殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

どこまでも魔境

2008年10月31日 10時48分23秒 | 不倫…戦いの記録
一ヶ月近くが過ぎ

あきらめたのか、夫からの電話は無くなりました。


義姉は弟が失踪して、大喜びでした。

独断で取引先すべてに

「解雇したので会社とは無関係だから、一切相手にしないように」

という内容のファックスを送りました。


「うちにも、よそにもいっぱい送ってるよ。

 若の病気も姉弟仲もみんな知ってるから気にしないけどさ。

 ちょっとおかしいよね」

ガソリンスタンドの人にそう言われた時は

さすがに義姉の陰湿さにムッとしました。



        「あんた、それでも人間か!」

家に帰って怒ると、義父のところへ逃げました。


「私は会社のためを思ってやったのに」

義父にそれはうまく説明します。

会社を捨てて家出した弟が出没して、相手に不利益を与える恐れがあり

信用問題になる可能性も否定できない。

身内ではあるけど、経営と感情は別。

心を鬼にしてやったことなのに

なぜ部外者にとやかく言われなければならないのか。


話だけ聞けば正論です。

そこで単純な義父は娘の味方につくわけです。

夫はいつもこの手でやられていたんだなぁ…

口べたな夫は、何も言えず物陰でよく泣いていました。

それを女々しい…と軽蔑していた私でしたが

気持ちがわかるようでした。


しかし、私は夫より口が立ちます。

 「それは弁当持参で8時間びっちり働く人の言うことです!

  あなたが言ってはいけません」 

 
「うわぁ~!お父様ぁ~!」


       ほれ、また得意の泣き落としだ。


     「泣いたって、あんたのやったことは消えないよっ!」

    
シメは自分が怒鳴って終了…のパターンしか知らない義父は

未知の展開に呆然としています。


   「子供たちだって、将来ガソリンを入れに行くだろうし

    他でもつきあいをするかもしれない…

    記録に残るものを送りつけられて、誰が見るかわからない…

    あの子たちは、一生笑い物だわ。

    あんまりむごい仕打ちですぅ~!」    
 

        ソレ、逆襲じゃ~! 


  孫には弱い義父と、固まった義姉を残し、泣きながら退場。

          ひっひっひ
     


夫がいなくなって家族の力関係のバランスが崩れ

私には大変過ごしやすい環境に変わっていました。

この上嫁と孫に出て行かれては困るのか

両親がかなり気を使っているのがわかりました。


それでも娘の信奉者である義母がいたら

そんなことではすまない騒ぎになっていたでしょうが

義母はこの時、一人で夫と会っていました。


電車で来る…誰にも言わないで…と言う夫と

こっそり駅前で待ち合わせをして、お金を渡していたのです。


私からの大金があてにならないので

母親からの小口集金に切り換えたようでした。


めったに乗らない自転車で息子に会いに行くのですが

そこは義母…そのうち行くのが面倒になったのでした。
            

みんな仕事や学校でいない間に

駅から歩いて来たと言う夫を家に入れました。

帰りがけ、見送らなくていいと言われましたが、やはり母親です。

また駅まで長い道のりを歩くのか…と思うと不憫で

いてもたってもいられない気持ちになり

勇気を出して帰って来るよう説得するつもりで

息子の後を追いかけたのでした。


夫は少し行くと、一台の車に乗り込みました。

運転していたのはI子でした。

二人と目が合った義母はカッとして、車を追跡しました。


車は猛スピードで走り去り、義母は転びました。


足を引きずってようよう帰り着き

ボーッとしていたところへ義父と私がそれぞれ帰宅しました。


血だらけの理由を聞いた義父は

「バカ、ボケ!

 だまって勝手なことしやがって!

 おまえが甘やかすからだ!」

と義母をののしりました。


「もう知らない!だまされた!
 
 女とは別れたとか、今は家出を後悔してるとか

 いろいろ言ってたのも全部嘘だったのようっ」

 

あいつを勘当する。

もう二度と敷居はまたがせない。

すべてを孫に譲る。

義父の決断でした。



「孫って、うちの子も入るの?」

そこへ帰って来た義姉が聞きました。


「おまえは関係ないっ!」


義母の手当をしていた私は

腰を抜かした義姉をずるずる引きずって

布団に寝かせました。

38キロしかないので軽いですが、まったく手のかかる女です。



「我が子が筋金入りのバカだと認めたくなくて

 嫁のせいにしていたかもしれん。

 取り替えたら息子も変わるんじゃないかと

 思っていたのも事実だ。
 
 今度こそわかった。

 いろいろ思うこともあろうが、孫を頼む…」
 

バカ息子の付属品から、お孫様のご生母に昇進です。

 
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足取り

2008年10月30日 17時05分14秒 | 不倫…戦いの記録
翌朝、両親がまだ寝ているうちに夫は家を出ました。


        「元気でね」

「おまえもな。金、頼むな」

    「二人一緒じゃないとわかったらね。バイバーイ」



会社の人が家に来たのは、夕方でした。

「若が、朝、歩いてどこかへ行ったまま

 帰って来ないんです。車もそのままです」


いつもだったら仕事中に消えても誰も気にしないのですが

車を置いたままだったので

出入り口を閉めるわけにいかず、困ったのでした。



何も知らない両親は、驚きました。

「あの女だ!あの女のところへ行ったに違いない!」

「どうしましょう!何かが取り憑いているのよ」


私は彼にそっとたずねました。

      「荷物、何か持っていましたか?」

「いえ、手ぶらでした」


        ふっふっふ…これで金は必要なくなった…

もっとも最初からそのつもりはありませんでした。


一旦会社に寄ったのは車を置くためで、それは私が勧めたのでした。


       「本当に遠くへ行ってやり直すのなら

        かえって邪魔になるよ」


金が手に入らないとなれば、どこかへ売り飛ばすかもしれません。

さんざっぱらI子と乗り歩いて

組んずほぐれつした車に未練はありませんが

名義だ保険だと面倒なことになるより、手元に置いたほうが安心でした。

なに、夫には車など必要ないのです。

I子の車があるのですから。


何よりも格好を気にする夫が

歩いて駅まで出て、慣れない電車に乗り

どこかへ行くなんて考えられません。

手ぶらだったのは、あらかじめI子に荷物を預けていたため…

歩いて出たのは、近くにI子が迎えに来ていることを意味していました。



          二人は一緒だ…

その確信が必要でした。

これで、夫との約束を破ったことにはなりません。


いろいろな出費を経費で賄ってもらっている私たちは

その代わりに支給される夫の役員報酬が激安で

夫はずっとそのことに不満を持っていました。

もちろん私もです。


新婚の頃、経費で落とす分を現金にしてもらえないだうか…

と聞いてみたことがあります。

派手な暮らしぶりから、当然の要求のように思えました。

現金が足りないから経費にする…という会社の内情を

まったく知らなかった頃です。


両親ともにものすごく機嫌が悪くなり

「旦那の収入ににケチをつける嫁」

として、親戚中からつるし上げられました。

あ~、その頃からつまずいているんですね~。


現金収入が少ないのに

簡単にまとまった金を欲しがるのは

そんな事情を知らないI子に望まれ

夫もまたそれに応えたくて頑張っているのだと思いました。


      そんなやつらに、みすみすやれるかい!


頼りになるKさんはすでに退社していたので

こういう形で確認するしかありませんでした。



翌日になっても帰らないので

義父は夜になって、友人と一緒にI子の家をたずねました。

強がっていても、一人では行けないのです。

普通なら私に行かせるところですが

あのかっこ悪いことが露見してはいけないので

這ってでも自分で行く必要がありました。


I子の家に行くと、母親が出て来て

「知らない」

と言ったそうで、すごすごと帰って来ました。


「オレはすぐ、玄関の靴を見た。

 人間は部屋に隠せても、靴までは気が回らないからな!」

私なら靴を一番に隠しますが、余計なことは言いません。


翌日、早速夫から電話がありました。

「どう?そっちは」

「大騒ぎだよ~」
 
「お金送ってくれる?」

「どこ~?」
 

郵便為替で頼むと言われた住所は、大阪でした。

宛名は知らない個人名の気付。

「大阪?」

「うん。住み込みで働くことになった」

「そう。頑張ってね」


どこへ住み込んでいるやら。

以後何回も催促の電話がありましたが

「I子さんと一緒じゃないって確認が取れてないから」

と言ってはかわしていました。


しまいには怒って

「電話をかけて確かめろ」

と、一般に普及し始めたばかりの

I子の携帯番号を教えてくれましたが

「電話じゃわからないも~ん。姿を見なきゃ」

と言うと、本当にI子が家の近くをうろうろしていました。


       こいつら、どこまでアホなんだ…  
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追放

2008年10月29日 21時55分10秒 | 不倫…戦いの記録
「I子は、かわいそうな女なんだ…」

夫が不慮の事故で亡くなり、東京からこちらへ戻って来たそうです。


持ち前の美貌で、年の離れた元ヤクザの社長に見初められ

再婚しようとしたけど、ハイミスの娘に大反対されました。

失意の時、たまたま社長主催のゴルフコンペがあり

さらにたまたま同じ組で回った夫と出会って運命を感じ

社長と別れようとしたけど、愛されているから離してくれない。

別れるなら母親共々ひどい目に遭わせると脅迫され

とても怖がっているので

しばらくそばに置いたほうがいいと思って会社に呼んだそうです。



      おぉ、美しいストーリーじゃないか…

      しかしねぇ…そのゴルフコンペより前に

      資格取りに行ってるんだよね~
         
          …言わないけどさぁ…


        「じゃあ、いつぞやの電話は、その社長さん?」

「うん…」

        「結婚がパーになって逃げられたからって

         分別盛りのオヤジがワーワー言うかな?」

「それだけI子に惚れてたってことじゃないのか?
 
 俺に別れろ切れろと言ってたけど、自分が離したくないんだ。 
 
 うちのオヤジみたいな色気じじぃなんだろう」


              今はおまえだよな… 


コンペで同じ組になったのも

運命ではなく何らかの作為があったと想像するのは容易でした。


        「あんなに怖がってるお義父さんに

         よく雇ってって言えたよね…愛の力?」


「さぁ…ただ、俺たちも色々考えて

 まず親父を落とすことに決めたんだ」

             ほぅ…俺たち…


「親父が毎朝行く喫茶店にI子を行かせて、出会いから入ったんだよ」

金をもらおうとしている人間は、いくらでもしゃべるものです。


      「じゃあ、もしかしてお義父さん

       I子さんのこと自分の獲物と思ってたんじゃないの?」


「うん。最初はその作戦。

 入ってしまえば、なんとでもなるから。

 お袋の手前、親父もおおっぴらなことはできないし。
 
 I子が経理もやりたいと言うから
 
 そのうち二人で姉貴を追い出す計画だった。

 でもおまえに見つかってパーよ。

 親父、機嫌最悪だし…」

        
気持ちはわかります。

夫は父親と姉を排除して、自分で会社を切り盛りしたいのです。

そうすれば怒られることもないし

意地悪な姉に陥れられることもなくなるからです。

任せてほしければ一人前になればいいことです。

しかしその気持ちはさらさら無く、ただ無い物ねだりを続けていました。


私が会社に絡むことは、最初から絶対的タブーでした。

娘の立ち位置を生涯確保したいのか

義父が私を嫌っているからか、とにかく嫁の私はダメなのです。


電話番が必要になると、わざわざ私に秘密にして

いつの間にか義母の妹を雇っていました。

前のM子の時も、二人で組んで会社をやるのが最終目的でしたから

夫は今度も同じことを考えたようでした。

つまり私はお邪魔なわけです。


         しかしお邪魔虫にも五分の魂…


そこまで嫌われて

いらないから取り替えると言われても、おめおめとは引き下がれません。

意地ってもんがあります。

撤退するなら自分の納得いく形にしたいわけです。


義父とI子の複雑な経緯がわかり、なんとなくスッキリしました。

自分の女だと思い込んでウキウキ入社させたら、息子の彼女だったのです。

さぞショックだったことでしょう。

わかった時のI子への仕打ちの理由もうなづけます。


夫は確かに父親を怖れていますが

それだけに父親の心理を確実に把握しています。

事実がバレたところで、かっこ悪いから絶対にそれに触れることはない…

と予測しました。

だから義父は、憎い嫁に問い詰められても

すぐには返事ができなかったわけです。

              ぷぷぷ…


一方I子のほうは

塩のきいてない夫に目をつけて

最初から狙いを定めていた…私はそう考えていました。


しかし夫が力説するには、I子の亡夫は不動産業で

関東地区にいくつかマンションを遺してくれたので

生活には困らないと言うのです。


      「じゃあ、関東にいればいいじゃん。

       こっちで人に迷惑かけて歩かなくてもさ」

「母親がこっちの人だから、仕方なくじゃないの?」


でも、今でもマンション管理の用事や

松田○子に頼まれてヘアメイクをしに東京へ行くことがある…。

○子はI子が大のお気に入りらしい…。


腹を抱えて笑う私を夫はぽかんとながめていました。


       「荷物まとめてあげよう」

「金は?」

       「今あるわけないじゃないの」


コンビニ銀行なんて無い時代です。

今だと、こうはいきません。 


     「私もそこまでお人好しじゃない。

      女が原因で家出する旦那に、はいそうですかと大金渡せないよ。

      女と無関係だと証明してくれないと」


「くれると言ったから、全部話したんじゃないか!」


    「だだこねても、夜だから銀行閉まってるじゃん。

     いい?あなたはまず家を出て

     どこでも自分の好きな所に行くのよ。

     そこですぐ口座を開いて私に連絡する。

     こっちでI子が一緒じゃないと確認したら、そこへお金を送るわ」

 
「本当だな?」


      「私も虎の子を出すんだから

       あなたも決意を見せてくれないと…

       それに…もしもI子さんにそそのかされた家出なら

       お金を持たずに出て来たあなたをどう扱うか試せるでしょ?」


「そんな女じゃないよ。おまえは誤解してる。

 I子とは関係ない」


       「だからその証明が条件だと言ってるじゃないの。

        ささ、お旅立ち!」
 
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弁当の恨み

2008年10月29日 11時04分49秒 | 不倫…戦いの記録
  「今朝たまたま弁当を持って行かなかったら
     
   私はずっと知らないままだったんですよね!」 

「…」


  「同じ家に住んで、みんな知ってたんですよね!」

「…」 


  「わかりました。こんな所にはいられません。

   最後にお願いします。

   なぜこんな残酷なことをするのか

   後学のために教えていただけませんか?」



長い沈黙の後   


「…おまえが…ブスだからだっ!」




           「それかっ!」  

     


義母の涙ながらの取りなしもあり

結局あのおネエちゃんには辞めてもらい

私はとりあえずその経過を見るということになりました。

帰って来た夫との激しい口論は言うまでもありません。



父親と顔を突き合わせての昼食がつらいと言うので

ずっと弁当を作っていました。

義父は食事どきになると

食べている間中、夫に小言を言い続けるのです。

仕事のこと、立ち居振る舞い、生活態度…

小言のネタは何でもいいのです。

人のことは決して言えない人間が、探してまで言うことですから

道を歩いていて肩が当たった…と因縁をつけるのと同じです。


毎回、咳払いをしたら始まる合図です。

取るに足らないつまらぬ問題を指摘し

そのうち一人で盛り上がって怒鳴り始め

夫が食卓から立つまで続きます。

それはあきらかな弱い者イジメでした。


私が止めると今度は義母に当たるので

それだけはやめてくれ、気が済めば静かになるのだから…

と義母に頼まれており

夫もまた、自分が我慢すれば平和だから…と自覚していました。


せめて一食だけは安心して食べたいと言うので

産後も退院の翌日から作っていましたが

彼女が入社したあたりから、タッパーのふちに

ぐるりと無数の傷が付くようになりました。

その頃から、家の犬が夕飯を残すようになっていました。


あれは彼女と外食をして

弁当は帰った時にこっそり庭の犬に食べさせていたのだと知りました。

今さら何を言っても無駄とわかっていますが

弁当作りが大嫌いな私にとっては大問題でした。

いらないと、ひとこと言ってくれればよいのです。

どうにも気持ちが収まりませんでした。


義父の彼女に対する仕打ちは残酷でした。

翌日から仕事らしい仕事はさせず…

といっても初心者ですから

元々たいした仕事はできなかったのですが…

真夏の太陽の下で、屋内に入ることを許さず

毎日倉庫の片付けや草むしり

仕事場のまわりの道路掃除、ミゾ掃除などを言いつけました。


義父の申告ですから

どこまでが本当かわかりませんが

一週間後、彼女は出勤しませんでした。


しかし、その仕打ちに彼女は着火したのです。

彼女が辞めた翌日

「まとまった金を用意してくれないか…」

夫が言いました。


「家を出る…」

        「あぁ、いいことだね…」


「どこかよそで、一からやり直してみようと思う」

        「彼女と?」

「あいつはきっかけに過ぎない。

 家族も仕事も…もう何もかも嫌なんだ。

 一人でやってみたい」


      「一回やってみたらいいよ。

            いくらいるの?」
 
「3百万くらい…」

           誰が渡すか…


      「そんなに出せないよ…。

       アパート借りて、当面の生活費とで

       百万くらいでいいんじゃないの?」


「ん~…それでもいい…」


そのかわり…と

これまでのいきさつをすべて話すように言いました。

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魔界の履歴書

2008年10月28日 19時41分47秒 | 不倫…戦いの記録
         ええい!おのれ!どうしてくれよう!


仕事が終わって帰宅するなり、義父に聞きました。


        「あの人、いつから入ったんですかっ?」

「…さぁ…先月の初め頃かなぁ…」


あの人…でわかるんだから、確信犯です。
        

           「新しい愛人と知って入れたんですかっ?」


「息子に頼まれたから、入れてやったんじゃないか…。

 なんでワシが文句言われにゃならんのだ…」

     「頼まれたら、誰でも入れるんですかっ!

      おチチ半分出してりゃ、給料もらえるんですかっ!」

このフレーズがいたく気に入ったので、乱用。


      「じゃあ、私も入れてもらおうかしらっ?

       おチチ半分出してりゃいいんでしょっ!」


これが義父独特の嫌がらせだということは、わかっていました。

キラ子の件で、密かに私を逆恨みしているのです。


彼女の急な結婚で振られた形になり

ずたずたになったプライドのかけらの

持って行き場が無いのでした。


こういうことに限らず

誰彼かまわずわざわざ波風を立たせておいて

「仲良くしろ」「ちゃんとやれ」とか出来ぬ我慢を強いるのが

この男の常套手段でした。



義母が飛んで来ました。

「まぁ…なあに?おチチ、おチチって…?

 お父さんに、なんてこと言ってるの?」


        「変な女を入れるからですよ!」


「ああ、あの人」

        「お義母さんも知ってたの?」


「女の人を入れたというのは聞いてるわ」


「こいつが勘違いで妬けて、馬鹿なことを言ってるんだ!」


        「そんなことはどうでもいいんですっ!

         息子の愛人と知ってて入れたのかと聞いてるんです!」


「…」


まぁまぁ…落ち着いて…これかしら? 


義母は一枚の履歴書を持って来ました。

あの女性の写真が貼ってあります。

年は私より一つ下でした。

現住所はなんと、私の実家の近所でした。


すごいのは経歴です。

{その他の資格…美容師…東京で、芸能人のヘアメイクを担当していました。 
        
        栄養士…高血圧、糖尿病の食生活について研究していました}
 


おつむの程度はともかく、これは本気で来ている…と直感しました。


おしゃれで芸能界が大好きな高血圧の義母。

糖尿病で食事療法をしている義父。

夫が知恵をつけて書かせたのは間違いありません。

父親に似て姑息なヤツです。


単純な両親に取り入って、なにをたくらんでいるのか…。

およそわかってはいるけど…。


しかし、残念なことに老眼なのに眼鏡をかけたがらない義母は

内容をまったく知らなかったので、読んであげました。

「…まぁ…すごい人なのねぇ」


美容師はともかく

高校の家政科を出ただけで、栄養士になれるとは…。

すばらしい学校です。


ともあれ、芸能界に出入りしながら病食研究にいそしんだ末

なぜかすべてを投げ打って

突然ガテンの世界に飛び込んだリッパなおかたが

今度の対戦相手のようでした。
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魔界からの足音

2008年10月28日 00時13分50秒 | 不倫…戦いの記録
「あなたの所の社員を名乗って

 変な女性が来てるから、気をつけて…」


ある資格取得の機関に勤める知人が連絡をくれた時

それほど深く気に留めていませんでした。


浮気の道ではすでに町内の有名人になっていた夫。

その動向を親切ごかしに教えてくれる人も増えていました。


とはいえ、そんな図々しい人間がいるはずがない…。

連絡をくれた人も

「私の聞き違いならいいけど…」

と言っていたし…。


そもそも気をつけろと言ったって

何をどうすれば気をつけたことになるのか…。

気をつけることで

いったい何を失わずにすむというのか…。


会社に就職するにはその免許が必要でしたが

たいていは元から持っている人が入るし

第一、女性がやれる仕事ではないので

なにかの間違いだろうと思っていたのです。



それからしばらくして、家に一本の電話がありました。

ものすごくガラの悪い人で、夫を出せと言います。

電話を代わった夫は

ごく普通に受け答えをしていますが

受話器の向こうからは

「なめとんか、こらぁ!」

といったような野太い怒号が聞こえてきます。


夫はそれに対して

「はい…はい…いえ、そんなことはないですよ、ハハハ」

と全く違うテンションで答えているのでした。



        「何だったの?」

「何でもない。仕事のことで、ちょっとトラブルがあったみたい」

その時も、そのまま終わりました。


さらに数日が経過…

ある朝、夫が弁当を忘れて行ったので

いつになく親切心を出して

仕事へ行くついでに会社へ届けようと思ったのが大きな間違いでした。


見知らぬド派手なおネエちゃんが

入り口のカウンターの向こうに立っていて

「なにか?」

とすまして言うのです。



         「あの…弁当を…」


そこへ夫が外から走って来ました。

…来ましたが、何も言わず、ただ立ちつくしています。


会社のことにはタッチしておらず

人事に口をだす資格もない私ですから

今ここでえらそうに何か言うべきではないと思いました。



     それに、もし勘違いだったらみっともない…


とにかく仕事に行こう…

後で考えよう…

その時はそう思いました。


女性がいた…それだけのことなのです。

その人が怪しく見えるのは、前回の後遺症かもしれない…。

しおらしいことを考えながら

勤務先の駐車場に着くと、夫が追いかけて来ました。


ヘラヘラ笑いながら

「なんか勘違いしてるみたいだけど、違うからな。

 ちょっと人から頼まれて、何日か手伝わせてるだけだから」



         追いかけてまで説明する

         おまえのその行動が白状してるんだよっ!

         

        「じゃかましいっ!

         男の職場でおチチ半分出して         

         何を手伝うって言うんだっ!

         嘘もたいがいにせい!」



何日か手伝うというおネエちゃんは、以後数年にわたって

我が家の崩壊を大変熱心に手伝ってくださることになったのでした。


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悪夢の終焉

2008年10月27日 20時32分16秒 | 不倫…戦いの記録
2年余りが過ぎました。


M子と夫の仲は、細々と続いていたようですが

私のほうは、小学校に加え次男の幼稚園のPTA役員

所属していたスポーツクラブのキャプテンを同時に引き受け

家事の合間に事務のパートも始めていたために

気にする暇もありませんでした。


役員などをすることになったのは

決して私の人望によるものではなく、すべてクジ引きです。

仕事も自分で探したわけではなく

急遽知り合いに頼まれて電話番から始まりました。


結婚前も後も、ちゃんと働いたことがなかったので

やることすべてが楽しく面白く

うっかりすると家事がおろそかになってしまい

義母や義姉に小言を言われることもありましたが、なんのその。


義母は義姉の子供で手一杯だったので 

私まで子供を家に置いて外に出るのは禁止で

夏休みや冬休みなどの長い休みには、私もお休みです。


「外で働かれると、会社がうまくいってないように思われる」

と、両親は辞めてほしかったようです。

         
そのニュアンスには

娘が毎日実家に里帰りしていることを

世間に知られたくないのがありありと感じとれました。

私が外へ出ると、他人と話す機会が増えます。

家の中のことが漏れる…そう言って嫌がるのでした。


後ろめたいことがあるなら、それをやめればいいことです。

はっきり言わずにそれとなく匂わせるやり口には

あくまで対抗です。



「別れたから…」

夫が出勤前にぽつんと言ったのは

長男の小学校の卒業式の日でした。

それで終了。


一言くらい謝罪の言葉でも聞きたいのはやまやまですが

家庭を壊す人の特徴…

「ありがとう」「ごめんなさい」がちゃんと言えない人なので

息子の大事な日に喧嘩するのも嫌で、そのままになりました。


家を出て車に乗ったら、長男が

「母さん、良かったね」

と言いました。


3年生から始まった家庭崩壊の危機…。

ひそかに小さな胸を痛めていたのだと思うと、涙が溢れました。


しか~し!

センチメンタルな気分に浸ってばかりはいられません。

うっかり私の子供として生まれてしまったからには

否が応でも、共に苦難を超えて行かなければならないのです。

母の漕ぐ粗末な泥舟の

行き着く先がいずこであろうとも。


   
     長男よ…

     そして次男よ…

     キミらも、クジでハズレを引いたのかなぁ…




その夜、夫は自分から話し始めました。

M子は大学院を出ても就職がなく

塾の講師のアルバイトをしていました。

「新しい彼氏が出来たんだって」

夫は、醤油取って…と言うのと同じ口調で言いました。



「私たち、春休みにしましょう」

と言われ、それっきりだと、夫は苦笑いしていました。


それからしばらく、家族の間で

何かストップしたいことや休憩したいことがあると

「私たち、春休みにしましょう」

が流行しました。



思春期に入った長男に手こずったり

小学生になった次男のボンヤリぶりに気をもむこともありましたが

          日々是好日。


それは、間もなくやって来る嵐の前の静けさでした。
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ゲタ味噌

2008年10月26日 16時46分27秒 | 不倫…戦いの記録
激動の年が終わり、新年を迎えました。

年末、キラ子は年相応の男性と

慌ただしくできちゃった結婚をしたので

義父は元気がありませんでした。


しかし、義母に届いた年賀状の中に

キラ子の名前のものがあったために

はなはだ賑やかな幕開けとなりました。



{○○○○子様様}

ワープロ打ちの宛名書きからして、喧嘩上等!の意欲満々です。

裏には、手書きのメモをコピーしたものが貼り付けてありました。


{○月○日

 パパと○○で食事のあと、ホテル。

 パパ、すごく元気。

 あの年で2ラウンドはリッパよね}


{○月○日

 パパったら、お店の裏でいきなりなんだもん。
 
 ごほうびに○○のバッグおねだりしちゃった。

 そのあと○○でごはん}
 


            げっ…


ミミズの這ったような字で延々と綴られた、いわば援交日記。

しかも困ったことに、日付や店名、品物など

どれも請求書とピッタんこ…。


キラ子本人のしわざか

誰かがキラ子の日記をコピーして、義母に嫌がらせをしたのか…。

どちらにしても、気味の悪いものです。


義母は、キラ子のお腹の子の父親を心配し始めました。

義父の子ではないか…年賀状は、そのアピールではないかと言うのです。


「そんなまわりくどいことするようなタマじゃないよ。 
 
 誰の子か、本人にもわからないのとちがう?
 
 別の人と結婚してくれたんだから、いいじゃん」


「人ごとだと思って!」


ほんとに、人のことは、どうしてこう気楽で面白いのでしょう。        
 
それにしてもキラ子…しっかり彼氏はキープしつつ

義父のオゴリで栄養補給しながら胎児を育成していたのね…。


納得いかない義母は

後日、双方を知る知人に頼んでキラ子に確かめてもらいました。


キラ子は

「せっかく幸せをつかんだのに…」

と泣き崩れたそうです。


泣かなくても、イエスかノーかでいいのに…と思いましたが

自分のメモを誰かにコピーされて悪用されたとしたら

私ならショックで泣くかもしれません。

結局、犯人は分からずじまいでした。

私は、キラ子が義父と二股かけていた

駅前商店街のおじさんが怪しいとひそかににらんでいます。



夫は、あの手首ザックリ事件以来

こちらへ来ることのなくなったM子の所へ時折通い

私は子供たちの少年野球や習い事

それに夫が途中で投げ出したPTA役員まで引き継ぐ羽目になり

多忙によって適度な距離を保っていました。


 
          家を出たい…

          つまらぬことに振り回されて

          感情を乱すことなく

          子供たちと三人、穏やかに笑って暮らしたい…


その願いは日に日に強くなっていきました。

でも、その時は勇気がありませんでした。


嫁いで間もない頃、義母の親戚のおばさんから聞いた話…

おばさんの友達の話が、根性なしの私の足を止めていました。


おばさんの友達は、暴力癖のある夫と離婚し

男の子を一人連れて家を出ました。

昔のことなので

身寄りも資格もない子連れの女性が

住み込みでいきなり働ける所は限られていました。

その人は、お約束のように水商売に入りました。

育ち盛りの男の子を抱えて、慣れない仕事は大変でした。


通勤でハイヒールや草履を履くと底がちびるので

節約のために店まではゲタを履いて通いました。


そこで頑張って№1…ならドラマですが

そんな生活感のにじみ出たホステスさんの成績は、やはりそれなり…。


30を過ぎたあたりから、店に居づらくなってきました。

そこで、飯場(はんば)という所へ流れました。

工事現場に住み込んで働く男性たちの食事を作ったり

洗濯をする寮母さんのような仕事です。


やはり子連れで住み込みましたが

男の子は中学生になり、弁当が必要になりました。

飯場の朝は多忙な上、子供の弁当を調理する自由はありません。

そこでこっそり、飯場の朝食である味噌汁の具をすくって

弁当のおかずにしていたそうです。


男の子は文句ひとつ言わずそれを食べ続け

やがて大人になって母親に孝行したという

ちょっといい話だったのですが

私の頭には「ゲタ味噌の恐怖」として残りました。


怠け者、特技なし、実家帰れず、よく食べる男の子二人…。

今家を出たら、もろ、ゲタ味噌…。


なけなしの貯金を持ち出したところで、時間の問題です。

9歳と3歳…無理をして泣かせるより

じっとして大きくなるまで時間を稼ごうと思いました。


夫が子供に危害を加える人間ではないことも、重要な要素でした。

       
        だって、私、怠け者なんだもん。
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残り火

2008年10月26日 09時58分09秒 | 不倫…戦いの記録
家の近辺で、M子の車が目撃されるようになったのは

それからすぐのことでした。


無職で暇になったM子は

夕方になると実家から2時間かけて

はるばるやって来るのでした。


少し離れたところに車を止めて

ずっと待っているのが、ベランダから丸見えです。



         「ほら、来てるよ」


夫は一瞬、さもいやそうな顔をします。

結局は出て行くのですから

ジェスチャーをしなくてもいいのに、男というのは、厄介です。


同じ待つなら

会社のほうへ行って、仕事帰りに会えばいい…と思いましたが

人通りの多さに加えて、多分Kさんがネックなのでしょう。


夫とM子…肝の小さい人間というのは

目先の不都合を避けたい一心から

かえってもっと大胆で人の気持ちを逆なでする行動に走るようです。


黙認というか、あきらめというか

もうここまできたら

行き着くところまで行かせるしかないという気分でした。


そこには、すでに彼らの意志では消せなくなってしまった火が

どこまでくすぶり続けるのか眺めていたいような

一種残酷な気持ちも混じっていました。



一日おきだったのが週に1回になり、やがてたまに…になりました。


当初、飽きたのかと思っていましたが

大学院入試の勉強を始めたのと

親の監視がいちだんと厳しくなったためでした。

          M子、どこまでも、マイペース。



ある夜、どうしたことか

夫はM子の車に行きたがりませんでした。

待てど暮せど「彼」が出て来ないので

M子はとうとう門の前まで来ました。


明るい門灯で、M子の姿がはっきりと見えます。

数ヶ月前よりも、かなり痩せていました。

二階のベランダから眺める私を恨めしそうに見上げていました。


渋る夫を引っ張って玄関まで行き、外へ出しました。

夫の姿を見るなり、M子はうつ向いてゆらりと動きました。


「またやった…」

夫はいまいましそうに舌打ちします。

何が起きたのかわからない私は

M子の足元を見て、あっと声を上げました。


血がぽたぽたと落ちています。

蛍光灯の光に浮かび上がるそれは

どこまでもどす黒く

粘度のある異様な液体に思えました。



       「人んちの前で、何やってんのよ!

        そんなに死にたきゃ、首を吊りなさい、首を!」

私は小言を言いました。


リストカット…その言葉や意味を当時はまだ知りませんでした。

今思えば、申し訳ないことを言ったと思います。


夫はタオルを持って来てM子の背を押し、その場を離れました。

車で手当をしてやり、帰らせたようでした。

その夜はたまたま両親が留守だったので騒ぎが大きくならず幸いでした。



「ああいう癖があるんだ…」

戻って来た夫は言いました。

「ずっと前からやってたらしい。

 最初それを知った時は

 俺が守ってやりたいと思っていたけど

 あんまりたびたびじゃあ…」


       「入院したというのも、そのせい?」


「多分…。

 親は知らなかったと思う。

 教師を辞めたショックで自殺を図ったと思ったんじゃないかな…」


         「当分、面倒みてやるしかないね」


 
告訴する…と息巻いていた父親でしたが

待てど暮らせどその気配はありませんでした。

 
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霊子ちゃん

2008年10月25日 08時47分26秒 | 不倫…戦いの記録
電話の内容を聞いた夫は、急に歩み寄ってきました。

裁判を怖がっている母親から伝えられたので

地獄の入り口に立ったような気持ちだったのでしょう。


私は小学生の時、家業の事故が発端で

同じクラスの子の家と自分の家が裁判沙汰になり

学校で嫌な思いをしたことがありました。


こういう時、小さな田舎町に住む人々の心は

よそから来た者、商売をしている者を攻撃したくなるようでした。

親にも言えず、困りました。


あの時に比べれば

終わったら二度と会う必要のないヤツとの裁判なんて、なんぼのもんじゃ。

ましてやしろうとの、ただの脅しです。

とりあうのも馬鹿馬鹿しいと思っていました。


私のこういうところが、夫や家族に嫌われるのだと思います。

欠点は誰にも負けないくらい持ち合わせていますが

特にこのふてぶてしさ、憎々しさは

さぞ男を萎えさせることでしょう。


自分が男でも、きっと苦手だと思います。

何かあれば、驚き慌てて泣き叫び

適当なところで倒れるくらいしなければ…。


              もう手遅れか…



「今日から同じ部屋で、親子四人で寝てもいいかな…」

          「なんで?」

「もう疲れた…」


         それはこっちのセリフじゃわい。


勝手な言い草にムッとしましたが、我慢、我慢。 

無駄な喧嘩は体力を消耗します。      


「隣の部屋で寝ていると、誰かが来て、布団の周りをグルグル回るんだ」

        「…誰?」

「分からん…。すり足で、ずっと歩き回る。

 暗闇だし、そいつも真っ黒で顔が見えない」

        「え~、そんなの連れて来られたら困るわ」


     
でも、本当は心当たりがありました。
           
いつの頃からか、家族以外の者の気配は感じていました。

特に階下の玄関、廊下、階段の下でよくお見かけしていました。

黒いニットのマントを着た、ロングヘアの女性です。


いつも後ろ姿しか見せず

前かがみになってすり足で素早く移動するので

顔に自信が無いらしいとにらんでいました。


とりたてて悪さをするわけではないのですが

開閉のできないガラスケースに入った人形を

時々くるりと後ろ向きにするのは彼女であろうと思われます。


しばらくすると、また元に戻しておいてくれるので

どうってことないのですが。


私は霊感があるわけでもなく

そういうものに対して肯定も否定もしない…

つまり興味がないので、真偽のほどはわかりませんが

当時の精神状態が、自分では異常なしのつもりでも

やはりどこか、やられていたのかもしれません。


無意識に私に合わせているのか

本当に見たのかわかりませんが

子供も同じようなことを言う時があるので

とりあえず、その現象を「霊子」と呼んでいました。


見かけても、まったく怖いという感情は起きず

あら、霊子ちゃん…という程度です。


そんなものよりも

生身の人間がやらかす仕打ちのほうがよほど醜悪です。


「頼むよ…助けてくれ…」

       「霊?裁判?」

「両方…」

       「…高いよ…」



夫が言うには

M子のアパートに父親が訪れた日

部屋を逃げ出した二人は、何度戻ってみても父親の車があるので

M子は恐れ、帰るのをあきらめたそうです。


そこでM子の妹のアパートに行くことになりました。

妹は非行に走ったので父親と折り合いが悪く

早くから実家を出て、一人暮らしをしていました。

父親はその住所を知らないそうです。


父親にすれば、従順で優秀なM子は希望の星だったことでしょう。

それを妻子持ちにめちゃくちゃにされたのですから

訴えたくなる気持ちも分かります。


アパートで車から降ろしたきり、M子とは会ってないということでした。



      「なんで学校辞めちゃったんだろう…」

「辞めるって言ってたよ。

 小学生が嫌なんだと。小さい子が苦手って…。

 担任のY先生も、熱心にアドバイスしてくれたらしいよ」

      「Y先生が?」

「あなたは児童より、中学生以上の子を導くほうが

 絶対向いてると言われて、すっかりその気になってた…。

 親の気持ちがどうあれ、本人は辞めるつもりだったみたい」



Y先生の言葉を思い出しました。


      私、子供を苦しめるヤツは、絶対に許さない…。


Y先生は、誰も傷つかない方法で、M子を学校から排除したのでした。
















            
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けもの道

2008年10月24日 16時03分08秒 | 不倫…戦いの記録
          
            そ…そんな…


「うちには男の子がいないから

 そのうち絶えるだろう。

 残すほどのたいそうな家ではないから、それでいい。
      
 でも、おまえが男の子を連れて戻ってくれば

 いずれその子たちが引き継ぐことになる。

 畜生になり果てた一族の血をうちへ入れることはならん。

 一人で帰りなさい。

 向こうに残るのもだめ。

 選択は一つしかない」
  

泣いて頼めば、あるいは譲歩してくれたかもしれません。

しかし、そこが不器用な長女の哀しさ…

じゃあ、いいや…と思いました。



     「私はけだものと結婚して、けだものの子供を生みました。

      この子たちと、けだものの世界で生きて行きます」


                  
「気が変わったらすぐに帰っておいで…待っているから」

祖父は言いました。


自分は義姉のように実家に頼りきっていないと自負していた私ですが

最後は誰かがなんとかしてくれる…

そんな甘えがどこかにあったと気づきました。


家に帰ると、夫の両親は実家での話の内容を聞きたがりましたが

おまえらのことをケダモノだの畜生だの言っていた…

とも言えないので

事情を説明した…とだけ伝えました。

両親は、厳しい私の祖父が苦手でした。


ほどなく、夫はふらりと帰って来ました。

みんなで、何も聞かない、言わないと決めていたので

静かに迎えました。

義父は我慢できないので

自分の部屋に閉じこもって会わないようにしていました。


帰った当初は、相変わらずのツンツンぶりです。

いかにも「帰ってきてやった」ふうに装うので

憎たらしいことこの上ないですが

感情を揺さぶられるのも馬鹿馬鹿しくて放っておきました。


私は少し前から長男を少年野球に入れており

週3回の練習や、毎週のようにある試合で何かと忙しく

そして楽しい日々を過ごしていました。


夫は野球が得意です。

今までそこにいるかとも言わなかった長男と

グローブの手入れやボールの投げ方など

「本当の親子」みたいに話していて

ほのぼのとした、家庭らしい雰囲気が漂う時間も

少しずつ増えていきました。


しかし、つかの間の平和はすぐに破られました。

教頭から電話があり

M子とその両親が

いよいよ夫を相手に訴訟を起こすことになったと言われて

義母は仰天しました。


電話を代わりました。

M子は結局退職することになったそうです。

精神的に参ってしまい、入院中だそうで

学校側もこれ以上かばうわけにはいかず

県教委も見放したということでした。


       「それで、訴訟の内容は何ですか?」

「婚約不履行ということです」 

       「はぁぁ~?」       


       なんとまぁ、みみっちぃ。

       せめて結婚詐欺にしてくれよ。 



「あと、職を辞した際の精神的苦痛に対する慰謝料と

 アパートを移った際に生じた損害の賠償責任…

 示談の場合は応じる…と」


           せこ…


きまじめな教頭は、メモを読みながら一生懸命です。

「私はほんとに、この件に首を突っ込むんじゃなかったと

 つくづく後悔していますよ…」

        「突っ込むからですよっ」
      

示談にはせず内容証明郵便を待つ

訴訟に至った際にはこちらも起訴する用意がある

この件での教頭の介入はここまで


それらのことを伝えてもらうことにして電話を切りました。

最後のは、教頭の希望です。
 
すべてサスペンスドラマで仕入れた知恵でした。


本当に訴える気があるのなら、黙っていきなりやればいいのです。

一旦教頭に話が行くのは、まだこちらの出方をうかがっているからです。


            チキンどもが!
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実家にて

2008年10月24日 09時12分54秒 | 不倫…戦いの記録
両親は、告訴…という単語にショックを受けていました。

世間知らずの義母はともかく

弁護士を始め、あらゆる職業の知り合いがたくさんいる…

と日頃豪語している義父の恐れようは、少々滑稽でした。



そんな時、実家の祖父から一枚の葉書が届きました。

時候の挨拶の後に
   
   「近頃面白くない噂を耳にはさみ、老いの胸を痛めております。
   
    ぜひともお二人でお越しの上、ご説明いただきたく

    一日千秋の思いでお待ち申し上げます…こと、しかと」


               ヤバ…


電話ですむことを葉書にしたのは

両親の目に止まるのを予測してのことと、すぐにわかりました。


この件は実家に一切伝えてなかったので

どこからか耳にして、驚いたのでしょう。

それほどのスキャンダルになっているということです。

葉書には二人で…とありましたが、片方はいません。

重い気分で実家に向かいました。


祖父は心臓が悪く、入退院を繰り返していました。

元気な頃なら心配して飛んで来たでしょうが

それも無理な体になっていました。


強い反対を押し切っての結婚だったので

実家に迷惑をかけたくないと思ういい子ぶりの気持ちが

かえって祖父や両親を心配させたようです。



「すぐ離婚しなさい」

祖父は言いました。

その頃にはもう、愛想の尽き果てていた私に

依存はありませんでした。


「すでにどっちが悪いなどと検討する段階ではない。異常じゃ」

 
          ごもっとも…



「あっちに余裕がないから

 ここまでの騒ぎになるんじゃ。
 
 女が出来ても囲えるわけでもない。

 女房の機嫌を取るなり

 大枚渡して入れ替えるなりの経済力もない。

 貧乏人がお大尽と同じことをしたがるのは、馬鹿だ。

 父親も同じというじゃないか。

 会社の未来もないぞ」


  
        全部知ってるのね…


「辛抱は大事だ。

 しかし、いずれ花が咲く時のためにするのが辛抱。

 そうでないのは辛抱とは言わん。

 自虐じゃ」 


         一言もござんせん…。


「今は子供連れだから、一旦帰りなさい。
 
 子供を置いて、嫁いでから買った物も全部置いて

 お金は一円も持たずに着の身着のまま

 今夜にでもタクシーに乗りなさい。

 ここまで帰ったら払うから」


       「え…子供を置いて…?」


「それがきっぱり縁を切るということじゃ」


       「お願いします。

        子供も一緒でいいでしょう?」
       


「子供の先生に手を出すような男は、ケダモノじゃ。

 ケダモノの血のかかった子は、いらん」

 
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告訴する!

2008年10月23日 11時40分19秒 | 不倫…戦いの記録
いなくなったといっても

行き先はわかっているのですから

放置するのが一番ですが、両親は気をもんでいました。

ここが血を分けた親子と他人の差だと思います。


私に「行け」「連れ戻せ」とうるさく言いますが

取り合いませんでした。

そんなに心配なら、自分たちが行けばいいのです。

「親が行ったら最後だ」とか、意味不明のことを言っていましたが

要は息子に正面から対峙するのが、面倒でいやなのです。

そんなことをする時間があったら、女と遊んだりゴルフに行きたいのです。

そうやって面倒なことを避け続けてきたから

今こういうことになっているのです。


「しつけはおまえに任せていたはずだ!」

「あなたが家庭をかえりみなかったからでしょう!」


顔をあわせるとそんなことを言い合っていましたが

最後はいつも「嫁が悪い」で落ち着いていました。


そんな時、Y先生から連絡がありました。

「あいつ、今日無断欠勤したよ」

              あらら…

「どうするんだろ。

 新卒でこんなことしたら、絶対クビだよ…いいけどさ」


ほどなく、教頭から呼び出しがありました。

一人で行くつもりでしたが、義母がついて来ました。

義父は「俺が出ると大きな事になるから…」と、いつもの逃げです。



校長室には、教頭とM子の父親が待っていました。

M子に似て小柄な、眉間のシワが目立つ神経質そうな人でした。


昨夜、抜き打ちでM子のアパートをたずねたら、夫がいた。

どういうことか、と怒ると

近いうちに必ず離婚を成立させるから、結婚を認めてほしい二人で言う。

逆上して、夫を部屋からたたき出したら、M子もスキを見て出て行ってしまった。

帰って来ないのでそのまま部屋へ泊まったら

今朝、学校から連絡があった…。


        お父さぁん…あんたが急に行ったからじゃん…   
   

   
このお父さん…義父のように家族に対して言葉の暴力がひどいのかな…

と、ちらっと思いました。
    
迎えに行った夜に見た

尋常でないM子の様子を思い出し、少し気の毒になりました。


「人の家庭をメチャクチャにして、どうしてくれるんですかっ!」

        こっちが言いたいわい…


「おたくはバカ息子の気まぐれかもしれないが

 M子には将来があるんですっ!」 

      
        そりゃまあ、そうですが…


       「…それで?どうしろと?」


「告訴します!」



あぁ…とため息をもらして、義母はソファーにぐったりともたれました。


          「どうぞ」



「ちょっと待ってください!」

教頭があわてて言います。
    

「いや…その…できれば穏便に…2、3日程度なら病欠にして…」



「出来るんですか?」

M子の父親がすがるように言いました。


「探します!探しますから」

そして私のほうへ向き直って言うのでした。


「M子がもし解雇になったら、必ず告訴しますからねっ!」
      

      あらあら、さっきまでは何が何でも…の勢いだったけど

      条件付きになったわ…


          「わかりました」

        

二人が見つかるまで少し待つことになり、その日は解散しました。



「どうしよう…あの子、刑務所へ行くの?」

 手錠をかけられるの?」

帰り道、義母は泣いていました。


            「ありえん」
          


双方同意の上での関係なので、刑事告訴は無理があります。

M子の父親が公務員であることは、Y先生から聞いていました。

定年まで、まだ長いのです。

私は、公僕がごくプライベートな問題で

民事訴訟を起こすはずがない、と踏んでいました。

しかも罪状があいまいです。

さらに結婚生活をおびやかしたと私が逆告訴をすればチャラです。


事情を聞いた義父は

「土下座でもなんでもして、なんで許してもらわなかったんだ!」

と怒りました。


          意味わかんなーい!

                
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修行の成果

2008年10月22日 10時51分32秒 | 不倫…戦いの記録
義父はその頃、友人の紹介で

とある山岳信仰に傾倒していました。


商売繁盛に大変御利益があるということで

身近な中小企業の経営者や商店主が

こぞって入信し始めていました。


この宗教は、行事に参加しさえすれば

金や女、地位や名誉など

男としての野望が手に入るという

男性にとても都合の良いものです。

この地方の信者を仕切る偉い人も、愛人を連れ歩いていました。


義父は、この行事に夫を無理矢理連れて行くようになり

護摩炊きでいぶされ、険しい山に登り…を繰り返していました。


義母は義母で

浮気に苦しんだ若い頃に入信した宗教で

自分の夫や息子の改心を熱心に祈り続けていました。



そんな日々が続いていたある日

長男の学校行事に参加した私は

廊下でばったり、教頭に会いました。



「あー、これは、これは」

教頭は、営業用である満面の笑みを浮かべています。

「どうですか~、その後」

すでに語尾には疑問符が付いていません。

自分の活躍によって、すっかり解決したと思っているのです。

        「…その節はお世話になりました…」


「難しい問題でしたが、私がきちんと納めましたのでね。

 ご主人ももちろん良くないですが、奥さんもね

 子供さんのために

 男性との仲をきちんと精算して、家庭を大事にしてください」


            なんですと…?            


ここで私は引っかかりました。

      「あの…男性との仲って、どういうことですか?」


   妻に彼氏が出来たことを副担任として夫の相談に乗っているうちに

   迫られ、つい男女の関係になってしまった。

   どうしていいかわからず、怖くて言われるままにしていた。


教頭は、そういうストーリーを信じ込んでいました。

これ以外に無い!というほどの毅然とした口ぶりです。


M子め。どこまでも、あこぎな奴です。


            やりやがったな…       


「M先生が、親御さんにそう説明していたので…」

     「じゃ、不倫以前に強姦事件ですね。

      警察に言ったらどうですか」

「いや、それは…

 嫁入り前の娘さんに傷がつくので内密にすませようと…

 もう終わった事ですし…」 


       「…まだ続いてますから」

「えっ…?」

教頭の淋しくなった髪の毛が、一瞬逆立ったように見えました。


教頭に罪は無いものの、事実だったら強姦及び不法侵入です。


      傷がつくもなにも、とっくにキズモノじゃないか!


M子を始め、M子の両親や学校側が保身のために

都合の良いことだけ信じようとするのが気に入りませんでした。 


入学式の時「先生たちも頑張りますから、安心して学校にきてくださいね」

と笑顔で言った校長先生は真っ先に逃げ

「お子さんがガラスを割ったら、怒るんじゃなくて

 ケガはなかった?と聞ける親になってください」

と言った教頭先生は、部下の味方でしかありませんでした。

ま、いいんだけどね…人間だもの。


      
       嫁入り前、嫁入り前って…

       嫁に行ってない女がそんなにえらいのか!

       嫁に行った者はコケにしていいのか!


強姦魔にされた夫は

相変わらず仕事と夜這い、時折修行を続けていました。

睡眠不足で痩せてきて、目だけギラギラしています。


もう誰も夫を止めませんでした。

義父も義母も

それぞれの宗教でなんとかしてみせると頑張っています。

私は、耳なし芳一や牡丹灯籠を思い出していました。


明日は父親と、さらに険しい本山へ登る…という日

夫はいなくなりました。

県外なので、今度は泊まりがけの予定でした。

太い鎖をつたって命がけで登る大変なところだと聞きましたが

それより何より

M子と離ればなれになるのがいやだったんだな…と思いました。


義母はショックで倒れました。

旅費とお小遣いを二人分、多めに渡したところだったそうです。    
   
「土産にうどんを買って来ると言ったのに…」


           そうかい、そうかい…
          

いつになく、義母が気の毒でなりませんでした。

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教祖様

2008年10月21日 10時21分10秒 | 不倫…戦いの記録
このあたりから

我が家の周辺が騒がしくなってきました。


間に立って話をつけてやる…

夫を知り合いの道場に預けてしばらく修行させたらどうか…

このおふだを貼れば浮気封じに効果がある…


両親の友人や知り合い、仕事の関係者です。

いろいろな人がいろいろなことを言ってきましたが

どれも両親にとってはパッとしなかったようです。

頭痛に目薬…。


私にも、すぐ下の妹の姑から連絡がありました。

「私が信仰している宗教の会合があるから、参加してみない?」

            うぅ…


かわいい妹のお姑さんです。

むげに断るわけにもいかず

気が重いまま、約束の日がやって来ました。


彼女の家には、やたら明るいおばちゃんが三人待っていました。

私の身の上は、およそ話してあるらしく

「大変でしたね。でももう大丈夫ですよ」

「よかったですね。これでもう救われます」

と口々に言います。


話し慣れている人たちなので

会話もわりと柔軟で面白く

妹の姑も、修行を積んだあかつきには

この人たちのように

教えを説いて回る係をしたいのだな…と思いました。


「この次は教祖様がじきじきにお目通りされますからね」                

         えっ? 今日で任務終了じゃないのかよ…  



おばちゃんたちは

気高いご存在であらせられる教祖様に

お目にかけても差し支えない人間であるか否かを見極める

先発隊というところでしょうか。



その日がやってきました。

下駄箱の上の、普通生け花や飾り物など置く場所には

白い半紙が敷いてあり

その上に教祖様のものとおぼしき

小さな草履がちょこんと乗っていました。


こうして修行の合間に信者の家々を回っては

無料で、苦しむ人に神のお言葉を伝えて救ったり

神の教えを説いたりしているそうです。



教祖様は、優しそうなおばあちゃんでした。

縁側でひなたぼっこが似合いそうな、かわいらしい感じの人です。


霊感と修行の力で迷える人々を救うというので

女山伏みたいなのを想像していましたが

さっぱり清らかな印象でした。


集まった信者たちは順番に

各自の現状に沿った「おことば」をかけていただき

平身低頭、礼を尽くして喜びます。 

詳しい話はしなくても

すべてが瞬時におわかりになる…ということでした。


迷える?私は、順番が来たので

促されるままに教祖様の前に進みました。


私をパッと見た教祖様は

ちょっと驚いたような表情の後、そのまま沈黙しました。
        

微妙な雰囲気を察知した例のおばちゃんは

「次のかた…」


           おぉ?なぜ?


           私への「おことば」はっ??


つきあいでしかたなく参加したとはいえ

モノが何であれ

人にもらえて自分には無いというのは納得できません。


その上、おばちゃんを通してやんわりと

私だけ先に帰るように言われました。

それっきり、妹の姑さんからお呼びがかかることはありませんでした。



後日、妹に頼んで姑さんにわけを聞いてもらいました。

「私も紹介した手前、気になって

 お世話係の人にたずねてみたんだけど

 その人たちもわからないから

 教祖様に直接聞いてみたんですって。

 そしたら、私の手には負えない…とひとことだけ

 おっしゃったそうよ。

 それきり、そのことには触れてはいけない雰囲気なんですって。

 お世話係の人も、こんなことは初めてだって」


            
金品が関与しない分

アフターケアに難点がある…と思いました。
コメント (1)
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