殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…期待の新人くん・2

2021年01月30日 08時15分59秒 | シリーズ・現場はいま…
園田君が入社して4日が経った頃、本社の永井部長が訪れた。

彼の目的はただ一つ。

園田君と神田さんとの関係を探ることだった。


神田さんの起こした訴えは、解決に至らないまま2ヶ月が経とうとしている。

河野常務は体調を理由に

神田さんの件や園田君入社の件にはノータッチを決め込んでいた。

そもそも彼が入院して不在の時に始まったことなので

責任の所在は藤村と永井部長にある。

病み上がりの身でわざわざ首を突っ込み

火中の栗を拾うことはないという、常務の保身術であった。

永井部長は、自分の十八番を常務に奪われた格好だ。


そのため、永井部長は気が気でない。

藤村にせがまれた彼は12月の末

藤村と2人で園田君を呼び出して最終面接を行い

その上で入社を許可した。

園田君しかいないので、許可するしかない。

永井部長もまた、高価なダンプを遊ばせていることで

河野常務に責められるのを恐れていたため、誰でもいいから入社させて

とにかくダンプが動いている状態を作るしか無いのだった。


保身の帝王、永井部長が案じているのは二匹目のどじょう。

神田さんと親しいとなると、彼女の報告を聞いているかもしれない。

働かずして収入を得る方法に魅力を感じ

園田君も某機関に訴えるのではないかという懸念である。

これをやられたら、彼の立場は無い。


とはいえ、園田君に直接たずねる勇気は無い。

藤村にも無い。

園田君と神田さんが密接な関係にあると判明した場合

今度は、面接の際に確認を怠った責任がかかってくるからである。

無能な人間が下手に肩書きをもらうと

責任に振り回されて、がんじがらめになるものだ。

ということで永井部長は園田君を避け、夫や社員にたずねて回った。


その頃には園田君の口から、彼のプロフィールがほぼ明らかになっていた。

園田君の奥さんと神田さんは数年前、職場で同僚だったこと…

そこが仕出し弁当の会社で、無職だった園田君も奥さんに尻を叩かれ

短期間だが奥さんや神田さんと働いていたこと…

神田さんから辞めたという連絡を聞いた奥さんが

再び無職になっていた園田君に「行け」と言ったこと…。

永井部長はこれらを聞いて、たいした裏が無いことに安心したらしく

帰って行った。


一方でその頃には、我が社のダンプに乗る園田君を見かけた同業者から

彼に関する情報が入り始めていた。

隣市のK商会へ面接に来たが、落ち着きが無いので断った…

続いてA産業にも面接に来たが

市外のとある会社で起きた一件を聞いていたので断った…

といった内容。


市外のとある会社で起きた一件とは、2年前のこと。

転職を繰り返していた園田君は、ある会社でダンプ乗りになった。

しかし入社してほどなく、現場でダンプをひっくり返し

そのまま逃げて連絡が取れなくなったというものである。

園田君には免許取り上げの過去があるが

それを知りながら雇ってくれた会社に、後ろ足で砂をかけた格好だ。


彼はその直後、転居したという。

勤めていた会社の周辺から、離れたかったのだろう。

履歴書の住所とナンバープレートの地名が異なるのは

そのためだったようである。

「あいつを入れたのか?!今に大事故をやらかすぞ?!」

社員各自が、何人もの人から言われたところをみると

園田君はなかなかの有名人らしい。


が、夫は意に介していなかった。

この業界、男の世界ではあるが

男の世界の根底には女より女々しい部分が存在する。

よそへ入った新人をこき下ろすのも、その一つだ。

噂によって社内の雰囲気が悪くなれば面白いし

噂通りになれば、なお面白い。

「だから忠告してやっただろう」

低意な男の多くが好む、この一言も言えるというものだ。

よしんば園田君が噂通りの人物だったとしても

入社させたのは藤村と永井部長。

責任の所在は彼らにある。

むしろ噂通りになれば、一番面白いのは夫である。


ともあれ免許取り上げの経歴とダンプをひっくり返したエピソードに加え

実際の運転を見ても、園田君の技術が初心者並みであることはわかる。

だから神田さんと同じく、単純な往復仕事をさせるしかなかった。


しかし園田君は、自身の運転技術が平均水準に達していない現実に

気づいていない様子だ。

「こんな単調な仕事ばっかりじゃなくて

オレ、出仕事、行ってみたいんっすよ!」

「連れてってください!兄貴と呼んでいいっすか!」

と、意気込みだけはすごい。


社員一同は、この落差を密かに恐れるのだった。

運転手とダンプをセットで貸し出し、よその現場の仕事をさせる“出仕事”は

会社をベースに、行ったり来たりして配達する往復仕事とは全く違うため

熟練していなければ難しい。

そして受けた仕事には、どんなことがあっても時間通りに行かなければならない。

ダンプをひっくり返して逃げた実績を持つ園田君が

朝、ちゃんと来るかどうか…

そこから心配しなければならないとなると

「いずれ」、「そのうち」と言葉を濁すしかないのだった。


とはいえ園田君の明るさと可愛げなもの言いを

皆は嫌っているわけではなかった。

ひょっとしたらこのまま、皆に溶け込んでいきそうな雰囲気すらある。

「やたらテンションが高くて調子のいいヤツは、早く辞める」

そんな私の法則が、初めて崩れるのか。

しかし夫も気に入っている様子だし、定着してくれたらありがたいことだ…

そう思っていた。


が、結論から話そう。

園田君はすでにいない。

2週間、持たなかった。

《続く》
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現場はいま…期待の新人くん・1

2021年01月26日 08時56分10秒 | シリーズ・現場はいま…
前回、この“現場はいま…”シリーズで、新しい人が入るとお話しした。

その人、園田君は42才。

年明けから入社したフレッシュさんである。


話は昨年の11月末に遡る。

藤村のオンナという認識が定着してしまった神田さんが

辞めると言い出し、某機関への訴えをほのめかしていたので

本社の永井営業部長が訪れて

神田さん、藤村、我が夫と長男から事情を聞いた。


上役として、一方的な都合を押し付ける永井部長や

パワハラ、セクハラの事実をのらりくらりとかわす藤村にキレた神田さんは

「私、もう辞めます!」と言って事務所を飛び出した。

そのことをまだ部外者に知られていない翌日

ふらりと会社に現れ、雇って欲しいと言った彼を誰もが怪しんだ。

このタイミングを偶然と呼ぶには、無理があるからだ。


というのもこの業界、空いているダンプが存在しなければ

就職話も存在しない。

バスやタクシーのような交代制ではなく

一人の運転手と1台のダンプはセットになっているため

乗る車が無ければ運転手の仕事は成立しないからだ。


神田さんは興奮して、辞めると口走っただけかもしれず

時間が経って落ち着けば、また出勤する可能性だってある。

しかし園田君は、神田さんの決心が堅いもので

昨日ダンプが空いたのを知っていたような現れ方をした。

神田さんとは、かなり親しい間柄と判断するのが普通だろう。


藤村は、園田君が神田さんの彼氏ではないかと心配し

仕返しに来たのかもしれないと怯えた。

一方、夫はそんな裏のある子ではなく、むしろ人懐こくていい子だと言った。

しかし、いい子がいい運転手だという保証は無い。

夫が気になっていたのは、彼の軽自動車のナンバープレートが

履歴書の現住所とは異なる地域のものだったことである。

長い経験から、ここに小さな違和感を感じた様子だ。


いずれにしても園田君には待ってもらい

取り急ぎハローワークにも求人を出すことになったが

時を同じくして、神田さんが某機関への訴えを起こす。

会社はてんやわんやの騒ぎとなり、人を雇うどころではないため

園田君の件は一旦、立ち消えた。


それから約1ヶ月。

ハローワークからは、誰も来なかった。

その理由は、藤村の悪名がとどろいているのも確かにあったが

不況にコロナ禍というダブルパンチのご時世に

のんびりと仕事を探している運転手はいないという現実もあった。


毎日お金を稼ぐはずのダンプを立往生させる…

それは河野常務が最も嫌う行為である。

園田君の怪しさより、常務の叱責を恐れた藤村は

園田君を採用することに決めた。


園田君は年明けの1月6日から、出勤することになった。

しかし、いきなり正社員で採用したら

パワハラとセクハラで某機関へ訴えたという神田さんの前例があるので

今回はすぐ本採用にはせず、4ヶ月の試用期間を設けた。


それはともかく、6日はまだ正月休みで始業は7日からだ。

しかし藤村と園田君はその日、本社へ挨拶に行くことになった。

ほとんど誰も出勤していない本社へなぜ?…我々はいぶかしんだが

藤村のほうは、園田君に本社を見せて

自分の会社でもないのに自慢するつもりだった。


本社と同じ市内在住の藤村と、こちらの隣市在住の園田君は

現地集合で本社の扉をくぐる。

するとパワハラホットラインの責任者、石原部長が待ち構えていた。

石原部長は、2人にパワハラ教育を施すという。

聞き取り調査で次男が言った言葉を、彼は忘れていなかったのだ。

「俺はパワハラ教育、受けてないから何を言ってもいい」

藤村の、この発言である。

藤村と園田君は2時間に渡って、みっちりと講習を受けた。


パワハラ講習の翌日から、園田君は出社。

彼の入社にあたり、ダンプの乗り換えが行われていた。

前にこの会社に居て、別の支社に転勤していた佐藤君が呼び戻され

神田さんが乗っていたオートマチックのダンプに乗ることになった。

50代半ばの佐藤君は、持病の頭痛を理由に

仕事をドタキャンすることが多かったため

一昨年、別の支社に飛ばされた。

そっちは向いていたようで、持病の頭痛も出ず

順調に働いていた様子だったが、ここでカムバックだ。


佐藤君はオートマチックに乗る羽目になったことや

神田さんがぶつけまくってズタズタになったダンプを

最初はかなり不服に思い、口にも出していた。

しかし、じきにオートマチックは彼にとって便利な乗り物だと気づく。

馬力不足を理由に、彼の嫌いな出仕事や難所に行かなくて済むからだ。

味をしめた佐藤君は、機嫌良く働いている。


それからもう1台、藤村がハーレム計画を構想していた頃

神田さんの友達を入社させるつもりで新調したダンプがある。

藤村に新車購入の権限は無いが

河野常務が腰の手術で入院中、彼の名代として全権を委ねられた永井部長が

藤村におだてられて購入許可を出した。


結局、神田さんの友達は来ず

乗り手が不在のままディーラーに預けていた新車には

72才のシュウちゃんが乗ることになった。

「この年で新車に乗れるとは思わんかった」

シュウちゃんは素直に喜んでいる。


そして園田君には、シュウちゃんが乗っていたダンプが与えられた。

このダンプは、佐藤君が転勤するまで乗っていたものだ。

購入して6年余りだったと思うが

綺麗好きの佐藤君からメカ好きのシュウちゃんを経由しているので

コンディションが良くピカピカである。


さて、明るくて礼儀正しい園田君は、一人一人に挨拶。

「色々教えてください!よろしくお願いします!」

神田さんの時には挨拶すら無く、ひたすら藤村にくっつき歩くだけだったので

皆は園田君の態度に好印象を持った。


2日目、3日目…

夫や息子たちの話によると

園田君は異様に思えるほどのハイテンションで元気に働いていたが

運転技術が神田さん並みであることはわかったそうだ。

単純なことを何回教えても習得できないところも似ている。

しかし、ハイ!ハイ!と返事だけは良い。

返事は良いが、頭には入らないタイプらしい。


このタイプは、どんな職場にも現れる。

私も過去、自分の働いた職場で何度か出会ったことがある。

明るくて屈託が無いように見えるが

たいてい最後は「自分は頑張っているのに周りが悪い」

と言って早々に辞めていったものだ。

私はこのことを家族に伝え、退職理由の標的にされると損だから

彼に優しくしなさいと言った。


ちなみに神田さんの件は、未だ解決を見ず闘争中。

神田さんが、体調を理由に示談の話し合いを避け続けているからだ。

彼女には毎月、休業補償が入り続けている。

たいした金額ではないものの、先へ伸ばせば伸ばすだけ

働かずしてお得になるからだと思われる。

《続く》
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手抜き料理・チヂミ編

2021年01月18日 10時25分23秒 | 手抜き料理
お正月の3日は、毎年恒例の“お雑煮会”だった。

友人ユリちゃんの実家のお寺で初勤行があり

その後は皆で餅入りの鍋を囲むのだ。


我々夫婦は、この行事に参加し始めて5〜6年になる。

ユリちゃんは最初、仲良し同級生で結成される

通称5人会のメンバーに声をかけた。

その時には皆、行くと即答したものの

なんだかんだで一人減り、二人減り、取り残されたのが私。

一人じゃあ申し訳ないので、夫と行くようになった。

以来、夫は行かねばならぬものと認識している。


初めて参加した時、小学生だった男の子は今や中学生。

男の子と一緒に来ていたお祖父ちゃんが一昨年、亡くなったので

去年は服喪で欠席したが、今年はお母さんと来ていた。

月日の流れを感じる。



さて、今年は例年と違う趣向がある。

ユリちゃんの嫁ぎ先の檀家、Yさんがチヂミを作ってくれるのだ。

70代のYさんとは、お寺で何度か会ったことがある。

小さくて可愛い、おしゃれなおばちゃんだ。

言葉がちょっと違うので、多分韓国人。


Yさんは去年の9月、娘さんと2人でこちらのお寺へ来て

一緒に我々の料理を食べた。

その時にYさんが言った。

「私も今度、本場のチヂミ作るよ」

そこでユリちゃんがすかさず、正月のお雑煮会を指定したというわけだ。


去年までの我々夫婦は、勤行に間に合うよう行けばよかったが

今年は早く行って鍋の準備を手伝うことにした。

檀家のおばあちゃんたちが順調に衰えているのもあったが

お寺の台所が初めてのYさんと、おばあちゃんたちの調整役も兼ねている。

座敷では気さくないい人でも、台所に立つとどうなのかは未知数。

長年、鍋の準備をしてきたおばあちゃんたちが

Yさんの初参加をどう受け止めるかも未知数。

それを心配するユリちゃんに忖度し、自ら早出を申し出ると

彼女はホッとした表情になった。


ユリ寺のお雑煮は豚肉団子に山盛りの野菜とキノコ、そして餅。

それを醤油味の出汁で煮ると決まっている。

団子はユリちゃんの兄嫁さんが下ごしらえをしてペースト状にしたものを

沸騰した土鍋に各自がスプーンで入れる形だ。

豚肉団子はネギ、ニンニク、ショウガと醤油で構成されている。

ニンニクがいい仕事をしていて、めっぽううまい。


これを知ってから、家でも時々やる。

忙しい時は、ニンニクもショウガもチューブのもので十分。

簡単で美味しい鍋になる。

どこかで食べて新しい料理を知り、それが自分の家庭料理になる…

私はこれを財産だと思っている。

だとしたら、私はかなりの財産家…

などと一人、悦に入るのだからおめでたい。


早めに行って野菜を切っていると

Yさんが小さなスーパーの袋をぶら下げて軽やかに登場。

いつもの自分みたいにダンボール入りの大荷物だと思い込み

到着したら運搬を手伝う気満々だった私は力が抜けた。


いやいや、この袋の中にはすごい物が入っていて

それは韓国何百年だかの歴史を物語るのかも…

そう思い直し、袋の中身が取り出されるのを見守る。

近年、韓国料理に凝っているユリちゃんの兄嫁さんは私より真剣。

本場の奥義を習得すべく、身を乗り出して見学している。


が、出てきたのは豚モモの切り落としがひとパックと

冷凍のシーフードミックスがひとパック。

どちらも小さいものだ。

それからニラがひと束。

それにマヨネーズぐらいのビンに入った、手作りらしき赤いタレ。

以上、この4つだけ。

これを見た私は、なおも思った。

「粉を使わないのか?!…さすが本場!」


Yさんは袋の中身を取り出すと

ユリちゃんの兄嫁さんに、こともなげに言った。

「小麦粉、ありますか?」

固唾を飲んで身構えていた兄嫁さんは、一瞬茫然とした。

彼女も私と同じこと…

「本場は粉を使わないのか?」

と思っていたようだ。


「あ…はいはい、あります。

ちょっと家に戻って、取って来ますね」

兄嫁さんはそう言うと、お寺の向かいにある自宅へ走り

小麦粉を持って来た。


その間にYさんは豚肉を刻み、ニラを10センチくらいに切り

ほどよく解凍された…と言うより

市外から車でやって来る間に解けたシーフードミックスをボールに移す。

小麦粉が届くと、別のボールに水を入れ

天ぷら粉と同じように軽く混ぜた。


いよいよ本場のチヂミが焼かれる…

兄嫁さんと私は、顔を見合わせてワクワクした。

が、Yさんは再び手を止め、兄嫁さんに言う。

「卵、ありますか?1個でいいです」


兄嫁さん、再び自宅へ走って卵を持って来た。

膝が悪いのに、ご苦労なことだ。

Yさんは天ぷら粉?の入ったボールに卵を割り入れ

再び軽く混ぜたら、その中に豚肉とニラを投入。


今度こそ、本場のチヂミが…

そう思って目を皿のようにして見守っていたら

Yさん、今度は

「ホットプレート、ありますか?」

兄嫁さんはまた自宅に走り、ホットプレートを抱えて戻ってきた。


電源につなぎ、温まるのを待つ一同。

ホットプレートが温まり、いよいよかと思いきや

「胡麻油、ありますか?」

兄嫁さん、またまた自宅へ。

胡麻油のビンを握って戻って来たら、ハアハア言ってる。


こうしてやっとYさんは

ジュ〜と音を立てながらチヂミを流し入れたが

そのうち初勤行の始まる時間が来た。

「皆さん、お勤め行ってください。

私、焼いてますから」


約30分のお経が終わり、会食の準備をするために台所へ戻ると

チヂミはもう焼き上がっていた。

豚肉のが2枚、シーフードのが2枚の合計4枚。

お雑煮の鍋があるとはいえ

これを15人で食べたら割り当てはほんのちょっと。


会食が始まり、皆がチヂミに手を伸ばす。

量が少ないので美味しいかどうかわからない。

ビンに入ったタレだけ豊富で、これが味の秘訣らしいが

やたら辛くて、やっぱりよくわからない。

それでも少ないからか、みんなで食べたからか

美味しいような気がした。

美味しく食べるには、量が少ないのも秘訣かもしれない…

と良い方に考える。


しかし帰り道、言ってはならない真実を夫がつぶやいた。

「本人は本場、本場言うて

みんな美味しい、美味しい言うて美しくまとめられたけど

たったひとかけらじゃあ、美味いかどうかもわからんわ」


夫の隣には食べ盛りの中学生がいたため

ほとんど食べられなかったらしい。

そういえば夫は秘伝のタレを自分のお雑煮に投入し

味変えをしていた。

これが意外に美味しくて、我も我もと皆が真似をした。


中でもユリちゃんの旦那モクネン君と、いつもの兄貴は

この味変えを絶賛し

「韓国料理に詳しいんですか?」

などと夫にたずねていた。

バブル期、建設協会の面々と女目的で何度も行った韓国旅行が

初めて人の役に立った瞬間である。


あれからYさんを真似て、私も家でチヂミを作ってみた。

市販されているオタフク・チヂミの素で作ったことはあるが

小麦粉だけで作るのは初めてだ。

出来上がりはチヂミの素と違ってブヨブヨしているけど

それらしき物になった。


問題はタレ。

自作だと、タレが付いてない。

ポン酢に豆板醤や砂糖、ミリンを入れ

Yさん秘伝のタレを真似たら似たような味になった。

こうして本場のチヂミを習得した私は、以下の結論に行き着く。

「チヂミって、簡単で安上がり」。
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手抜き料理・お寺でクリスマス編

2021年01月15日 10時37分24秒 | 手抜き料理
去年の話になるが、12月25日のクリスマス

同級生の友人ユリちゃんの実家のお寺で料理をした。

年末の大掃除をする檀家さんに、昼ごはんを出すのだ。


頼みのけいちゃんは11月の末、東京へ引越してしまったので

私一人で13人分を作る。

けいちゃんがいると身体は楽だが

彼女の考える献立が今ひとつなので、一人の方が気楽。


献立が今ひとつなのは、けいちゃんが悪いのではない。

一人暮らしの長い彼女は、男が喜ぶ料理に興味が無いだけだ。

男が喜ぶ料理とは、わかりやすい料理。

わかりやすい料理とは母の手料理、町の食堂、ふらりと入った居酒屋など

彼らがいつかどこか食べた記憶のある味。

そして男の舌が理解する味は甘辛、ピリ辛、甘酸っぱ…など

2種類が限界。

例えば甘酢っぱ辛いトムヤムクンなど

3種類以上の味で構成される複雑は歓迎されない。


お寺の人が最も神経を使うのは、男と老女。

なぜなら、高位として崇められる住職が男。

そしてお寺の行事に参加する数少ない男は

しんどい、あるいは面倒くさい用事をする。

つまり男は貴重な存在なので

できることなら男心をゲットする食事が望ましい。


男が喜ぶ料理は、老女が喜ぶ料理でもある。

老女は、自分が普段作らない物を喜ぶ。

よってお寺食は少数の男と、多数派を占める老女が喜べばそれでいい。

老女未満のオバさんは何でも食べるし

人が作ってくれればなお嬉しいんだから、何でもいいのだ。

その点、男と老女に囲まれて暮らす私は、ツボを心得ていると自負している。



さて、次にお寺料理をする時、ぜひ作りたかったものがある。

以前、コメント欄で、ねこパンチさんに教えていただいた竹輪サラダ天。

チクワに、キュウリ抜きのポテトサラダを詰めて揚げる熊本の県民食だそう。

家で作ってみたが、目新しくて美味しかった。


しかし今回はあきらめた。

ユリちゃんはクリスマス料理を期待し、忘年会も兼ねたいと言う。

つまり、ご馳走を作れということだ。

もちろん低予算で。

一人でやるとなると、メイン料理に向かない竹輪サラダ天は難しい。

ポテサラにパセリと赤ピーマンを混ぜたら

さぞ可愛くてクリスマスらしいと思いながらも断念し

献立の構想に入る。


で、決めたのは

⚫︎天丼

⚫︎鶏のクリーム煮

⚫︎タコと海老とエリンギのアヒージョ

⚫︎ハンペンとカイワレとカマボコの澄まし汁

⚫︎トマトとアボカドとモッツァレラチーズのサラダ

⚫︎デザート…柿とリンゴ


クリスマス料理のメインが、なぜに天丼?

と思われるかもしれないが、ここが私のひねくれたところ。

期待されると、肩すかしがしたくなるのよ。

ローストビーフは家で作って持参できるので魅力だが、低予算では不可能だし

ミートローフなんて、いかにも若奥様ふうの料理もしたくない。


そこで天丼。



海老、ピーマン、大葉、舞茸の天ぷらに

大根おろしを乗せ天つゆをかける、ごく普通の天丼。

クリスマスだからと力まず、和食。

いやいや、クリスマスらしい垢抜けた料理なんて、わたしゃ作れんのじゃ。


この天ぷらだが、天ぷら粉を溶く時

水と一緒に酢を混ぜたらカラッと揚がることは以前お話しした。

が、最近はマヨネーズ。

天ぷら粉を水で溶いたら、大さじ1杯程度のマヨネーズを入れて混ぜ混ぜ。

やはりカラッと揚がる。

手軽なので、もっぱらこれだ。


大根おろしは普通の白い大根と、近所でもらった紫の大根の二種類。

せめてクリスマスらしく、大根おろしを華やかにした。


天つゆは、市販のストレートの麺つゆを少し煮詰めたら

砂糖を容赦なくぶち込んで甘いつゆに仕上げる。

砂糖を入れるのを怖がって中途半端にするから、おいしくないのだ。

思い切って甘くすれば、プロの味になる。

身体に悪いって?

他人の身体まで知るか。

そもそも身体にいい天丼なんて、知らん。

とはいえ天つゆの量には好みがあるので

壺状の食器に天つゆを入れ、小さいオタマで追加できるようにした。


鶏のクリーム煮は以前、「手抜き料理」のカテゴリで紹介したことがある。

クリスマスということで、鶏を無理矢理登場させた。

家で作り、現地で生クリームをかけて仕上げられるから採用したまでである。



アヒージョは、素晴らしい手抜き料理だ。

以前、やはりコメント欄で、田舎爺Sさんから名案をもらった。

「冷凍食品数種をチンして適当に盛り合わせたのに、誰も気づかないもの」

という画期的なアイデアである。


私はこれをテーマに、しばらく研究を続けた。

これといった冷凍食品は見つからなかったが

インスタントに作れて、しかも大袈裟でサマになる料理へと視野を拡げた結果

アヒージョに行き当たった。




なにしろアヒージョの素は、市販されている。

オリーブオイルにアヒージョの素を混ぜ

食材を入れたら弱火か中火で沸騰しないように温めるだけなので

ラーメンより簡単だ。


このために、自腹で小さなフライパンを2つ買った。

本当はキャンプ用の鉄のフライパンみたいなのが望ましいが、高いし危ない。

お寺は広いので、台所から食卓までが遠く

運んだ年寄りが火傷でもしたら大変…と思い、テフロンのフライパンに決めたが

保温力が無いのでアヒージョはすぐに冷たくなった。

やっぱり鉄が良かった。


おいしく作るコツは、アヒージョの素に書いてある

オリーブオイルの分量を信じないことかも。

書いてある通りに分量を守ったら、塩辛い。

オリーブオイルを表示の何倍も、ドバドバと使った方がいい。


仕上げにはパセリのみじん切りをたっぷり。

できるだけ薄くスライスしたフランスパンを添える。

うちの冷凍庫で眠っていたタコは素晴らしく柔らかくなって、大人気だった。

「イタリアの漁師が、売れ残りの魚介をこうして食べたのが

アヒージョの始まりなんだよ」

ヨーロッパ育ちの“兄貴”がうんちくを披露し、盛り上がった。


実は他にも、作る予定の料理があった。

以前ご紹介した、“おしゃれ卵”。

ゆで卵を半分に切って黄身をくり抜き

マヨネーズ、塩胡椒、薄口しょうゆで味付けしたら

白身に戻してイクラなんぞ飾る、簡単で華やかな箸休め的料理だ。


が、ここに私の誤算があった。

お寺で湯が出るのは台所のみ。

大掃除をするおばあちゃんたちが入れ替わり立ち替わり

調理台の流しで延々とバケツの湯を汲むため

調理作業はその都度、停止しなければならない。

そのうち時間切れとなり、おしゃれ卵はゆで卵のまま

皆さんのお土産となった次第である。


で、今回、一番喜ばれたのは

モッツァレラチーズとアボカドのサラダに添えた

湯むきしたプチトマトだった。

「誰もここまではしてくれない」

「湯むきすると、こんなに甘いなんて」

一同は感激しきりであった。
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今さら年末

2021年01月13日 08時24分30秒 | みりこんぐらし
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。

コメントをくださるかた、応援やいいねのポチを押してくださるかた

本当にありがとうございます。

いつも感謝しております。

ひねくれたオバさんのブログですが、今年もよろしくお願いいたします。



『犬』



“おばあさまのコタツでご休憩なさるリュウさま”


少し長くお休みさせていただいた。

何のことはない、原因は犬よ。


10年前から飼っているパピヨン犬のパピだけだったのが

昨年12月中旬、知人の娘が飼いきれなくなって

生後3ヶ月のダックス犬とビーグル犬のミックスが

うちへ回ってきたことはお話しした。

捨てられたり殺されるよりはと、シブシブ引き受けたものの

シモのことを始めとする躾が全くできてないのと

当たり前だが先住犬のパピの機嫌が悪いのとで

犬にかまけながら、年末進行に奮闘。


うちの子になったリュウは、あんまり賢い犬ではないようだ。

身体だけは順調に大きくなっているが

できるようになったのは“おすわり”のみで

シモの方は、家中がトイレ状態。

いつも粗相をしては誰かに叱られ

タレ耳とタレ目をますます垂らしてシュンとしている。


「これではいかん…」

私は考えるようになった。

リュウのためではない。

粗相の後始末に忙殺されるのが、ほとほと嫌になったからだ。


そんなある日…正確には12月25日のクリスマス。

例のごとく、同級生ユリちゃんの実家のお寺で

料理を作ることになった。

大掃除に勤しむ檀家さんに、昼ごはんを出すのだ。


その時、ユリちゃん夫婦が兄のように慕う例の兄貴に

リュウのことを話したのだが、彼が言うには

「ペットを叱る時、名前を呼ばないように」

ということだった。

名前を呼ばれたら叱られる…そうインプットされてしまうので

言うことを聞かなくなるそうだ。

「名前を呼ぶのは、余裕のある時に優しくね」

兄貴は言った。


心あたりがあった。

粗相だけでなく、電気のコードをかじる時も

家族の靴をくわえて走る時も、パピの食事を奪う時も

「こら!リュウ!」

ずっとこれでやってきたのだ。

日々繰り返す狼藉(ろうぜき)に、この頃のリュウは長男に

「危犬(きけん)」、「魔犬」

「暗黒の貴公子」、「褐色の魔獣」などと

リングネームまで付けられている。


兄貴の言葉に深く反省した私は

以後、叱る時に名前を呼ぶのをやめ、家族にも徹底。

そして年が明けた。

リュウはだんだん落ち着いてきて、粗相やイタズラが減ってきた。


子供もこうして育てればよかった…と思ったが

あとの祭なのはともかく

リュウが落ち着いてくると問題の根源が見えてきた。

リュウが家族を振り回すというより

家族を振り回しているのは義母ヨシコだった。


環境が変化すれば、年寄りは興奮するものだ。

リュウが来たことで、ヨシコも興奮していた。

リュウの一挙一動に騒ぐので、家族は対応しなければならない。

我々は、それに忙殺されていたのだ。


ヨシコは寒がりのリュウと一緒にコタツに入るのが好きだが

これをやると、リュウのおしっこが間に合わない。

「あら、おしっこみたいよ。

あらあら、あ〜!やった〜!」

日に何度もこれだ。

「これじゃあ、私は死んでしまう!」

リュウが何かやらかすと、そう言って騒ぐのも毎日。

どうぞ!と本心を言うわけにもいかず、なだめながら後始末をする…

この繰り返し。


リュウを躾けるより、ヨシコを躾けた方が早いと悟った私は

ヨシコの訓練に励むようになった。

リュウとコタツに入るのは

夫の姉カンジワ・ルイーゼが来る午後のひとときだけで

あと先のリュウは台所で生活させ、会いたい時はヨシコが台所に来る…

といった決まりを設け、ヨシコを慣れさせるのだ。

娘が来ている間、ヨシコは絶対に騒がないからである。

これは娘の実家帰りを全力で隠蔽するという

40年に渡る習慣を利用した策だ。


ただし、この決まりには

ヨシコの台所滞在時間が長くなるという弊害があった。

台所で仕事をしながら、しょうもない話を延々と聞かされるのは

そりゃもう消耗する。

消耗するだけでなく、一人になれるまとまった時間が取れなくなり

言いわけがましいが、ブログの更新もできなかった。

が、忍の一字で耐える。

その甲斐あってか、リュウは何とか一人前のペットになりつつある。



『餅』

毎年、お雑煮の白餅はほとんど買わない。

ある会社から年末の挨拶代わりとして

御用納めの28日に届くからだ。


ところが昨年末、相手がうっかり夫の名前を書き忘れたらしく

餅の入った段ボールの宛名が夫でなく会社になっていた。

会社宛てということで、例の昼あんどん…

いや、今は変態とニックネームを変えた藤村が

横取りして持ち帰ってしまった。

こうも鮮やかに奪うということは、以前から狙っていたらしい。


餅を奪われたことを残念そうに告げる夫。

たかだか餅で、藤村と争奪戦をやるわけにもいかないだろう。

「あいつらは旧正月を祝うんじゃないん?!

雑煮を食べるん?!」

私は腹を立てたが、怒ったところで餅が湧いて出るじゃなし

大晦日に望みをつなぐことにした。

大晦日には、生協に注文した正月用の食品が届く。

その中に、わずかだが白餅も入れているはず…。


そして迎えた大晦日、餅が届いた。

ひとパック。

8個。

お雑煮には足りない。


ここで立ち上がったのがヨシコ。

次男と買い物に出て、餅をたくさん買って来た。

30個入りの大袋を2つ。

いつもチビチビとケチくさいヨシコにしては

信じられないほどの爆買いだ。

藤村に餅を奪われたと聞いて、怒りに燃えたらしい。

我が子や我が孫を苦しめる藤村を

誰より憎んでいるのはヨシコだったようである。


ちなみに藤村は、営業所長の肩書きを剥奪された。

本人は知らないが、春には福岡へ左遷と言われている。

あくまで予定なので、どうなるかわからない。
コメント (4)
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