先日は同級生マミちゃんとテルちゃん
お寺の料理番仲間の梶田さんと私の4人で古民家イタリアンへ行った。
ここは私の生まれた町に最近できた店で
マミちゃんの経営する洋品店から近い。
「地元だから、行っておきたい」ということで
新店の開拓が好きなマミちゃんが予約した。
私の生まれた海辺の田舎町は、高齢化による空き家ラッシュ。
近年では一周回って、空き家を利用した飲食店や
民泊を始める物好きがチラホラ現れ始めた。
目的の店も、都会からUターンしてきた40代らしき夫婦が
その空き家の一軒を改装して営業を始めたという。
が、古民家と聞いて、脳内に暗雲が立ち込める私よ。
元々、古民家飲食とは相性が良くないのだ。
何が嫌って、古い家は冷房が効きにくいじゃん。
暑いと、どんなに美味しい料理を出されたって
汗拭くのに忙しいから、気もそぞろってもんよ。
それから、テーブルと椅子も鬼門。
使い勝手の悪い古民家で店をやろうと思い立つからには
資金が潤沢でないのは明白。
よって客席は、どこぞから引っ張って来た古い応接セットや
古い寄せ集めを組み合わせたテーブルと椅子でお茶を濁しがち。
そんなシロモノに座って何か食べるのは、しんどいんだよ。
古民家系って、たいていそうじゃんか。
暑いのと座り心地が悪いのが嫌な私は、つい構えてしまうのじゃ。
さ〜て、今回の店はどうなのか。
私は汗だく覚悟でタオル地のハンカチを2枚、バッグにしのばせ
汗で服の色が変わらないよう、白いTシャツで武装して
マミちゃんたちと古民家イタリアンに向かった。
ガラガラ…
昔のままのガラス格子の引き戸を開けた途端
食事中の先客と至近距離で目が合ってしまう、気まずい設計。
おお、4人の先客は昔のままの土間で、安食堂さながらの中古テーブルと
公民館に毛が生えたランクの椅子に座っていなさるではないか。
予想通りの展開に軽く絶望しながらも、意地悪く微笑むワタクシ。
が、一つきりのテーブル席の奥にある予約席に案内されて
おのれの甘さを思い知った。
だってタタミ三畳ほどの座敷に、古くて小さい座卓が二つ
座布団が四つずつ。
テーブルと椅子がどうのこうの、なんて言ってる段階じゃなかった。
座卓で正座じゃんか。
ガ〜ン!
ここは昔、小さな商家だった。
当時の店主は、この小座敷で店番をしていたと思われる。
店の席数は入り口のテーブル席と、この座敷だけ。
マックスで12席らしい。
隣の座卓では先客の中年男性が一人、スパゲティをすすっている。
我々はその横に座った。
三畳間に座卓を二つ並べ、そこに4人が座るとなるとギューギューだ。
座敷の壁に最新型のクーラーがあったが、4人が密着しているので暑い。
やっぱりな〜…と思いつつ
バッグからおもむろにタオルハンカチを取り出す私よ。
それにしても、この小さい座卓に4人分の料理が並ぶのだろうか。
心配していたが、前菜やメインは
綺麗な奥さんが一皿ずつサービスしてくれるので不都合は無かった。

ワンプレートに所狭しと並んだ前菜は、どれも美味しい。
客席はおざなりだが、料理には誠意が感じられた。

本日のパスタは、ズッキーニと挽き肉の…何か。
見た目がパッとしないので期待してなかったが
パスタがモッチモチで味も良かった。
食後には別注で、手作りだというシフォンケーキとコーヒー。
料理はそこそこ美味しかったけど、きゅうくつなのを我慢してまで
次も来るかと問われれば、微妙だな…と思っていると
梶田さんから衝撃の発言が。
「うちの隣が売りに出たから
そこを買って、カフェを始めようかと思ってるの。
もし良ければ、手伝ってもらえたら嬉しいんだけど」
梶田さんの言う“うち”とは、隣市にある彼女の自宅ではない。
半世紀前、うちらの町の外れにできた団地のことだ。
不便な場所にある団地は、住民の高齢化によって空き家だらけになり
安値で投げ売り状態。
唯一の取り柄は、窓から海が見えるというロケーションだが
その海は、険しい坂を登った高台にあるから見えてしまうのだ。
しかし、海の見える家に住むのが夢だった梶田さんには
需要があった。
彼女は公務員の退職金で築50年の空き家を買い
リノベーションを施して別荘にしている。
そこの隣の家も空き家になって、売りに出たと言っているのだ。
この人、お金があるので、カフェの話は現実味が感じられた。
「キャ〜!手伝いたい!」
カフェの大好きなマミちゃんは、大興奮。
「私は仕事があるから、食べに行く専門でお願いします!」
9月から嘱託で仕事に戻るテルちゃんも
小さく拍手をしながら嬉しそうに言う。
彼女、認知症のお母さんの世話を続けるのがつらくなって
復帰の話を受けたのだった。
「みりこんちゃんは?どう思う?」
梶田さんが私に問う。
「梶田さんなら素敵なカフェになると思うよ」
「そうじゃなくて、梶田さんは
みりこんちゃんも手伝ってくれるかを聞いてるのよ、ねえ」
マミちゃんは梶田さんと私を交互に見ながら、もどかしげに言う。
オー!ノー!
私に一番向かないこと…それは食べ物商売。
特にカフェなんてね、小柄で小まめでセンスのいい人…
つまり私と正反対の、梶田さんやマミちゃんのような人が
チマチマと心を砕いてやるモンじゃないの?
「マミちゃんがお休みの時は…皿洗いに行かせてもらいます…」
歯切れ悪く答える私だった。