殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

食の攻防

2019年01月29日 07時04分30秒 | みりこん胃袋物語
我ら同級生は2週間後に迫った還暦旅行に向けて

現在、準備に余念がない。

同窓会で会計係をやっている私も、例外ではない。


先週末、同級生のルリコが経営する店で最後の打ち合わせが行われ

地元在住の13人が集まった。

ルリコの店を使うのは、約1年ぶり。

年末に亡くなったみーちゃんの弟、まーちゃんの店が断然安くておいしいため

会合はしばらくの間、そちらで開かれていた。

ちなみに会合の場所を決めるのは会長なので、私は関知しない。


つくづく思うが、食べ物屋さんというのは

店主が何を食べて育ったかで差が出るものだ。

吟味された料理の数々に、とびきりおいしいヒレステーキが一人1枚付いて

ルリコの店より総額2万円以上安いとなると、参加者の足取りは軽い。


最初は姉の同級生だから、まーちゃんがサービスしてくれていると思った。

その心意気も確かにある様子だが、それだけではないようだ。

なぜなら、いつ行ってもお客でいっぱい。

人口減少、高齢化がお約束の田舎町において

なかなかお目にかかれない若者も、ここで発見できる。


飲み会の大好きなルリコだが

まーちゃんの店で行われる会合にはことごとく来なかった。

気持ちはわかる。

自分の店は使ってくれず、よその店を使う同級生の措置が

面白いはずがない。


しかし、これではいけないと思ったのか

12月の始めにあった会合には珍しく参加。

「たまにはよその店で食べて、少しは勉強すりゃええんじゃ‥」

我々女子一同は、密かにそう言い合った。


はたして、ルリコに限っては参加の成果があった。

旅行前の最終打ち合わせをする会場は、その場でルリコの店に決まる。

彼女を前にしながら「次回もここで」とは

会長も言いにくかったらしい。


こうして久方ぶりにルリコの店へ集まった、地元メンバー。

男子の思いは知らないが、我々女子は行く前からやる気ゼロ。

小汚い店でまずい物を食べさせられ

勘定だけはいっぱしにふんだくられるのがわかっているので

着る物もいい加減だ。


その日は寒波が訪れていた。

店に足を踏み入れた途端、帰りたくなる。

酷寒。

安普請のルリコの店は床がコンクリートのため

ただでさえ冷えるのに暖房が入ってない。

いつもこうだ。

並べた料理が傷むという理由になっているが

暖房だけでなく、照明も最初のお客が来てから点灯されるので

節約と思われる。


テーブルには鍋がデン。

その周りには、所狭しと小鉢があれこれ。

前回行った、まーちゃんの店を意識したメニューであることは間違いない。

しかし器は裏の民宿で使われるダサい安物や、何かの景品。

相変わらずのひなびた光景だ。


お好み焼きを焼く鉄板には、ビニールカバーが掛けてある。

鉄板を使う気はさらさら無いという、ルリコの意思表示だ。

マズい料理から目をそらしつつ、店内を暖める目的もあって

お好み焼きを食べようという我々の魂胆はかき消えた。

ガックリとうなだれる女子一同。


付き出しはお決まりの冷凍枝豆が3房、買った卵焼きのスライス1枚。

他には冷凍タコと玉ねぎのマリネ、冷凍アサリと青菜のオリーブオイル和え

冷凍エビとアボカドのマヨネーズ和え

真空パックから出した、ローストビーフのコマ切れが一人1枚

サニーレタスとブロッコリーの目立つ大皿には

冷凍イカゲソと冷凍豚トロの天ぷらがチョロチョロ。

鍋には冷凍すり身団子と、冷凍鶏のブツ切りが入浴中。

本日は冷凍スペシャルだ。


そこへメンバーのエイジが、遅れてやって来た。

手にした一升瓶は、ネットで買った酒だそう。

「みんなで飲もうぜ!」

持ち込みに、ルリコは文句が言えない。

エイジはルリコの親戚である。


エイジの日本酒は「作(さく)」とかいう名前だったと思うが

フルーティーでおいしかったため、一同はそっちばかりを飲む。

酒が出ないので、ルリコは焦ったのか

「みりこんちゃんのために、ワインを用意していたのよ」

と言い出した。

料理がイマイチのために盛り上がらない宴もたけなわを過ぎ

お開きと勘定のタイミングを見計らっている頃なので、今さら感が漂う。


「お!ワイン!ええのぅ!」

断ろうとした私より先に、男子の誰かが言う。

チッと思ったが、ルリコはいそいそとワインボトルを持って来た。

赤も白も、コルク栓じゃない。

ひねって開封するタイプ。

この安ワインが、勘定の時には何千円にもなるのだ。


ワイングラスは20年ぐらい前、キリンレモンの景品だったやつ。

持つ所に、ガラスのミッキーマウスが付いている。

ため息が漏れてしまう女子一同。


ところで、ここでも小室圭氏の話題になった。

彼の公開した文書に、非難ごうごうだ。

「あれで通ると思うたんじゃろか」

「国民をバカにしとる」

今回の件は、興味の無かった者にもインパクトが強かったらしい。


私の皇室好きは知られているため、意見を求められる。

しかし圭氏が現れた頃、私が「ロクでもないやつ」と言ったら

「何で?きちんとしてるじゃん」と反論し

「今に大ごとになる」と言ったら

「皇室にそんなこと、起こるわけない」とせせら笑ったやつらだ。

真面目に取り組む気は無く、「今後が楽しみ」とだけ言った。


小室問題に限らず、どんなことでも不安や心配を煽れば

週刊誌は部数が伸びるし、テレビは視聴率が上がる。

だから報道は信用しない。

庶民がワーワー騒いだって、あのおうちの皆様は

結局ご自分たちの思う通りになさるのだ。

それが、どなたの“思う通り”となるのかを見届けたいと思っている。


こうしている間にも、ルリコのラストスパートは続く。

「ロールケーキがあるんだけど食べない?」

「コーヒーは?果物はどう?」

酒が売れないとなると、ターゲットを女子に絞ってスイーツ系に路線変更。

が、時すでに遅し。

皆の食は進まず、雪がちらつき始めたので、かなり早めのお開きとなった。


勘定は5万円ちょっと。

やったわ!いつもより3万円安い!

大喜びで帰途についた。

しかし翌朝、その代償が訪れる。

珍しく二日酔いだ。

安ワインがいけなかったらしい。
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キッパリ女将(おかみ)

2017年10月10日 21時47分33秒 | みりこん胃袋物語
その店は、義母ヨシコの知人である牧野夫人から勧められた。

「友達夫婦がやってるんだけど、すごくおいしいの。

ぜひ行ってあげて!」

が、隣の市にあるし、周りには何もない田舎だし

行くきっかけがつかめないまま、日は経った。

ヨシコは、たまに牧野夫人と会うたび

「もう行った?」とたずねられ

「まだ」と答えては落胆される繰り返し。


定年退職したご主人と、ドライブがてらどこへでも出かける

60代の牧野夫人と

誰かが足にならなければ、どこへも行けない80代のヨシコでは

お出かけの頻度も条件も違う。

しかし牧野夫人は顔を合わせるたびに行け、行けとうるさく言い続け

ついに一昨日は、店の場所や電話番号が書いてある名刺を

夫婦でわざわざ届けに来た。

あまりの熱心さに半ば恐れをなしたヨシコは

昨日、娘のカンジワ・ルイーゼに頼み

話題の店「和食どころ・やまがみ(仮名)」へ

行くことにしたのだった。


ちょうど我が夫は、バドミントンの大会で終日留守。

子供たちもそれぞれ釣りに出かけ、やはり終日留守。

つまり昼ごはんの用意をしなくていいという幸運に恵まれた私も

同行することになった。


先に義父アツシの墓参りをしてから向かったので、午後1時に到着。

古民家を装った作りの「和食どころ・やまがみ」は

テーブル席が二つ、座敷が一つの小さな店だ。

60代らしき夫婦と、30代の息子でやっているらしい。

女将さんはショートヘアにメガネをかけた、仏頂面の人である。


祭日の午後というのに、お客は年配の女性が2人だけ。

和食どころとうたいながら

壁にはなぜかイ・ビョンホンのポスターと切り抜きが

ベタベタと貼ってある。

女将さんの趣味であろう。

あまり期待してはいけない‥そう気を引き締める私だった。


注文を聞きにきた女将さんは愛想もクソもなく

マイナーな公的機関の窓口みたい。

「牧野さんに紹介されて来たんですよ」

にこやかに言ってみるヨシコだが

女将さんの応答は、いっそ清々しいほど素っ気ない。

「お客さんはいちいち名乗りませんから、名前までわかりませんっ!」

牧野夫人の友情は、報われていないらしい。

それとも窓口みたいな女将さんだから、個人情報に配慮したのだろうか。


注文を迷ってグズグズするヨシコに、女将さんはキッパリと助言する。

「マツタケ料理がお勧めですっ!」

なるほど、マツタケづくしの昼コースが、ここは4千円とかなり安い。

マツタケ山でも持っているのかもしれない。


が、我々はマツタケを食べるわけにはいかなかった。

好物ではないし、この日はルイーゼのおごりと決まっていたからだ。

姑の葬式で何かと世話になったお礼だと察するが

人のおごりで、価格設定が高めの物を食べるわけにはいかない。

結局、マツタケを勧める女将の要望には応えず

健康志向のルイーゼは豆乳鍋のセットを

肉好きのヨシコに流され、彼女と私はステーキ丼のセットを注文した。


そして長い待ち時間が訪れる。

30分ほど待ってやっと出てきたが

すごいボリュームで、食べたらうまいんじゃ。

ステーキ丼の肉は柔らかく、甘辛いタレもいい。


一緒に出てきたのは、なぜか海老フライ。

ヨシコがそれを一尾、ルイーゼに与える。

ルイーゼは上品ぶって割り箸で小分けにしようと試みたが

海老フライはポーンと飛んで宙を舞い、床に落下した。

一部始終を無言で見守る女将さんの冷たい視線。

さすがのルイーゼもコソコソと、床の海老フライを拾いに行く。


2人の年配婦人は帰り、客は我々だけになった。

3人は、女将さんに監視‥いや見守られながら食べる。

15分が経過し、ルイーゼも私も食べ終わった。

が、ヨシコはまだ半分くらい。

一人でつまらぬことをしゃべり続けるのと入れ歯の問題で

食事の時間が長いのは家と同じである。


「私、友達と食べる時も、いつもビリ」

手を止め、甘ったれるヨシコ。

それを聞いた女将さんはすかさず、そしてまたもやキッパリと言った。

「2時から休憩しますから、早く食べてくださいっ!」

ここは学生寮か?

女将さんが我々の横にぴったりと張り付いているのは

早く休憩したくて、空いた皿を片っ端から引っ込めるためなのであった。


文句を言いたかったが、ここで怒ると私はピエロ。

ジロリと女将さんを睨むにとどまった。

だって肝心のヨシコはどこ吹く風で

皿にかじりつき、モグモグやっているのだ。

この人、昔から食欲はあるけど、最近は特に旺盛。

怒って途中で立ち上がる気概が欲しいぞ、ヨシコ。


やっとヨシコが食べ終わり、一触即発の雰囲気のまま立ち上がる。

「ごちそうさまぁ、美味しかったですぅ。

また来ますぅ」

ヨシコのやつ、能天気におじょうずまで言いおってからに。

「もう来ることはないわい!」

と聞こえるように言ってから店を出る。

楽しい外食のひとときだった。
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ぼったくり

2017年01月20日 14時26分32秒 | みりこん胃袋物語
1月14日の土曜日、同窓会の集まりがあった。

地元とその周辺に居住する同級生男女で構成されるこの会は

名ばかりとはいえ、役員会という名がつけられている。


年に何度かある役員会は

同級生ルリ子が営む店で開催されることが多い。

お好み焼き屋に、居酒屋と定食屋とカラオケスナックを混ぜたあげく

結局何がやりたいのかわからなくなった店だ。


以前の役員会は、駅前の中華料理店で行われていた。

店はキタナシュランだが、安くて美味かった。

しかし数年前、店主の高齢化で惜しまれつつ閉店となり

行く店が無くなってルリ子を思い出したという流れ。


それまでのルリ子は、自分の店が忙しいと言って集まりに来なかった。

町はずれに住んでいるので、学校から帰って一緒に遊んだこともなく

元々影の薄い存在だったため、特に出席を請う者もいなかった。


が、中華料理店の閉店と時を同じくして

商工会が主催する女性経営者の会に入会した彼女は

会員限定の低金利事業資金貸付を利用して勝負に出る。

母親から譲り受けたお好み焼き屋を改装したのだ。


「役員会はうちで‥」

急に商売熱心になったルリ子の申し出を断る理由はなかった。

地元貢献という同窓会のコンセプトもあり

役員会はルリ子の店で行われることになった。


それから2年後、私が同窓会の会計をするようになった。

今年で5年目になる。

その年数は、同級生の会合に欠かさず参加するようになった歴史でもあり

ルリ子の店の高価格と、それに見合わぬ料理に腹を立ててきた歴史でもある。


家計をやりくりし、物の価値と値段を日々照らし合わせる女の感覚は

男には理解しにくいようだ。

「高いわりにおいしくないから、別の店にしよう」

決定権を持つ会長の男子に言えば

自分が行きつけの、遠くて微妙な店に決めてしまう。

ブリの照り焼きや、骨せんべいを出すようなところ。

はるばる遠くまで来て、何で珍しくもない照り焼きやら

歯が欠けそうな骨を食わにゃならんのだ。

男の「美味い」と、女の「美味い」は異なるようで

男は女房が作らない物を美味いと感じる習性があるのかもしれない。


「高くてもいいから、美味いものを食べたい」と言えば

「美味いじゃないか」と首をかしげ

「上質なものを少しでいい」と言えば

「これのどこが上質でないというのだ」とせせら笑う。

どこまでも平行線のこの感じ‥

何かに似ていると思ったら、自分の旦那じゃん。


「あの女はろくでもない」と言えば

「彼女のどこが」と首をかしげ

「欲にまみれた下心が見えんのか」と言えば

「彼女の心の美しさは、お前にはわからない」とせせら笑う。

その、心が美しいはずの女の子にさんざんゼニを取られ

もてあそばれたあげくに捨てられても

「彼女の都合で会えなくなった」としか思わない。

テーマは違えど、どちら様も似たようなもんなのね。


さて、今回の役員会は寒波の到来と重なり

帰り道を危惧した市外ご一行が欠席したので

いつもより3人ほど少ない9名。

初めてのひとケタである。


ルリ子の店に行ったら例のごとく、しゃくにさわる料理が並んでいる。

冷えてプリン状になった牛スジ煮込みの小鉢。

大量のチンゲン菜に埋まるインスタントの海老チリ。

古くさい大皿には冷凍の串カツが山盛りで

主な中身は固い冷凍イカと、生臭い冷凍魚。

真空パックでハム売り場に並ぶ、名前だけはローストビーフってやつもある。

良かった〜、これ、一回食べてみたかったのよね〜‥

なわけねえだろがっ!


数時間後、ウタゲは終わり、支払いとなった。

今日は人数が少ないし、暖房をケチっているので店内は寒く

皆の生ビールもすすまなかった‥

さすがに7万超えることはないわよね〜‥

と思いながら、ルリ子のお沙汰を待つ。


差し出されたメモには、こう書かれていた。

『72500円』

ク〜!

ルリ子め、参加者が何人であっても7万はふんだくると決めているらしい。

一人8千円でインスタントと冷凍食品をいただき

ありがたくて涙がちょちょぎれるぞ!


帰り道、けいちゃんの運転する車でモンちゃんも交え

3人で思いきり文句を言う。

「あこぎにもほどがあるが!」

「びっくりしたわいね!」

「うちら、ええカモじゃが!」

オフレコのこれが、あとの楽しみだから困ったものだ。


ギャーギャー盛り上がっていると、男の声がする。

「怖いのぅ‥」


運転していたけいちゃんと、助手席の私はギョッとして振り返った。

そうだ、同じ方向へ帰るミチオを乗せていたのだ。

「こっちが怖いわっ!」

楽しい役員会だった。
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2015年06月17日 09時42分21秒 | みりこん胃袋物語
その和食屋が開店したのは、7年ほど前だった。

店主の死亡で長い間閉じられていた鮨屋を

ゴルフ場の料理長だった人が借りたと聞いた。


3年前、人に誘われて初めて行き、昼定食を食べた。

品数が多く、どれも季節感を大切にした手の込んだ料理だ。

味はもちろん、器や盛り付けにも確かな技術とセンスが光る。

クラブハウスで味わう非日常を巷で再現している感じ。

しかも8百円から千円前後のリーズナブルな価格帯。

今までどうして行かなかったのか、悔しい気さえした。


すっかり気に入り、ちょくちょく通うようになる。

元が鮨屋なので内装が少々格調高く

気の利いたおいしい物が出て、客層も良いため

昼または夜、誰を案内しても喜ばれ、私は鼻高々だった。


惜しむらくはこの店、土日が休み。

田舎人の外食ライフに合わないので、お世辞にも繁盛している様子ではない。

静かで落ち着いた雰囲気はありがたいが、こう静かだと先行きが心配になる。

詳しい人が言うには、土日に店を開けるよう再三勧めたが

店主は賭け事が好きで、各種レースのある土日は営業したがらないという話だった。


いつも奥の調理場にいて、一度も顔を見たことのない店主に

私は叫びたかった。

「バカじゃないのか!」


一昨年のことである。

夫がその店に取引先を連れて行き、領収書をもらった。

領収書を受け取った経理係の私は、店主の印鑑を見てハッとした。

宇田(仮名)…なんだか聞き覚えがある。

卒業して調理師学校へ行った、高校の同級生だ。


次に行った時、私は調理場をのぞきこんで店主の姿を確認した。

卒業してから一度も会っていないが、すぐにわかった。

やはり同級生の宇田君であった。


「宇田君?」

声をかけると、彼はノロノロと出てきた。

「やっぱり宇田君!私を覚えてる?みりこんよ」


「覚えてるよ…」

高校時代と変わらず、はにかみ屋だ。

「前から時々来てたのよ」

「知ってる…」

「知ってたの?!」

「うん…ずっと前から…」

「何で声かけてくれなかったのよっ」

「フフ…」

下を向いてかすかに笑う、これが宇田君なのだ。

見た目だけなら“組”の人、ハートは小鳥の宇田君なのだ。


天然のクセ毛で、どうしても頭がリーゼントになってしまい

大柄と切れ長の目で誤解を受けやすく

無口と無表情が、かえって恐怖をかきたてる宇田君。

親が買ってきたというヤンキーな学ランを着ていたために

ヤバい男と思い込まれていた宇田君。

本当は彼の作る料理と同じく、優しくて繊細な子なのだ。


賭け事のために土日を休むという話だが

本当は土日に押し寄せる女子供のワイワイキャッキャが

嫌なんじゃなかろうか。

特に土日に連れ立って出歩く田舎のオバさん…

つまり我々のようなのは

彼が最も苦手とする生き物じゃないのか。


経営のために耐えるより、未然に回避。

それが自分の首を絞めることになっても、無理なものは無理。

いかにも彼らしいではないか…

私は勝手に解釈して納得するのだった。


ともあれ店主が彼と知って、私は危機感をおぼえた。

なんだか潰れそうな気がする。


宇田君がどうなろうとかまわない。

潰れたとしても、泰然ひょうひょうとしているだろう。

正確に言うと、感情を表に出さないので、そうにしか見えない。

だが、こんないい店が無くなるのは町の損害だ。

私は同窓会の集まりや友人との食事に、できるだけ彼の店を使ったり

会う人ごとに宣伝して、ささやかな存続運動を行うのだった。


今年の2月からこっち

義父アツシの葬式なんかでノーマークとなっている間に

宇田君の店は改装を始めた。

マイペースの彼にもやっと欲が出たらしいと思い

開店を待ち焦がれた。


先週、ついに開店したと聞き

友人のヤエさんとラン子を誘った。

ここに彼女達を案内したことは無い。

行けばさぞ喜ぶだろうが、幼い孫の面倒を見ているヤエさんと

工場勤めのラン子は、店の開いている平日に会うのが難しく

チャンスに恵まれなかったのだ。

しかし平日のその日、たまたま2人の予定が空いたため

3人で話題の店へ行くことになった。


が、店に着くと、なんだか雰囲気が違う。

名前は以前と同じ純和風だが、アタマにパンと書いてある。

一同、狐につままれたような心境で

格子の引き戸からアメリカンなドアに変わった玄関を

おそるおそる開けた。


「いらっしゃい…」

客はいない。

白衣を着た宇田君が一人立っていた。


長いカウンターにはプラスチック製のバットが幾つか並んでいて

その上にクロワッサンやらベーグルが3~4個ずつ置かれている。

ガラス戸の冷蔵庫にはサンドイッチがパラパラ。

店の半分を占める座敷は

思い切りよくビニールのカーテンで閉じられている。

宇田君の店は、和食からテイクアウトのパン屋に転向したらしい。

宇田君、あきらかに迷走。


初めて見る宇田君に、ヤエさんとラン子はドン引きしている。

「宇田君、ご飯もおいしかったけど、パンも作れるのね?」

店にイーストの匂いがしないため

本当に彼が作っているのかどうか定かではないが

凍りついた空気を払拭する目的で、私は明るく問うた。

彼は「フフ…」とちびまる子ちゃんの野口さんみたいに笑うだけで

ますます深みにはまった。


気を取り直してあれこれ買い

ヤエさんとラン子も無言のままパンを買った。

「夏まで持つまいよ」

店を出た3人は別の店でランチを食べつつ、共通の感想を述べるのだった。


翌朝、ラン子から電話があった。

「みりこんさん、身体、何ともない?」

「身体?」

「昨日のパン屋!」

「…食中毒?」

「ううん、パンはまあまあおいしかった。

どこも痛くないか聞いてんの」

「別に…どこも…」

「私、あれから頭痛がひどくて、肩が重くて死にそうだったのよ」

「何で?」

「あの店で何かに取り憑かれたみたいなの。

絶対あそこよ!変だったもの!」


ああ…と私は答えるのだった。

「あれはねえ…鳥よ…」

「鳥?鳥なんかいなかったじゃない!」

「いたじゃない、閑古鳥が。

ラン子さん、あれに取り憑かれたのよ」

「何言ってんのよっ!霊よ!私は霊感が強いからわかるのよ!」


ギャハハと笑う私に、ラン子は泣き声で言う。

「今朝起きたら痛みは治まってたけど、まだ気分が悪いの。

どうしたらいい?」

「もう一回行く」

「ギャー!」

ラン子、泣きながら笑っていたら元気になった。

宇田君の店が無くならないうちに

ぜひともまたラン子を連れて行きたいと思う。
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海辺焼き

2010年04月23日 09時12分18秒 | みりこん胃袋物語
“B級グルメ選手権”と印刷された紙を見せながら

知人の久代は言った。

「私ね、これ、チャンスだと思うの」


ゴールデンウィークに、遠い町で開催されるという“B級グルメ選手権”。

2日間行われ、売れた数を競う。

久代はこれに出場して、我が町の知名度を上げ

ひいては自身の経営する飲食店を宣伝したいともくろんでいる。


武器は「海辺焼き(うみべやき・仮名)」。

海産物を色々入れた、軽食めいたものと思ってもらいたい。

町を活性化するために、新しい名物を作ろうと

数店舗の庶民派飲食店が立ち上がり、共同で開発した。

その中の一人が、久代であった。


社運、いや店運をかけて売り出した「海辺焼き」だが

あんまり人気が出ないと言う。

そこで選手権に出場して、認知度アップを狙いたいらしい。


「どう思う?他の店はみんな出られないから

 私だけ、返事を待ってもらってる状態」

      「ふ~ん」

「7人ひと組でエントリーするんだけど

 家族とパートさん連れて行っても、あと1人足りないの。

 ねえ、どう思う?」

      「じゃあ、出なきゃいいじゃん」


そうじゃなくて…と久代はもどかしげだ。

意味不明のやりとりがあって、鈍い私にもやっとわかった。

人数合わせに、私の自発的参加を促しているのだ。

用事がある…と呼び出されて、これだもんな。


「来て」と頼めば、日当がいる。

私から「行きたい」と言い出せば、タダである。

よっぽどヒマそうに見えるのだろう。

いくら出しゃばりな私でも、出しゃばる場所は選ぶぞ。


     「やなこった!」

「2日だけだし」

     「日焼けするじゃん!」

「困ってるのに…」

     「しろうとじゃ、役に立たないわよ。

      他の店の人に1日ずつでも協力してもらいなさいよ。

      久代、こないだの産業祭の時も、1人だったじゃん。

      雨降ったし、疲れて熱出したじゃん」

「あの日もね、みんな、どうしても無理だったの。

 今回もちょうど法事や子供さんの帰省が重なって、残念がってるのよ」

     「どの店も全員が全員、2日とも動けないはずないよ。

      かき入れ時に店を閉めたくないのよ。

      あんな遠くじゃ、産業祭よりもっと大変で効果が低いしさ」 

「行きたいけど、本当に用があるのよ。

 だから一番若手の私に、頑張ってほしいって」

     「は~!やっぱ年寄りはえらいね~!さすが。

      その日に私、町内を回ってみるよ。

      店を開けてるか閉めてるか調べて、あんたにレポート出す」

「もういい!頼まない!」

いつ頼んだ…幼稚な計算高さで、人をタダでこき使おうとしたではないか。


出場できなくても、大丈夫…売れやしないさ。

すごくまずいのだ…海辺焼きは。

なぜかというと、ある食品の製造行程で出る

カス的なものを入れるからだ。

豆腐を作る時に出るおからみたいなものだと思ってほしい。


おからは無味無臭なので用途が広いが、こっちのカスは癖がある。

油と海産物のニオイをたっぷり吸ったカスは、とっても生臭いざます。

ナンボいやしい私でも、一度食べたらもうけっこう…というお味。

B級なんて言ったら、B級に失礼だぞよ。

C級、D級にエントリーするべきだ。


海辺焼きは、製造工程でカスを出す業者が

カスをお金に換えたくてもくろんだ企画であった。

それを使ったメニューを考案し、定期的に仕入れてくれれば

開発の経費を負担し、会社の季刊誌で店のPRをしてくれるという取引があった。

工場見学、勉強会などの名目で、さりげなく接待されつつ考案したものの

発売から半年…リピーターは少ない。


「売れないと、あんまり仕入れられないから、業者に悪くて…

 だから選手権で頑張りを見せたいの」

久代は言うけど

「まずいもん出したら、客に悪い」とは思わないようである。


本当に繁盛させたいなら

店中にベタベタ貼りまくってる子供や家族旅行の写真はがせ。

ホコリかぶって変色した造花やはく製を捨てぃ。

入り口に宅配牛乳の箱、置くな。

客が来るたんびに、奥から仏頂面で店をのぞくガキをしつけろ。

…言わないけどさ。
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コールドケーキ

2010年04月06日 09時40分10秒 | みりこん胃袋物語
夫と県北の公園に赴いた。

いつも二人で出歩いているようだが

仕事先までの距離を測ったり、交通事情を把握しておく必要があり

そのついでに足を伸ばすのだ…と言い訳しておこう。


広い公園は、地域の物産を扱う店や飲食店などがあって

ちょっとした観光地になっている。

そこで私は、オシャレな感じのカフェに入りたくなった。

漂うカレーの香りに誘われてしまったのだ。


我々の間には、経験に裏打ちされた定説がある。

田舎、第三セクター、洋風建造物、おぼえにくい名前…

これらの条件を満たした飲食店はハズレ…というものである。

その理由はさまざまあるが、第3セクターという

責任の所在の不明瞭さからくるソフト面の不備が大きい。


「こら!待て!」

夫の制止を振り切り、フラフラと店内の人となる。

周囲には、陽気に誘われてやってきた人々がいっぱいだというのに

この店だけが閑散としている。

外から見て、そこそこ人がいるように見えたのは

客より大人数の店員であった。


洒落た籐製の椅子は、ヒザがテーブルの足につかえて

どうしてもまっすぐ座れない。

見回せば、もう一組いる客も斜め座りだ。


大柄は、こんな時に難儀じゃ。

私は上体正面・ウエスト90度ヒネリのワザにて対応。

夫は上体、下肢ともに正面を向くべく

大開脚の大ワザに挑むが、股関節の柔軟性に欠け、断念。

店は、デザインと予算重視の結果

客に不自由を強いる方針を選んだようだ。

そのほうが長居も防げるというわけである。


メニューは、飲み物の他に

スパゲティーセットとカレー、ハヤシライス

あとはホットケーキぐらいしか無い。

出ないものをどんどん削って行ったら、結局これらが残ったという感じ。

私は迷わずカレーを、夫はホットケーキとコーヒーを注文した。


カレーはどこで食べても、そう大きな失敗は無い。

ここのは、外まで香りが流れていたので手作りらしい。

厳密に言えば、出来合いのベースに野菜を投入してある。

私の好きなサラッとしたタイプで、けっこうおいしかった。


気の毒なのは夫。

どうもホットケーキがホットじゃないらしい。

いつまで待ってもバターは溶けずに、かしこまった正方形を保つ。

夫は仏頂面で、バターにはじかれたシロップが

ダラダラと皿へ流れゆくさまをじっと眺めている。


コーヒーにミルクはついていなかった。

いや、夫をひと目見るなり、コーヒーにミルクを入れない主義と察知したのかも。

さすがプロの勘と心配り…イヤミです。


ヒマそうな店員達に、ホットケーキがコールドケーキなのを言ってやりたいが

二人で目を見合わせて、我慢する。

「ダメな店に改善のチャンスを与えてはならん」

こんなところは、意見がピッタリ合う我々なのだ。

夫が手をつけないので、いやしい私はそれも食べた。

ひんやりと解凍未満の、斬新な味であった…イヤミです。


まっすぐ座らずにものを食べるのは、けっこうつらい。

早々にレジへ行くと、30代半ばの派手で美しい店員が電話中だった。

仕入れの注文を電話で話しながら、お会計。


ここでムッとするのは、人間道の初心者である。

山里で寄せ集められたパートという印象の、素朴な店員達の中で

髪もキャビンアテンダント風に結って

一人毛色をたがえ、君臨しておられるご様子。

この横柄…いや、風格は、リーダーの証であり

注意する者が誰もいないままにのさばっ…いや、栄華を極めたと察する。


誰一人、サポートに来ないのは、もつれた人間関係に加え

原則として、彼女しかお金の扱いと仕入れが出来ない立場が原因と思われる。

経営陣の誰かの女だと考えて楽しむ。

そのほうが面白いし、けっこう当たっているのだ。


レジ係様は、受話器を持ったまま、金額を指さす。

私は財布から5千円札を出そうとし、千円札があったので引っ込めると

「あ!それ、いるいる!」と言う。

5千円札がいるのかと思ったら、電話の相手に言っているのだった。


気が弱く!おとなしい!私は、レジ係様のお電話のお邪魔にならぬよう

ピッタリ1470円を置いて出口に向かう。

しかし、自動ドアが開かない。

つい今しがた、ここから出たはずの夫が魔法使いに思える。


夫はドアの向こうで、なかなか出て来ない私をいぶかしげに見ている。

早く二人で、この店の“感想”を話し合いたいのだ。

私もよ…待ってて…夫。


ダメな店に改善のチャンスを与えないと誓い合った我々であるが

出られないんじゃあどうしようもない。

お電話のお邪魔はしたくなかったものの、レジ係様にその旨を申し上げる。


「あら、また?」

と言いながら、さすがに受話器を置いた彼女。

しゃがんでドアをガタガタゆすると、無事、ドアは開いた。

…やっとシャバに出られた喜びを噛みしめる私。


はからずも「別の意味でお気に入りのお店」コレクションが

ひとつ増えてしまった。
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相互協力・2

2010年03月05日 10時38分54秒 | みりこん胃袋物語
こじんまりした店に到着。

中に入ると、真っ赤っかの打ち掛けがお出迎え。

スソに傷み除けの白いガーゼが巻いてある。

会友である貸衣装店から拝借した、流行遅れの貸衣装であることは一目瞭然。

これも相互協力というやつだ。


小柄で金髪ショートが印象的な初老の女性…

昭和のトンでる美容師みたいな女将が、ノロノロと出てくる。

「いらっしゃい…」

ニコリともせずに言うが、それはルリコだけに向けられたものだ。

この人見知り加減…さすがはあの会のメンバーである。


さらに私をチラリと見て「うわっ」と小さくつぶやく。

ハイヒールを履いた私の身長に対するものであろう。

世の中がオマエみたいなのばっかりじゃないわい…チビッコめが。


「友達?」

ぬらぬらとした唇をとがらせて、女将はルリコに尋ねる。

「うん…」

ルリコはあくまでこの方針を貫く所存らしい。


ルイーゼがなぜ食事券をくれたか、この時理解した。

女性経営者の会は、勘違いしたお山の大将で構成されている。

この女将はそれに加えて、ルイーゼと同じ雰囲気…

自分流のオシャレへのこだわりと強い先入観

さらに無愛想、つっけんどん、冷ややかさが備わる。

性格があんまり共通していると、お互い安全のために避けたくなるのであろう。


他の客は、身内らしきおじさんがカウンターで一人飲んでいるだけ。

何が「今日なら多少はゆっくりしてもらえるかも…」じゃ。

もったいぶりやがって。


コンクリ打ちっ放しの壁と、黒を基調にした内装は

よくある和モダンもどきというところか。

背伸びして気取った雰囲気を演じているものの、割り箸が粗末なのに驚く。

きれいに割れず、ホカ弁のほうがよっぽど上等だ。


料理の趣味が高じて店を出した…という触れ込みであったが

お刺身、卵とじ、天ぷら…

とりわけおいしくも、珍しくも、食器に凝っているわけでもなく

この分だと早晩閉店であろう…とほくそ笑む。


感動したのは、女将は料理をテーブルに運ぶだけで

一人一人の面前に置く手間は省くところ。

4人分の料理が載ったお盆をドンと置いて、あとは客のセルフだ。

小上がり座敷の下座に座った私が回すことになるが

よくある総柄プラスチックの椀ものを配ろうとして、逆鱗に触れる。

「向きが違うっ!」


「フタで見えないけど、中の料理に前と後ろがあるのよっ」

      「おやおや…そうですか…すみませんねぇ」

だったらてめぇが配れ…と言いたいが、おとなげないので我慢する。

そもそも商売に向いてないのだ。

だからこそ、器じゃない女が器じゃないことをしたがるあの会にいられる。

マトモだったら無駄や矛盾に気づいてしまい、とても会員ではいられない。

さすが…こうでなくっちゃ。


怒られてまで手にした椀は

しんじょと手毬麩が汁の中に沈むありきたりなものであった。

あえて前後を問うとすれば、2枚の木の芽であろうか。

わたしゃ木の芽のために怒られたのね…。

さらに「食べるのが早いから忙しい」とボソッと文句を言われる。

少ないんだよ…量が。


食事が終わり、私は食事券とお金をルリコに渡して

とりあえずの支払いを頼んだ。

    「ルリちゃんちの店の名前で領収もらえば」

優しい!私は、ルリコに相互でなく一方協力してやる。

ルリコ様にお引き回しいただいてる3人組を

エピローグまでしっかり演じきるのよっ。


支払いするのを見ていると、案の定しかめっ面でブツブツ言われてる。

「うちの食事券?あの時、誰に当たったっけ?あの人?この人?」

いまさら出所を確かめたって、どうにもなるまいに。

「食事券があるんなら、予約の時に言ってくれなきゃ…」

現金じゃないので、機嫌が悪い…フフフ…。

ここらへんが、私の底意地の悪さだと思う。


ルリコは文句を言われながらも、食事券の出所は明かさず

最後まで客を連れて来た会友を立派に演じた。

相互協力のためには、義理もスジも無いのだ。

このまま相互協力しながら堕ちて行け…。


夫は聞こえよがしに「ガスト行こうぜ、ガスト」などと言う。

夫なりの復讐だ。

「ちょっと~、よしなさいよ~」などとたしなめるフリをしながら

笑みは隠せない。


私は少々のことでは、その場で顔や言葉には出さない。

今後も表向きは、そのまま変わりなく付き合っていく。

そして本人の自業自得で没落の道を辿るさまを眺め

ひそかに喜ぶのはとても楽しい。


この後、ルリコを送ってから、3人で本当にファミレスに行った。

やっぱりこのトリオが落ち着く。

「あの会はやっぱりバカの集まりだ」と夫。

「びっくり…」初めて会の実情を目の当たりにしたマリ。

「同級生ってだけだからね!友達じゃないんだからね!」内心恥ずかしい私。


この日、マリを迎えに行ったら

春らしいスカーフをプレゼントしてくれた。

たまたま私の着ていたピンクのジャケットにぴったりだったので

そのまま首にかけていた。


帰ってから、夫はそれを指して言う。

「見ろ!マリとあの女の差!オマエの同級生はロクなのがいないな!」

オマエの女もな…と言いたいが、ここは我慢する。

     「ほんとだねぇ…」

「やれやれ!小汚い婆ァどもに振り回された!」

     「ごもっとも…」


その小汚い婆ァの中に、私も入っているかどうかを確認したかったが

聞くのは、はばかられた。

ましてや、何ヶ月かしたらまたあの店を訪れ

どうなっているか見てみたいなんて、とても言えやしない。


                   完
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相互協力・1

2010年03月03日 11時31分39秒 | みりこん胃袋物語
ことの起こりは2月下旬。

なんと夫の姉、あのカンジワ・ルイーゼが

とある店の食事券5千円分をくれた。


こんなことは今までに一度も無い。

何かのワナか?…いったんは疑ったものの

こんな考え方はいけないと思い直し、ありがたく頂戴することにした。


ルイーゼが副会長として活動する

例の女性経営者の会のメンバーが最近開いた和食の店らしい。

ルイーゼは会のイベントのくじ引きで、そこの食事券を当てたのだった。

期限は2月いっぱい。

夫と二人きりも辛気くさいので、仲良しの妹分、マリを誘う。


ちょうどその晩、同級生の集まりがあり

聞いてみたら詳しいのがいた。

飲食とはまったく無関係の事務系自営業の奧さんが開いたそうで

メニューは5千円のおまかせコースのみという話だ。

あの会のメンバーで、この畑違い…絶対ナンカありそう。

私の胸は期待にふくらむ。


それを聞いていたルリコが「私も行きたい!」と言い出した。

マリと夫と三人で食事券を消費しようともくろんでいた私は、うろたえる。

     「とりあえずうちらで行ってみるから、また今度…」

やんわり断るが、聞きやしない。


まあ、無理もない。

実家が商店を営むルリコは、去年、あの勘違い女どもの巣窟…

女性経営者の会に入ったばかりである。

新参者としては、メンバーの店にいち早くかけつけておきたいのだろう。


シブシブ承諾したものの、ルリコは「私が予約を入れる」と言う。

     「いいよ、他の子も誘ってるし、私がするわ」

「ううん!私に任せて!」

店主にいい顔がしたいのだ。


元々はオドオドしたおとなしい子だけど

このところあの会に毒されて、妙な選民意識をチラつかせるようになった。

すぐ会の話に持って行き、いかに地域に貢献しているか

いかに活動が忙しいかを自慢する。

けれども話を聞く限り、やっぱりこの子、会で浮いてるみたいだ。

「いいけど、今月中だから早めにしてよ…」ということで任せる。


ルリコから連絡が無いまま5日が経過したので、こっちも焦って催促する。

「ごめん…まだなのよ。私も昨日までは都合が悪かったから」

ムッとしたが、我慢する。

     「忙しいんなら、私がするけど?」

「ダメッ!私がする!」

すごい勢い。


「何時がいい?」

     「そうねぇ、7時頃は?」

「OK!7時ね。私は少し遅れると思うけど」

     「はあ?じゃあ7時半でいいじゃん」

「だったら7時半ね」

キー!いら立ちを押し隠し、私は耐える。

まあ、いつも親と一緒で他人に揉まれてないし

子供もまだ小さくて、こういうことに慣れていないのだ…と自分に言い聞かせる。


予約が終わると、折り返しまた電話があった。

「今夜なら多少はゆっくりしてしてもらえるって。

 3人連れて行くと言ったら、喜んでくれたわ」

そう来たか…。

会員同士でお互いの商売を助け合うのは勝手だが

人の計画にまで割り込み、客を紹介する位置まで寄り切る。

こうして女性経営者の会のコンセプトである「相互協力」が遂行されるのだ。


ルリコ…あんたがいくら頑張ったって、太刀打ち出来る人たちじゃないわよ…

見た目、性格…幼稚園の頃から彼女を知り尽くしている私は、そう言いたい。

でもルリコは、会の人々に振り向いてもらいたい一心である。

ということは、本人にも同じ資質が確実に存在するってこと。

自分から舟を漕いで、あちら側へ行ったのだ。


その前日、一本の電話がかかっていた。

「経営者の会のオガワですけど、ルイーゼさんいらっしゃる?」

    「いえ、うちには…」

「そんなはずはないわっ!そこ、○○さんの家でしょ?」

    「はあ…ですが…」

「いるの?いないのっ?」

    「ルイーゼは実家にいます…ここは弟の家なので」

「実家?番号は?」

教えてやると「まぎらわしくて困るわっ!」だってよ。

たまにこういうことがある。

要するに、こんなんばっかりの集まりなのだ。


夜、マリを拾い、店に向かう途中で携帯が鳴る。

「悪いんだけど、迎えに来てもらえない?」

出る前に「迎えに行こうか?」と聞いたら

「主人が送ってくれるから大丈夫」と言ったではないか!


運転手の夫に頼み、10キロほどのルリコの家に向かう。

夫は行く前から、ルリコの参加で機嫌が悪い。

まずルイーゼと同じあの会のメンバーというのが「油断ならん」と気に入らず

ルリコが予約すると聞いて「スジが違う」と怒っている。


私もそう思う。

仕方なくルリコを加えたはずなのに

いつの間にか私達が相互協力のミヤゲにすり替わっている。

スジだの筋肉だの、理解出来ない者に言ったところでせんないことなので言わないが

老化か、性格が悪いのか、こういう細かいことに腹が立つ。


着く頃になって、またルリコから電話。

「来てもらうのも悪いから、タクシーで行くわ」

     「早く言いなさいよ。もう着くよ」

「そう?じゃあよろしく」

出かけ慣れない者への怒りに、身もだえする私であった。


                  続く
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隠れ家ランチ

2009年12月03日 10時04分26秒 | みりこん胃袋物語
一日一組限定…

自宅を開放した隠れ家のようなお店…

素材を生かしたおまかせランチ…

そう聞いて訪ねたのは、とある晩秋であった。


ご一緒したのは、食べ歩きが趣味の上品な奥様たち4人。

その名も「冒険の会」。

私は上品じゃないので会員資格は無いが、時々参加する。


木は森に隠せ…の言葉どおり

住宅街の木造モルタル二階建て、普通のドア、普通の玄関。

腹立たしいほどの隠れ家ぶりだ。


しかし、現われた初老のマダムが普通じゃなかった。

どえりゃ~ベッピンなのだ。

まるで女優。

雰囲気としては草笛光子系。

でもちょっと悪い予感が…作務衣を着ていたからだ。


私は僧職以外で作務衣を着る人間を信用しない。

深い意味は無い。

そっちの方面へ行くか…みたいな所が気にくわないだけ。


「わかりにくかったでしょう」

こぼれるような笑顔でマダムに言われ

「はい。でも探す楽しみもございました」

と答える私。


返事は無かった。

いたずらに美しい人種の多くはそういうものだ。

そこに居るだけで喜ばれる、お得な人生を送ってきたので

機転がきかない。


普通の客間の普通のテーブルに通される。

変わっているところをあげるとすれば

衣紋掛(えもんかけ)に着物を掛けて間仕切りにしているのと

間接照明に竹カゴが使ってある程度であろうか。


「食前酒でございます」

マダムより少し年配の女性が、うやうやしく運んでくる。


さすが、引き立て役として選ばれただけのことはある。

年かさなのが第一条件…

とびきり美しくはないが、さりとて醜くもなく

一般人より水準は高くて、自分より少し落ちる…

美人は、無意識にこういう人をそばに置いて

相乗効果を発揮する才能がある。


「ちっさ!」

私は思わず口走る。

ミニチュアのワイングラスに、濃いめの梅酒が5㏄くらい入っている。

惜しいなら出さないでもらいたいぞよ…などと思いながら

厚手のグラスの舌触りが妙に気に入って

いつまでもなめ回すイヤしい私。


陶器の小さなスプーンに乗せられた牡蠣がひとつ…

葉っぱに包まれたサイコロキャラメル大の胡麻豆腐…

食べるというより、器やしつらえの意外性を楽しむという感じ。


千代紙で折られた小さな箱を

マトリョーシカみたいに次々開けていく。

短気な私は、タマネギをむく猿のようにキーッとうなる。

最後の箱に転がるギンナン。


ここは空腹を満たすお食事処ではなく

美人マダムのままごとに付き合わされるゴザの上なのであった。


チマチマ、チョロチョロが終わると

メインはいきなり野趣を帯びる。

蒸したモズク蟹。

もはやちゃぶ台をひっくり返す星一徹の心境。


モズク蟹は、あの美味なる上海蟹の親戚と言われ

都会なら珍味かもしれないけど

うちらにとっては町内の川で捕れるショボい川蟹。

ここらへんじゃ「ガゾウ」と小汚い名前で呼ばれる

チープな印象の食材なのだ。


以前息子が捕まえて来たのが、すごい早足で逃げて

タンスの裏でミイラ化していたことがある。

あの早さは尋常ではなかった…と思い出す。


同行した奥様がたも、上品ぶっているとはいえ田舎のご婦人。

動揺は隠せなかった。

「これで6千円は無いわよね…」

などとヒソヒソ言ってる。


リーダー格のK夫人が気を取り直して言う。

「デザートの前に、何か趣向があるそうだから

 それを楽しみにしましょう」

我々はうなづき合って、それに望みをつないだ。


そこへ琴の音のBGMが…

料理を運んでいた女性を露払いに、しずしずとマダム登場。

作務衣から、古くさい振り袖に着替えている。


「マダムがどこそこで手に入れた

 アンティークの着物でございます…」

女性の解説に、ゆったりと回転して見せるマダム。

趣向とは、マダムの趣味であるアンティーク着物の

お披露目であった。


「ぶっとばしたる…」

低くつぶやく私。

皆、呆然とショーを見ていたが

心は同じだったと確信している。


小さいデザートを食べ終え、我々は怪しの家を後にした。

変な所ほど、後で思い出深い。

「冒険の会」としては、ひとまずの成功をおさめたと言えよう。
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しゃぶしゃぶ

2009年11月12日 11時09分28秒 | みりこん胃袋物語


先日、薬膳しゃぶしゃぶを食べに行った。

クコの実やら松の実やら

よくわからない葉っぱ、なぜかキクラゲ…

なんだか体に良さそうなものが入っている鍋に

豆乳を投入…。


しゃぶしゃぶはおいしかったけど、一緒に行った人がまずかった。

友人夫妻…ご主人と一緒に食事をするのは初めて。

この旦那が俗に言う“鍋奉行”であった。


長いことフツーの人だと思っていたのに

鍋を前にしたら人格が変わった。

普段おとなしいタイプなので

変貌の落差がより大きく感じられる。

浮き上がってくるアクが許せないらしいのだ。


上質な牛肉はアクがあまり出ない。

年を取ってくると、お腹いっぱいを目指すよりも

少量の上質を求めるようになる。

それでも彼は思い詰めたような表情をして

わずかなアクというかアブクを

親の仇みたいに待ち伏せる。

右手にハシ、左手におタマという戦闘態勢にて

せわしなく監視と撤去を繰り返す。


合間で肉や野菜の入れ方、量、食べる順番…

「早い」だの「多い」だの「はい!今食べて!」だの

いちいち命令。

ああ…うるさい。


なんだよ…こいつ…無言で友人に目配せする。

友人は、ゴメンね…いつもこうなの…と目で言う。


鍋奉行がのさばるのは、鍋をつつくという団らんの席で

コトを荒立てたくない人が多いからだと思う。

しゃぶしゃぶの場合、アクをすくうという作業が

ひとつ余計についてくるので、うざさ倍増。

善意で世話してくれるものを

うざったいからよせとは言いにくい。


鍋奉行…それは食べ物が原因の喧嘩を恥じる

日本人のゆかしさに甘えた反社会的行為…とさえ思えてくる。


おとなしい!私とて、一応抵抗は試みた。

彼のオゴリなら我慢もしようが、今日は割り勘。

条件は平等なはずじゃ。

とはいえ私も和を尊ぶコモノなので、セコいことしか出来ない。


まずは軽いジャブ…

「気配りに忙しくて、食べた気がしないんじゃない?」

イヤミを込めて質問してみる。

「僕はいいんだよ。みんながおいしく食べられたらそれで…」

この方法はどこそこの有名店で教わった食べ方で…

などとウンチクが長くなり、逆効果であった。


今度は、1回の入浴は2きれまで…

と厳しく制限された白菜を

ガバッと入れて反応をうかがう。

「ダメッ!」

すぐさま制止され、白菜は引き上げられて連行。


ちょっとでも彼の意に反した行動を取ろうものなら

ただちに粛清(しゅくせい)されそうな勢い。

もはや奉行どころではない…鍋将軍じゃ。

そうだ!おまえは鍋ジョンイル!


「ポン酢が濃いから、ダシを入れようっと…」

などと言いながら、スキを見ておタマ略奪。

戦利品のおタマを彼の死角へと隠蔽。

フン…平民だって抵抗する時はするのだ。


しかしその頃には豆乳のタンパク成分はすべてすくい取られ

透明な普通のしゃぶしゃぶと化している。

おタマを奪われ、キョロキョロと落ち着かない目つきで

再度奪還のチャンスをうかがう彼。

渡すものか…ガルルル。


しかしつかの間の抵抗むなしく

しゃぶしゃぶはほどなく終戦とあいなった。

せっかく薬膳なのに、体に悪かったような気がする。
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フグ

2009年10月30日 08時38分59秒 | みりこん胃袋物語


秋も深まってきた。

冬が近い。

フグの季節がやってくる。


大好物のフグ…。

その中で最も愛する白子…。

この味を九州の仲居時代に覚えてしまった。


私の居た地域は価格も手ごろで、扱う店も多かった。

皆さん焼き肉と同じノリで、わりと気軽にフグを食す。

一介の仲居とて「勉強」と称してフグを食べに行った。


勤めていた店でも出していた。

フグのさばかれるありさまは痛々しい。

イケスから連行され、まな板の上に寝かされた彼(彼女?)…。

これから訪れるであろう運命を甘受するかのような

そりゃもういさぎよい横たわりっぷり。


まず何をされるかというと

突き出たお口をバッサリ切り落とされる。

歯が鋭いので、まず板前の安全を確保するらしい。


イテテテ…思わず自分の口に手を当て、つぶやいてしまう。

絶対フグに生まれたくない…強く願う。

すまんのぅ…フグ。


それから各部位に分けられ

ガーゼに包まれて、冷蔵庫へ安置。

困った部分は鍵のついたステンレスのケースへ。

ヒレは大きな板に標本のように貼り付けられる。

乾燥させてヒレ酒になるのだ。


おっと!ヒレ酒もこたえられん!

陶器のコップの底にヒレを数枚…

そこへ熱燗をなみなみと注ぎ、塩をひとつまみ。

対のフタをして、飲む前に開け

すかさずマッチで火をつける。

ポッ…と一瞬酒が燃える。

適度にアルコールが抜け、口いっぱいにひろがる香ばしさとうまみ。

カ~ッ!日本に生まれてよかったばい!


白子に戻ろう…

白い明太子みたいな形状をまるごと火葬…

いや、塩焼きにしてもらう。

そっけないほどクセの無い、とろりとした食感、滋味、甘み。

本来の役割りをかんがみれば

これほど期待を裏切ったまろやかな美味があろうか。


フグ刺しから少し遅れてご登場まします

荘厳かつシンプルなお姿に、思わずコウベを垂れるワタクシ。

主役を引き立てながらも、しっかり個性を光らせて引き締める…

そうね…まるでアイドル主演ドラマの脇を固める市原悦子。


こちらは白子どころか、フグそのものがあまり出回らない。

いくら好きだと言っても

スーパーのパック入り刺身や鍋セットは買わない。

もどきはいやじゃ。

気休めはいやじゃ。

目指すは天然トラフグじゃ~!


よって、免許のある料理屋に頼んで取り寄せてもらい

食べに行く。

家で通販という手もあるが、せっかくのフグ…

プロの手でふるまわれたい。

日頃つつましく暮らしているのだ…それくらいは許されるはずだ。


もちろん現地へ赴くに越したことはない。

だがセコい私は、旅費でもう1~2回食べられると考える。

今年も無事に生き延びて、フグと再会するんじゃ。


惜しむらくは、同行者。

家族はフグに興味を示さないので、相手は友人となる。

できればあんたじゃなくて、ステキな男性と座敷でしっぽり…

なんてことになりたいものだ…

いつもそう言い合う。

しかもそのおかたのオゴリであれば、言うこと無し。


フグの時だけは、なぜかそう思う。

フグの身の清廉な白さが

生々しさを昇華してくれるような気がする。


しかし貞淑な私は心配でもある。

フグの精巣(せいそう)という一種ハシタナげな食品に

目の色を変えて飛びつくワタクシをごらんになって

そのおかたは何とお思いになるであろうか。

スッポンを食べるのと、どっちがモンダイであろうか…。


“妄想に 胸を痛める 秋の空    

      そんな心配 デキてからしろ”  



あ、仲居の時、お座敷で作っていましたけれど

フグちりの後の雑炊は

少なめのごはんをサッと水洗いするのがコツです。                                 
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