去年の今頃、サスペンスドラマのロケでエキストラをしたが
今年もまた、それらしき行事に関わることとなった。
今度は映画じゃ。
「この地方で映画を撮影することになった…
つきましては、あんたのとこにある仕事用の大型車両を貸しとくれ」
という成り行きだ。
夫の友人が、ロケの現地コーディネーターをすることになり
そこからもたらされた話である。
車両は一日分のチャーター契約をしてくれると言うし
この友人は、我が社の顧客でもある。
その上、我ら一家に流れる呪われし血…物見高さ…もあって
断る理由は見あたらなかった。
事前にロケ地を訪れて準備をする“前乗り”という役割りの男性が
車両の写真を撮りに来た。
東京の監督に送信したところ、意外にもダメ出し。
過去の回想シーンに使うため、新型だと都合が悪いらしい。
ガックリした我ら…ふと周囲を見回すと、あるじゃないか…古いのが。
たまたま半月前、ある手続きのために親会社のほうから運ばれて
そのまま放置していた20年ものがっ!
そっちの写真を送ったら、OKが出た。
さて当日。
撮影での運転はスタントマンがやるそうなので
息子がロケ地まで車両を届けることになった。
息子は「仕事だから一人で行く」と言い、午後には出発してしまった。
夜になり、静かに夕飯を済ませた頃、呪われし血は騒ぎ始めた。
「行こう!」
夫が言った時には、私もダウンジャケットを着込んでいた。
ロケ地に到着すると、車両はまだ出番待ちの状態であった。
多くのスタッフや見物人の中に息子を探すと
人ゴミから隔離された出演者用の席で、ぬくぬくとストーブにあたっていた。
なんと、急きょドライバーとして出演することになったと言うではないか。
なるほど、ダサいチョッキを着せられている。
“いかにも田舎の土建屋”みたいなこのチョッキは、衣装だと言うではないか。
スタントマンを使う話はどこに行った?と聞きたかったが
ウチの子にやらせてくれるというんだから、邪魔をすることもあるまい。
おそらくウチの子が“いかにも田舎の土建屋”らしい
人相風体だったからであろう。
息子は、未来ある若者を轢き殺す役らしい。
息子と差し向かいでストーブにあたっている男の子が、轢かれる役だという。
今をときめく若手のイケメン俳優だそうだ。
「役作りの邪魔になりますから、話しかけないでくださいねっ」
マネージャーらしき小太りの女性に、あらかじめ注意される。
そちら様のプライドには申し訳ないけど、話しかける気なんてさらさら無し。
だって、そんな若い子、知らないもんね~。
そこにいるのは、やたらとタバコばっかり吸っている
暗~いガリガリの男の子だもんね~。
撮影が遅れ、さらに待つこと数時間…
日付が変わる頃、やっと出番がやってきた。
全長150メートルほどの直線道路をセコ発進で全力疾走し
カメラの寸前で急ブレーキをかけろという。
総重量20トンを越える大型車両にとって、短距離加速と急ブレーキは
スタント以外のなにものでもない。
それがどれほど難しい注文か、たぶん我々以外の人は知らない。
しかし、撮るほうも命がけである。
真正面から、迫り来る大型車をギリギリまで撮り続けるのだ。
映画への情熱とは、すごいものだ。
発進、疾走、急ブレーキ、バック、発進…
何度も繰り返すのをながめ、私は鳥肌が立った。
感動からではない。
この車は本当にボロボロで、いつチェンジやブレーキがイカれるか
たぶん我々以外の人は知らない。
20年ものといえば、この業界では立派な骨董品なのだ。
次々運転者が変わることで、各自の癖を取り込みながら
目一杯こき使われた古い仕事車の危険性は、乗用車の比ではない。
ツボや掛け軸ならいざ知らず、誰もがまたげて通りたいシロモノ。
いわば病気の老人に、ダッシュと急停止という異例の動きを強要して
ムチ打っているのと同じだ。
壊れたら、まず大惨事であろう。
映画への情熱、並びに“知らない”という最大の度胸によって
撮影は続けられた。
その後は、停めた車に俳優が接触するところを撮影。
轢かれる瞬間、運転席の息子と目を合わせるのだ。
スクリーンに映るのは、車と、せいぜい田舎チョッキの胸あたりだろうけど
厚かましく言えば、ここが俳優と息子の共演シーンとなる。
それからCG合成用に、緑色の巨大なスクリーンの前で
俳優が倒れるシーンなどの撮影。
顔や腕に血のりをつけた俳優が、道路に寝転がるシーンのところで雨天中止となり
午前2時、息子と一緒に帰った。
帰り道、息子がぽつりと言った。
「ねえ、あの俳優さん、鼻毛が出てたよ」
「あれだけタバコ吸えば、鼻毛も出よう」
「ボーボーだよ…映らないのかなあ」
「後でうまく消すんじゃないの?」
「お付きの人が、あんなにいるのにね」
マネージャー、ヘアメイク、血のり用意係
コート着せ係、ショール掛け係、椅子用意係…
たくさんいるのに、鼻毛を解決してあげる人は誰もいないことに同情しつつ
本日の業務は終了した…と営業日誌には書いておこう。
今年もまた、それらしき行事に関わることとなった。
今度は映画じゃ。
「この地方で映画を撮影することになった…
つきましては、あんたのとこにある仕事用の大型車両を貸しとくれ」
という成り行きだ。
夫の友人が、ロケの現地コーディネーターをすることになり
そこからもたらされた話である。
車両は一日分のチャーター契約をしてくれると言うし
この友人は、我が社の顧客でもある。
その上、我ら一家に流れる呪われし血…物見高さ…もあって
断る理由は見あたらなかった。
事前にロケ地を訪れて準備をする“前乗り”という役割りの男性が
車両の写真を撮りに来た。
東京の監督に送信したところ、意外にもダメ出し。
過去の回想シーンに使うため、新型だと都合が悪いらしい。
ガックリした我ら…ふと周囲を見回すと、あるじゃないか…古いのが。
たまたま半月前、ある手続きのために親会社のほうから運ばれて
そのまま放置していた20年ものがっ!
そっちの写真を送ったら、OKが出た。
さて当日。
撮影での運転はスタントマンがやるそうなので
息子がロケ地まで車両を届けることになった。
息子は「仕事だから一人で行く」と言い、午後には出発してしまった。
夜になり、静かに夕飯を済ませた頃、呪われし血は騒ぎ始めた。
「行こう!」
夫が言った時には、私もダウンジャケットを着込んでいた。
ロケ地に到着すると、車両はまだ出番待ちの状態であった。
多くのスタッフや見物人の中に息子を探すと
人ゴミから隔離された出演者用の席で、ぬくぬくとストーブにあたっていた。
なんと、急きょドライバーとして出演することになったと言うではないか。
なるほど、ダサいチョッキを着せられている。
“いかにも田舎の土建屋”みたいなこのチョッキは、衣装だと言うではないか。
スタントマンを使う話はどこに行った?と聞きたかったが
ウチの子にやらせてくれるというんだから、邪魔をすることもあるまい。
おそらくウチの子が“いかにも田舎の土建屋”らしい
人相風体だったからであろう。
息子は、未来ある若者を轢き殺す役らしい。
息子と差し向かいでストーブにあたっている男の子が、轢かれる役だという。
今をときめく若手のイケメン俳優だそうだ。
「役作りの邪魔になりますから、話しかけないでくださいねっ」
マネージャーらしき小太りの女性に、あらかじめ注意される。
そちら様のプライドには申し訳ないけど、話しかける気なんてさらさら無し。
だって、そんな若い子、知らないもんね~。
そこにいるのは、やたらとタバコばっかり吸っている
暗~いガリガリの男の子だもんね~。
撮影が遅れ、さらに待つこと数時間…
日付が変わる頃、やっと出番がやってきた。
全長150メートルほどの直線道路をセコ発進で全力疾走し
カメラの寸前で急ブレーキをかけろという。
総重量20トンを越える大型車両にとって、短距離加速と急ブレーキは
スタント以外のなにものでもない。
それがどれほど難しい注文か、たぶん我々以外の人は知らない。
しかし、撮るほうも命がけである。
真正面から、迫り来る大型車をギリギリまで撮り続けるのだ。
映画への情熱とは、すごいものだ。
発進、疾走、急ブレーキ、バック、発進…
何度も繰り返すのをながめ、私は鳥肌が立った。
感動からではない。
この車は本当にボロボロで、いつチェンジやブレーキがイカれるか
たぶん我々以外の人は知らない。
20年ものといえば、この業界では立派な骨董品なのだ。
次々運転者が変わることで、各自の癖を取り込みながら
目一杯こき使われた古い仕事車の危険性は、乗用車の比ではない。
ツボや掛け軸ならいざ知らず、誰もがまたげて通りたいシロモノ。
いわば病気の老人に、ダッシュと急停止という異例の動きを強要して
ムチ打っているのと同じだ。
壊れたら、まず大惨事であろう。
映画への情熱、並びに“知らない”という最大の度胸によって
撮影は続けられた。
その後は、停めた車に俳優が接触するところを撮影。
轢かれる瞬間、運転席の息子と目を合わせるのだ。
スクリーンに映るのは、車と、せいぜい田舎チョッキの胸あたりだろうけど
厚かましく言えば、ここが俳優と息子の共演シーンとなる。
それからCG合成用に、緑色の巨大なスクリーンの前で
俳優が倒れるシーンなどの撮影。
顔や腕に血のりをつけた俳優が、道路に寝転がるシーンのところで雨天中止となり
午前2時、息子と一緒に帰った。
帰り道、息子がぽつりと言った。
「ねえ、あの俳優さん、鼻毛が出てたよ」
「あれだけタバコ吸えば、鼻毛も出よう」
「ボーボーだよ…映らないのかなあ」
「後でうまく消すんじゃないの?」
「お付きの人が、あんなにいるのにね」
マネージャー、ヘアメイク、血のり用意係
コート着せ係、ショール掛け係、椅子用意係…
たくさんいるのに、鼻毛を解決してあげる人は誰もいないことに同情しつつ
本日の業務は終了した…と営業日誌には書いておこう。