皆さん、これは夢です。忘れましょう」

候補は前日の宙ぶらりんに引き続いて言った。

「はい、何も覚えていません」

私とナミは答え、夫はナミのカッパを腰に巻いて運転を再開した。


活動を中断して、早々と事務所に帰る選択肢は無い。

イレギュラーなことをしたら事務所で説明が必要になり、夫の不幸が公となる。

夫をこの場に残して息子を迎えに来させ、候補か私が選挙カーを運転するのもダメ。

選挙カーのドライバーは登録制なので、誰でもいいというわけにはいかない。

事務所から登録してあるドライバーを呼んで、交代するしかないのだ。

そうすれば、やっぱり夫に起きた問題が明るみに出てしまう。

候補はこれを回避するために、身体が大丈夫であれば続行を、と望んだ。


私もまた、すでに悲惨な状態のズボンが元に戻るわけじゃなし

夫には任務を遂行させる方が、彼の精神的ダメージを少なくできると思った。

そして夫もやると言うので、続けることになった。

選挙は候補にとっても、我々運動員にとっても命懸けの勝負。

腹を下したぐらいで、へこたれてはいられないのである。

《続く》
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・6

2022年11月28日 08時04分50秒 | 選挙うぐいす日記
宙ぶらりんの選挙カーで、私には即刻やらなければならないことがあった。

後部座席の右側で、窓枠にもたれたまま固まっているナミを窓から引き離し

私の座る左側…つまりタイヤが地面に残っている方へ寄らせること。

少しでもこっちへ移動させて、車体の安定を図るのだ。

ペーパードライバーのナミは自分の置かれた状況がわかってないため

全くあてにならないが、指示はよく聞くので助かる。


そのナミ、私より3才年下なのでじきに還暦だが、この4年間でずいぶん増量した。

年齢不詳の美魔女にも、代謝の低下による肥満が忍び寄った様子である。

ナミの増量が功を奏したのか、彼女が窓から離れて左側に寄ると車体のユラユラは止まった。


続いて私は天に祈る。

「どうかここに、他の選挙カーが来ませんように!」

この祈りは4年前、選挙カーが線路の高架にぶつかった時と同じだ。

あの時は近くの畑に居たおじさんが

外れたスピーカーとアンドンを戻す作業を手伝ってくれて事なきを得たが

よその選挙カーに目撃されなかったのは幸いだった。

笑い者になったり憐れまれたりして、候補に恥をかかせるわけにはいかないではないか。

生命の危機より、断然そっちが気になる…それがウグイスの性分である。


このような万事休すの事態が訪れても、候補は冷静だ。

常に平常心の普段と全く変わらない。

ユラユラがおさまると、彼は助手席からそっと車外に出て

高さ1・7メートルほどの崖下に降りて行った。

そして下から車体を見上げ、何げない日常会話と同じようにサラッと言う。

「左の後輪がわずかに残っているので、ここから支えてみます。

バックしたら、ひょっとして元に戻れるかもしれません」


ドライバーのヨッちゃんも助手席を伝って車を降り、崖下から車を見上げる。

「みりこんちゃん、下から二人で支えるけん、運転席に移動してバックしてみて」

「はい」

とは言ったものの、私が車から降りようとすると、またユラッと揺れる。

無理に降りれば、選挙カーはナミもろとも転落だ。


短い会議の結果、候補が下から車を支え

ヨッちゃんが再び運転席に戻ってバックすることになった。

私とナミは後部座席に残り、二人の体重で車を安定させる。

4人で一致団結、この難局を乗り切るのよ!

といっても体重係の私とナミは、座っているだけなんだけどね。


崖下から戻ったヨッちゃんが、助手席を乗り越えて運転席に移ろうとすると

車は重心が変化して再び揺れた。

これ以上揺れたら危ないので、私はヨッちゃんが移動するペースに合わせ

未だ呆然と固まっているナミを徐々に自分の方へ引っ張ってバランスを調節。

後部座席の真ん中にはマイクの起動スイッチが固定されて横たわっているため

思うように引き寄せられないが、力づくで引っ張る。

私にできる援護は、それしかなかった。


ヨッちゃんは無事に運転席へと辿り着き、バックギアを入れてアクセルを踏んだ。

ギュルルル!ガガガ!

派手な音を立てる選挙カー。

ここが、ひと気の無い場所だったのは救いである。


何度目かのトライで車はグラリと揺れ、元に戻った。

選挙カーに戻った候補は謝ろうとするヨッちゃんを制し、相変わらず日常会話のように言う。

「皆さん、これは夢です。忘れましょう」

「はい!何も覚えていません」

私とナミは返事をし、選挙カーは何事も無かったかのように再び走り出すのだった。


翌朝、ヨッちゃんはドライバーの当番ではなかったが

出発前にわざわざ事務所へ来た。

私とナミに改めて謝ろうとしたのだ。

「みりこんちゃん、ナミちゃん、怖い思いをさせてごめんなさい」

そう言って、ツルツルの頭を下げるヨッちゃん。

こういうことは秘密にしたいだろうに、他の人がいるのも気にせず謝るのは

彼らしいところである。


「ヨッちゃん、何を言うとるの。

4年前の高架を体験したうちらに、怖いものなんかありゃせんわいね」

私は言った。

「雷が10発ぐらい落ちたような音がしたけん

こりゃ死んだわ思うたけど、目ぇ開けたら生きとったわ。

それより、あの状態で車を元に戻したヨッちゃんはすごいよ。

奇跡を呼ぶ男じゃ」

ヨッちゃんは、ホッとしたように笑った。


そこへタイミング良く、誰かが聞きつけたニュースがもたらされる。

昨日、別の候補の選挙カーが、例の高架を通ろうしてスピーカーとアンドンをぶつけ

走行不能になったばかりか、電車が止まったという。

大いに湧く一同。

ほらね、よその陣営に不幸が起きると盛り上がるのよ。

だから、見られるのは嫌なの。


昼になって事務所へ戻ると、引退議員その2…通称古ギツネが来ていた。

「差し入れにコケモモ堂(仮名)のコケ饅頭(仮名)を持って来るつもりじゃったが

休みじゃった」

と皆の前でおっしゃる。

コケモモ堂は、古ギツネの家の近所にある和菓子屋だ。


翌日も、その翌日も、古ギツネは毎日選挙事務所を訪れた。

文字通り、“事務所に詰める”というやつよ。

そして毎日、我々の前でコケ饅頭のことを言っていたが

饅頭は最終日まで差し入れられることは無かった。

彼がうちの候補にくれるという票も、似たようなものだろう。


3日目、狭い道路で右折をする際、選挙カーのスピーカーが家の軒先に接触。

私は後部座席の左側で仕事中、ナミは右側でお手振りという名の休憩中だった。

「右上の確認は、ナミちゃんの仕事よ」

私は厳しく言う。

狭くて入り組んだ場所では、高い位置にあるスピーカーが軒先や看板に接触しないよう

上を確認して誘導するのもウグイスの大切な仕事だ。

その責務はしゃべっていても同じで、ましてや

しゃべってないナミが上の確認を怠るのは言語道断。


「あ、私ペーパーなので、見てもわからないんです〜」

「やかましい!当たりそうかどうかぐらい、わかろうよ!

チョコ食べる暇があったら上を見い!」

ナミの膝かけの上に散らばる無数の包み紙を指差して、どやしつける。

今回は私のセリフを盗むために録音やメモをしなくなったと思ったら

事務所でもらったお菓子ざんまい…これじゃあ太るはずだ。


「チョコ食べたら、元気が出ませんか?」

「話をそらすな!次やらかしたら、チョコ禁止!」

「え〜ん!」

「やめい!還暦の泣き真似は見苦しい!」

「は〜い」

ここまで言っても決して根に持たず、姐さん姐さんと慕ってくるのが

ナミの可愛らしいところである。


後で候補が私にこっそり言った。

「姐さん、ナミさんに注意してくれて、ありがとうございました。

上を確認しないのは前から気になっていたんですけど、今さら言いにくくて」

「誰よりも素晴らしい声と滑舌持ってる子なのに

車両の安全確認が抜けてるから、師匠のウグイスチームでは冷や飯なんだと思います。

チームに戻って活かせるように、今回は叩き込みます」

「ビシビシお願いします」

候補と私は、すっかりナミの保護者気分だ。



選挙中にヨッちゃんがたびたび買ってくれた、タコ焼き。

我々ウグイスのオヤツだが、店員さんの票固めという目的もある。

《続く》
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・5

2022年11月26日 10時00分34秒 | 選挙うぐいす日記
午後5時30分、夕食のために選挙事務所へ帰ったら

引退議員その2が来ていた。

朝の出陣式に来たのが古ダヌキなら、こっちは痩せた古ギツネ。

ただし立候補したのは、うちの候補より一期後なので

議員経験は候補より浅いまま、このたび引退する。

事務所ではふんぞり返っておられるが、さあ、どうだかね。




晩ごはんの弁当。

ここの弁当は、そりゃもう美味いんじゃ。

昼食と夕食は町の小さな食堂が、候補のために選挙の間だけ特別に作ってくれるんじゃ。

どれも最高の味付けで、おむすびの中に入っている梅干しまで香り高くて美味い。

お腹がいっぱいになると業務に差し支えるので、大半を残すことになってしまうのが残念だけど

実のところ、私はこの弁当に魅せられてウグイスをやっているのかもしれない。

高齢の店主が作ってくれなくなったら、ウグイスを辞める自信あり。



夜間の興行に備え、我が夫も事務所に来ていた。

亡くなった某国会議員の専属ドライバーという鳴り物入りで

なんか張り切ってるけど、大丈夫かしらん。


が、心配したほどでもなく、6時から8時までの2時間を無事に務めた。

43年連れ添っているけど、夫の運転する選挙カーに乗ったのは初めて。

普段の運転が荒っぽいので期待してなかったが、確かにうまかった。


キモは、ブレーキの使い方だ。

停車する時やスピードを緩める時は誰でも気を使ってくれるが

方向転換やバックの時は個人差が出る。

慣れない人は前進に神経を使っても、方向転換とバックは営業外という意識が定着しているので

車両のコントロールがおざなりになりやすいのである。


しかしその間もウグイスは仕事をしていて、しゃべりに集中している。

バックする際、エレベーターに乗った時みたいにフッと落ちるような感覚を味わうことがあり

道路に段差や傾斜があると、その感覚はより強まる。

愉快とは言えない感覚の積み重ねは消耗するもので、この繰り返しが疲労を生む。

夫の運転は、それが一度も無かった。


「私、いろんな選挙カーに乗ってきましたけど、パパさんみたいにうまい人は初めてです!」

本心だか、おじょうずだか知らないけどナミは大絶賛。

「これが本当の国政ドライバーです」

候補もなぜか得意げだ。


そして夫が一番心を砕いているのが、選挙カーの雰囲気を明るく保つことらしかった。

候補と仲がいいのもあり、冗談を言いっぱなしの笑いっぱなしで

候補もナミも大満足。

良かった…

二日後に起きる悲劇も知らず、私は心から安堵したものであった。



さて翌日、つまり2日目がやってきた。

この日、午前中のドライバーは昔、私とペアを組んでいたヨッちゃん。

私より一回り上の74才で、気心の知れた間柄だ。

酒好きがたたって十何年か前に脳梗塞を患ったものの、前回、前々回と

ドライバーで参加している。


しかし彼はこの4年の間に2回、やはり脳梗塞になったという。

「大丈夫かな?」

前夜、夫の運転技術への不安が杞憂に終わり

別件を案じる余裕ができた私は密かに思っていた。

初回の脳梗塞以来、彼は言葉がほんの少し不自由になったが

それは古い付き合いでなければ気づかない程度だった。

しかし今回、わずかながら進行したように感じたからだ。

選挙事務所の中にも心配する人がいて、出発前には交代案もささやかれた。


けれども我々遊説隊にとって、ヨッちゃんは大事な仲間だ。

気配りに優れ、車内の明るいムードを保つことにかけては彼の右に出る人はいない。

候補が一番リラックスできるドライバーも、彼である。

やる気になっている彼を交代させたら、どんなに傷つくことか。

何も知らないナミはさておき、候補と私は「何があっても我々がカバーしよう」と誓い合い

交代案を却下してヨッちゃんに生命を預けることに決めた。


選挙カーは走り出す。

ナミにしゃべらせて、近所を一回り。

「おはようございます、◯◯でございます。

選挙戦も二日目となりました。

ご近隣の皆様には、連日ご迷惑をおかけしております…」

彼女は、面倒臭い朝のご挨拶が得意だ。

しかも慌ただしい月曜日、爽やかに響き渡る彼女の声の方が断然ふさわしい…

ということにして、ナミに仕事をさせながら市街地に向かう。


が、交通量が多くなってくるにつれ、何だか危うい感触が…。

何年か前から、歩行者が横断歩道の前に立っている時

車は必ず停車し、歩行者を渡らせる決まりになった。

ヨッちゃんはこれが無理みたいで、渡ろうとする歩行者の前をすり抜けるため

助手席の候補が何度か注意した。

脳梗塞あるあるの一つだと思うが、罹患以降の新しい交通ルールがインプットされてないらしいのだ。


運転の方も、なにげに荒いような気がする。

さきほど話したエレベーターで落ちる感覚、多発。

バックの時だけでなく、ちょっとした下り坂や段差をノーブレーキで進むからだ。

こんな運転をする人じゃなかったよな…

まあ、交通事故さえ起きなければ、昼の交代まで何とか持ちこたえて…

と思いながら、やって来ました隣町。


その町外れには、新しくできた大きな道路がある。

初めて通る道を快適に進んでいると、分かれ道に出た。

あからさまな分かれ方ではなく、最初のうちは同じ方向へ進む形になっていて

じきに左側は上り坂、右側は下り坂の道へと分かれる形だ。


そこへ差し掛かった途端、選挙カーはガタンと大きく傾いた。

ヨッちゃん、上り坂と下り坂に分かれる部分の真ん中を走ったみたい。

車体は左側半分を上り坂に留め、右半分は下り坂の上の空中で宙ぶらりんになったわけよ。

これも脳梗塞あるあるなのか、初めて通行する新しい道路の把握ができにくかったようだ。

得票が崖っぷちの候補と、体力が崖っぷちのウグイス

そして病気で崖っぷちのドライバーは

文字通りの崖っぷちでユラユラと揺れる身の上となった。

《続く》
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・4

2022年11月24日 12時57分48秒 | 選挙うぐいす日記

『母ちゃんが働いている間、お留守番の愛犬パピ。

もう12才なので白髪が増えて、すっかり白い顔になりました』


さて、市役所の駐車場からスタートした選挙戦の話に戻ろう。

第一声を挙げた我々遊説隊は、そのまま街宣活動をしながら選挙事務所に直帰。

クジで引いた番号が遅かったため、9時に開始予定の出陣式に5分ほど遅れて到着した。


出陣式の司会は、私がやることになっている。

というより、相棒のナミが全力で辞退するのでやるしかない。


事務所に帰ったら、うちの候補を振り回した引退議員の一人が

急きょ来賓として訪れているではないか。

そいつらの中で一番タチの悪い、古ダヌキだ。

その古ダヌキが挨拶をしたいそうなので、式次第に加えることとなった。


司会には、このように突発的な変更が付いて回る。

4年前の出陣式では後援会長の後、副会長が挨拶する段取りになっていたが

その副会長を紹介したところ、本人が皆の前で

「副会長を引き受けた覚えは無い」と言い出し、雰囲気が張り詰めた。

一瞬ざわついたが、司会が戸惑って沈黙する時間は1秒も無い。

仕方なく、当時、相撲か何かで流行っていた

“差し戻し”という言葉を使ってお茶を濁した。

「それでは差し戻しまして、ご近所の皆様を代表して◯◯△△様に

激励のお言葉をいただきます」

ちょっと空気が緩んだのを感じ、ホッとしたものだ。


後援会の関係者、つまり候補の一味であれば

身内として呼び捨ての上、“ご挨拶させていただきます”と紹介する。

しかし急に一味でなくなり、候補側から遠くなった人物は、名前の後に様を付ける。

そして様付けの人物が発する言葉は挨拶ではなく、激励のお言葉になり

候補側は、彼のお言葉を受け取る立場に変化するのだ。


もちろんナミも同じ場所にいて、この予期せぬ事態に震え上がった。

メンタル弱めの彼女は、当時の出来事がトラウマになってしまったと主張。

このような突発的な変更が怖くて、司会は無理なんだそうな。

彼女の妹に連れられ、認知症だというお母さんもわざわざ来ていたので

ナミが司会するところを見せてやろうと思ったのだが

家族の前ではますます緊張すると言い、取りつく島も無いので不発に終わった。


ところで、当日になって急に来る引退議員、ホンマに信用できんのじゃ。

引退を決めたとはいえ彼の立場はまだ市議だが

選挙中は議会が無くて暇なんだから、本当に応援してくれているのであれば

遅くとも前日には、「出陣式に参加して、一言挨拶したい」

候補にそう申し出て、式次第の中に加えてもらうのが常識である。

予告も無く、出陣式の直前に来るということは

やっぱりこの人、他の候補にも票を分けてやると言ってチャラチャラしていたのだ。

しかし相手にされず、告示日の朝を迎えたって、どこの出陣式からもお呼びが無かった。

だから来たわけよ。

議員って多かれ少なかれ選民意識が強いから、ドタ出でも歓迎されると思ってんのよ。

バカにしてるわ。


まあ、そんな人というのはわかっているから、今さらどうこう言うつもりは無い。

「頼れる市議としてご活躍の誰それ様が

非常にお忙しい中、候補のためにわざわざ駆けつけてくださいました」

などと、お情けで持ち上げてやるわよ。


ちなみに今回の選挙の後援会長は、4年前の出陣式で副会長を否定した

近所の男性Aさん。

前任の後援会長が加齢で寝たきりになったため、60代後半の彼が引き受けた。

今までの会長はカタブツで冗談の通じない人だったので

紳士的な好人物である彼に交代したことを私は密かに歓迎した。

彼は後援会長兼、ドライバーの一人として活動に参加するそうである。


出陣式も無事に終わり、いよいよ選挙戦の開始だ。

「私が司会やったんだから、スタートはナミちゃんがやって」

え〜?私がですか〜?姐さん、お願いします〜…

と言うのを無視して、ナミにマイクを押しつける。

「せっかく家族が見守ってくれてるんだから、ちゃんと見せてあげないと」

口では言ったけど、今回はこの子にもしっかり仕事してもらわなければ

こっちの身が持たんじゃないか。

目標は、ハーフハーフの仕事量。


とはいえ今回のナミ、8年前や4年前とは違っているような気がする。

自分の所属するウグイスチームのリーダーを

師匠、師匠と神のごとく崇めたてまつることから、多少脱却したように感じるのだ。

原因はわかっている。

詳しくは言えないが、◯年前に起きた選挙にまつわる事件だ。

師匠以下、ナミを含むチームのメンバーは、そりゃもう大変な目に遭ったという。


以来、ナミの中で師匠という神は、かなり人間に近づいた様子。

師匠に提供するために私の声を録音したり、こっちにばかりしゃべらせて

自分はせっせと私のセリフをメモる…なんて失礼なことをしなくなっていた。

もっとも、彼女と仕事するのは3回目なので

私から盗むものは何も無いと踏んだのかもしれないが

師匠、師匠の連発は大幅に減少し、彼女も少しは自発的に仕事をするようになった。


午後、そんなナミにしゃべらせて郊外を流していたところ

対向車が急ブレーキをかけて停まり、運転していた中年の男が頭を出して大声で叫んだ。

「うるさいんじゃ!おまえ!」

こういうことをする人物は、お約束の古い車にサングラス。


3台後ろには、別の候補の選挙カーが連なって街宣していたため

そっちの方がずっとうるさいと思うが、すれ違ったナミの可憐なソプラノに刺激されたようだ。

8年前、暴漢が出て警察沙汰になった時もそうだが

高く、か細く、美しいナミの声は変質的な男のハートをくすぐるらしい。

男はサングラスでこちらを睨みつけると、急発進した。


ともあれ対向車線には後続車が連なっていたので、一歩間違えれば大惨事だ。

何ごとも無かったのでホッとすると同時に、恐怖で固まったナミからマイクを奪い取り

後始末に入る。

「力強いご声援、まことにありがとうございます!」

候補とドライバーはプッと笑い、車内の緊張は一気にほぐれる。

それから後続車には

「お騒がせ致しまして申し訳ございません。

これも期間限定と、ご理解くださいませ」

そして息継ぎの暇もなく、すれ違う別の候補の選挙カーにエール。

やれ忙しや忙しや。


候補がサングラス男の車のナンバーを覚えていたため

選挙妨害と危険運転として、一応は警察署に報告した。

ナンバーから、運転者のプロフィールが割れるはずだ。

実質的な被害が無かったので罪には問われないが

警察の記録には残るため、多分損だと思う。

《続く》
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・3

2022年11月23日 13時33分26秒 | 選挙うぐいす日記
この選挙で、私は初めてマスクを付けたまましゃべる。

なにしろトシだもんで、息苦しくならないか、ちょっと心配していた。

が、コロナが襲来して以降も、よそで何度か選挙活動をしたナミさんに言わせると

「どうってことないんですよ、意外と大丈夫です」

だそう。

そりゃ、あんたはね。

あんまりしゃべらないもん。


しかし始まってみると、本当にどうってことなかった。

声の方に影響は無く、マイクにツバや口紅が付くのを気にしなくていいので気楽。

何をしゃべくり倒してもマスクで顔が半分隠れているので、これまた気楽。

要は呼気や、外気との温度差でマスクの内側に湿気が溜まると

紙製のマスクが湿って空気を通しにくくなり、それが元で息苦しくなるわけだから

新しいマスクをたくさん持って行って、どんどん交換すればいいだけだった。

むしろマスクをしていると、うっかり外気をダイレクトに吸い込む恐れが無いので

ノーマスク時代より調子がいいときたもんだ。

何が幸いするか、わからんわね〜。


それはそうと他の陣営に、私が注目するウグイスさんがいらっしゃるのよ。

今回が三期目で、年配の候補の所。

そこのウグイスは、専門の派遣会社からプロを雇っているため

顔ぶれは毎回違うかもしれないけど、マジですごいと思っている。


なぜって…

「ワカタカカゲ・ヒサヒト」

この例文を声に出して、2回繰り返してみ。

どう?なかなか難しいでしょ。

テレビやラジオではアナウンサー泣かせの名前として上位ランキングに入りそうな

お二方のお名前を並べてみたわ。

問題の候補の名前とは違うけど、長くて言いづらいという面では同等の難易度。


ウグイスは、候補の名前を言うのが商売。

だけど、こんな名前の人のウグイスをやらされた日にゃあ、どれほど大変か。

私にオファーが来たら、名前を聞いただけでソッコー断るわよ。

一週間、このややこしい名前を言い続けるなんて地獄だもの。

その点で、よく引き受けたな…と感心してるわけ。


そこのウグイスさん、候補の名前をかなりのスローペースでしゃべっておりなさるわ。

噛むよりも、ゆっくりの方がマシだという究極の選択をなさったと思う。

名前に時間を取られるから、他のことをあんまり言わなくていいしね。

その差し引きで、体力維持をしていなさると察するわ。


休憩の時にそんなことを話してると、相棒のナミが

「私、キチサブロウさんていう人のウグイスをやったことがあるんですけど

みんな疲れてくると、気をつけていてもキチサブロウが

キッチャブローになっちゃうんです。

複雑なお名前の人は、困りますね」

と真面目な顔で言うので、皆で大笑いした。



さて今回の選挙、年寄りになって体力の衰えた私も崖っぷちだが

候補も別の意味で崖っぷちだ。

早い段階から落選しそうな人が決まっていたので、落ちることは無さそうだが

知名度の無さにより、ビリ争いは確定。

真面目に仕事に取り組む優しい子なんだけど、そういう人って目立たないものなのよ。

陣営の焦点は、何位で何票取れるかに定められており

せめて大きく票を落とした前回より、少しでも増やしたいのが目標だった。


が、告示のずい分前から、何となく怪しい空気が漂い始める。

今回の選挙に立候補せず、引退を決めた数人の現職が、彼に肩入れしているからだ。

候補はその人たちに連れられ、彼らの支持者を紹介してもらう日々を送っていた。


「引退する人が付いてくれたら、その人の票がもらえるから有利じゃないか」

たいていの人はそう思うだろう。

私だって、そう思いたいのは山々だ。

しかしそれは、付く人による。

引退する議員が現職の候補を連れて、自分の支持者の所へ行き

「今後はこの人をお願いします」と紹介する行為そのものはよくあることだが

正式な後継者に地盤を引き継がせるケースとは違い

求心力を失った引退議員の言うことを聞く支持者は、あんまりいない。

ビリ争いや落選を避けたくて引退する人は、あてにならないのだ。


それに引退議員が、ちゃんとした支持者を紹介しているかどうか、わかったものでは無い。

彼らは、自分の支持者を一人の候補に集中して捧げるようなお人好しではない。

複数の候補者に振り分け、もったいぶって紹介して

投票の結果、票が増えれば自分の手柄…

減れば候補の力不足と逃げるつもり満々であることは、これまでの仕事ぶりからわかる。


ひとたび議員としてチヤホヤされたら、そう簡単に忘れられるものではなく

ご意見番として、どこかで政治に関わっていたいのもあろうし

人によっては票の礼金を狙っている場合もある。

つまり引退議員は、自分の今後のために紹介作業を行っているのである。

うちの候補に付いてくれたのは、そういう類いの人たちであった。

何でわかるかって?

顔に出とるわ。

嘘をついて生きてきた人は、年を取ると嫌〜な顔になるものよ。


「断ればいいのに」

誰しも心では、そう思っていたと察する。

が、なにしろ候補はまだ若い。

選挙のたびにズルズルと票を落とし続けるより、わずかな可能性に期待したい思いもあろうし

親ぐらいの年の、しかも経験の長い先輩から「協力してやる」と言われ

「けっこうです」とは、とても言えまいよ。

ここが若手の辛い所である。


かくして候補は告示前の貴重な3ヶ月を、引退議員に振り回されて過ごしたのだった。

この行動が吉と出るか凶と出るか、投票日には一目瞭然になるんだから

私は何も言わない。

吉で当たり前…引退する議員たちが50票ずつでもくれたら、票は確実に伸びる。

しかし凶なら彼らは皆、大嘘つきだ。

凶と確信している私は、候補にとって良い勉強になると思っている。

「辞めるヤツを信用するな、特に向こうから近づいてくるヤツ!」

なんて千回言ったって、経験しないとわからないものだ。

《続く》
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・2

2022年11月21日 14時51分01秒 | 選挙うぐいす日記
告示日になった。

いよいよ7日間の選挙戦が始まる。

年のせいだろう、昔のようなワクワク感は全く無し。

年末の大掃除に取りかかる気分よ。


今回は、いつもと勝手が違う。

前回までは、午前8時にウグイスとドライバーが選挙カーで警察署の駐車場へ行き

そこで待機していた。

市役所内に設置された選管(選挙管理委員会)から警察署に駆けつけた世話人が

署で街宣許可の申請を行い、それが済んだら選挙カーが出発して第一声という手はずだ。

しかし今回から手続きが簡素化され、警察署での申請がいらなくなったため

市役所からのスタートになった。

警察署への申請手続きが省略された時期は、都道府県によって異なるそうだが

うちらの地域は今になったらしい。


さて、市役所の選管では各候補の世話人が集まって抽選を行い、それぞれの番号を決める。

どういうことかというと、町のあちこちに立てられた大きな掲示板に

立候補者の顔写真を写したポスターがズラリと貼られているのをご覧になったことがあると思う。

立候補者の誰が、何番の位置にポスターを貼るか。

それをクジ引きで決めるのだ。


引き当てる番号は、トップ当選を連想させる1番が、皆の密かな希望。

それから1番に次いで人目に触れやすい2番、3番などの若い番号や

ラッキーセブンの7番、末広がりの8番など、いかにもめでたそうな番号が好まれる。

が、好ましい番号は掲示板の上の方にあるので、ポスター貼りは難儀になる。

掲示板の設置場所や貼る人の身長によっては、脚立が必要になるからである。

クジを引くまで番号がわからないため、陣営ではポスターを貼りに出る車の数だけ

脚立を用意しておくのが常識だ。


一方、若くない番号であれば下の方になるので、貼るのは容易くなるものの

顔写真の目玉や鼻の穴に画鋲を刺されたり、いたずら描きをされる憂き目に遭いやすい。

いずれにしても難儀なことである。


抽選によって番号が決まると、選管から世話人に選挙の七つ道具が入った紙袋が渡される。

立候補者が胸に付ける白いリボン製の造花、街宣許可証

うちらウグイスやドライバーが腕に付ける腕章なんかだ。

これらをもらわないことには、選挙活動を開始することはできないのである。


七つ道具はクジ引きで当てた番号順に渡され、受け取った人から順に市役所の建物から出てくる。

世話人がなかなか出て来ない時は、遅い番号を引いたことがわかる。

うちの候補も遅い番号だったので、世話人は出て来ない。

ドライバーと我々ウグイスは世間話で盛り上がりつつ、40分ほど待った。


やがて出て来た世話人は、紙袋の中から腕章と街宣許可証を我々遊説隊に託し

他の中身を持って一目散に選挙事務所へ帰る。

七つ道具には、ポスターを貼る掲示板が設置された場所の地図も入っていて

ポスター貼りのメンバーが、この地図を待っているのだ。

彼らは地図とポスター、そして画鋲を抱えて事務所を飛び出し、車で市内に散って行く。

繁華街から辺ぴな山奥まで、市内各所に設置された掲示板にくまなく

そして一刻も早くポスターを貼るためである。


漏れが無いよう効率良くポスターを貼って行くため、事前には入念な打ち合わせがある。

それでも地図を頼りに合計で数十箇所の掲示板を探し

できるだけ早く、そして几帳面に貼り進めるのは、慣れていないと難しい。

選挙戦にはウグイスやドライバーが必要だが、それらはお金さえ出せばどこからでも集まる。

けれどもこのポスター貼りの人材だけは、そうはいかない。

地元の津々浦々を知り尽くしていなければ、短時間でやりおおせるものではないからだ。


ポスターを順調に貼れる人材を何名確保できるか。

このことが、そのまま立候補者の力量を表すと言っても過言ではない。

告示日の午後になってもポスターが貼られてない候補が落選することが多いのは

ポスターが人目に触れる時間が短くなって、顔を売る機会が減るという物理的な現象に加え

複数の熟練者を集められない候補者というイメージが短時間で定着し

引いてはそれが不信感に繋がるからである。


さて、世話人から腕章と街宣許可証を託された我々遊説隊は

選挙カーの上に乗っかったアンドンと呼ばれる物体…

候補者の名前が書いてあり、夜になると点灯する部分…

にかけてある幕を取り外す。

七つ道具を受け取るまでは候補者の名前を開示できない決まりがあるので

名前の書かれた前後左右に幕をかけてあるのだ。


アンドンは高い位置にあるので、身長が必要になる。

小柄な相棒、ナミには届かないが、私は余裕。

ドライバーの身長も170センチ以上あるので、二人でせっせと外した。

こういう時、タッパがあると便利。



さらに身長を伸ばすべく?同級生マミちゃんの洋品店で買ったスニーカーを履いてるもんね。

カカトがちょっと高くなっているから、これで170センチは超えるぞ。


ちなみにこのスニーカー、近年の私が愛用しているアジーレというメーカーの物。

10月、この選挙戦のために新しい靴を買うべく

マミちゃん、モンちゃんと3人で女子会をしている時に、注文用のカタログを広げて見ていた。

そしたら近くの席に居た若い男の子が覗き込み、「これがいいと思う」と言うので即決した。

もちろん、全然知らない子。

しかも酔っているが、これも酒席の一興よ。


幕を外したら、さあ出発よ。

マイク、スイッチオン。

「△△町の皆様、おはようございます。

こちらは◯◯、◯◯でございます。

ただいま立候補の届け出を済ませまして、いち早く皆様の元へとご挨拶に上がりました。

これから7日間、どうぞよろしくお願い申し上げます」

4年ぶりに聞く自分の第一声、なかなか調子がええでねぇの。

《続く》
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

崖っぷちウグイス日記・1

2022年11月17日 13時59分51秒 | 選挙うぐいす日記
「次の選挙には、もういないだろう」

4年前にはタカをくくっていた。

うちの姑、ヨシコのことだ。

ワガママで手のかかる彼女をどうするか…

私のウグイス稼業で最大の難問が、これ。

そうよ、来たのよ。

4年に一度しかやらないウグイスの日が。


しかし、期待もむなしくヨシコは今回も健在。

いや、むしろ4年前よりピンピンしている。

飼い犬に額を噛まれ、通院している以外は元気そのものだ。

こうなると、お年寄りが元気なのは何よりだと考えを改め

選挙期間中も健やかに過ごしてほしいと願う、いい加減な私よ。


そのヨシコ、元気なことは元気だが、知力と体力は確実に衰えている。

86才では仕方がない。

私も前回の選挙では50代だったが、今回は62才。

選挙期間中、家族のために料理を作る自信はもう無い。

朝の味噌汁ぐらいなら作れるが、ちゃんとした料理は無理だと全身が叫んでいる。

体力的に崖っぷちなのだ。

そのため、選挙中に家族の食事を作って出かける習慣を見直すことにした。


おでん、カレー、シチュー、ハヤシライスは

留守をするにあたり、これまで私が頼りにしてきた“煮込み四天王”である。

これらと複数の常備菜、あとはサラダやナムルでやり過ごすのが私の常套手段だった。

が、いつしかこの四天王は戦力外通告。

忘れっぽくなったヨシコが温めようとして焦がすのに加え

彼女のワガママは一段と進行して、やっつけ仕事の煮込み料理を食べなくなったからだ。

さらに四天王の入った鍋は、大きくて重い。

ヨシコは、その鍋を動かしたり洗うのを嫌がるようになっていた。


しかし、手はまだある。

夫だ。

料理をしないヨシコのために、日々テイクアウトの店屋物や惣菜を買い与えてもらう。

彼は母親の好みをよく心得ているのだ。

四天王がダメなら夫に頼るしかない。


が、選挙が近づくと、夫もあてにできなくなった。

なぜってこの人、夜の6時から活動が終わる8時まで

選挙カーのドライバーをすることになっちゃった。

ガ〜ン!


うちの候補は、近隣の老人有志をドライバーに使う。

選挙カーのドライバーは負担が大きいので、あらかじめ8人ほど用意し

午前、午後、夜と3人ずつ交代させていくシステムだ。

しかし夜は時間こそ2時間と短いものの、暗いのでドライバーの負担が大きいのと

皆さん、仕事が終わったら晩酌がしたいらしく人気が無い。

そのため下戸であり、若かりし頃は衆議院選で

今は亡き国会議員の専属ドライバーをしていた夫に白羽の矢が当たり

彼が毎晩やることになったのである。


本当はすごく嫌。

夫は近年とみに目が劣えている。

大丈夫なんだろうか。

「選挙カー、崖下へ転落。車内の4名死亡」

新聞の見出しが目に浮かぶ。

しかも女房はウグイス、亭主はドライバー…

夫婦でガン首揃えて選挙カーに乗るなんて

他人がやったら「バカじゃないの?」とあざ笑っているところだ。


が、すでに夫は引き受けているので諦めるしかない。

今さらゴチャゴチャ言って、盛り上がっている雰囲気に水を差すのは

選挙戦に関わる者として絶対にやってはならないことだ。

唯一の救いは、夜ということ。

暗いので、ドライバーの顔はあんまり見えないからである。


夫が運転する選挙カーに乗るのも嫌だが、ヨシコの食事に夫を頼れないとなると万事休す。

ここで名乗りを上げたのが、長男であった。

「僕がばあちゃんを引き受ける」


長男は料理をするのが苦にならないタイプだが、一週間は持ちこたえられない。

そこで毎晩、外食に連れて行ってもらうことにした。

犬にかじられたヨシコの額には大きな絆創膏が貼ってあり

外へ出るのを嫌がるかと思っていたが、孫と一緒ならやぶさかでない様子。

一時は化膿して重篤になりかけた傷も徐々に回復し

そろそろ人に会って悲劇の一部始終を話したくなってきたヨシコは

この提案を喜んだのでホッとした次第である。


ここまで気を使う必要があるのか?

義理親と暮らしたことの無い人は、思うかもしれない。

しかし老人とは、周りに気を使わせてナンボの生き物だ。

機嫌を損ねたり疑問を抱かせたら最後、こっちが何をしていようと関係無いのは何度も経験している。

選挙中だろうと仕事中だろうと手術中だろうと、何をしでかすかわからない。

それで一番困るのは、候補や陣営に迷惑をかける懸念だ。


これは決して意地悪ではなく、小さい子供が所構わず泣き叫ぶのと同じく理性の問題。

相手が血を分けた我が子であれば、恥をかかせたくないので自制が働くが

他人である嫁なら、お構い無しのやりたい放題だ。

その点、今回は彼女の息子、つまり我が夫が参加しているため

多少はおとなしいのではないかと踏んでいる。



さて、日程が近づくと、ウグイスの相棒ナミさんと顔合わせだ。

その時、資生堂マキアージュのリップクリームをプレゼントした。

事前に送ってくれた煎餅のお返しだ。



もち吉の煎餅が3千円ぐらいだろうから、2千円ちょっとのリップクリームが妥当かと思った。

ナミさん、普段は百均のを使っているそうで、ものすごく喜んでくれた。

このリップクリームは同級生マミちゃんの店で用意したもので、私もずっと愛用している。

マスク時代、唇の管理は大事だ。

プレゼントだと言ったら、マミちゃんが気を利かせて可愛い袋に入れてくれていた。


さあ、いよいよ選挙が始まる。

さてさて、どうなりますことやら。

《続く》
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする