園田君が入社して4日が経った頃、本社の永井部長が訪れた。
彼の目的はただ一つ。
園田君と神田さんとの関係を探ることだった。
神田さんの起こした訴えは、解決に至らないまま2ヶ月が経とうとしている。
河野常務は体調を理由に
神田さんの件や園田君入社の件にはノータッチを決め込んでいた。
そもそも彼が入院して不在の時に始まったことなので
責任の所在は藤村と永井部長にある。
病み上がりの身でわざわざ首を突っ込み
火中の栗を拾うことはないという、常務の保身術であった。
永井部長は、自分の十八番を常務に奪われた格好だ。
そのため、永井部長は気が気でない。
藤村にせがまれた彼は12月の末
藤村と2人で園田君を呼び出して最終面接を行い
その上で入社を許可した。
園田君しかいないので、許可するしかない。
永井部長もまた、高価なダンプを遊ばせていることで
河野常務に責められるのを恐れていたため、誰でもいいから入社させて
とにかくダンプが動いている状態を作るしか無いのだった。
保身の帝王、永井部長が案じているのは二匹目のどじょう。
神田さんと親しいとなると、彼女の報告を聞いているかもしれない。
働かずして収入を得る方法に魅力を感じ
園田君も某機関に訴えるのではないかという懸念である。
これをやられたら、彼の立場は無い。
とはいえ、園田君に直接たずねる勇気は無い。
藤村にも無い。
園田君と神田さんが密接な関係にあると判明した場合
今度は、面接の際に確認を怠った責任がかかってくるからである。
無能な人間が下手に肩書きをもらうと
責任に振り回されて、がんじがらめになるものだ。
ということで永井部長は園田君を避け、夫や社員にたずねて回った。
その頃には園田君の口から、彼のプロフィールがほぼ明らかになっていた。
園田君の奥さんと神田さんは数年前、職場で同僚だったこと…
そこが仕出し弁当の会社で、無職だった園田君も奥さんに尻を叩かれ
短期間だが奥さんや神田さんと働いていたこと…
神田さんから辞めたという連絡を聞いた奥さんが
再び無職になっていた園田君に「行け」と言ったこと…。
永井部長はこれらを聞いて、たいした裏が無いことに安心したらしく
帰って行った。
一方でその頃には、我が社のダンプに乗る園田君を見かけた同業者から
彼に関する情報が入り始めていた。
隣市のK商会へ面接に来たが、落ち着きが無いので断った…
続いてA産業にも面接に来たが
市外のとある会社で起きた一件を聞いていたので断った…
といった内容。
市外のとある会社で起きた一件とは、2年前のこと。
転職を繰り返していた園田君は、ある会社でダンプ乗りになった。
しかし入社してほどなく、現場でダンプをひっくり返し
そのまま逃げて連絡が取れなくなったというものである。
園田君には免許取り上げの過去があるが
それを知りながら雇ってくれた会社に、後ろ足で砂をかけた格好だ。
彼はその直後、転居したという。
勤めていた会社の周辺から、離れたかったのだろう。
履歴書の住所とナンバープレートの地名が異なるのは
そのためだったようである。
「あいつを入れたのか?!今に大事故をやらかすぞ?!」
社員各自が、何人もの人から言われたところをみると
園田君はなかなかの有名人らしい。
が、夫は意に介していなかった。
この業界、男の世界ではあるが
男の世界の根底には女より女々しい部分が存在する。
よそへ入った新人をこき下ろすのも、その一つだ。
噂によって社内の雰囲気が悪くなれば面白いし
噂通りになれば、なお面白い。
「だから忠告してやっただろう」
低意な男の多くが好む、この一言も言えるというものだ。
よしんば園田君が噂通りの人物だったとしても
入社させたのは藤村と永井部長。
責任の所在は彼らにある。
むしろ噂通りになれば、一番面白いのは夫である。
ともあれ免許取り上げの経歴とダンプをひっくり返したエピソードに加え
実際の運転を見ても、園田君の技術が初心者並みであることはわかる。
だから神田さんと同じく、単純な往復仕事をさせるしかなかった。
しかし園田君は、自身の運転技術が平均水準に達していない現実に
気づいていない様子だ。
「こんな単調な仕事ばっかりじゃなくて
オレ、出仕事、行ってみたいんっすよ!」
「連れてってください!兄貴と呼んでいいっすか!」
と、意気込みだけはすごい。
社員一同は、この落差を密かに恐れるのだった。
運転手とダンプをセットで貸し出し、よその現場の仕事をさせる“出仕事”は
会社をベースに、行ったり来たりして配達する往復仕事とは全く違うため
熟練していなければ難しい。
そして受けた仕事には、どんなことがあっても時間通りに行かなければならない。
ダンプをひっくり返して逃げた実績を持つ園田君が
朝、ちゃんと来るかどうか…
そこから心配しなければならないとなると
「いずれ」、「そのうち」と言葉を濁すしかないのだった。
とはいえ園田君の明るさと可愛げなもの言いを
皆は嫌っているわけではなかった。
ひょっとしたらこのまま、皆に溶け込んでいきそうな雰囲気すらある。
「やたらテンションが高くて調子のいいヤツは、早く辞める」
そんな私の法則が、初めて崩れるのか。
しかし夫も気に入っている様子だし、定着してくれたらありがたいことだ…
そう思っていた。
が、結論から話そう。
園田君はすでにいない。
2週間、持たなかった。
《続く》
彼の目的はただ一つ。
園田君と神田さんとの関係を探ることだった。
神田さんの起こした訴えは、解決に至らないまま2ヶ月が経とうとしている。
河野常務は体調を理由に
神田さんの件や園田君入社の件にはノータッチを決め込んでいた。
そもそも彼が入院して不在の時に始まったことなので
責任の所在は藤村と永井部長にある。
病み上がりの身でわざわざ首を突っ込み
火中の栗を拾うことはないという、常務の保身術であった。
永井部長は、自分の十八番を常務に奪われた格好だ。
そのため、永井部長は気が気でない。
藤村にせがまれた彼は12月の末
藤村と2人で園田君を呼び出して最終面接を行い
その上で入社を許可した。
園田君しかいないので、許可するしかない。
永井部長もまた、高価なダンプを遊ばせていることで
河野常務に責められるのを恐れていたため、誰でもいいから入社させて
とにかくダンプが動いている状態を作るしか無いのだった。
保身の帝王、永井部長が案じているのは二匹目のどじょう。
神田さんと親しいとなると、彼女の報告を聞いているかもしれない。
働かずして収入を得る方法に魅力を感じ
園田君も某機関に訴えるのではないかという懸念である。
これをやられたら、彼の立場は無い。
とはいえ、園田君に直接たずねる勇気は無い。
藤村にも無い。
園田君と神田さんが密接な関係にあると判明した場合
今度は、面接の際に確認を怠った責任がかかってくるからである。
無能な人間が下手に肩書きをもらうと
責任に振り回されて、がんじがらめになるものだ。
ということで永井部長は園田君を避け、夫や社員にたずねて回った。
その頃には園田君の口から、彼のプロフィールがほぼ明らかになっていた。
園田君の奥さんと神田さんは数年前、職場で同僚だったこと…
そこが仕出し弁当の会社で、無職だった園田君も奥さんに尻を叩かれ
短期間だが奥さんや神田さんと働いていたこと…
神田さんから辞めたという連絡を聞いた奥さんが
再び無職になっていた園田君に「行け」と言ったこと…。
永井部長はこれらを聞いて、たいした裏が無いことに安心したらしく
帰って行った。
一方でその頃には、我が社のダンプに乗る園田君を見かけた同業者から
彼に関する情報が入り始めていた。
隣市のK商会へ面接に来たが、落ち着きが無いので断った…
続いてA産業にも面接に来たが
市外のとある会社で起きた一件を聞いていたので断った…
といった内容。
市外のとある会社で起きた一件とは、2年前のこと。
転職を繰り返していた園田君は、ある会社でダンプ乗りになった。
しかし入社してほどなく、現場でダンプをひっくり返し
そのまま逃げて連絡が取れなくなったというものである。
園田君には免許取り上げの過去があるが
それを知りながら雇ってくれた会社に、後ろ足で砂をかけた格好だ。
彼はその直後、転居したという。
勤めていた会社の周辺から、離れたかったのだろう。
履歴書の住所とナンバープレートの地名が異なるのは
そのためだったようである。
「あいつを入れたのか?!今に大事故をやらかすぞ?!」
社員各自が、何人もの人から言われたところをみると
園田君はなかなかの有名人らしい。
が、夫は意に介していなかった。
この業界、男の世界ではあるが
男の世界の根底には女より女々しい部分が存在する。
よそへ入った新人をこき下ろすのも、その一つだ。
噂によって社内の雰囲気が悪くなれば面白いし
噂通りになれば、なお面白い。
「だから忠告してやっただろう」
低意な男の多くが好む、この一言も言えるというものだ。
よしんば園田君が噂通りの人物だったとしても
入社させたのは藤村と永井部長。
責任の所在は彼らにある。
むしろ噂通りになれば、一番面白いのは夫である。
ともあれ免許取り上げの経歴とダンプをひっくり返したエピソードに加え
実際の運転を見ても、園田君の技術が初心者並みであることはわかる。
だから神田さんと同じく、単純な往復仕事をさせるしかなかった。
しかし園田君は、自身の運転技術が平均水準に達していない現実に
気づいていない様子だ。
「こんな単調な仕事ばっかりじゃなくて
オレ、出仕事、行ってみたいんっすよ!」
「連れてってください!兄貴と呼んでいいっすか!」
と、意気込みだけはすごい。
社員一同は、この落差を密かに恐れるのだった。
運転手とダンプをセットで貸し出し、よその現場の仕事をさせる“出仕事”は
会社をベースに、行ったり来たりして配達する往復仕事とは全く違うため
熟練していなければ難しい。
そして受けた仕事には、どんなことがあっても時間通りに行かなければならない。
ダンプをひっくり返して逃げた実績を持つ園田君が
朝、ちゃんと来るかどうか…
そこから心配しなければならないとなると
「いずれ」、「そのうち」と言葉を濁すしかないのだった。
とはいえ園田君の明るさと可愛げなもの言いを
皆は嫌っているわけではなかった。
ひょっとしたらこのまま、皆に溶け込んでいきそうな雰囲気すらある。
「やたらテンションが高くて調子のいいヤツは、早く辞める」
そんな私の法則が、初めて崩れるのか。
しかし夫も気に入っている様子だし、定着してくれたらありがたいことだ…
そう思っていた。
が、結論から話そう。
園田君はすでにいない。
2週間、持たなかった。
《続く》